しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第151.5話 おかしな逃亡者

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「ヴィットリア。しなずち神、全然攻めてこないねぇ~……」


 窓際に座って翼の手入れをしながら、我が同胞ジェン・グローニーは夜空に浮かぶ満月を仰ぐ。

 今日が最後になるかもしれないと説き伏せて、幼さが残る彼に跨った余韻が熱い。気を抜けばこぼれだしてしまいそうなそれを指で塞ぎ止め、私は寝ていたベッドから上半身だけゆっくり起こした。

 西から吹く湿った風が、露わになった素肌を撫ぜる。

 このクロッセンド王国は、海に近い沿岸国。一年中海側からの偏西風が止まず、湿度に富んだ温かい気候が特徴だ。

 雨が多いのと食材が腐りやすいのが困りものだが、私はこの上なく気に入っている。こうしてし終わった後の汗まみれの身体が、普段の湿気に包まれているのと大して変わらないから。

 湯浴みをせずとも、気にせず寝られる。


「良いじゃない、ジェン。おかげで意中の娘に告白して、種を遺せたのでしょう?」

「うん……でも、もう一ヶ月だよ? 一ヶ月も音沙汰無しで、斥候から侵攻してきてるって報告も上がってこない。何か途轍もない事をしようとしてるんじゃないかって、うち、心配」

「武力でなく、薬と金と性産業で支配域を拡げている相手だもの。前世の知識も今世の常識も、全く通用しない何かをしてきそうではあるわ」

「何をしてくるんだろ……? 良い人だから、そんなにひどい事はしてこないよね……?」

「どうかしら?」


 ジェンへの答えをはぐらかしつつ、実際の所、私も全く予想をつけられていない。

 こちらは既に、武器や資材、食料に至るまで城内に集めて準備を済ませてある。ユーゴを除く神喰いの仲間達も集合していて、後は向こうの動き次第で用意していた策を講じ弄する。

 地の利はこちらにあり、力の相性もこちらに分がある。

 更に策が加われば、上位神相手でも五分以上の勝負が出来る筈だ。

 こんな時の為に用意しておいた神殺しの武具も引っ張り出し、予想外に長かった準備期間で使い手達に慣らしもさせた。あとやれる事は祈るくらいで、祈る先が無いから、こうして男女で営んで暇を潰している。

 私も、もう孕んでるかも?

 四分の一はサキュバスの血が入っているけれども、ここ数週間は一日最低二十回注がれている。流石にそんなには食べきれず、生理も止まってるから、誰かの種が当たっていてもおかしくない。

 勝利の暁には、産んでも良いかもね。


「この前、頭領が帰って来たんだよね? 何か言ってた?」

「『存分に好きにして良い。それと、転移先で忙しくなりそうだから、ディプカントの事は全て任せる』って。後、珍しく女になってたかと思ったら、お腹を擦ってにやにやしていたわ」

「え? 頭領って男じゃないの?」

「あの方に常識は通用しないのよ。アルセア神の尖兵なのに、ギュンドラに馴染めなかった私達を神々から守ってくれたり、討滅した神の血肉を食べさせて神喰いに仕立てたり――――何をしたいのか企んでいるのか、私にも未だにわからないわ」

「うぅ~ん…………」


 難しい顔を浮かべたジェンは、頭に手を置いて右へ左へ交互に揺らした。

 おそらく、頭領の事を疑っているのだろう。

 彼はメンバーの中でも新参に近い。頭領に直接会った回数は片手で数えられるくらいで、忠誠も信頼も古参に比べれは遥かに薄い。

 しかし、私はそれを咎める気にはならない。

 元々、頭領とは私達が呼んでいるにすぎないのだ。

 個性しかない神喰い達が、助けてくれた彼を拠り所にして集っているだけ。上下の関係はそもそも存在せず、勝手に神輿に上げて担いで回っている。

 疑う余地なんてない。

 結局、私達の行動は、私達の選択の結果に過ぎないのだから。


「ジェン――――」

「ちょっとちょっとちょっと、大変よ二人とも!」


 触手付き単眼がドアを開け放ち、言い掛けの台詞を押し飛ばされた。

 落ち着いていた場の空気が一変し、ゆらゆら揺れる卑猥の化身に意識が向く。一体何が起こったのか、彼はいつもの独特なマイペースを崩し、やけに慌てて目を見開き血走らせている。

 こんなの、アーカンソーとヴァテアが大喧嘩して、アングルーム大荒野を作り上げた時以来だ。

 まさか――――!?


「動きましたか、清水さんっ!?」

「えぇ、動いたわ! 動いたけど、動いたんだけど…………ぇえいっ! どう言えば良いかわからないじゃないっ! 二人とも、ちょっと城門まで来て頂戴!」


 触手の先でクイックイッと手招きされ、私達は手近な衣類を羽織って部屋から飛び出した。

 清水さんの先導で廊下を駆け、向かうは城の正面門。

 何があったのか慌ただしく、神喰いの仲間達も動いている。武器を持って同じ方向へと走って走り、三つの廊下と二つの階段を通り抜けて騒動の現場へと辿り着く。

 そこにいたのは、十七の切っ先を向けられてむせび泣く、見覚えのある幼い少年。

 何故?

 どうして?

 何で?

 この場の全員が疑問しか抱けず、少年の嗚咽が漏れる度に当惑に揺れる。床の石材を濡らす涙の匂いは嘘偽りない悲しみを示し、私が近寄ると涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった可愛らしい顔がこちらを見上げた。


「しなずち神…………貴方、何を……?」

「ぐすっ……えぐっ…………おねがい……かくまってぇぇ…………」


 それだけ言うと、当座の宿敵は堰を切ったかのように、ただただひたすら泣き始めた。
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