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第156話 発破をかける創造神

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 会議室の扉を開けて、私とフォルゴはすぐに回れ右をした。

 王城に相応しい荘厳な彫刻と木彫りの机。

 触れれば肌が滑る艶やかな椅子が並ぶ室内。

 本来国の行く末を話し合うべき厳格な場は、私達を待ち構えていた触手の大群によって巻かれて這われて埋められていた。しかも、そいつらは私達に気付くと鎌首をもたげ、端を伸ばして迫って来た。

 こんなの、逃げるしかないじゃないか。

 きっと清水さん辺りが用意したのだろう。後で必ず報復すると心に決めて、脚に力を込めて踏み出した所で思いっ切りつんのめる。

 足首に細い触手が三周巻きつき、現在進行形で枝分かれしていた。

 フォルゴだけでも逃がそうと手を伸ばし、しかし、目を離していた僅かな時間で向こうも全身を巻かれてしまう。更には持ち上げられて浮かされて、もはやされるがままを受け入れるしかなかった。


「逃げようとしないで席につかないか、しなずち」


 触手と触手と触手が奏でる肉と肉と肉の音色に、聞き覚えのある少年の声が混じって犯人の正体と顔が浮かぶ。

 触手捌きでは到底敵わない相手だ。

 総合的な実力も向こうの方が上で、抵抗した所で簡単に抑えつけられてしまう。拘束を逃れるのも難しく、私は私に出来る最大限を、思い切り加減せずに叩きつける。


「『なにすんだよ、ソウのバカ』!」

「言霊をぶつけてくるんじゃない、頭が揺れる。それに、引き留める前に逃げ出したお前達が悪いんだ。触手を前にして逃げるだなんて、触手使いの風上にも置けないぞ?」

「触手は手段の一つに過ぎないの! アンタみたいに生涯の伴侶でも何でもないんだから一緒にするな!」

「清水さんはわかってくれたのに…………」


 至極残念そうに肩を落とし、ソウは対面する席に私達を置いて座らせた。

 同好の士を作りたいなら、ヘブンズアイの集落にでも行けば良い。

 清水さんから聞いた話では、触手の本数で魅力が決まる種族社会なのだと言う。多くても八本が最高で、百でも二百でも増やせるソウなら、訪れただけでヒーローでも何でもなれるに違いない。

 私は絶対に御免だけど。

 人型女体の魅力に慣れているせいで、外れまくっている型は性の対象に見れない。最低でも上半身くらいは人間と同じ感じでないと、男の衝動は湧き上がって来ない。

 そもそも、ヘブンズアイってどうやって繁殖するの?

 いや、別に知りたくはないけど。


「お、お、お久しぶりです、ソウ様ぁ~っ!」

「あれ? 神滅戦線は創造神スルー対象なの? 一応神だよ、アレ? 触手と肉感狂いのド変態だよ? 大丈夫?」

「おぅ、私の事は構わないけど、触手と肉感を馬鹿にするなっ。肌と皮と皮下脂肪と筋肉と血管とリンパと内臓とを、掌の感触で感じ分けられるようになって始めて同じ土俵に立てると思え。そうでなければ、評価も批判もする資格はない」

「いないでしょ、そんな物好き。――――で、話を戻すけど何の用? 私もフォルゴも忙しいんだから早くして早くっ」


 両手の指先から腕を生やし、十の手で机をバンバンバンバンバンバン叩く。

 もちろん、隠す気のない明確な嫌がらせだ。

 神を失くす研究が進展を見せて、これからっていう時に現れた遅延障害。もうストレスが溜まって溜まってしょうがなく、さっさと帰れと少しでも気を抜いたら言ってしまいそうだった。

 何と言うか、いまいち尊敬の念を抱けないんだよ。

 この触手狂い創造神は。


「うるっさいっ。彼らとの関係を先に説明すると、神滅戦線の頭領は琥人だが、創設は私の尖兵のカエデなんだ。神々から敵視される神喰い達を保護し、抗う力を与える寄り合い所帯が最初の最初。最古参はもうヴィットリアしかいないが、創始者の上役だからと未だに慕ってくれる者達は多いんだ」

「あぁ、だから寝間着でワインなんて飲んでいられたのか…………ん? ねぇ、何で寝間着だったの? 何で上役の上役相手に寝間着だったの? 何でヴィットリアはソウ相手にワインなんて飲んで酔っていても良いのぉおおおおお?」

「しなずちぃ~。ヴィットリアはソウ様の浮気相手――――」

「話を進めるぞ? ここに来た目的は三つ。一つは神を失くす研究の進捗確認だ。フォルゴ、どうなっている?」

「こちらをご覧くださいぃ~」


 フォルゴが呪文を詠唱し、ソウの目の前のテーブルに実験報告の内容が浮かび上がる。

 存在平衡の理論から始まり、神器を用いた世界の窓口の量産、私の助力、実際に行った実験の結果と、わかる限りが纏められている。より詳細な内容についてはこれからともあり、速やかな実験再開を暗に求める素晴らしい文面だ。

 読み進めながら、ソウは興味深そうに何度も頷いた。

 その姿に何となく、ディプカントという世界の歪さが見えてきた気がする。

 本来神々を率いるべき創造神が、神喰いを使ってでも神を減らさなければならない現状。おそらく神界再編戦争もその一環で、世界の運営システム上にはまだまだ様々な手段があると思われる。

 何故?

 普通の頭なら疑問を抱く。だが、私が見えたのはもっと深刻だ。

 減らさなければ、創造神であっても危惧しなければならない事態に陥るのだろう。

 私を含めた上位神三柱でも敵わない相手が何を恐れるのか? 詳細は一切わからないが、わからなくても事の大きさくらいは予想がつく。

 世界崩壊か、滅亡?

 もしくは、もっと酷い何か?


「良い傾向だ。このまま進めてくれ。神器が足りなくなったら、しなずち経由で伝えてくれれば補充する」

「伝書鳩代わりに使わないで」

「この分なら、二つ目の方は何となるだろう。神を減らす研究を見聞神が嗅ぎつけた。海と南から、下位神と中位神合わせて百三十七柱が攻め込んでくる。第一陣の到着は二週間後だな。戦力規模は七十の国との全面戦争を想定しておけ」

「ねぇ、馬鹿? 馬鹿なの、ねぇ? そんな数の国相手に戦えるわけないでしょ? クロッセンド王国の戦力分かってる? 籠城戦は攻め手が規模三倍でないとって言うけど、七十倍は無理だよ? しかも向こうは神喰い相手だから神が直接出れるけど、こっちは神相手だから私達が出る事は出来ないんだよ? わかってる?」

「プククッ……出る必要はない。戦力なら十二分にいるからな」


 自信満々に嘲笑を返され、信じられなくてヴィラとキサンディアに連絡を取る。

 折角の潜伏先を晒してしまうが、この三日で築けた戦線との友好を無碍にしたくない。ちょっと私が我慢して恥を呑めば、撃滅は出来なくても撃退くらいは――――ん?

 あれ、おかしいな?

 何で、ヴィラとキサンディアとシムナとアシィナとユーリカとエリスとレスティとラスティとナレアとディユーとリザとヒュレインとガルマスアルマと…………私の属神と巫女達の気配がいきなり背後に現れたんだ?

 それなりに離れていても、近づいて来ればわかる筈なのに。

 な・ん・で?


「用件の三つ目だ。お前の帰りが遅いと、ヴィラ神とキサンディア神から問い合わせがあった。教える代わりにクロッセンドへの援護を頼んだら快諾されたよ。神術での転移マーカーも渡しておいたから、きっとすぐにでもやって来るだろう」

「来る? 違うよね? ねぇ? フォルゴ、代わりに見てもらって良い? 後ろ、後ろ、うしろうしろうしろにうしろにうしろに――――」

「捕えろ、マタタキ」

「わかりました、ヴィラお姉様」


 私の胸から突き出した両の腕が、私を椅子ごと抱き込んで着座のまま拘束する。

 身体を解いて逃げる事も考えたが、その前に両の肩に手を置かれた。右は褐色の指からユーリカとわかり、左にはシムナの白い指が爪を立てる。相応の恨みが強く強く篭められていて、私の逃亡を痛みで以って責め立てていた。

 やめてっ!

 そんな事をした所で、乱暴する気は変わらないんでしょっ!?


「た、たす、たすけ――っ」

「形はアレだが、愛から逃げた代償だ。精々頑張って来い」

「し、しなずちぃ~。研究室で待ってるぅ~」

「やっ、やぁなの、やぁ、やぁやああああああっ!」


 薄情者達の後姿を涙目で見送り、私は自分の置かれている状況に絶望する。

 何をされるのか、何をされてしまうのか、何をしなければならないのか。

 背後からの圧が強すぎて、最後まで行ける自信が正直ない。されるがままで終わって終わり、主としての責務は彼女達の腹の中へと全て搾られ奪われてしまう。

 どうすれば良いの?

 真っ白な頭で何も考えられず、身体が震えて息が乱れる。

 もういっそここで今世を終わらせた方が良いんじゃないかとすら思え――――奥底から聞こえる声に、ほんの僅かな理性が戻る。


「『俺が手伝う。安心しろ、私』」


 うん。

 一人と一柱がかりなら、大丈夫だよね?

 だよね?

 ね?

 ねぇってばぁぁぁぁぁぁぁ…………。
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