しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第143話 魔王神は待っていた

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「っはぁ――っはぁ――っはぁ――」


 足裏に感じる土の感触が、私の正気を醒まさせた。

 誰かに乗せてもらうのであれば、その契約で私は私を騙す事が出来る。しかし、自分で空に上がる事は地の化身たる自分自身を否定する行為であり、反動と消耗が酷く激しい。

 神になっても……いや、神になってから、それはもっと強くなっている。


「し、しなずち様っ!?」

「っはぁ――――ごめんね、ユーリカ…………ふぅ……」

「おいおい、大丈夫か? もしかして、前世の死に際のトラウマか?」

「違う……妖怪の私は、自分で大地から離れる事を許さないんだよ。跳躍は地に戻るからまだ良いんだけど、離陸を経る飛行は自己否定になってきついんだ…………」

「先に言えって。でも、飛べなくはないのか?」

「龍の要素が多少緩和してくれる…………ふぅ……」


 動悸が落ち着き、ぐらぐらに煮立った頭が少しずつ冷えていく。

 今後は飛行が必要なケースの為に、レスティかラスティを常時連れるのが良いのかもしれない。あの二人なら側仕えとして申し分ないし、特にラスティは秘書や参報としての気質がレスティより強い。

 先んじて眷属に迎えた事が影響しているのだろう。

 元は同じ存在なのに、この違いは愛おしく好ましい。私への逆レイプもラスティは控えめだ。うん、次の遠征の時はそうしよう。


「…………ヴァテア様。私に統魔を教えてください」

「? ユーリカ?」

「良いけど、何故だ?」

「しなずち様が苦しむお姿は見たくありません。飛ぶ必要があるのであれば、私がお連れ出来る様になりたいのです」

「愛されてるな。なら、しなずちも一緒に鍛えるか。魔力の流動が教えた時より甘くなってるしな」

『そういう話は良いけれど、そろそろ入っておいで。陛下がまだかと騒ぎ始めているよ』


 霧の揺らめきが、地上よりはっきりと声を伝えて来た。

 距離が近くなった分、魔力制御の精密さが上がっている。穏やかで優し気な声色が濃く出ていて、それだけで大体の人となりがわかる気がする。

 インテリ系の厄介なタイプだ、コレ。


「うっせぇな…………でも、アイシュラを待たせるのはまずいか。しなずち、もう大丈夫か?」


 ヴァテアが差し伸べた手を掴み、私は大きく息を吐いた。

 まだ多少視界が揺れるが、歩けないほどではない。ユーリカと腕を組んで身体を預け、一歩一歩を踏みしめて歩く。

 なんだか、情けない。

 支えてくれる女性を支えるのが男の務めだろうに。


「あんまり無理するなよ? バルガー、開けてくれ」

『必要なさそうですぞ、坊ちゃん』

「ん?」


 城壁から歳経た渋い声が聞こえたかと思うと、周囲の景色が捻じれて歪んだ。

 私だけでなく、ユーリカとヴァテアにもそう見えているらしい。私を庇おうとユーリカが覆い被さり、ヴァテアは何かを気にしてしきりに周囲を見回っている。

 ねじれた世界の色が変わり、土と城壁の黒がより多くの黒と赤と金に彩られる。

 まるで星空の中に漂っているような煌めきと美しさ。しかし、足の感触が残っている事から嫌な感じはせず、徐々に戻っていく捻じれと歪みが少しばかり惜しく思えた。

 そして、景色を景色として認識できるようになると、まるで教会を思わせる荘厳な礼拝堂と――――。


「ようこそ、しなずち神。同じ上位神として歓迎致します。それと突然で悪いのだけれど、少し手伝ってもらっても良いかしら?」


 漆黒のウェディングドレスに身を包む紫の女神が、満面の笑みを浮かべてヴァテアの身体に抱き着いていた。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「えぇ~……こういうのはヴィラを連れてきた方がほんとは良いんだろうけど、私、生の神しなずちが出来得る限り、精一杯務めさせて頂きます。新婦アイシュラ・ガル・ディシーヴ。貴女は新郎ヴァテア・G・グランフォートと永遠の愛を契る事を誓いますか?」


 礼拝堂の壇上で、こんな感じだったと思う神父服に身を包んで目の前の二人と対面する。

 一体何がどうなっているのかと問われれば、同じ上位神のよしみでアイシュラとヴァテアの婚姻を認めてほしいと乞われたのだ。

 実力的に敵わない相手に断る選択など取れる筈が無く、むしろ貸しが作れるならと私は喜んで了承した。逃げようとしたヴァテアは実の父親に魔封じの鎖で拘束されていて、罵詈雑言が激しかったから口に触手を突っ込んで黙らせてある。

 頬を朱に染めた魔を統べる神が、うっとりとした瞳と妖艶な笑みを傍らの想い人へと向けて捧げる。

 これだけの愛を向けられて、拒むなんて男じゃない。

 私の親友はまさしく男の中の男なのだから、彼女を受け止めるなんて朝飯前。他に孕ませた十七人ともっとたくさんいる片想い娘達も全員を纏めて、残らず娶って幸せにして見せるに決まっている。

 信じてるよ、親友。

 だから、そんな血走った目で私を睨まないで。


「誓います」

「生の神しなずちの名の置いて、貴女の誓いを認めます。新郎ヴァテア・G・グランフォート。貴方には新婦アイシュラ・ガル・ディシーヴとの永遠の愛を契らせますので、いくら拒んでも無駄だからこれからばっちり決めて来い」

「むがぅごごおごっぁああああああああっ!」

「汝らに祝福を――――っ!?」


 背後のステンドグラスから光が溢れ、何事かと私は振り返った。

 強力な神力と魔力が渦を巻いて収束し、色ガラスを突き破って破片を散らす。神々しい光が円環となって降り注ぎ、参列していた魔族達を一人残らず吹き飛ばしてしまった。

 光が集まり形を成し、純白の幼女へと姿を変える。

 見覚えのあるキツくつり上がった目尻が、強烈な眼力を生み出して私達に叩きつける。別に悪い事はしていない筈なのに、私は一歩後ろに退いて心の臆しを晒してしまった。

 どうして、ここにいるのだ?


「その婚姻、異議あり!」

「却下よ、ルエル。既に誓いは成された。なりたてでも上位神の祝福は、同格三柱以上の申し立てが無いと覆せないわ」

「私が異議を唱えているのだから成立しているわけがありません! その穢れた手をヴァテアから離しなさい!」

「穢れた? 私の手を穢したのはヴァテア以外にいないわ。貴女もそうでしょう? 穢れた者同士、罵倒する言葉は選んだ方が良いのではなくて?」

「ぐぬぬぬ…………!」


 巻き込まれない内に、私は舞台袖でシスター役を務めていたユーリカに撤退を指示する。

 別に逃げるわけではない。決して逃げるわけではなく、あの二柱の間に立つと不死であっても関係ないから退避するだけだ。

 死ではなく、存在自体を抹消されかねない。

 存在抹消されれば、幾ら不死でも意味がない。元々いなかった事にされて誰にも彼にも忘れられる。シムカやアシィナやシムナや皆と皆と皆と皆に、私との愛を忘れられてしまう。

 それだけは、絶対に避けないと――――?


「どこにいくつもりかしら、しなずち神っ?」


 唐突に肩を掴まれ、おそるおそる振り返る。

 聖なる極光の女神として、絶対にしてはいけない暗く歪んだ顔がそこにあった。掴まれている箇所を解いて逃れようとするが、光の輪が私の身体を捕えて締め、トンッと軽く押されて床に転がされる。

 あ、ダメだこれ。逃げきれない。


「ソウ様と私と貴方、三柱の決定があればアイシュラとヴァテアの婚姻を破棄できますっ。協力なさいっ」

「せ、生の神として生なる営みの否定は出来ないんですけど…………」

「どうにかなさい! このままでは、ヴァテアをあの冷血女に独占されてしまいます! まだ三十回分しかもらっていないのに、そんな事は許せません!」

「出来ていれば出来婚に持ち込め――――」

「そうそう出来るわけがないでしょう!? いくら神魔族の種といえど、極光神たる私が子を宿すには量が必要です! ジョッキであと三杯くらい飲み干さないと、私のココには至らないのです!」

「……んん?」


 何か、変な感じだ。

 ジョッキで飲むって、意味的にはそのままの意味だよね?

 上の口からいくら飲んだってそっちにはいかないから、それではいつまで経っても出来るわけがない。男女の営みという物を、もしかしたら誤解か曲解か歪曲させられている?

 でも、何十万年と生きている上位神がそんな間違いなど犯すわけ――――っ!?


「ふふっ……」


 ルエル神を挟んだ向こう側で、アイシュラ神が小馬鹿にした嘲笑を浮かべていた。

 まさか、アンタが元凶か!


「……ルエル神。貴女が教えられた子供の作り方を教えてください」

「? それはこう、手とか足とか脇とかお腹とかでこうしてこうしてこうやって、聖杯に出させて溜まったらクイッと」

「ロザリアやアイシュラ神と一緒にヴァテアを逆レイプした時、彼女達はどうしてました?」

「え? 裸になって身体を密着させて腰振ってただけよ? そんな事しても赤ちゃんは出来ないのに、一体何をしていたのかしら?」

「そっちが正しい子作りの仕方です」

「………………………………」


 私の言葉に、ルエル神は振り返ってアイシュラ神を見る。

 『やっと気づいたの?』という心の声が、私にも見えて聞こえた。

 正しい知識に間違った知識を混ぜて伝え、自分はしっかり先行する。最低の所業でも効果は覿面だったようで、アイシュラ神はドレスの薄い布地の上から、愛おしそうな手付きでへその辺りを両手で撫でた。

 ミスリードだろう。

 そうであって欲しい。

 だが、当事者たるルエル神にとってはどちらであっても関係ない。辺りが急に暗くなって光が消え、熱感知に切り替えると、ルエル神の手には太陽を成型したような超熱量の剣が握られていた。

 逃げたい。

 逃がして。


「ア、イ、シュ、ラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「お、ば、か、さん」


 気が気でない上位神同士の大喧嘩に巻き込まれない為、私は必死になって這って離れた。
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