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第160話 不死の魔王と氷界の刃王(中)
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勇者と言っても、上から下まで大きく差がある。
武術しか使えない、魔術しか使えない、そもそも戦力自体持っていない。そんな落ちこぼれが下に集まり、上に行くにつれて技能と才能が幾つも幾つも積み上がって重なっていく。
剣は使えて当たり前。
魔術も使えて当たり前。
二つ以上の併用も当たり前で、ようやっと中位に差し掛かる。上位ともなると更に自分らしさと個性と癖が繋ぎになり、全ての技術が強者の格を見せて魅せる。
そして、最強の『それ』は、二番手で知られるラスタビアの勇王を完全に突き放して突っ切っていた。
「――ッ、――――っ、――――ッ!」
歯と歯の間に息を通すような高音を、クライスは発し続ける。
一つ鳴ると十八の魔法陣から百を超える氷剣が射出され、二つ鳴ると手に持つ武器が剣から鎌へ斧へ槍へと変貌する。振られる腕の速度はとっくの昔に目で追えず、体捌きさえ音速を超えて真空波まで生み出していた。
地が抉られ、草が裂かれ、埃やカスが宙を舞って凍り付く。
目まぐるしく手数と搦め手が繰り出されて繰り返され、その一つ一つが必殺の威力。更に周囲の気温低下と地表の凍結までも仕掛けられていて、対処しようにも隙も暇もありはしない。
賢人殺し。
形容するならこの一言だ。
戦いの前に準備し対策し、万全の用意をして本番に臨む知略の徒。様々な状況に万全を期す知能派の戦法はしかし、彼の者の手数と速度を前に初手の展開すら間に合わない。
先の先の、更に先を行き続ける攻撃偏重戦法だ。
「でもまさか、レスティがこんなに強かったなんて…………」
氷の世界の大合唱を前に、一歩も引かずに逆に圧すレスティ。
強大な魔力を超高密度で纏い、迫る脅威をことごとく押し潰す。
ただの掌圧が数百の氷剣を地に落として割り、身を捩るだけで振られる刃の軌道が逸れる。数えるのも面倒な真空波は肌に届く前に掻き消えて、一切の攻撃をものともしない。
これが、魔王。
「よくシムナはレスティに勝てたな……」
『しなずち様……っ! 敵兵、女性ばっかり……!』
『男もいるけど、殆ど性奴扱いの薬漬けだけ。これ、バシュカル剣国は『派兵しただけ』なんじゃない? ――――ガルマスアルマ、右から来る!』
『大人しく……して……っ!』
分体の聞いている声が私にも届き、何やら面倒そうな気配を感じ取る。
ユーリカ然り、アンジェラ然り、ディプカントではどの国にも女兵が大勢いる。
魔獣狩り、戦争、盗賊討伐等、男が駆り出されて死ぬ仕事は幾らでもある。出生率は男女半々となっていても男はどんどん死んでいき、国を守る為に女が兵役に取られてしまう。
徐々に徐々に男女の人口バランスが崩れ、今や全人口の四分の三は女性が占めている。女戦王国の成り立ちも、それが行き過ぎた結果だった。
だが、遠征の軍が丸ごと女性は前例がない。
幾らバシュカル神が男色ハーレムクソ野郎と有名だとしても、いくらなんでも女性蔑視が過ぎる。まさか、女の尖兵を選んだのはこの時の為か? 指揮官と兵が全て女性なら、一部隊としての名目は辛うじて立つ。
――――他の神々への面子を保つ為だけの、形だけの無駄死に部隊、か。
「ィエンテ、ガルマスアルマ。今、レスティがクライスを抑えてる。私の分体を上手く使って、数の差を覆すんだ。あと、出来るだけ生け捕りでお願い。他の死巫女衆にも伝えて」
『りょうっかい! しーちゃん、捕り蛇百体! 片っ端から拘束して!』
『しーちゃん、大蛇変化……! 鎖で脅かす……片っ端から呑んで……っ!』
『『あーいっ!』』
ィエンテ分の分体が百体に分裂し、ガルマスアルマ分の分体が数十メートル規模の大蛇に変じる。
速さに秀でたィエンテは、自ら斬り込んで場を掻き回すのが得意だ。更に分体の数を増やせば敵の動揺を誘え、混乱に乗じて一方的な戦局を作れる。
力に秀でたガルマスアルマは、長さと太さを好きに変えられる自在鎖の使い手。敵の至近距離に叩きつけて衝撃で動きを封じ、その隙を巨体の大蛇に丸ごと呑ませている。
自分達の戦法に合わせて、分体を使いこなせているようだ。
名前の『しーちゃん』が少し気になるものの、私が気にしなければ問題ではない。元々、彼女達が産んだ時に名付けの自由を与えたのだ。今更文句を言って改名させるなんて筋が通らない。
名前は大事だ。
それが本名であれ、通称であれ。
「そらっ!」
レスティが自慢の魔剣を振るい、伸びた魔力が斬撃軌道延長の魔法陣三つを斬り裂いた。
アギラ領でシムナと戦った時に使っていたアレか。
魔力量に応じて射程と威力が上がり、速度は自身の腕と変わらず。魔力の鎧に臆して距離を取っても斬り刻まれ、近付いても斬られて潰されて、と。
シムナはどうやって、このレスティから腕一本を奪ったんだ?
「クライス殿!」
向こうの屋敷から、金色の髪の騎士姫が顔を出した。
金と白の鎧に身を包み、神力を纏う剣を携えて死地へと駆ける。力の質と装備を考え、おそらくはバシュカルの尖兵だろう。
戦力の追加に合わせ、クライスは一際高い音を鳴らした。
魔法陣を六個構築し直し、更に攻め手と数を増やす。氷剣の弾幕で彼女の姿を覆って隠し、更にレスティに防御を強制して接近までの時間を稼ぐ。
敵の追加か。
幾ら優勢とはいえ、勇者と尖兵を同時に相手取るのは厳しい。私は地面に血を撒いて祝詞を上げ、レスティの援護に身を解いた。
「しなずちはしなず池となりてしなず地となりや」
武術しか使えない、魔術しか使えない、そもそも戦力自体持っていない。そんな落ちこぼれが下に集まり、上に行くにつれて技能と才能が幾つも幾つも積み上がって重なっていく。
剣は使えて当たり前。
魔術も使えて当たり前。
二つ以上の併用も当たり前で、ようやっと中位に差し掛かる。上位ともなると更に自分らしさと個性と癖が繋ぎになり、全ての技術が強者の格を見せて魅せる。
そして、最強の『それ』は、二番手で知られるラスタビアの勇王を完全に突き放して突っ切っていた。
「――ッ、――――っ、――――ッ!」
歯と歯の間に息を通すような高音を、クライスは発し続ける。
一つ鳴ると十八の魔法陣から百を超える氷剣が射出され、二つ鳴ると手に持つ武器が剣から鎌へ斧へ槍へと変貌する。振られる腕の速度はとっくの昔に目で追えず、体捌きさえ音速を超えて真空波まで生み出していた。
地が抉られ、草が裂かれ、埃やカスが宙を舞って凍り付く。
目まぐるしく手数と搦め手が繰り出されて繰り返され、その一つ一つが必殺の威力。更に周囲の気温低下と地表の凍結までも仕掛けられていて、対処しようにも隙も暇もありはしない。
賢人殺し。
形容するならこの一言だ。
戦いの前に準備し対策し、万全の用意をして本番に臨む知略の徒。様々な状況に万全を期す知能派の戦法はしかし、彼の者の手数と速度を前に初手の展開すら間に合わない。
先の先の、更に先を行き続ける攻撃偏重戦法だ。
「でもまさか、レスティがこんなに強かったなんて…………」
氷の世界の大合唱を前に、一歩も引かずに逆に圧すレスティ。
強大な魔力を超高密度で纏い、迫る脅威をことごとく押し潰す。
ただの掌圧が数百の氷剣を地に落として割り、身を捩るだけで振られる刃の軌道が逸れる。数えるのも面倒な真空波は肌に届く前に掻き消えて、一切の攻撃をものともしない。
これが、魔王。
「よくシムナはレスティに勝てたな……」
『しなずち様……っ! 敵兵、女性ばっかり……!』
『男もいるけど、殆ど性奴扱いの薬漬けだけ。これ、バシュカル剣国は『派兵しただけ』なんじゃない? ――――ガルマスアルマ、右から来る!』
『大人しく……して……っ!』
分体の聞いている声が私にも届き、何やら面倒そうな気配を感じ取る。
ユーリカ然り、アンジェラ然り、ディプカントではどの国にも女兵が大勢いる。
魔獣狩り、戦争、盗賊討伐等、男が駆り出されて死ぬ仕事は幾らでもある。出生率は男女半々となっていても男はどんどん死んでいき、国を守る為に女が兵役に取られてしまう。
徐々に徐々に男女の人口バランスが崩れ、今や全人口の四分の三は女性が占めている。女戦王国の成り立ちも、それが行き過ぎた結果だった。
だが、遠征の軍が丸ごと女性は前例がない。
幾らバシュカル神が男色ハーレムクソ野郎と有名だとしても、いくらなんでも女性蔑視が過ぎる。まさか、女の尖兵を選んだのはこの時の為か? 指揮官と兵が全て女性なら、一部隊としての名目は辛うじて立つ。
――――他の神々への面子を保つ為だけの、形だけの無駄死に部隊、か。
「ィエンテ、ガルマスアルマ。今、レスティがクライスを抑えてる。私の分体を上手く使って、数の差を覆すんだ。あと、出来るだけ生け捕りでお願い。他の死巫女衆にも伝えて」
『りょうっかい! しーちゃん、捕り蛇百体! 片っ端から拘束して!』
『しーちゃん、大蛇変化……! 鎖で脅かす……片っ端から呑んで……っ!』
『『あーいっ!』』
ィエンテ分の分体が百体に分裂し、ガルマスアルマ分の分体が数十メートル規模の大蛇に変じる。
速さに秀でたィエンテは、自ら斬り込んで場を掻き回すのが得意だ。更に分体の数を増やせば敵の動揺を誘え、混乱に乗じて一方的な戦局を作れる。
力に秀でたガルマスアルマは、長さと太さを好きに変えられる自在鎖の使い手。敵の至近距離に叩きつけて衝撃で動きを封じ、その隙を巨体の大蛇に丸ごと呑ませている。
自分達の戦法に合わせて、分体を使いこなせているようだ。
名前の『しーちゃん』が少し気になるものの、私が気にしなければ問題ではない。元々、彼女達が産んだ時に名付けの自由を与えたのだ。今更文句を言って改名させるなんて筋が通らない。
名前は大事だ。
それが本名であれ、通称であれ。
「そらっ!」
レスティが自慢の魔剣を振るい、伸びた魔力が斬撃軌道延長の魔法陣三つを斬り裂いた。
アギラ領でシムナと戦った時に使っていたアレか。
魔力量に応じて射程と威力が上がり、速度は自身の腕と変わらず。魔力の鎧に臆して距離を取っても斬り刻まれ、近付いても斬られて潰されて、と。
シムナはどうやって、このレスティから腕一本を奪ったんだ?
「クライス殿!」
向こうの屋敷から、金色の髪の騎士姫が顔を出した。
金と白の鎧に身を包み、神力を纏う剣を携えて死地へと駆ける。力の質と装備を考え、おそらくはバシュカルの尖兵だろう。
戦力の追加に合わせ、クライスは一際高い音を鳴らした。
魔法陣を六個構築し直し、更に攻め手と数を増やす。氷剣の弾幕で彼女の姿を覆って隠し、更にレスティに防御を強制して接近までの時間を稼ぐ。
敵の追加か。
幾ら優勢とはいえ、勇者と尖兵を同時に相手取るのは厳しい。私は地面に血を撒いて祝詞を上げ、レスティの援護に身を解いた。
「しなずちはしなず池となりてしなず地となりや」
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