しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第84話 しがらみを捨てる時

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 穏やかな風が吹いていた。

 高く高い北の山から吹き下ろす絶妙な冷気。冬から春、夏から秋へと変わりゆく境と似たそれは、僅かに強い寒と内から昇る暖を混ぜ合わせ、普段なら気にも留めない命の力を感じさせる。

 私は、この風が待ち遠しい。

 前世では毎年のように待っていた。思考と心が洗われ澄み渡り、負なる全てを流してくれる。まるで生まれ直したかのように全神経がわななき、私という存在に生の免罪符を与えてくれる。

 とても、とても清々しく、心地良い。

 だが、この気持ちを共有できる者はこの場にはいない。屋上のテラスでテーブルを囲む優雅な空間に在りながら、席に着く四人の内の二人――――ガルドーン勇王とヴァテアは厳しい顔を浮かべながら私に向かって対していた。

 残るエルディアも、呆れる様な表情で薬草茶を啜っている。

 視線を送っても冷たく流されるだけで、とても味方になってくれそうにない。エハとのお昼寝を邪魔したのは悪かったと思うけど、仲を取り持ったのは私なんだからもっと優しくしてくれて良いんだよ?

 ――っていうかこの状況、ギュンドラ王との交渉の時より辛いんじゃないか?

 現状、味方が誰もいない。


「――しなずち。お前の要求は『勇国の解体』の一点のみ。本当にそれで合っているのか?」

「間違いないよ。ミサとエハを不幸にした張本人は、白狐族長老五人の内の四人と勇国そのもの。長老達は処理済みだから、あとは勇国が無くなれば私が攻める意味がなくなる。白狐も殆どが私の庇護下にあるし、丁度良い区切りになると思う」

「国を無くすと簡単に言いますが、勇国程の国が無くなれば混乱は必至です。攻め入り占領するならまだしも、交渉で突き付ける内容にはそぐわないでしょう?」

「それと、俺の首は要らないってのはどういうことだ? 王は国の象徴だ。王の首が無ければ、民は国の滅亡を認めはしない。理想ばっか言ってないで、ちゃんと現実を見ろよ」


 三方からの言葉が刃の様に感じられる。

 確かに彼らの言い分は尤もだ。国の解体なんて、言うは易し行うは難しの正に典型。やる前から大変で、やった後の影響もとにかく大きい。

 手間と金と人手がかかり、わざわざ選ぶ必要がない愚策の中の愚策。中枢だけ丸ごと挿げ替え、乗っ取る方がずっと楽で効率が良いのだが、それでは勇国が残ってしまうから意味がない。

 必要なのは、『ラスタビア勇国』という名の檻の破壊だ。


「私の目的はエハの幸福であり、ミサの救済だ。彼女の心を救うには彼女を縛る全てを無くす必要がある。楔を抜いて鎖を断って、まっさらな世界に立たせる必要がある。その為にはラスタビア勇国の名が邪魔なんだ」

「……まぁ、ミサ様が爺さん――先代との絆で勇国に縛られてるってのはわかるぜ? だけどなぁ……その為に国民を巻き込むリスクが取れるかって言うと…………」

「勇国は勇者の象徴みたいな所があるから敵が多いんだよ。倒れたと知れれば、少なくとも蛮国と帝国は黙っちゃいない。すぐ戦争になって、戦乱と混乱が民を苦しめる。お前の繁栄の流布にも支障が出るぞ?」

「そこは情報戦を仕掛けてどうかってところかな? エルディア殿。この子の封印を帝国はどう見てますか? 解封されると脅威に感じます?」

「止めてください。絶対に止めてください。帝国が勇国と喧嘩したくない理由の一つなんです。解封するならエハと一緒にこの世の果てまで逃げますから」


 胸の中から魔神封印のナイフを見せると、嫌いな食べ物を前にした子供の様に皆の表情が移り変わった。

 そこまで毛嫌いする程なの?

 ナルグカ樹海の魔力環境をぶっ壊すほど魔脈に魔力放出させられて、ずっと封印されてたのだから相応に弱っている筈。その事を考慮して判断する頭はあるのだし、過去と現在の違いを客観的に評価する事も出来るだろうに。

 ――――まさか、その上でこうなのか?


「究極的に不本意だが、そいつの封印が解かれたらしばらく平和になるだろうよ。言葉が通じないどころか常識が通じない。いつでもどこでもふらっと現れて、何でもかんでも塵にしちまう規格外だ。討伐に降臨した戦神まで殺し切った時は、この世の終わりかと思ったぞ」

「『時間』を操るって所までは掴んだんだが、それ以外については余裕がなかった。何せ、たった三日でこの辺の人口を半分にまで減らしやがったからな。アルセア神が創造神に直談判してくれなかったら、俺達も今頃来世にいただろうよ」

「じゃあ、勇国首都のど真ん中で解封して調伏すれば、国民は私を認めてくれるし、諸外国の動きも抑えられるって事だ」

「「馬鹿かテメェはっ!」」


 遠慮も容赦もない罵声が響き、建物まで震わせる。

 咄嗟に耳を抑えたエルディアも、何をとち狂っているのかと私を睨んだ。

 どこもおかしくない平常運転なのに、三人ともリアクションが過剰だ。少しでも気後れしていれば半歩程退かされていたであろう眼圧を受け流して、私はナイフの柄を優しく撫ぜた。

 明確に感じ取れはしないが、中の彼女に落ち着くよう諭す。


「冗談だよ。解封はするとしても」

「だから止めろって言ってんだろ!? あの時は俺達とミサ様だけじゃなく、実際にはドルトマやアーカンソーに先代の女戦王もいたんだ! その上で創造神の加護を一時的に貰ってようやっと抑えられたのに、レスティ達を含めてもお前らだけでどうにか出来るわけないだろ!?」

「多分、大丈夫じゃないかな? 何となくだけど、流れてくる魔力に脅威は感じない。アルセア神の尖兵の琥人の方がずっと化け物だよ。全然比較にならないけど」

「琥人様だと?」


 琥人の名前にガルドーン勇王が反応する。

 エルフのエルディアならともかく、何故彼が敬称を使うのか。気になりはするが、それ以前にアレを『様』付けされて少し気分が悪くなる。

 私だけでなく、ダークハイエルフやハイエルフ達に勝手を強いた最悪の権化。そんな代物に敬意を向けるのは正気と思えず、いつの間にか握られていた手の感触を思い出してふと目を落とし――――


「呼んだ?」


 処女を暴漢に散らされた乙女の様に、私は甲高い悲鳴を上げた。
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