しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第73話 全ては愛の為に(上)

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 愛の為に悲しみ、苦しみ、何もかもに絶望した哀れな女狐。

 エハの母親はそんな女性だ。

 それを教えてくれたのは、言霊の情報を集めに寄った白狐の集落の長。お近付きの印に何もかも正直に話したくなるワインを差し上げると、彼の知る言霊の全てと己が仕出かした非道の全てを曝してくれた。

 胸糞悪かった。

 繁栄の加護を与えるに値しない愚図の愚物。九本の尾くらいしか価値はなく、命と共に引き剥がして私の言霊の足しにし、魂は次の世界に送ってやった。

 精々有効に使ってやると吐き捨て、でも、エハ達の受けた不遇にはまだまだまだまだまだまだ足りない。

 白狐の集落五つの内、エハの母親を貶めた里長は四人いる。一人は済んで、一人はさっき『集落ごと轢いて』腑分けし、残っているのはあと二人。

 復讐の代行は折り返しまで来た。

 いや、よく考えればラスタビア勇国もか。何食わぬ顔で女を寝取った駄王も同罪だ。そんな奴の子孫になんて民の繁栄を任せられるわけがない。一度全部更地にした上で、私達が生の喜びを余すことなく分け与えよう。


「クソがっ! 止まれって言ってんだろっ!」


 直上から暴風の槍束が降り注ぐ。

 ただ吹き飛ばすのではなく、螺旋の力が付与されたおそらく奥の手。受ければ捩じ切られて粉微塵にされるか、耐えられても回転の力で血液が偏り破裂する。通常なら避けるべき攻撃であり、しかし、『今の』私には取るに足らない悪足掻きに等しい。

 ただ一言、私は告げた。


『『『『『『『『『散れ』』』』』』』』』


 巨大な九つの蛇頭が紡ぐ言霊に、槍の切っ先が拡散を重ねて一つ残らず空に消える。

 八又の大蛇の如く、今の私は巨大な九頭の蛇となっている。

 効率よく集落を、国を落とすのに最適な形だ。道程の全てを取り込み呑み込み、逃げ惑う者達を大地諸共纏めて呑み込む。後に残るのは食べ散らかした蛇行の跡で、最初五メートルだった全高は二百メートルにまで達していた。

 加えて、蛇頭一つ一つに乗る七つの影。

 シムナ、ラスティ、リタ、ハーロニー、マイア、カラ、カルの愛する巫女達。彼女達の守護によって蛇頭は守られ、更に数分もすればリタと共に潜入していたミーシャ、ルル、アミュの三人が合流する。

 戦力的に、勇国と白狐達が総力をかけて届くかどうか。

 実に順風満帆な蹂躙だ。今後予想される抵抗の程度を考えるとほぼ勝ち確。だというのにモヤモヤしたモノが心の底でくすぶっていて、祝杯を挙げる気分にはとてもとても到底なれない。

 気に入らない。


「「「「「「「「「グアレス殿。貴方もエハと一緒に私の中で寝て待っていてください。起きた時には終わらせておきます。新しい国で家族水入らず、幸せな生を約束しましょう」」」」」」」」」

「それをやるべきなのはお前じゃなくて俺だ! ミサとしっかり話し合って、アイツの苦痛も洗い流す! その為に言霊の力をお前に頼んだのに、何をとち狂ってこんなことをしやがる!?」

「「「「「「「「「この世にあってはいけないものがあるんです。それがある限り貴方達、特にエハの幸福が脅かされる。気に入らないでしょう? だから、私はその原因を消し去るんです」」」」」」」」」


 数キロ先に、森の中に隠れていた次の集落が見えた。

 住民の熱の形から白狐の物とすぐ知れる。私の接近に危機感を覚えて逃げ出す者、迫りくる事実を理解できない者、この世の終わりと崩れ落ちる者と様々居て、一番奥から一際立派な法衣を纏うクソジジイが現れた。

 喰った愚図の記憶にいた主犯の一人だ。

 尾数の多い若者たちに指示を出し、私の迎撃を命じていた。それでいて自分は逃げる段取りなのか、家の中に引っ込んで裏口の方に向かっていく。

 こんな奴が、何で生き残らねばならない?

 誰も乗らない蛇頭を真っ直ぐ伸ばし、家ごと丸ごと呑み込んだ。主犯は裏口を開けた先に見慣れた空が無く、戸惑っているのか右に左に顔を振っている。

 さて、どう料理しよう?


「『しなずち様。アレは尾の数を笠に傲慢と横暴を尽くしてきた屑です』」

「『刹那の恐怖より、至極の絶望を。お許し頂けるなら私達姉妹にお任せを』」


 十尾の毛を綿飴のように逆立たせ、カラとカルの白狐姉妹が淡々と述べる。

 過去に何があったのか……口調とは裏腹に、普段無表情な二人の顔には暗い笑みが浮かんでいた。

 氷でできた薔薇のような、凛とした冷たさと鋭利さが彼女達の持つ魅力。それが転じて、熱してドロドロになったガラスのように、触れただけで大惨事になりかねない凶悪な恨みの炎を滾らせている。

 二人の足元から触手を生やし、頭を撫でて許可を与える。

 過去の清算が必要ならば、其方こそ優先すべきだろう。


「「『ありがとうございます』」」


 カラの邪笑が更に黒く、カルの魔笑が更に深くなる。

 青黒い狐火を迸らせながら、蛇頭を離れて首の上を疾駆した。風に潰える炎の音が、まるで怨嗟の木霊の合唱だ。パチパチでもゴウゴウでもメラメラでもなく、ボッボボッボッと噴出と消失を不規則かつ断続的に繰り返す。

 抑えようとして抑えきれない激情の溢れ。

 彼女達の心情が手に取るようにわかる。嬉しくて嬉しくて嬉しくて、嬉しすぎてどうしようもなくて止められない。理性のリミッターのわずらわしさも超えて、積年の衝動が抑えきれず、抑えようとも思わない。

 美しき白に最高の祝福を。

 汚らわしき白に最大の侮蔑を。


「主様。二時方向に次の集落だ。さっさと終わらせてしまおう」

「「「「「「「「「そうだね。でも、グアレスもそろそろ休ませた方が良いんじゃないか? もう三百回は抜けてるし、疲れてるだろう?」」」」」」」」」

「判断は任せるが、エルディアが逃げてもう数時間経つ。そろそろ邪魔が入る頃合いだ。ハーロニー、マイア。先行して目標を仕留めておけ。シムナとリタは主様の守護を。私は――」



『――――ぁあにやってんだよ、このバッカ野郎がぁあああっ!』



「イレギュラーを抑えておく」


 流星が如く飛来したヴァテアを、一瞬で構築された魔術障壁五十枚が受け止める。

 いくら統魔のマスタークラスでも、強化魔王たるラスティの魔術に干渉は難しい。十五枚が融けるように消え、残る三十五枚が超加速の飛び蹴りを受け止めた。衝撃の余波が拡散し、数百メートル分の樹木が爆破されたように消し飛んでいく。

 アレが直撃していたと思うとゾッとする。

 呑み込んだ白狐や勇国の住民達が、私の体内に収まっている。彼らへの命の危険が間違いなくあり、ラスティが防がなければ私が全霊をもって防いでいた。

 あるいは、それを狙って加減無しで打ってきたか?

 僅かな思案に暮れていると、ラスティの手が蛇頭を撫でる。

 余計な事は考えず、こちらは任せろと言う意思表示。柔和な微笑みが慈母の如く、私の雑念を払って落ち着かせる。


「「「「「「「「「……ラスティ。使って」」」」」」」」」


 彼女の足元に、四つ蛇が食む古代剣シハイノツルギを生やした。

 ヴァテアは腰に剣の柄を下げている。今まで使った所を見た事はなかったが、ラスティ相手なら使ってもおかしくない。

 託すなら、今。


「ありがたい。借りていく」


 シハイノツルギが引き抜かれ、朱の蛇龍人の手に収まる。

 少し振るって重心を確かめると、握る位置を直して空に飛んだ。龍の翼は伊達ではなく、初速から弾丸のように加速して予定外の抵抗戦力に向かっていく。

 最後まで見届けず、私は私でやるべき事に意識を向ける。

 空いた五人分の蛇頭を集落に伸ばし、一分かからず平らげる。呑み込んだ者達は私宛ての絶望を多量に蓄えていて、眠らせて体内に収めると、私の中の妖怪の力がより強く大きく変質していった。

 こういう思念の向けさせ方もあるんだな。

 妖怪は、人から向けられた感情で強くなり、定められた認識で能力を増やし変えていく。

 到底かなわない。呑まれるしかない。抗えるわけがない。彼らの強大で強烈な絶望感が私という存在に加筆していった。これまでの分とまじりあって、凄まじい本能的快楽が脳髄の隅まで広がり侵す。

 もっと、もっとと、私が私に囁き煽る。


『私を忘れてくれるなよ?』


 唐突に降ってきたヴィラの神託に、私はハッと我に返った。

 加筆された絶対的征服者の要素が、私自身をも征服しかけていたようだ。ひたすらに奪い呑み込むだけの化け物になりかけてしまい、留めてくれたヴィラに最大の感謝と愛の言葉を贈る。

 私がやるべき事は、繁栄の流布。

 その障害を排し、廃するのが今の役目。今度はしっかり心に刻み、空で勃発している魔力大戦を尻目に次の集落に針路を取る。


「行かせるかよっ!」


 その前に、こっちをどうにかするべきか?

 前より倍の大きさはあろう、小台風の如き嵐流を頭上に認め、私は九つの頭を迎撃に向けた。
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