しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第141話 ヴァテアにどん引き

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 どうしてヴィットリア嬢でもジェン君でもなく清水さんなのか?

 私はヴァテアの発言に疑惑の目を向け、両手で尻を庇って遠ざかった。

 まさかあれだけの人数から言い寄られても女性と関係を持たなかったのは、そっちの趣味があったからなの?

 私の事を、そんな目で見ていたの?

 汚らわしい。


「男色だったの……?」

「いや待て、なぜそうなる?」

「清水さんって、夜な夜なショタを犯して回る性犯罪触手目玉なんだよ? そんなのと知り合いだなんて、ロザリア達になんて言い訳する気? 長距離跳躍も、彼との密会の為に身に着けたっていうの?」

「おう、それ以上はやめろ。俺だって傷付く時は傷付くんだぞ? やめないんだったら、今度歪曲時空に清水さんと二人っきりで閉じ込めてやるからな?」


 想像するだけで怖気が走る脅し文句に、私はソファーの裏に必死で逃げた。

 背もたれを越えるとヴァニク夫妻の熱愛現場に遭遇し、正しい繁栄の形に心が癒される。ラフィエナ妃が口で口を塞いで蹂躙し、スカートで見えない向こう側をもぞもぞ動かしてヴァニク殿下を組み敷いている。

 二人に短く『頑張れ』とエールを送る。

 しかし、この大きくも小さい家具を挟んだ向こう側は、歪み切った衰退の吹き溜まりだ。

 私は膝を折って丸くなり、追っ手の目から隠れようと小さく縮こまった。近づく足音など気のせいと断じ、顔を下にしてふわふわの絨毯の優しさに触れる。

 ふと、細長い何かが太腿を這った。


「ひぃっ!?」

「ただのリボンだ。清水さんはヘブンズアイっていう種族で、その涙には強力な抑魔の力が宿っている。マタタキを封印した短剣を鍛えるのに必要だったから、仕方なく接触しただけだ。深い意味も浅い関係も何もないからな?」

「そうやって否定する所が逆に怪しい! アイシュラ神とルエル神にも問い合わせ――」

「マジでやったら容赦しねぇぞ?」

「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ…………」


 怒りと怒りと憤怒と激怒を滾らせて、ヴァテアの顔が闇を纏う。

 圧が強すぎて直視できない。化け物か何かと間違われてもおかしくない形相に、流石の私も泣いて怯えて逃げるしかできなかった。

 うん。すごく時間を無駄にしている。

 わかっているけど、私にはどうしようもない。一縷の望みに縋ってギュンドラに視線を送り、迅速な介入と円満な調停を依頼した。

 『しょうがねぇな』というため息が向こうで吐き出される。


「ヴァテア。神滅戦線とはどの程度の付き合いだ?」

「ん? 知り合いなのは清水さんとヴィットリアの二人だけだ。何度か参加を打診されたんだが、同じ時期にルエルとアイシュラとの婚約話が持ち上がって、それどころじゃなくなったんだ」

「しなずちで勝てそうか?」

「勝てるだろ? 神喰いって言っても、神の力に耐性があるってだけだ。シムナやレスティみたいな地力に秀でた連中で十分制圧できる。逆に、ユーリカのように羽衣に依存してる連中は無理だ。羽衣はしなずちそのものだから、神喰いの抵抗を抜けない」

「だとよ。こんな所で油売ってないで、さっさと帰って部隊編成した方が良い。心配のしすぎだ」

「ふみぃぃぃぃ…………」


 ヴァテアとギュンドラの言葉に納得しかかり、しかし、やっぱり胸のつっかえが取れなくて踏み止まる。

 ユーゴの様に年数をかけて鍛錬をしている神喰いはいないか?

 神喰いの人数と戦力規模はどの程度か?

 幹部四人の上にいる頭領とは何者で、一体どの程度の実力を持っているのか?

 不確定な要素がいくつもあり、安心なんてできやしない。神相手でないから私が矢面に立てるが、後に続く巫女達への脅威は出来るだけ少ない方が良い。

 理想は、始まる前に勝ちが確定している事。

 勝負は時の運という言葉がある。しかし、戦争は勝負ではない。

 事前に行う準備と根回しが物を言い、足りれば勝って、足りなければ負ける。必要最低限では全く足りず、十分に十分を重ねて重ねて重ねて、用意した半分も使わなければ万々歳だ。

 皆の為に、私は気を抜いてはいけない。


「……ギュンドラは、私と同じ状況でも安心できる?」

「俺には世界遊戯があるから、敵の規模を正確に把握できる。戦力が足らないのはいつもの事だから、そこをどうするのかが腕の見せ所だな。あぁ、お前がユーゴ達と戦った時は『クソゲーッ!』って本気で思った」

「私には今、三百人以上の巫女がいる。彼女達を失いたくない。一人でも失えば、その時点で私は敗北だと思っている」


 私はソファーの裏から表に出て、床に脚を付けて頭を下げた。

 下を向いているから顔は見えないけど、二人の呼吸が少し乱れたのを感じる。人を率い、神にまで至った私に土下座されるなんて、全く考えもしなかったからこその反応だろう。

 でも、必要なら私は躊躇わない。

 今、神滅戦線の情報の糸口はこの二人しかいない。どんなに小さな切れ端であっても、引き出せるなら私の面子なんて安い物。

 背負っている命は、安くないんだ。


「どんなに小さなものでもいいから、奴らの情報が欲しい。規模、頭領の詳細、神喰いの人数、対処方法――――不明確でも伝聞でも何でも良い。教えて、くださいっ」

「…………はぁ……何ていうか、お前はお前なんだな…………」


 ヴァテアの足音が私の前まで来て、衣擦れ音の後に頭を撫でられる。

 優しい手付きは慈しみに溢れていた。ほんのり伝わる温かさが何だかたまらなくてたまらなくて、ずっと抑えこんでいた失う恐怖が沸き上がって目から零れる。

 私は、弱い。

 不死の妖怪になっても、勇者を配下にしても、いくら鍛えても、神になっても、失う事が怖くて怖くて怖くて怖い。

 皆を信じてこそいるが、だからこそ、失った時の絶望が垣間見えて身体が竦む。出来る事なら戦いなんてせず、向こうからこちらに加わってくれる展開こそを理想と思う。

 そうすれば、誰も彼も傷付く事なく、温かい世界を拡げられる。

 戦いなんて、私は嫌いだ。


「…………会ってみるか?」

「……?」


 そっと顔を上げると、優しくも、覚悟を決めた男の顔があった。
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