しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第123話 経済戦争を前にして

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 どこまでも透き通った青空の下、丸いテーブルと椅子を並べただけの簡易会議場で数枚の書類に目を通す。

 僅か二時間で仕上がってきた内容は、確たる証拠を持たずとも非常に重要な傾向データを示している。

 私だけでなく同席しているエドルと棟梁も理解出来るほどで、規模の大きさから何をしても手遅れだとすぐにわかった。幸いなのは私達の管轄域外で発生している大禍の余波に過ぎず、全力で対処すればこちらの被害を少なく出来るという事。

 私は大きくため息をついて、報告者であるキサンディアに確認を取った。


「これ、神界再編戦争より前から仕掛けられてるよね?」

「おそらく。管轄域の北のすぐ外で、五つの都市が品不足による物価インフレを引き起こしています。最初は木材や石材などの建築資材から始まり、革、繊維といった比較的緊急性の乏しい分野から徐々に。三日前には麦が二百パーセント値上げとなり、直に他の食料品も跳ね上がるかと」

「ふざけやがって……商業は社会の基盤だぞ? 壊れたら戦争か、廃墟になるしかねぇじゃねぇかっ」


 血の気が引く程に拳を強く握り、外見上は私と同年代くらい――十二歳前後――の『青年』が怒りに身体を震わせた。

 華奢で可愛らしく眼鏡をかけ、真っ赤な長い髪を三つ編みにしてリボンまで結んだ見た目は少女。

 彼はこう見えて、実年齢は二十歳を超えている。

 成長期に恒常的な栄養不足を強いられ、成長自体が止まってしまったのだ。

 原因は、これから北でも発生するであろう飢餓と悪徳の極み。パン屑すら手に入れる事が難しい生活の中で思春期を過ごし、だからこそ、目の前で発生している社会の破綻に憤怒を滲ませ沸かせている。

 底辺の底辺を生き抜いた経験が、迫る災禍を否定している。

 ならば、共に戦おう。


「エドル。このデータから推測できる事はある?」

「どうやって偽装していたかならわかる。しなずち達が疫病を駆逐して各国の復興が進み、緩やかな物価の上昇が発生していた。そこに便乗する形でやられたんだろ」

「上昇するのが当たり前の所にインフレーションを故意に追加。社会と経済の不安定化から人心をコントロールし、ここぞという時にターゲットに矛先を向けさせる――――随分懐かしいやり方ですね。地球でもよくやっていましたよ。『革命』という名で」


 暗く黒い笑みをキサンディアが浮かべ、意図する所に気付いたエドルがきつくきつく睨みを利かせた。

 キサンディアはヴィラと共に、地球で相当の神位にまで登り詰めた過去がある。

 清濁様々な手段策謀を駆使しただろうし、同じような事もきっとした筈だ。それを今更非難するのはお門違いで、私は小さく首を振ってエドルに自制を促した。


「私の下ではやらせない」

「っ……ごめん、しなずち」

「気にしないで良い。キサンディアも意地悪しちゃダメ」

「失礼しました。でも、エドルを見ているとこう、どす黒い感情が湧き上がってくるんです。具体的には嫉妬が」

「男に嫉妬してどうするの…………」


 女同士、男同士なら良いと思うが、女が男に嫉妬するってどういう事なの?

 本人がどこまでも女の子っぽいとはいえ、服装も装飾品も男性らしい趣味嗜好が強く出ている。質実剛健な合皮の上下に急所を守る黒鉄のプレート。ベルトに護身用のナイフを八本差し、袖の下には金属の矢を射出する暗器が覗く。

 女が好む華やかさとは到底無縁。

 例えるなら、鉄格子のケースに収められた一輪の薔薇だ。薔薇は薔薇であるが鉄格子の印象が強く、檻の中の花というより、花が入った檻としか認識できない。

 見なくて良い物を、わざわざ見ようとしないて良いだろうに……。


「無駄話はいらん。何をすりゃ良いのか、そっちが一等だろがっ」

「すいません、棟梁。――――キサンディア。現状取れる対策と効果の予想は?」

「こちらをご覧ください」


 虚空から人数と同じ枚数の書類が取り出され、私達の前に差し出された。

 第一から第三までの大項目と各項の詳細、問題点が簡単に纏められている。綿密な検証と考証はこれからとも明記されていて、とりあえずの行動指針とでも考えれば良いか。

 一つ一つ確認していこう。


「第一案『管轄域外との交易・交流の停止』。経済を遮断するので多少の混乱はありますが、域内でバランスを取れば外の影響は受けません」

「反対だ。あの辺りは経験豊富な職人が多い。代替が利かない人材を失うのは商人にとって計り知れない損失だ」

「第二案『物流の制限』。物と金の流れに制限をかけ、密な監視を行います。人の行き来は自由です。ただ、流入した人々による行き倒れの増加、治安の悪化が予想されます」

「メリットに対するデメリットと、担当者の負担が大きすぎる。出来れば避けたい」

「第三案『軍事侵攻』。面倒なので全部まっさらにして最初からやり直しましょう」

「そもそも物が足りねぇってのが問題だってぇのに、余計物も金もかかる事が出来っかよ!」


 三案の説明全てに否が入り、キサンディアの眉がピクリと動いた。

 出来る提案を否定されて、ではどうしたら良いのかは議論に上がらない。まだその段階ではないとはいえ、提案者としてはストレスでしかないだろう。

 テーブルの下からそっと触手を添え、抑える様に願い諭す。

 ジロリと眼圧鋭い視線が向けられ、私は座ったまま後ろに半身ほど退いた。添えていた触手も退こうとするが、際に掴み捕らわれてしゃぶりつく様に舐り舐められる。


「えぇ、皆さん予想通りの答えを頂いてありがとうございます。しなずちには後でこの分のストレスを叩きつけますから覚えておいてください」

「あ、じゃあ第二案で――――」

「一番在り得ない選択です。わかっていたでしょう?」

「えぇぇぇぇ…………?」


 じゃあ何で提案したの?

 キサンディアは私の困惑を味わう様に眺め、少しして満足したのか、テーブルへと向き直って指を鳴らした。

 木目の円形が色を失い、黒から灰、灰から白を経て一枚の地図が浮かび上がる。北は件の破綻都市群。南は社があるココ。東西はリエラの管轄域からキサンディアの管轄域まで、かなり広範囲を網羅している。

 今度は何の話をするんだ?


「しなずち。今、私達は戦争をしています。戦争中に対処療法を施しても、敵方はそこを狙って次の手を打つでしょう。特に第二案は敵の工作員が域内に紛れる可能性があり、最もやってはなりません」

「え? もしかして、試した?」

「私の主神であるなら相応に賢くあって欲しいだけです。――――話が逸れました。敵がどこの誰で、いつから何を用意しているのか。それがわからない以上、小賢しい対処は逆効果です。やるなら一気に徹底的に、土台からひっくり返すくらいの規模と方法が必要となります」

「簡単に言うなよ。金はあっても、どこに行っても品がない。戦争のルールでしなずちが直接介入出来ない以上、北の都市群を立て直すのは無理だ」

「品ならありますよ?」


 触手を握る白い指が、地図上を社から真っ直ぐ北になぞる。

 カロステン王国を過ぎて、西はナルグカ樹海、東はパルンガドルンガと別れる所を更に更に北へ北へ。管轄域の端まで来ると集い合う三つの国に辿り着き、三国境が交わる一点で指はピタリと止められた。

 私は…………いや、私とエドルは、そこをよく知っている。

 何度も行っている。

 だから、わかった。キサンディアの言う『品』が何なのか。


「確か、一週間後に開催予定でしたね。奴隷市」
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