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第144話 抑止力の大切さ
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「けんかはぁー、だめぇー」
「「ごめんなさい……」」
正座して捕食の恐怖に震えるアイシュラ神とルエル神の前で、マタタキは腰に手を当て、優しい睨みを上から利かせた。
とても怒っているとは思えない、ゆったりとした抑揚のない口調。
威圧感は欠片もなく、しかし、この二柱にはこの上なく効いているようだ。元々、マタタキは神をも殺せる時の魔神。神界会議で出そうとした時、ソウやルエル神を含めたほぼ全ての神が逃げ出す程の神的脅威だ。
主食である私の命しか聞かず、彼女達に対する抑止力と十二分になり得ている。
ただ、多少行き過ぎている感はある。
マタタキを恐れて、それ以外の者達が式場から逃げ去ってしまった。二柱が暴れてボロボロになったこの場の片付けを誰もせず、三百本の触手を生やして私が元通りに直している。
おかしいなぁ?
私は今回、何も悪くない筈なのに……。
「ヴァテアァ~、手伝ってよぉ~……」
「なら、この鎖を解け! それと、式とお前の祝福はキャンセルだ!」
「あぁ、そこは安心して。アイシュラ神の誓いが契約の主軸だから、ヴァテアの方から婚姻は解消できないんだ。ラスタビアの彼女達も同じ。だから、思う存分堪能してねっ」
「お、ま、え、はぁぁぁぁぁぁああああ――――っ!」
ヴァテアの怒りの眼差しが、私を射殺さんばかりに強烈に注がれる。
そんなに凄んでもダメな物はダメだ。
結婚の誓いは、当事者間だけでなくその親類縁者、式を取り仕切る神職、誓いを認める神全てに及ぶ。覆すには相応の代償を負う必要があり、それが出来なければなかった事になんてできやしない。
そうでなくても、やらせはしないよ?
十五で成人のこの世界で二十四にもなって独り身とか、行き遅れにも程がある。
あぁ、歪曲空間で過ごした時間を含めれば三十越えだっけ。
余計にダメだよ。ダメダメ。
『ヴァテア、いい加減に大人になれ』
優しく厳しい声と共に、魔力の霧が集まり人型を作る。
表面の色が変わると、いかにも貴公子という感じの若々しい男性の姿を映し出した。やや細身で細目で群青の髪をオールバックに仕上げ、裏で暗躍しそうな知性派の気配をぷんぷん臭わせる。
実体で来ない所を見ると、マタタキが怖いのは他と変わらないようだが……。
「クソ親父! いつから仕込んでやがった!?」
『いつでもできるようにしておいただけだよ。アルセア神に女の悦びを教えられてから、男は不要だって五十万年通してきてやっと持ち上がった縁談なんだ。兄として出来る限りはしたつもりだ』
「父親らしい事は全っ然してねぇよな!? 妹に実の息子を売っぱらうとか何考えてやがる、このド外道!」
『いやいや。ヴァテアとアイシュラが結婚すれば、母親であるユエルはこっちに来ざるを得ない。私達も息子夫婦も幸せを掴めるのだから、お前の前世でいう所のウィンウィンの関係となるだろう?』
「神国が皇国に攻め入る口実になるんだからウィンになるわけねぇだろ!? エイレスが皇王になったって言っても、俺はグランフォートの皇族だ! 故郷が戦禍に呑まれるのを黙ってみていられるか!」
「なら、私の庇護下に入る? 一応上位神で、マタタキがいるから抑止力にはなる。どう?」
「ぐっ…………でも……いや、無理だ……」
ヴァテアは何かを言おうとして、やっぱり言わずに呑み込んだ。
親友の上位神の庇護に入れないとなると、相当に重い理由だろうか? 自分の事はいくらでも無理筋を通す癖に、考える必要もない優良案件に飛びつかないのは怪しすぎる。
まぁ、多分家族絡みだろうけど。
予想すると、エイレスっていう弟君?
「じゃあ、もう一個の代替案を取ろう。ヴァテアの為だから、私が全部の責任を取るよ」
「お、おいっ。何をする気だよ?」
「傾いた天秤を元に戻す。左手を開いて」
私は掌から六つの血の指輪を生み出し、ヴァテアの開いた薬指に三つの指輪を潜らせた。
指輪は皮膚に潜り込んで血管に侵入し、体そのものと一体となる。これで常時精力ブーストがかかった状態になり、サキュバスクィーン十人相手でも涸れも果てもしなくなる。
そして、残りの三つはあるべき場所に。
「……なんだよコレ?」
「ルエル神、アイシュラ神。私からの贈り物です。左手の薬指につけてください」
「待てよコラッ! 結婚指輪かよ、コレッ!?」
「後でロザリアにも渡しに行く。三人ともヴァテアと結婚すれば、三国争わずに仲良くなれるよね? 文句は末代まで私にどうぞ」
『あぁぁぁ……でもこれではユエルをこっちに連れてこれない……』
「ヴァテアの出自を公表してグランフォートに亡命でもしてください。はい、これで万事解決っ! 喧嘩しないで夫婦で愛して愛されて、嫉妬の炎は旦那に注いで、その分注がれて鎮火する様に! あと、そちらのお二方には指輪の代金をこれから請求しますから、丁度良い会談場所の用意をお願いします!」
手をパンパン叩き、場を仕切って騒動を終わらせる。
式場の修復も丁度終わり、私はマタタキをお姫様抱っこで抱き上げた。首や頬に甘えるように口付けられ、私からも首から鎖骨、上乳から谷間に舌を這わす。
あの二柱を抑えてくれたご褒美も上げないと――――ん?
「むぅー……」
ヴァテアとルエルとアイシュラに、マタタキはチラチラ視線を向ける。
不機嫌そうに羨ましそうに、自分の左手を開いたり閉じたり繰り返す。意図する所がすぐにわかり、私は耳の裏を舐め上げてそっと囁いた。
「欲しい?」
「っ!? ほしいぃーっ!」
「そっか。そっちはあげられないけど、代わりをあげる」
口づけを交わして羽衣を脱がしながら、私は時忘れの牢獄への入り口を開いた。
「「ごめんなさい……」」
正座して捕食の恐怖に震えるアイシュラ神とルエル神の前で、マタタキは腰に手を当て、優しい睨みを上から利かせた。
とても怒っているとは思えない、ゆったりとした抑揚のない口調。
威圧感は欠片もなく、しかし、この二柱にはこの上なく効いているようだ。元々、マタタキは神をも殺せる時の魔神。神界会議で出そうとした時、ソウやルエル神を含めたほぼ全ての神が逃げ出す程の神的脅威だ。
主食である私の命しか聞かず、彼女達に対する抑止力と十二分になり得ている。
ただ、多少行き過ぎている感はある。
マタタキを恐れて、それ以外の者達が式場から逃げ去ってしまった。二柱が暴れてボロボロになったこの場の片付けを誰もせず、三百本の触手を生やして私が元通りに直している。
おかしいなぁ?
私は今回、何も悪くない筈なのに……。
「ヴァテアァ~、手伝ってよぉ~……」
「なら、この鎖を解け! それと、式とお前の祝福はキャンセルだ!」
「あぁ、そこは安心して。アイシュラ神の誓いが契約の主軸だから、ヴァテアの方から婚姻は解消できないんだ。ラスタビアの彼女達も同じ。だから、思う存分堪能してねっ」
「お、ま、え、はぁぁぁぁぁぁああああ――――っ!」
ヴァテアの怒りの眼差しが、私を射殺さんばかりに強烈に注がれる。
そんなに凄んでもダメな物はダメだ。
結婚の誓いは、当事者間だけでなくその親類縁者、式を取り仕切る神職、誓いを認める神全てに及ぶ。覆すには相応の代償を負う必要があり、それが出来なければなかった事になんてできやしない。
そうでなくても、やらせはしないよ?
十五で成人のこの世界で二十四にもなって独り身とか、行き遅れにも程がある。
あぁ、歪曲空間で過ごした時間を含めれば三十越えだっけ。
余計にダメだよ。ダメダメ。
『ヴァテア、いい加減に大人になれ』
優しく厳しい声と共に、魔力の霧が集まり人型を作る。
表面の色が変わると、いかにも貴公子という感じの若々しい男性の姿を映し出した。やや細身で細目で群青の髪をオールバックに仕上げ、裏で暗躍しそうな知性派の気配をぷんぷん臭わせる。
実体で来ない所を見ると、マタタキが怖いのは他と変わらないようだが……。
「クソ親父! いつから仕込んでやがった!?」
『いつでもできるようにしておいただけだよ。アルセア神に女の悦びを教えられてから、男は不要だって五十万年通してきてやっと持ち上がった縁談なんだ。兄として出来る限りはしたつもりだ』
「父親らしい事は全っ然してねぇよな!? 妹に実の息子を売っぱらうとか何考えてやがる、このド外道!」
『いやいや。ヴァテアとアイシュラが結婚すれば、母親であるユエルはこっちに来ざるを得ない。私達も息子夫婦も幸せを掴めるのだから、お前の前世でいう所のウィンウィンの関係となるだろう?』
「神国が皇国に攻め入る口実になるんだからウィンになるわけねぇだろ!? エイレスが皇王になったって言っても、俺はグランフォートの皇族だ! 故郷が戦禍に呑まれるのを黙ってみていられるか!」
「なら、私の庇護下に入る? 一応上位神で、マタタキがいるから抑止力にはなる。どう?」
「ぐっ…………でも……いや、無理だ……」
ヴァテアは何かを言おうとして、やっぱり言わずに呑み込んだ。
親友の上位神の庇護に入れないとなると、相当に重い理由だろうか? 自分の事はいくらでも無理筋を通す癖に、考える必要もない優良案件に飛びつかないのは怪しすぎる。
まぁ、多分家族絡みだろうけど。
予想すると、エイレスっていう弟君?
「じゃあ、もう一個の代替案を取ろう。ヴァテアの為だから、私が全部の責任を取るよ」
「お、おいっ。何をする気だよ?」
「傾いた天秤を元に戻す。左手を開いて」
私は掌から六つの血の指輪を生み出し、ヴァテアの開いた薬指に三つの指輪を潜らせた。
指輪は皮膚に潜り込んで血管に侵入し、体そのものと一体となる。これで常時精力ブーストがかかった状態になり、サキュバスクィーン十人相手でも涸れも果てもしなくなる。
そして、残りの三つはあるべき場所に。
「……なんだよコレ?」
「ルエル神、アイシュラ神。私からの贈り物です。左手の薬指につけてください」
「待てよコラッ! 結婚指輪かよ、コレッ!?」
「後でロザリアにも渡しに行く。三人ともヴァテアと結婚すれば、三国争わずに仲良くなれるよね? 文句は末代まで私にどうぞ」
『あぁぁぁ……でもこれではユエルをこっちに連れてこれない……』
「ヴァテアの出自を公表してグランフォートに亡命でもしてください。はい、これで万事解決っ! 喧嘩しないで夫婦で愛して愛されて、嫉妬の炎は旦那に注いで、その分注がれて鎮火する様に! あと、そちらのお二方には指輪の代金をこれから請求しますから、丁度良い会談場所の用意をお願いします!」
手をパンパン叩き、場を仕切って騒動を終わらせる。
式場の修復も丁度終わり、私はマタタキをお姫様抱っこで抱き上げた。首や頬に甘えるように口付けられ、私からも首から鎖骨、上乳から谷間に舌を這わす。
あの二柱を抑えてくれたご褒美も上げないと――――ん?
「むぅー……」
ヴァテアとルエルとアイシュラに、マタタキはチラチラ視線を向ける。
不機嫌そうに羨ましそうに、自分の左手を開いたり閉じたり繰り返す。意図する所がすぐにわかり、私は耳の裏を舐め上げてそっと囁いた。
「欲しい?」
「っ!? ほしいぃーっ!」
「そっか。そっちはあげられないけど、代わりをあげる」
口づけを交わして羽衣を脱がしながら、私は時忘れの牢獄への入り口を開いた。
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