しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第98話 新たな供物と新たな友

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 全てを委ねて眠りにつき、目覚めて最初の光景に困惑した。

 宮殿か神殿か王宮か。コンサート会場を思わせる吹き抜け大広間の中央に寝かせられ、一階から三階までの回廊から多くの視線を注がれる。

 質と品の良い服装に身を包んだ耳長エルフが、ざっと数えて五百人余り。煌びやかな装飾品と壁や柱の職人技巧極まる調度品を幾つも幾つも眺め見渡し、この場の格は眠る前の目的地より遥かに上の上だった。

 ここは高級宿じゃない。

 多分、帝城だ。


「あ、おきたー!」


 適齢期に遠い小娘が、二階の手すりから身を乗り出して私に嬉しそうに指差した。

 声に気付いた肌白の男性女性が、とにかく大勢私を見つめる。

 興奮して声を上げる一団、悲願叶った風に涙を流す夫婦、見覚えのある血色髪の羽衣巫女に促されて整列する娘と娘と娘と娘…………。

 昔、こんな展開のゲームをやった気がする。

 最序盤のボスとの戦闘と思ったら、落とし穴に落とされて敵連中の夕飯にされたんだったか? こっちの場合は敵意はないみたいだから、戦ってどうこうという事はなさそうか。

 それ以前に、あの娘は一体何をしているんだ?

 アンジェラの姿もないし。


「息災か、主様? 急で悪いが、ここにいる全員に子宝に恵まれる薬を恵んでやってくれ。対価は国ぐるみの信仰と、そこに並んでるエルフの娘達が二十六人だ。あぁ、無理強いはしていないぞ? 全員一人遊びが過ぎて生身に満足できなくなった大馬鹿者でな。是非に主様のモノでモノにされたいそうだ」


 非常に軽いノリで、駆け寄ってきたレスティがとち狂った事を宣う。

 改めて見回すと、注がれる視線はとにかく期待と希望に満ちていた。濃い蒼の瞳の中に幾つもの星が輝いていて、邪魔になりそうな装飾品や上着を圧縮魔術で小さく収め、小物入れ等に手早く仕舞っている。

 周りを気にせず、唇を交わす者達も出始めた。

 サバトでもやる気なのだろうか?

 生憎、野郎とやり場を共にする趣味はないから、ばらまくだけばらまいた後に供物の娘達を連れて退散しよう。ついでにやり過ぎたレスティにご褒美を兼ねたオシオキをくれてやって、アンジェラとリタを可愛がってユーリカを回収して社に――――?


「……レスティ。その王族っぽい娘は? 供物の先頭にいるのに完全武装とか、色々間違ってない?」

「いや、間違ってないぞ? ヴィディア、主様が興味を持たれたそうだ。ご挨拶を」

「承知した、レスティ殿」


 破廉恥な場でただ一人、金と白の甲冑に身を包んだ女傑が私の前に進んだ。

 白く雪のように綺麗で、金色の長い髪を空に流す抜き身の刀。エルフらしい長身に細く研ぎ澄まされた美しさを孕み、些か謙虚な女性の膨らみはフルプレートの下に欠片も漏らさず隠されている。

 ものすごく勿体ない。

 もっと女を大事にして欲しい。

 戦場で見せる威厳より、雄を魅せる雌こそが偉大だ。金属塊的な無骨さは彼女にはベターでありベストではない。肌を見せずとも魔術式で防御を増したドレスメイルの方が一層映え、より大きな華を敵味方に見せ付ける。

 戦場の空気が彼女に染まる。

 今こうしているように場を掌握しきれない事はなく、浮いた感じも避けられた筈だ。彼女の軍人的価値観がそうさせている原因と思われ、幾分の矯正が必要だと感じられる。
 
 あと、金と白より、血と黒の方が似合う。

 絶対。


「カルアンド帝国第一皇女、ヴィディア・バルド・カルアンド。カルアンド帝国の主神となられるしなずち殿の拝謁を賜り、心より喜び申し上げる」

「女神軍第四軍団長しなずち。主神になるかは他の神々次第だからまだ置いておく。で、君はただ供物になる気はないって事で良い?」

「仰る通り。私は私より強い男との子を産みたい。エルフ族は種として優越種に分類され、驕り、堕落した。出生率低下も種の限界が一因として在ろう。打開するには、更なる高みを目指す必要がある。それを託せるかどうか、私との一騎打ちにて量らせて頂きたいっ!」


 言い終わると同時に、ヴィディアの身体が風に乗った。

 フルプレートにありがちな金属音が全くせず、両の手甲と一体となった一対の刃が瞬で八回煌めいた。手、脚、胴、首、頭などに線が走り、あまりに鋭利に過ぎて崩れる前に結合を取り直す。

 強い。

 速い。

 よく練られ、研がれた技と術だ。剣閃で発生した真空波を風魔術で操り、収束して射程と斬れ味を増している。これが再生能力のない魔獣であったなら、今正に私の背後で崩れたベッドとテーブルの様に無残なバラバラ死体になっていた筈だ。

 でも、だからこそ、残念だ。

 私との相性が悪すぎる。


「乱暴さが足りない」


 この場の誰もが求める薬を血結晶の瓶に詰め、五十本ほどそこら中に投げて放る。

 キャッチしたり拾ったり、手にした者の周りで大きな歓声が上がった。

 私はわざとそちらを見て、ヴィディアに対して隙を晒す。露骨に過ぎたか、瞳の色に狂戦士のそれが混じり、更に七十の線を秒の間に刻まれた。

 やはり、全然足らない。

 彼女の剣は鋭すぎて、私の身体にダメージがほとんど残らない。おそらくオリハルコンの塊であっても真っ二つに出来るだろうが、細胞を殆ど壊さず斬り裂く神業的斬撃では、ゴブリンの棍棒の方がまだ攻撃に値する。

 まだ反撃の必要はない。


「もっとだ」

「っ! 出でよ轟風、唸り貫け!」


 ヴィディアの刃に風が渦を巻き、轟音をかき鳴らしながら突き放たれた。

 貫かれれば、体内で巻き起こる嵐によって抉り飛ばされる。収束も十分で、統魔で身に着けた魔力防御を十分貫通しきる威力がある。

 グアレスの半分に及ぶ程度。


「『散れ』」


 言霊一つで渦は風に、風はそよぎに解かれて散り散り消える。

 速さと鋭さ、風魔術を組み合わせた超高速の近・中距離戦がメインか。

 剣技はシムナと遜色なく、斬れ味は上だが破壊力は圧倒的に下。巫女となった後の伸びしろは大きく、B程度の今をIにまで育てれば、私にとってのベストに入る。

 それに、彼女の白とユーリカの黒を並べて頂くのは中々趣深い。


「もう良いか。ユーリカ。彼女を拘束して、部屋を用意しておいて。すぐ欲しければ準備も」

「承知致しました。ヴィディア様、失礼致します」

「!? ユーリカ殿、何を――っ!」


 上下前後左右、三百六十度のあらゆる角度の暗がりから、無数の蛇の束が伸びてヴィディアに一斉に群がった。

 ヴィディアは全身鎧とは思えない身軽さで床から壁、柱に跳び、近づく蛇頭を全て斬り落とす。だが、彼女は突出しているとはいえ点に過ぎず、点と線と面を使い分けるユーリカの蛇波が相手では、すぐに退路を断たれて巻かれて吊られた。

 蛇の何匹かが首に噛み付いて、艶めかしい声が小さく上がる。

 四肢がだらんと垂れ、瞳から意志の光が消えてなくなる。筋弛緩系と幻覚系の毒を注入したのだろう。蛇達に鎧を脱がされ、インナー姿まで剥かれても指の先すら震わさなかった。

 仕事が終わり、吹き抜けの天井から蛇のブランコが降りて来る。

 腰掛ける褐色の耳長巫女は、舌なめずりを数度してヴィディアを抱いて上がっていく。去り際に『東の塔の最上階』、『アンジェラも待ってる』と残され、髪を梳いて必ず行くと後ろから伝える。

 ひとまずこんな所か。

 何とかなって緊張を解き、大きく息を一つ吐く。

 未知との交戦は何度やっても心臓に悪い。戦闘センスが皆無の私では初撃の回避はまず不可能だ。相性問題で今回のようになる事が多くても、いつかは何もできずに一方的にやられる時が来る。

 時忘れの牢獄で、元英雄の巫女達に鍛えて貰おうかな?

 時間を見つけて考えておこう。


「つまらんな、主様。雌を母親にする手本を皆に見せてくれるかと期待していたんだぞ?」

「自分の女の裸体を別の男に見せるなんて真っ平御免だ。そんな事より状況報告っ。カルアンド皇帝とオルドア第一皇子との謁見も至急手配してっ。あと変に粗相はしてないよね? もししてるなら謝っておくから正直に話して、ほらっ」

「お気になさらず。レスティ殿にはご助力頂けた事の方が多く、腸詰とエールの在庫が多めに減った程度の問題しかありません。むしろ感謝致します。皆様のおかげで、我が国は存亡の危機を脱せそうです」

「オルドア殿」


 若々しくも厳かな声色とレスティの名呼びに、私は大急ぎで振り返る。

 ヴィディアによく似た、金髪白肌の細目のエルフ。穏やかな垂れ目に歩行補助の杖を突く姿から、武闘派ではなく文官の気質が感じられる。

 いや、でも、外見の年齢からすると杖は必要なのか?

 少なくとも成人を超えて中年よりはずっと下。何かしらの障害かを患っているのではないかと、失礼ながら疑いの目を向ける。杖を掴む力と震え具合から見て、無いと歩行は困難か。やや前屈みに腰を庇って――――腰? 腰って、腰なの? え? あれ? よく見たら手首に縄痕と首に首輪痕? 目尻には涙で焼けた痕もあるし、もしかして、えぇ?


「カルアンド帝国第一皇子、オルドア・ガング・カルアンドと申します。無様な姿を晒してしまい申し訳ございません。この一年、ずっと足腰を酷使しておりまして…………あぁ、恥ずかしい話なのですが……」

「主様の薬を常用して、国一番の着床率を誇っていたからな。私が救いあげるまでは地下牢に監禁されて、とにかくエルフ族存続の為に頑張らせられていたんだ。跨られた女の数と孕ませた数は主様よりずっと多いぞ?」

「感謝してもしきれません。途中から種付けだけでなく、性の捌け口として後ろを奪われもしだして…………本当に、本当にありがとうございますっ。やっと、やっと人並みの生活を送れるようになりますっ。こうしてまた陽光の下に出られるなんて――――うぐっ、ぐすっ……」


 これは自分のせいなのだろうか?

 オルドアの流す涙が、私の胸を締め付ける。私が作った薬が原因で、彼は望まない繁栄を強制された。繁栄の冒涜までその身に穿たれ、心の傷を察して私まで涙を流す。

 つい先日まで、私も彼と同じだった。

 シムカやシムナに捌け口にされ、貫かれて無駄に果てた回数は両手両足を倍にしてもきかない。それ以上を暗く冷たい地下牢で強いられていたかと思うと、他人の気が全くせず思わず手を取って――――


「友達、に、なって、くだ、さい……っ」


 ――――私達は互いに、両手でしっかり握手を交わした。
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