しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第90話 時忘れの牢獄(上)

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「…………ん」


 落ちていく感覚が終わって目を開き、現れたのは薄暗い世界だった。

 昼間の明るさと夜の暗さの間くらいの光量で、例えるなら、燭台を点された夜の娼館。

 薄ぼけた視界に映る全ては輪郭も色も曖昧に歪み、知的好奇心をくすぐる不明瞭な魅力がそこかしこに満ちている。目が慣れてくると景色を段々と掴めてきて、真っ先に見えたそれに、ここが封印の中なのだと無条件に実感させられた。

 鎖。

 遥か彼方の天蓋を、巨大な鎖が蔓延り締める一面の鈍色。

 眺めているだけで精神が病みそうになり、視線を下にゆっくり移す。そこには何万何億という鎖が海を作っていて、石柱と天井だけの神殿風建築が浮かぶように建っていた。

 何て酷い場所なのだろう。

 たった一つの脅威を封じる為に、この世界を丸ごと巻き添えにしている。予想される労力と対価が明らかに釣り合っておらず、他に方法はなかったのかとこの場にいない親友に正したく思える。


「……それだけの必要があったって事? でも、流石にやり過ぎだろ?」

『それは彼女を知らないから紡げる言葉だ。最大効率の最小限ではなく、最大限の全力をかけないとすぐ風化してしまう。現に、彼女自身はこの世界の中で自由自在に動いている。ほんの僅かでも適当な刺激があれば、この世界を縛る封印も忘れ去られるだろう』

「っ!」


 かけられた声の元に振り向くと、透き通った身体の少年が佇んでいた。

 匂いも熱も気配もない、細身で中世的な顔立ちの美少年。長い黒髪を首の後ろで一箇所束ね、残りは広がるままに脛の辺りまで伸ばしている。袖の無い黒シャツと膝を隠さない短ズボンは動きやすそうで、気だるげな表情に反する活発な気質を感じさせた。

 一体何者だ?

 私は警戒を解かず、いつでも動けるよう構えて彼と向き合う。

 こんな世界だ。封印の化身が現れて、私まで封じようと動いてもおかしくない。


「……私はしなずち。女神軍第四軍団長を務めている。貴方は?」

『転生世界ディプカントの創造神ソウ。そして、ヴァテア達に隠れて彼女を『使っている』黒幕みたいなものだ』

「…………はぁっ?」


 何を言われたのか、すんなり理解できてつい感情が表に出る。

 ヴァテア達は、魔神の封印に創造神の力を借りたと言っていた。その魔神が創造神の手先だったというのは在り得る事ではあるが、実際に言われると友人達の苦労が真っ先に浮かんで腹が立つ。

 アイツらは、何の為に苦労して命を懸けたんだ?

 いくらなんでもあんまりだろう?


『言いたい事はわかる。でも、謝罪はしないし君も使う。拒否はしても良いけれど、相応の対価を用意させてもらったから多分しないだろう』

「私の主神はヴィラだ。ヴィラ以外の神が私をこき使えるとでも?」

『選択権は君にある。私には無い』


 ソウはそう言うと、神殿に向かって歩き出した。

 一歩踏む度にカチャカチャチャリチャリ音がして、不快で耳障りで苛々させられる。

 半透明だから透過しているんだろうに、接触する必要はないんじゃないか? それとも、その状態にあってもそうなってしまうような理由でもあるのだろうか?

 私の疑問を感じ取ったか、怠そうな目が一瞬だけ振り返る。

 すぐ前を向き直り、そのまま止まることなく足音を鳴らし続ける。答える気は無いらしく、私はため息を一つ吐いてから仕方なく後を追った。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 神殿の前まで来て、私はとんだ思い違いをしていた事に今更気付く。

 圧倒的な個を前に、有象無象の群れが挑んでも無為でしかない。ナルグカ樹海で琥人に挑んだ私のように、存在の次元が違えば如何に強力だろうと何の意味も成し得はしない。

 結論から言おう。

 彼女に対して、封印なんて無駄だった。


「……なんだ、これは?」


 外から内に伸びる鎖の束が、途中で分解されたかのように粉々の金属粉に散っていた。

 封印の力が封じるべき本丸に届いていない。直前でより上位の力に阻まれ霧散し、現在進行形で少しずつ押し返されている。

 逆に、喰われている。


『魔脈に流れていた魔力は彼女の力ではなく、彼女に砕かれた封印の魔力だ。ヴァテアから魔力の性質と術式を反転させる解印法を聞き出したみたいだけど、彼女が出たいと思えばこの程度の術式はすぐ風化して純魔に戻る。君がここに来たのは必然ではあるが、必要かというとそうでもない』

「なら、何で封印されたままだったんだ?」

『私が頼んだ。彼女は現在と過去の境目である『時忘れ』の主。私達が見張らないとならない相手を、彼女はずっと見続けている。あんな風に』

「っ!」


 塵が魔力に変わり果て、渦を巻く奥にそれはいた。

 柱同士が間隔を空け、部屋のようになっている場所。青白い光球の群列が天の川のように緩やかに流れ、じっと眺める少女の裸体を淫靡な暗さで照らしている。

 膨らみかけの未熟な身体に絡まる、長く長い黒髪が綺麗で煌めく。

 指の一本で除けられる華奢な邪魔に、実に良い仕事だと心奥で賛辞を送った。際どい場所は際どいからこそ隠してより強調される。雌よりも女よりも幼体の背徳が雄を刺激し、ソウの目が無ければさっさと大人の階段を昇らせてしまいたい。

 ――――と、背後から頭に手刀を落とされ、咄嗟に跳び退いて安全圏まで逃れる。

 邪な考えに気付いたのか、ソウが割と容赦ない勢いで打ち込んできた。軌跡に沿って空間が歪み、凶悪な残滓として残っている。

 極上の素材を前にして仕方ないだろうと、私は視線で抗議を送る。


『聞いてた以上の節操無しだな』

「注げる愛が多いだけ。琥人に彼女を幸せにするよう頼まれてもいるし、多少無理矢理になっても手段は選ばない」

『実際、それが正解ではある。彼女は私が課した役目以外は、食欲と睡眠欲でのみ行動する。言語と感情を修得していないから意思疎通は殆ど出来ない。何をされるにも受け身だから、根気強い荒療治が必要だ』

「じゃあ邪魔者は帰って、ほら。後は若い二人が勝手にやるから」

『最低でもこれからの話くらいさせろ。マタタキ、連れて来たぞ。あと服はどうした? 最低でもローブを羽織っておくように言っておいただろう?』

「ぁ~うぉ~ぉ?」


 ソウの声かけに、感情の起伏のない無表情で少女が振り向いた。

 純真無垢な純白の心根。

 シリウスが輝く冬の空のように澄み渡り、透き通った黒の瞳がこちらに向く。何度かソウと見比べて、赤子のようにこちらに向かって這い寄ってきた。一歩一歩の度に柔らかな丸みがプルンと波打ち、未熟なれど、美味しそうな果実がわざわざ手元に落ちてくる。

 足元まで来たところで、足首に思いっきり噛り付かれた。

 命に影響がある痛みはなく、何かが急激に吸われる感覚に襲われる。自由落下で引いていく血潮に似た物があり、血かとも思ったがそれなら痛みはある筈だ。

 膝折り屈んで様子を眺め――――


「え?」


 ――――突如起こった彼女の変化に、私は頭を掴んで無理矢理口を離させた。
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