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第163.5話 駄神の集いと謀られる嵐

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 早まったかな?と、私は少しばかり迷っていた。

 敵地であるクロッセンドに程近い港湾都市アデュルーク。

 三日月の様に突き出た半島が沖合を覆うこの土地は、どんな嵐が来ても荒波を立てない穏やかな海と知られている。しかし、いくら海が優しくても優しくない者達が集まれば波は立ち、都で一番大きな競り場は現在進行形で大波がうねっていた。

 扇状に舞台を臨む会場に、思惑を秘めた百三十七の神々が会している。

 見聞神が聞きつけた神喰い達の神滅研究を潰す為、『神喰い殲滅同盟』と銘打って私達は集まった。しかし、集まり過ぎた事で生まれてしまった心的余裕が、殲滅後の利権に目を向けさせて無駄な争いを生み出している。

 誰が次に攻めて、誰が補給路を確保して、誰がどこで何をするのか。

 担当する地域が広い程、現地の信仰を得る土台を作れる。皆が皆、競って広範囲をと求めて求め、似通った力を持つ神同士が不要な衝突で戦力を減らしていた。

 かく言う私も、尖兵を一人失っている。

 仕掛けて来た愚神の尖兵を、残り一人にまで道連れにして。


「静粛に! バシュカル神より、尖兵アイネーゼが移動要塞オルトークノアと共に落とされたと報告がありました! 同神の戦力はもはや尽き、担当域の没収と新たな担当神の選定を行います!」

「我にやらせよ! 後に続く者達の道をしっかり作ってやろうぞ!」

「いいや、儂がやる! 戦の後の死地は儂らが得意とする所! バシュカルには信者達の亡骸を丁重に届けてやろう!」

「俺だ!」

「私よ!」


 まだ担当域を持たない連中が、我先にと手を上げて立ち上がる。

 いくらなんでも考えが足らない。

 アイネーゼは後方支援向けの能力者だが、主神からの不遇に負けぬように自らを鍛え上げた英雄でもある。オルトークノアも下賜された物ではなく、彼女が巨人族の反乱を収めて手に入れた戦果の一つだ。

 配下の女性兵団を含めた戦力たるや、一国程度なら易々と落として見せる実力と規模を持つ。

 にもかかわらず、たった一国に過ぎないクロッセンドは彼女達を下して見せた。いくらしなずち神の加勢があると言っても、戦端一つにこの結果は異常に上等。何かしらの問題か障害は必ずあり、頭が回る神々は勢いを潜めて成り行きを見守っている。

 ――――消沈した様子のバシュカル神が、喧騒に紛れて静かに席を立つ。

 僅かに見せた口角の吊り上がりに、奴の心中が透けて見える。大方、不用品の処理を兼ねて、馬鹿共を煽れた結果に満足しているのだろう。失った者は替えの利かない有能だというのに、アレも大概に頭がイカレている。

 とはいえ、私もそろそろ動かないとならないか。

 どうしたものか……?


『お悩みかしら、ジャヌール神?』


 聞き覚えのある穏やかで柔らかな口調が、頭の中でそっと囁いた。

 私が座る右端から、ほぼ対岸の左端にいる念話相手へと一瞥をくれる。母性に満ち満ちた凹凸を薄布の一枚を巻いて覆い、吹いてもいない風に長い銀髪を漂わせる此度の元凶。

 その綺麗で妖艶な微笑みは、私から見て悪意と邪悪に染まっていた。肌の白さに反して腹の中の真っ黒が際立ち、逆により強く、より濃く感じさせてくる。

 見聞神ファルシア。

 同じ下位神でありながら、その綽々とした態度は一体何だ?


『何の用ですか、ファルシア神?』

『海上補給路の管理と警備なんて、本来の貴方らしくないでしょう? 海賊神との戯れも一段落して、そろそろ刺激が欲しいのではないかと』

『変に企むなら、今手を上げている連中を使ったらいかがですか? バシュカル神が落ちたと言っても、まだまだ遊び相手は大勢いるでしょう?』

『遊びだなんて…………私は私を求める方々にそっと助言を差し上げるのみ。いかに使うかはその方次第です。ただ……今は貴方にこそ、この情報が必要かと存じます』

『勝手に語る分には遮りはしません』


 言いたい事があるなら好きに言え。

 私は突き放すように彼女との距離を取る。どうせ向こうの気が済むまで纏わりついてくるのだから、こちらから寄っていく必要はない。

 ――――そもそも、彼女は昔からこうなのだ。

 どこからともなく現れて、幾つか呟いていつの間にか去っている。決して当事者に混じる気は無く、火種を作っては眺めて楽しむ外道の極みと知られている。

 それでも発言が信用されるのは、一度たりとも嘘や誇張が無かったから。

 ありのままを主観を交えず、客観のみでもたらし伝える。時の魔神が出現した時も、彼女の情報があったから多くの神々が巻き込まれずに済み、戦神の一柱だけで被害を抑えられたのだ。

 だが逆に、あの時の狙いが戦神だったとしたら?

 私の直感が、彼女への警戒を怠るなと叫んで喚く。ならば私は私の感じるまま、決して彼女に心を許したりしない。


『では、お耳だけ拝借致します。バシュカル神はアイネーゼだけでなく、氷界の刃王クライス・テューラーを雇って差し向けておりました。対した敵方は、しなずち神の尖兵筆頭である不死の魔王レスティ・カルング・ブロフフォス。クロッセンド王国の戦力は一兵たりとも出ておりません』

『………………は?』

『私の信仰者達の調べによると、王国軍の陸への布陣は未だ見られず。海側は監視が厳しく情報を得られていないので、十分にお気を付けください』

『ちょっと待ってくださいっ。いくら上位神とはいえ、新参の尖兵にあのレスティがいるだなんて聞いてませんよ? 他の尖兵の情報は無いんですか?』

『あらあら? 勝手に語れと述べたお口がもっと欲しいと仰いますか? 残念ながら、今披露出来るのはここまでです。後は推測と憶測の混じった代物で、正にお耳を汚しかねません』


 笑みだけでなく、瞳にまで邪な光が煌めいて見えた。

 自分『から』出せるのは正確な情報のみ。

 ここまでであれば互いの領分を侵すことなく、責任も負債も生じたりしない。だから、それ以上を求めるなら対価と代償を伴った自己責任だと――――そう、彼女は断った上で私の好奇心を突いて貫く。

 私の担当域は、クロッセンド沖合の小島群全体だ。

 戦線を維持する為に幾つもの補給基地を設営中で、既に大量の物資が運び込まれている。守護の為に三人いる尖兵を全員派遣していて、もししなずち神が海上戦力を持っているなら交戦の可能性は非常に高い。

 海賊神との小競り合いが、ここにきて響いている。

 先に失った一人は、最も防御に長けた古強者だった。指揮能力も高く、父のように慕っていた他の三人は悲嘆にくれて十全でない。

 情報…………彼らを……守る為に…………っ。


『如何なさいましたか、ジャヌール神? そんな苦悶に満ちたお顔をされて…………嵐の神が聞いて呆れますよ? ふふっ……』


 明らかな煽りと知りつつも、私は差し伸べられた魔性の手に縋るしかなかった。
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