しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第153話 睡眠不足は良くない

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「『兄の死の原因を知ったのは、時忘れの牢獄でソウに見せられた過去です。兄は地球の創造神によって命を縛られていました。前世と約束を捨てたしなずちが何も思わなくても、皐月圭である俺には無視できない事実です』」

「…………そう。ならやはり、貴方はこちら側なのね……」


 首筋から剣を引き、ヴィットリアは自らの言葉が正しかった事を改めて口にする。

 最初にマタタキの封印へと入ったあの時か。

 俺の言う通り、私は兄の死の原因に何も思わなかった。兄が俺を想ってくれていた事実にただ満足し、過去の一つとして区切りをつけて前へと向いていた。

 それが、俺の意識を呼び起こしたのか。

 私への嫌悪の根元も、きっとそこだ。

 元が同じで、慕っている相手も同じ。なのに次に見るのが未来と過去で真逆に別れ、同一の存在である事に耐え切れず堪えられない。

 至極自然だ。

 なればこそ、私は俺に文句は言えない。


「俺は、神が憎い?」

「『憎い。だけど、直接の相手にはディプカントから手を出せない。精々同じになりたくないと駄々をこねて、私の中で妖怪として生きるしかない』」

「圭さんが存在の主導権を握れば良いのではないかしら? それなら、神を抑え付ける妖怪として、より優位性を持てるでしょう?」

「『それをやろうとして戦い、俺は私に負けました。代償として私の一部である事を認め、尊重し、順守しなければなりません』」

「私は神になってしまったけど、俺と想いは同じだよ。ううん、多分もっと酷い。地球の創造神だけじゃなく、私達を敵視する神々も大っ嫌い。レレイジュ神みたいに調伏もするだろうけど、大部分は滅神するんじゃないかな?」

「三者三様ですが、行き着く結果は結局同じ――――わかりました、しなずち神。貴方を貴方の巫女達から匿って差し上げます。ただし、条件が一つ。私達の研究に協力してください」

「おい、ヴィットリア! お前、正気か!?」


 ヴィットリアの発言に、他の者達が狼狽え慌てた。

 武器こそ構えないが、非難の目をたった一人に集中させる。彼女に近しい清水さんですら触手を組み、厳しい目付きで無言で見ていた。

 事の大きさがひしひしと感じられる。

 私は彼らの不和に先んじて、制止の為に掌を掲げた。内部分裂なんてされてここを放り出されたら、また寒空の下で怯えて震えて走らなければならない。

 そんなのは、もう嫌だ。

 解決の為に、出来る事は何でもしよう。いや、出来ない事もあるから何でもではないが、とにかく出来得る限りは頑張って見せる。


「大切な事なら、禍根が残らないように皆で話し合ってちゃんと決めよ? 匿ってもらう対価だから、喜んで協力するよ?」

「『私の言う通りです。組織内の不信は瓦解の始まり。軽く見てはいけません』」

「費用対効果を考えて、効果の方が大きいと判断しただけです。全責任は私が持ちます」

「お待ちなさいな。組織全体を傾かせるような判断をアンタ一人にさせるわけにはいかないわ。ユーゴ以外は全員集まっているのだから意見を纏めて――――ッ!?」

「!?」


 清水さんが言葉を中断した直後、爆音と共に部屋のドアが吹き飛んだ。

 上等上質な木板が欠片も破損する事なく真横に飛び、壁に衝突してバウンドする。

 一体どういう力加減とバランスなのだろう? 平面にかかる力に僅かでも偏りや歪みがあればこうはいかない。壁に当たった時点でドアが割れるか傾くかして、明後日の方向にねじれ飛ぶ筈だ。

 もし意図的にしているのならば、どれほどの技術と知識が必要な神業なのか?

 少なくとも、私の巫女達には出来る娘はいない。

 追っ手じゃないなら、彼女達の仲間?


「上位神を捕まえたってぇ~!? どいつどいつぅ~!?」

「フォルゴ、貴方また脱走したの!? 次やったら尿道責めってきつぅぅく言っておいたわよね!?」

「うっわぁ……清水さん目付きわっるぅ…………って、そんな事より、神がいるなら実験できるっしょ~!? 実験体は多い方が良いんだからぁ~、ぶつ切りでも三枚おろしでも早く早くぅ~っ!」

「落ち着きなさい。それと、客人扱いだから解体は無しです。ほら、自己紹介をして」

「おぅ、りょーかいぃ~!」


 薬をキメてでもいるのか、白衣姿の眼鏡ショタがハイテンションで私に駆け寄ってくる。

 言動のチャラさ加減に辟易するが、目の下に大きなクマを見つけて急に親近感が湧いた。栄養剤と精神活性剤に婿入りして、何日も何日も幻覚と抱き合って添い寝して野垂れ死ぬ寸前の最期の輝きだ。

 両手をぶ~らぶら、上半身ゆ~らゆら。

 真っ直ぐ走って歩いているつもりで、内股を二百パーセント過剰にした千鳥足を披露している。赤ん坊より座っていない首が頭をあっちこっちに揺らして揺らし、突き抜けてしまった疲労の程に思わず涙を漏らして流す。

 何故、そこまで頑張ってしまったのか……?


「わっしゃっしゃっ! 神滅戦線の主任研究員フォルゴ・バスターたぁ俺のこったぁ~! ちなみに徹夜四日目ぇ~。無理矢理ベッドに縛り付けられて寝かせられてたけど、眠れねぇから抜け出てやったぜぇ~。キャッキャッキャッ!」

「誰か、寝かせてあげてよぉーっ!」

「栄養剤の摂取し過ぎで、睡眠薬が効かない程の薬物耐性を持っているんです。神喰いなので神薬も効かず、脱走癖が酷くて、寝かせようとしてもいつの間にか研究室に戻っている始末…………」

「おかげで『眠らない狂学者』だなんてあだ名がつく程よ。にしても、フォルゴの方から現れたんじゃあ、私達には止められないわねぇ…………止めた所で、いつの間にかしなずち神と一緒に研究しているだろうし……」

「え? この子と組めって? 正気?」

「「正気正気」」


 ヴィットリアと清水さんが何度も頷く。

 先程言っていた研究の担当者が彼なら、確かにそうなるのも無理はない。だが、こんな仕事中毒者と一緒にいたら、どんな手違いで何をされるかわかったもんじゃない。

 レポートの締め切りに追われていた前世の大学時代と比べても、比較できない程に酷過ぎる。

 素面なら出来ないような事を平気でやってしまう、理性と知性と判断力が欠如した状態だ。言動がぶれてぶれて支離滅裂で、でも根底にある使命感と責任感が睡眠を遠ざけて身体を動かす。

 もう、見ていられない。


「俺、何とかしてあげて」

「『四徹なら半日で良いか。フォルゴさん、お近付きの印にジュースをどうぞ』」

「『さん』なんていらないってぇ~。あんがとあんがと」


 掌に妖怪製睡眠薬を詰めた瓶を生み出し、フォルゴに手渡す。

 初対面なのだから多少の警戒をされると思ったが、蓋を開けて一気にグイッと呷ってくれた。ものの数秒で中身を飲み干し、そのまま後ろに倒れて盛大ないびきをかき始める。

 やっぱり、神喰い相手でも妖怪の薬は効いてくれる。

 確かめられて良かった。


「『同じ睡眠薬を幾つか渡しておきます。寝かしつけるのに使ってください』」

「感謝致します。さぁ、皆持ち場に戻りましょう。しなずち神とフォルゴは私が見ておきますから」

「あら? ヴィットリアは公務があるから忙しいでしょ? 私が見とくから安心していってらっしゃいな」

「見るだけで済ませる気はないでしょう、清水さんは?」

「そっくりお返しするわよ、ド淫乱吸血鬼」


 「あーあーまた始まったよ」と、集まっていた神喰い達がぞろぞろ外に歩き出した。

 二人の間にじっとりとした重い空気が集まり、時折雷撃が走って火花を散らす。

 比喩でも何でもなく、喧嘩にならないように魔力勝負をしているようだ。ただ、どちらが勝っても私にとっては身の危険しかなく、気付かれないようにベッドの下へと染みて隠れる。

 ヴィットリアとは、してみたい気もするけど……。


「『そういえば、吸血鬼の巫女はいなかったよな? 城下で漁ってみないか?』」

「前世は女っ気なかったのに、そういう所はしなずちなのね…………」


 でも、吸血鬼か。

 しなずの血である私達が吸われたら、一体どうなるんだろ?

 ちょっと、ちょっとだけ、興味があるかも。
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