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第113話 死と安息の神アンダル(下)
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「事前のお約束がないのに、お会い頂きありがとうございます」
首のあたりまで中途半端に伸ばされた黒髪が、重力に従って下へ下へと垂れさがる。
漆黒の法衣に身を包んだ漆黒の髪と瞳の男神。攻めっ気の強いお姉様に好かれそうな女顔と低めの身長から女神に見えなくもなく、やや高めの声色と相まって、ついどこが弱点なのかを探してしまう。
上から下に二・三箇所を垣間見、男の骨格と証を見つけてひたすらに自戒した。
服の下にある隆起具合から、大体の大きさとか色々を推測できる。ダボダボで布地が余りまくった服の上からでもそれはわかり、むしろそうと分かってしまう程に彼の身体は雄々しく逞しい。
――――って、何言ってるんだ、私は。
そうじゃないだろう。
「私の神化を推薦頂いたご恩がありますので。お気になさらず」
「恩などと。私の方が頂き過ぎているくらいです。ギンタとミュウの仲人は、本来は私の役目でした。故あって果たせず、ギンタの筋金入りの神嫌いもあって信託も下せず…………いくら感謝してもしきれません」
深々と、額と床が擦れ合う程にアンダルは頭を下げた。
なんだか、ちょっと引っかかる。
ギュンドラ攻めの頃に集めた情報には、勇者アンダルは寿命で没したとあった。勇者業が忙しかったと言っても二人をくっつけるチャンスはいくらでも有った筈なのに、一体どんな理由があったというのか?
気になる所ではある。
だが、それは今、重要ではない。
「私のやるべき事をやったまでに過ぎません。詮索もする気はありません。ただ、一つだけお伺いしたい事があります」
「何でしょうか?」
「私に何をお求めですか?」
単刀直入に、簡潔に問う。
神が管轄域外の神を訪問するなら、相応の理由があって然るべきだ。ドガのようなケースは例外中の例外。常識も、考える頭も持つ彼であれば、この訪問にそれなりの意味を持っているだろう。
それは何か?
「…………一つだけ、お願いがあります」
先程と同様、ひたすらに低くアンダルの頭が下げられた。
「ギュンドラ王国を私の管轄地にするのを手伝ってくださいっ」
「嫌です」
反射的に、私は本心から願いを拒んだ。
ギュンドラは、クロスサの管轄であるジュカ軍事連邦と隣接している無神地。生活上関わりのある精霊達の土着信仰はあるものの、どの神も管轄地に入れられておらず、将来的にはクロスサの信仰を浸透させたいと思っている。
無論、課題は多い。
王であるギュンドラは大の神嫌いで、王妃となったミュウは私を嫌っている。アーカンソーという最高戦力も無視できず、魔王時代のレスティに備えていた精鋭戦力も健在だ。
余程大きな手土産でもないと、話すら聞いてくれないだろう。
「そこを何とかお願いしますっ!」
「私達もギュンドラは欲しいんですよ。勇の女神クロスサの管轄地を拡げるにあたって、ギュンドラを取らないと東西に長くなり過ぎるんです。領地が歪だとどうなるかは、戦争経験豊富な貴方ならわかるでしょう?」
「そこは日本みたいな信仰方法で解決できると思うんですっ! 信じる神が違っても、お互いを尊重し合えば仲良くできますっ! 唯一神ではなく多神信仰を普及させて…………そうすれば、更に南のルエル神やアイシュラ神も迂闊に手出しできませんっ!」
「その提案は魅力的ですが、最大の問題があります。神嫌いのギュンドラが、多神信仰なんて認めますか?」
「あ…………」
私の指摘に、アンダルの眼から光が失われた。
彼は昔の仲間達を良く知っている。知っているからこそ、自分のした提案が到底実現不可能な事に今更気付いたのだ。
神々の戦いに巻き込まれ、生まれた世界から追われた世界漂流者達の心根に。
「うちのブレインも、数百年単位での浸透戦術か武力侵攻かの二つしかないと結論を出しています。私達が手伝える事は、取り得る手段の意味でありません」
「…………そんな……」
アンダルはがっくりと項垂れ、大粒の涙を浮かべて頬に流した。
絶望で心が染まっていくのがわかる。希望を探して縋って探して、見つけたと思ったら全くの無駄だったという悲劇の終点。
――――前世の自分を見ているようだ。
兄の病気に効く治療法を探して、図書館や書店、大学、医療機関などを巡りに巡った幼く愚かな日々。小学生の頭と行動力で出来る事などたかが知れ、それでも懸命に懸命に、足のマメが潰れても歩き続けた日々の記憶。
結局、何の意味もなかった、暗い過去。
過程に費やした努力がどれほどか。抱いている想いがいかほどか。胸の奥にノコギリで削られるような痛みが走り、見捨てて良いのかと心が喚く。
だが、どうすれば良い?
戦争中、神は直接手を出せない。誰かに託す他なく、託せそうな相手に心当たりもない。
どうしたものか?
「――――しなずちさまーっ! 勇者テト様と奥様方が到着されましたーっ! そっちに連れて行っていいですかーっ!?」
…………苦労している若者にもっと苦労させるのは嫌だなぁ……。
首のあたりまで中途半端に伸ばされた黒髪が、重力に従って下へ下へと垂れさがる。
漆黒の法衣に身を包んだ漆黒の髪と瞳の男神。攻めっ気の強いお姉様に好かれそうな女顔と低めの身長から女神に見えなくもなく、やや高めの声色と相まって、ついどこが弱点なのかを探してしまう。
上から下に二・三箇所を垣間見、男の骨格と証を見つけてひたすらに自戒した。
服の下にある隆起具合から、大体の大きさとか色々を推測できる。ダボダボで布地が余りまくった服の上からでもそれはわかり、むしろそうと分かってしまう程に彼の身体は雄々しく逞しい。
――――って、何言ってるんだ、私は。
そうじゃないだろう。
「私の神化を推薦頂いたご恩がありますので。お気になさらず」
「恩などと。私の方が頂き過ぎているくらいです。ギンタとミュウの仲人は、本来は私の役目でした。故あって果たせず、ギンタの筋金入りの神嫌いもあって信託も下せず…………いくら感謝してもしきれません」
深々と、額と床が擦れ合う程にアンダルは頭を下げた。
なんだか、ちょっと引っかかる。
ギュンドラ攻めの頃に集めた情報には、勇者アンダルは寿命で没したとあった。勇者業が忙しかったと言っても二人をくっつけるチャンスはいくらでも有った筈なのに、一体どんな理由があったというのか?
気になる所ではある。
だが、それは今、重要ではない。
「私のやるべき事をやったまでに過ぎません。詮索もする気はありません。ただ、一つだけお伺いしたい事があります」
「何でしょうか?」
「私に何をお求めですか?」
単刀直入に、簡潔に問う。
神が管轄域外の神を訪問するなら、相応の理由があって然るべきだ。ドガのようなケースは例外中の例外。常識も、考える頭も持つ彼であれば、この訪問にそれなりの意味を持っているだろう。
それは何か?
「…………一つだけ、お願いがあります」
先程と同様、ひたすらに低くアンダルの頭が下げられた。
「ギュンドラ王国を私の管轄地にするのを手伝ってくださいっ」
「嫌です」
反射的に、私は本心から願いを拒んだ。
ギュンドラは、クロスサの管轄であるジュカ軍事連邦と隣接している無神地。生活上関わりのある精霊達の土着信仰はあるものの、どの神も管轄地に入れられておらず、将来的にはクロスサの信仰を浸透させたいと思っている。
無論、課題は多い。
王であるギュンドラは大の神嫌いで、王妃となったミュウは私を嫌っている。アーカンソーという最高戦力も無視できず、魔王時代のレスティに備えていた精鋭戦力も健在だ。
余程大きな手土産でもないと、話すら聞いてくれないだろう。
「そこを何とかお願いしますっ!」
「私達もギュンドラは欲しいんですよ。勇の女神クロスサの管轄地を拡げるにあたって、ギュンドラを取らないと東西に長くなり過ぎるんです。領地が歪だとどうなるかは、戦争経験豊富な貴方ならわかるでしょう?」
「そこは日本みたいな信仰方法で解決できると思うんですっ! 信じる神が違っても、お互いを尊重し合えば仲良くできますっ! 唯一神ではなく多神信仰を普及させて…………そうすれば、更に南のルエル神やアイシュラ神も迂闊に手出しできませんっ!」
「その提案は魅力的ですが、最大の問題があります。神嫌いのギュンドラが、多神信仰なんて認めますか?」
「あ…………」
私の指摘に、アンダルの眼から光が失われた。
彼は昔の仲間達を良く知っている。知っているからこそ、自分のした提案が到底実現不可能な事に今更気付いたのだ。
神々の戦いに巻き込まれ、生まれた世界から追われた世界漂流者達の心根に。
「うちのブレインも、数百年単位での浸透戦術か武力侵攻かの二つしかないと結論を出しています。私達が手伝える事は、取り得る手段の意味でありません」
「…………そんな……」
アンダルはがっくりと項垂れ、大粒の涙を浮かべて頬に流した。
絶望で心が染まっていくのがわかる。希望を探して縋って探して、見つけたと思ったら全くの無駄だったという悲劇の終点。
――――前世の自分を見ているようだ。
兄の病気に効く治療法を探して、図書館や書店、大学、医療機関などを巡りに巡った幼く愚かな日々。小学生の頭と行動力で出来る事などたかが知れ、それでも懸命に懸命に、足のマメが潰れても歩き続けた日々の記憶。
結局、何の意味もなかった、暗い過去。
過程に費やした努力がどれほどか。抱いている想いがいかほどか。胸の奥にノコギリで削られるような痛みが走り、見捨てて良いのかと心が喚く。
だが、どうすれば良い?
戦争中、神は直接手を出せない。誰かに託す他なく、託せそうな相手に心当たりもない。
どうしたものか?
「――――しなずちさまーっ! 勇者テト様と奥様方が到着されましたーっ! そっちに連れて行っていいですかーっ!?」
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