しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第85話 もう嫌、帰って、帰ってよバカァアアアアアアアアアッ!

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 何で?と訊く前に体が動く。

 当たり前のように握られていた手を振り払い、勢いを利用して腰から生やした触手を鞭のように遠心力で振るう。中てようとしても中らないだろうから、顔のほんの手前でインパクトするよう調節し、裂かれた空気がパンッ!と衝撃を弾けさせた。

 普通なら、目に平手を受けたくらいのダメージが入る。

 視界を奪って次撃に繋げ、ドラゴンの腹に風穴を開ける勢いで渾身の右を繰り出す。しかし、そこにはもう可愛らしくも憎たらしい最悪はおらず、私の背後からズズズッという茶を啜る音が聞こえて来た。

 振り返らず、五十の触手を差し向ける。

 ヴァテア達には中らないように注意し、至近距離まで近づいたら更に先を分岐して槍の様に撃ち出す。以前は見えている攻撃に適切に対処されたのだから、把握しきれない変化量を叩きつければ対処自体を抑え込めるかもしれない。

 ただ、それに対する回答は酷い物だった。


「着眼点は良いよ。さすがに僕も認識外からの攻撃は防げないからね。でも、長い事生きてると自然とどうにか出来るようになってくるものなんだよ。地球風に言うと『年季が違う』かな?」


 撃ち出した触手全体が凍り付いたように制止した。

 触手の動きどころか、細胞増殖の意思伝達まで止められている。一本一本を防御出来ないなら、根元から丸ごと対処すれば良いという判断か。

 いや。動きの制止は分岐射出の開始より早くかかっていた。

 おそらくは、無意識下での攻撃予測と反射反応。これまでの戦闘経験から私の攻撃方法を予知し、考える前に触手を止めた。年季の違いというには理不尽に過ぎ、一体どれだけの経験を積めばそこまでに至れるのか?

 ゆったりとカップを口に運ぶ、余裕に余裕と余裕を合わせたあの態度が憎々しい。

 私は強く下唇を噛み、無謀に走ろうとする自分を痛みで抑える。


「何の用だ、琥人っ!?」

「そんなに怖い顔しないでよ。地球の核施設と反物質施設を全部消滅させられて一息つけたから、こっちの進行状況はどうかなって見に来ただけ。でもまぁ、懐かしい面子が並んでるね? ガルは大きくなったけどまだまだガキのままだし、エルディアは内も外も綺麗になった。ヴァテアは…………童貞捨てたどころか、十七人も仕込んだの? ルエルとアイシュラが黙ってないよ? うわぁ…………」

「何でわかるんですか――――って、そうじゃなく、神出鬼没にも程があるでしょう、琥人様! アルセア神と地球に移ったんじゃないんですか!?」

「まぁ、そんな事は置いておいて」

「聞いてくださいよ!」


 憤るヴァテアを尻目に、琥人はテーブルにカップを置いて私を見た。

 じっと、じぃっと、私という個ではなく私の胸のあたりを凝視している。そこには魔神封印のナイフが体内から顔を出していて、気のせいか、封印の奥がカタカタと震えている感覚がした。

 奥というより、中身が。


「しぃなぁずぅちぃ?」

「!?」


 相変わらず、いつからそこにいたのか、意地悪に歪んだ笑顔が目の前にあった。

 面白そうなおもちゃを見つけた子供と、邪な思考で他人を嵌めようとする策士気取りを合わせた酷い笑い。思わず頬を張ろうと手が伸びて、横から伸びて来たヴァテアの手に掴まれ止められる。

 非難を向けようとしたが、胸を這う琥人の指の悍ましさがより勝った。

 右の鎖骨から正中線に人差し指と中指が伝い、胸のど真ん中に生えるナイフにかかる。

 同じ事を巫女達がしてくれたらとても心地良く滾るのに、今の私は萎え萎えの萎え。どうせ抵抗しても無駄なのだから、さっさと終わらせてくれと心底で呟く。


「――その娘、幸せにしてくれる?」

「……は?」


 何を言われたのかわからなかった。

 言われた内容は聞こえはした。その上で理性が受け入れを拒絶し、頭の中で右へ左へ反響を続ける。ガンガンガンガン内側をやかましく叩かれ、何百回と繰り返して小さく小さく砕けて消えた。

 私は、何も聞いていない。

 聞いていない聞いていない聞いていない聞いていない。聞いていないったら聞いていないんだ。聞いていない。

 聞いていないんだってば。


「前世の能力だけ持って、それ以外を置いてきちゃったらどうなると思う? 生まれつき強力な能力を持っているけど制御出来なくて、生まれてすぐ殺される。能力を失うまでずぅっとずぅっと、生まれて殺して殺されてを何度も何度も繰り返すんだ」

「…………真面目な話?」

「僕はいつでも真面目だよ? で、繁栄の尖兵としてはどう思う? 恵まれた能力を持っていても、すぐ殺されてしまう不幸な赤子。罷り間違ってそれなりに成長して、でも教育の一つも受けられず、言語も常識もわからない。君にとって、そんな存在は庇護の対象? それとも、粛清の対象?」


 非常に簡単で、わかりやすい問いを琥人は投げかける。

 無垢な存在に罪などない。有るのは失敗であり、学ぶべき糧である。粛清の対象になどなる筈がなく、当然庇護を与えるべき相手と言える。

 優しさと慈しみを以って柄を撫でる。

 琥人は満足げな笑みを浮かべると、懐から鍵を取り出した。

 時計を元にしたデザインの、金属製の小さな鍵。名前の記入欄が持ち手部分にあるが、無記名でどことなく空っぽな印象が強い。


「これ、封印のマスターキー。適当に差して回せば中に入れる。いきなり外に出すと大変だから、まずは中で教い――調教してあげてね」

「琥人様、その言い直し方はどうなんですか?」

「健康な男女が同じ部屋に閉じ込められてたら、何もないわけないって。特にしなずちなら、出てくるころにはお腹がぽっこりしてるんじゃない?」

「そこまで節操無しじゃないよな? な?」


 同意を求めるヴァテアに対し、私は顔を背けた。

 前世と違い、今の私は性に緩い。本能が求める相手を前にしたら、お手付きでなければそうしてもおかしくないと自分で思う。

 ヴィラを孕ませた時もそう。社を建てて水源池で水遊びをしていたらムラムラきて、我慢できなくてやってしまった。かなり無茶苦茶に貪り過ぎて、一週間寝込ませてシムカに散々怒られたのだ。

 でも、後悔はない。

 例え親友から軽蔑の目を向けられようと、私は私の行いを省みはしない。繁栄は男が女を求め、女が男を求めるから生まれる物。それを体現できるのであれば、いくらでもこの身を捧げて見せよう。

 眼に輝きを宿し、覚悟を持って振り返る。


「しなずち様? まだ懲りていないのですか? 子作りは支配が安定してから序列順にすると約束されましたよね? ただの村娘だった私が、何故元英雄や元勇者の娘達を差し置いて一位を死守しているのかご理解頂いていますか? 村の最後の生き残りだった私を救い、愛を注いで頂いたご恩と想いからなんですよ? ヴィラ様はさておき、私以外を孕ませようなんて考えるのは、いくら何でもおしおきは免れませんよねぇえ?」

「あ、言い忘れたけど、彼女に道案内をしてもらったんだ。親の実家がこっちだったから地理に詳しいって話だし、君の最愛の巫女なんだって? 連れてきてあげたんだから感謝してくれて良いんだよ?」

「………………みぃぃ……」


 怨を纏う蛇娘の眼圧に、私は小さく猫の様に縮こまった。
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