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第72.5話 伝手という名の本丸
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「ぅぐ……」
「ぐはっ……」
白を基調とした傷だらけの廊下で、紅白に彩られた絨毯の上に二人の英雄が崩れ落ちる。
武器も防具も身体もボロボロ。命に別状は無いものの、体力と魔力を使い果たして前のめりに倒れた。仕える主に自らの不甲斐なさを謝る健気さは羨ましく、家族同然の自国の兵達が無性に憎たらしく思えてくる。
グランフォートで、俺相手にここまで慕ってくれている者は殆どいない。
エイレスやヴァニクが相手なら違うだろうが、俺には大体が『ああ、終わったな』とか『じゃあ、畑の手入れでも始めるか』とか、心配の『し』の字すら浮かべようともしない。
同じ国を導く者として、一体何が違うのか。
とことん問い質しくはあったが、今日ここに来たのは別件だ。
旧知の勇者王でラスタビア国王、ガルドーン・ドロウ・エン・ラスタビアに謁見し、言霊について聞き出さないとならない。白狐族以外で唯一言霊を使える、北の二番手勇者の力の秘密を。
「……にしても、何だってこんな事になったんだ?」
死者はいないが、死屍累々の城内を見渡してため息を吐く。
盛大で派手な戦闘の傷痕で、白く美しかった城内は廃墟のように荒れ果てていた。一見すれば他国からの侵略でそうなったと思えなくもなく、ここに至った自分の行動を少しばかり思い出す。
「元凶は……あの雌猫だな」
謁見を求める俺に、『会うつもりはない。帰れ』とふざけやがった第三王妃の顔を思い浮かべる。
旦那との仲を取り持ってやった恩を忘れ、冷酷かつ無感情にアイツは吐き捨てた。事を荒立てたくない俺を下に見て、高慢ちきに鼻で笑い、兵につまみ出させようと命じやがったのだ。
それに無性にムカついて、俺は巨大な正面門をグーパン一発で叩き割った。
あとはもう、なし崩しの乱闘騒ぎだ。
異変を察知し駆けつけた精鋭騎士五百人。
劣勢と聞いて集まった勇者見習い、英雄見習いの若造三十三人。
王の危機と集った歴戦の守護英雄十三人。
こいつら相手に加減するのは無理な話で、極限戦闘状態の統魔連続行使を久々に使った。体内に魔力嵐三十を展開し続け、掌握した魔力を叩きつけまくって全員打ちのめした。
所要時間は二時間程度。
極限行使は百六十時間くらいしか保たないから、一歩間違えば万が一にも危なかった。戦いに絶対なんてものはなく、どう転ぶかなんて誰にも分からない。この程度で済ませられた幸運を記憶に刻み、偏屈野郎の創造神に感謝の意を投げて捨てる。
「さてっと。おーい、ガルーッ! 訊きたい事があるんだよ、さっさと出てこーい!」
「出て来いじゃねぇよ、このドアホウがっ! 戦争にでも来やがったのか!? 受けて立つぞコラッ!」
廊下の奥から一人の青年が現れた。
両刃の長剣を片手に、金のかかったマントや魔具を身に付けた屈強な肉体。年の頃は二十代前半から半ばくらいで、大股でドカドカ歩きながら装備をポンポン脱ぎ捨てている。
彼にとって、それらはあろうがなかろうが関係ないとでもいうかのように。
さすがはドルトマに次ぐ第二位の勇者様だ。部下にもしっかり見習わせて、しっかりみっちり鍛えておけよ。中途半端な戦力ばっかり侍らせてないで、自分より強い奴の一人や二人くらい従わせて見せろ。
そんなだから風王に認めてもらえないんだろうが。
「よっ、久しぶり。早速だけど言霊使えるよな、お前? 白狐族以外で言霊使えるようになる方法って知らない? 知ってたら教えろよ。第三から第七までの雌共あてがってやった貸しをチャラにしてやるからさ」
「喧嘩売ってんのか、テメェはっ! 良いぜ、抜けよ! アレからどれだけ強くなったか知らねぇが、俺もただ王様してたわけじゃねぇんだぞ!?」
「あぁ、かなり身体を研いだよな? 魔力も前の五割増しくらいか? 小利口にまとまってて、なんか物足りないよな? 暴勇なんて言われてた昔が懐かしいぜ? やっぱり女が絡むと大人しくなっちまうのか。寂しいもんだ」
ふっと、ガルの持つ長剣が姿を消した。
消えていたのはほんの一瞬で、その一瞬の終端を目で追う事は出来なかった。振るわれた剣圧で俺のいた場所が壁ごと消し飛び、俺自身も外に投げ出されて庭に足を着く。
全く、殺す気か?
魔力無し、言霊無しでこの威力。魔力障壁が衝撃で震え、より強固に組み直さないとやばいかもしれない。それこそアーカンソーと喧嘩した時みたいに、周囲を考えず全力を出さないとならないかも。
両腰に下げた柄だけの剣を片手ずつ握る。
周囲の魔力を根こそぎ集め、刃状に集めて結晶化する。威力的には奔流の刃の方が強いけれど、奴の風と圧に吹き飛ばされかねない。不純物を一切取り除いて超純度の結晶を作り、オリハルコンを超える強度と硬度を実現する。
目でやっと捉えられる速度でガルが踏み込み、上段から振り下ろす。
俺は刃を交差させて正面から受けた。
遠慮も加減も容赦もない一撃に、腕と膝が悲鳴を上げる。強化した障壁は何枚かが砕け散って――――
「ちくしょうっ。やっぱり強いな、クソがっ」
「なら本気出せよ、おらっ。手加減してんのはわかってる。魔力制御の速度と正確さが前と比べ物にならねぇからな。どうせ出力も上がってんだろ? 光神と魔王神と創造神の加護を見せてみろよ」
「全部辞退したよ。俺には統魔があれば良い。それ以外は俺以外が使ってれば良いんだ。そうでなきゃ、俺には何の価値もないっ」
損傷した腕と膝を修復しつつ、全身に魔力強化を施して思い切り押し返す。
姿勢を全くぶれさせず、ガルは後ろに跳んで衝撃を逃がした。ロックゴーレム十体を押し飛ばせるだけの力を篭めたのに、おそらくほんの少しのダメージも与えられていない。
着地と同時に脚が流れ、疾風が再度襲い来る。
今度は強烈な横薙ぎで、止めきれずに振り切られた。障壁展開が間に合って斬られはしなかったが、すぐ返しの刃が飛んできて、剣で下から打ち上げて軌道をそらす。
白銀が頭上を抜けていき、そこにあった空間が持っていかれた。
向こうの間合いに適切過ぎる。一歩踏み込んで懐に入り、更に一歩差し込んで全身を密着させる。
俺の距離に無理矢理ねじ込む。
これなら、剣が飛んでくる前に至近の魔力を炸裂させて消し飛ばせる。わかりやすい形勢逆転にガルは動きを止め、俺も気を抜かずに現状維持を努めて努めた。
「チッ……なら何で言霊なんて求める? アレは魔術や統魔のような理の力や、加護のような神の力とは違う。お前には合わないだろ?」
「そうなのか? その辺り、良く知らないんだけど……ただまぁ、言霊を求めてるのは俺じゃなくて、俺の親友だ。グアレスがミサ様と話が出来るように、拒絶に耐えられる程度の言霊を身につけさせたいんだと」
「ミサ様と?」
ガルはスッと身を引き、すぐさま剣を鞘に納めた。
さっきまでの怒りの形相は鳴りを潜め、理性と知性が表情に満ちる。これ以上続ける気はなくなったようで、壊れかけた噴水の縁に座ると俺にも掛けるよう利き手で促した。
俺は少し離れて座り、結晶剣を地面に突き立てる。
少しは話す気になったか?
「ヴァテア。ミサ様とグアレスの事、どこまで知ってる?」
「全然。グアレスが十四尾の子供を育てていて、その母親代わりになって欲しいって頼んで断られたって聞いたくらいだ。相当に落ち込んでたぞ? まるでアンジェラに告白して振られた時のお前みたいに」
「忘れろ、バカ。昔爺さんから聞いた話だが、ミサ様は爺さんに嫁ぐ前、付き合ってた白狐がいたらしい。うちとの縁談が始まってすぐ失踪して、それっきり行方不明になったって話だがな」
「それ、絶対に黒だろ。時期的に、白狐族がラスタビアの庇護下に入った頃だ。当時の族長やらが、交換条件に最多尾のミサ様を差し出したとしか思えねぇって」
「だな。爺さんはその事を相当に気負ってて、密かに失踪した白狐の足跡を探っていた。結局は見つからなかったものの、代わりに、もしかしたらミサ様が出産していたかもしれないってわかったんだ」
「出産って……マジか?」
俺に問いに、ガルはただ頷いた。
王族に差し出す生贄が傷物で、子供までいる。当時の白狐族からしたら看過できない問題だったろう。
適当と思った貢物に、既に歯形が付いていた。何が何でも痕を消し、何事もなかったように仕上げた筈だ。
それこそ、花嫁が真に愛する家族を亡き者にしてでも。
「胸糞悪ぃ」
「あぁ」
「で、グアレスはどう関係するんだ? 聞いてる限り、ミサ様との接点は何もないだろ?」
「失踪した白狐と親友だったそうだ。丁度その頃から、白狐の子供を連れてる姿が確認されている。預けられたと見て、間違いない」
「ぁぁぁ~…………」
厄介な話に、両手で頭をかきむしる。
言霊の話を聞きに来たのに、事の真相を知ってどうするんだ。しかも、この話をしなずちにするわけにはいかない。アイツはアルセアの要請で白狐族の保護に動いているが、知ったが最後、白狐族を根絶やしにしてもおかしくない。
アイツの家族愛観は、度が過ぎてる。
前世の人生の影響が強すぎるのだ。両親は双子の兄の奏志に特に愛を注ぎ、何年も圭をほったらかしにしていた。俺達が友としてその穴を埋めてはいたが、愛の渇望は消えずにより強まってしまっていた。
こちらの世の不条理を、他人の物とはいえ、他人事に出来る筈がない。
一体どうしたものか――――?
「何だ?」
南の空に、いくつもの点が飛んでいる。
高収束の魔力を纏い、飛翔というよりアレは飛行だ。渡り鳥のように大きな一つの群れを成し、その内の一つが特に速度を上げてこちらに向かって降下してきた。
俺とガルは障壁を張り、剣を持って構え直す。
だが、ソイツは近くまで来ると急減速し、少し離れた場所に降り立った。戦う気はない、襲うつもりもない、話だけ聞いてほしいと、両手を上げて不戦の意志を示してくる。
何だ、コイツ?
身長三メートル超えの、性別不明の全身鎧。甲冑と内部に駆動系の魔術を通していて、見通すと中に一メートル七十センチの女エルフが入っている。胸部開閉の術式を見つけて魔力を通すと、今朝見たばかりの白い女性の顔があった。
カルアンド帝国第三皇女、エルディア・カムクロム・カルアンド。
何故、こんな所に?
「エルディア皇女。魔導鎧で来城とは勇気があるな?」
「無礼をお詫びします、ガルドーン陛下! 陛下とヴァテア殿に緊急のお願いがあって参りました! どうか、一時お耳をお貸し頂けますようお願い致しますっ!」
焦りの色を隠さず、エルディアはやけに急いで捲くし立てる。
彼女はしなずち達と一緒にいた筈だ。それが……飛んでいる連中は彼女の部下なのか。数も合っているし、部隊全員で別行動とは一体?
俺達は抜いていた剣を改めて納め、彼女の言葉を待った。
「感謝致しますっ。マヌエル山脈の災厄、しなずち殿が乱心しました! 我が未来の伴侶たる白狐エハを核に巨大な化け物を作り出し、貴国の町や都、集落を襲っています! グアレス殿が抑え込もうとしておりますが力が足りず、ガルドーン陛下とヴァテア殿、可能であれば冬桜のミサ殿のご助力をお願い致しますっ!」
――――お前、何考えてんだよ!?
「ぐはっ……」
白を基調とした傷だらけの廊下で、紅白に彩られた絨毯の上に二人の英雄が崩れ落ちる。
武器も防具も身体もボロボロ。命に別状は無いものの、体力と魔力を使い果たして前のめりに倒れた。仕える主に自らの不甲斐なさを謝る健気さは羨ましく、家族同然の自国の兵達が無性に憎たらしく思えてくる。
グランフォートで、俺相手にここまで慕ってくれている者は殆どいない。
エイレスやヴァニクが相手なら違うだろうが、俺には大体が『ああ、終わったな』とか『じゃあ、畑の手入れでも始めるか』とか、心配の『し』の字すら浮かべようともしない。
同じ国を導く者として、一体何が違うのか。
とことん問い質しくはあったが、今日ここに来たのは別件だ。
旧知の勇者王でラスタビア国王、ガルドーン・ドロウ・エン・ラスタビアに謁見し、言霊について聞き出さないとならない。白狐族以外で唯一言霊を使える、北の二番手勇者の力の秘密を。
「……にしても、何だってこんな事になったんだ?」
死者はいないが、死屍累々の城内を見渡してため息を吐く。
盛大で派手な戦闘の傷痕で、白く美しかった城内は廃墟のように荒れ果てていた。一見すれば他国からの侵略でそうなったと思えなくもなく、ここに至った自分の行動を少しばかり思い出す。
「元凶は……あの雌猫だな」
謁見を求める俺に、『会うつもりはない。帰れ』とふざけやがった第三王妃の顔を思い浮かべる。
旦那との仲を取り持ってやった恩を忘れ、冷酷かつ無感情にアイツは吐き捨てた。事を荒立てたくない俺を下に見て、高慢ちきに鼻で笑い、兵につまみ出させようと命じやがったのだ。
それに無性にムカついて、俺は巨大な正面門をグーパン一発で叩き割った。
あとはもう、なし崩しの乱闘騒ぎだ。
異変を察知し駆けつけた精鋭騎士五百人。
劣勢と聞いて集まった勇者見習い、英雄見習いの若造三十三人。
王の危機と集った歴戦の守護英雄十三人。
こいつら相手に加減するのは無理な話で、極限戦闘状態の統魔連続行使を久々に使った。体内に魔力嵐三十を展開し続け、掌握した魔力を叩きつけまくって全員打ちのめした。
所要時間は二時間程度。
極限行使は百六十時間くらいしか保たないから、一歩間違えば万が一にも危なかった。戦いに絶対なんてものはなく、どう転ぶかなんて誰にも分からない。この程度で済ませられた幸運を記憶に刻み、偏屈野郎の創造神に感謝の意を投げて捨てる。
「さてっと。おーい、ガルーッ! 訊きたい事があるんだよ、さっさと出てこーい!」
「出て来いじゃねぇよ、このドアホウがっ! 戦争にでも来やがったのか!? 受けて立つぞコラッ!」
廊下の奥から一人の青年が現れた。
両刃の長剣を片手に、金のかかったマントや魔具を身に付けた屈強な肉体。年の頃は二十代前半から半ばくらいで、大股でドカドカ歩きながら装備をポンポン脱ぎ捨てている。
彼にとって、それらはあろうがなかろうが関係ないとでもいうかのように。
さすがはドルトマに次ぐ第二位の勇者様だ。部下にもしっかり見習わせて、しっかりみっちり鍛えておけよ。中途半端な戦力ばっかり侍らせてないで、自分より強い奴の一人や二人くらい従わせて見せろ。
そんなだから風王に認めてもらえないんだろうが。
「よっ、久しぶり。早速だけど言霊使えるよな、お前? 白狐族以外で言霊使えるようになる方法って知らない? 知ってたら教えろよ。第三から第七までの雌共あてがってやった貸しをチャラにしてやるからさ」
「喧嘩売ってんのか、テメェはっ! 良いぜ、抜けよ! アレからどれだけ強くなったか知らねぇが、俺もただ王様してたわけじゃねぇんだぞ!?」
「あぁ、かなり身体を研いだよな? 魔力も前の五割増しくらいか? 小利口にまとまってて、なんか物足りないよな? 暴勇なんて言われてた昔が懐かしいぜ? やっぱり女が絡むと大人しくなっちまうのか。寂しいもんだ」
ふっと、ガルの持つ長剣が姿を消した。
消えていたのはほんの一瞬で、その一瞬の終端を目で追う事は出来なかった。振るわれた剣圧で俺のいた場所が壁ごと消し飛び、俺自身も外に投げ出されて庭に足を着く。
全く、殺す気か?
魔力無し、言霊無しでこの威力。魔力障壁が衝撃で震え、より強固に組み直さないとやばいかもしれない。それこそアーカンソーと喧嘩した時みたいに、周囲を考えず全力を出さないとならないかも。
両腰に下げた柄だけの剣を片手ずつ握る。
周囲の魔力を根こそぎ集め、刃状に集めて結晶化する。威力的には奔流の刃の方が強いけれど、奴の風と圧に吹き飛ばされかねない。不純物を一切取り除いて超純度の結晶を作り、オリハルコンを超える強度と硬度を実現する。
目でやっと捉えられる速度でガルが踏み込み、上段から振り下ろす。
俺は刃を交差させて正面から受けた。
遠慮も加減も容赦もない一撃に、腕と膝が悲鳴を上げる。強化した障壁は何枚かが砕け散って――――
「ちくしょうっ。やっぱり強いな、クソがっ」
「なら本気出せよ、おらっ。手加減してんのはわかってる。魔力制御の速度と正確さが前と比べ物にならねぇからな。どうせ出力も上がってんだろ? 光神と魔王神と創造神の加護を見せてみろよ」
「全部辞退したよ。俺には統魔があれば良い。それ以外は俺以外が使ってれば良いんだ。そうでなきゃ、俺には何の価値もないっ」
損傷した腕と膝を修復しつつ、全身に魔力強化を施して思い切り押し返す。
姿勢を全くぶれさせず、ガルは後ろに跳んで衝撃を逃がした。ロックゴーレム十体を押し飛ばせるだけの力を篭めたのに、おそらくほんの少しのダメージも与えられていない。
着地と同時に脚が流れ、疾風が再度襲い来る。
今度は強烈な横薙ぎで、止めきれずに振り切られた。障壁展開が間に合って斬られはしなかったが、すぐ返しの刃が飛んできて、剣で下から打ち上げて軌道をそらす。
白銀が頭上を抜けていき、そこにあった空間が持っていかれた。
向こうの間合いに適切過ぎる。一歩踏み込んで懐に入り、更に一歩差し込んで全身を密着させる。
俺の距離に無理矢理ねじ込む。
これなら、剣が飛んでくる前に至近の魔力を炸裂させて消し飛ばせる。わかりやすい形勢逆転にガルは動きを止め、俺も気を抜かずに現状維持を努めて努めた。
「チッ……なら何で言霊なんて求める? アレは魔術や統魔のような理の力や、加護のような神の力とは違う。お前には合わないだろ?」
「そうなのか? その辺り、良く知らないんだけど……ただまぁ、言霊を求めてるのは俺じゃなくて、俺の親友だ。グアレスがミサ様と話が出来るように、拒絶に耐えられる程度の言霊を身につけさせたいんだと」
「ミサ様と?」
ガルはスッと身を引き、すぐさま剣を鞘に納めた。
さっきまでの怒りの形相は鳴りを潜め、理性と知性が表情に満ちる。これ以上続ける気はなくなったようで、壊れかけた噴水の縁に座ると俺にも掛けるよう利き手で促した。
俺は少し離れて座り、結晶剣を地面に突き立てる。
少しは話す気になったか?
「ヴァテア。ミサ様とグアレスの事、どこまで知ってる?」
「全然。グアレスが十四尾の子供を育てていて、その母親代わりになって欲しいって頼んで断られたって聞いたくらいだ。相当に落ち込んでたぞ? まるでアンジェラに告白して振られた時のお前みたいに」
「忘れろ、バカ。昔爺さんから聞いた話だが、ミサ様は爺さんに嫁ぐ前、付き合ってた白狐がいたらしい。うちとの縁談が始まってすぐ失踪して、それっきり行方不明になったって話だがな」
「それ、絶対に黒だろ。時期的に、白狐族がラスタビアの庇護下に入った頃だ。当時の族長やらが、交換条件に最多尾のミサ様を差し出したとしか思えねぇって」
「だな。爺さんはその事を相当に気負ってて、密かに失踪した白狐の足跡を探っていた。結局は見つからなかったものの、代わりに、もしかしたらミサ様が出産していたかもしれないってわかったんだ」
「出産って……マジか?」
俺に問いに、ガルはただ頷いた。
王族に差し出す生贄が傷物で、子供までいる。当時の白狐族からしたら看過できない問題だったろう。
適当と思った貢物に、既に歯形が付いていた。何が何でも痕を消し、何事もなかったように仕上げた筈だ。
それこそ、花嫁が真に愛する家族を亡き者にしてでも。
「胸糞悪ぃ」
「あぁ」
「で、グアレスはどう関係するんだ? 聞いてる限り、ミサ様との接点は何もないだろ?」
「失踪した白狐と親友だったそうだ。丁度その頃から、白狐の子供を連れてる姿が確認されている。預けられたと見て、間違いない」
「ぁぁぁ~…………」
厄介な話に、両手で頭をかきむしる。
言霊の話を聞きに来たのに、事の真相を知ってどうするんだ。しかも、この話をしなずちにするわけにはいかない。アイツはアルセアの要請で白狐族の保護に動いているが、知ったが最後、白狐族を根絶やしにしてもおかしくない。
アイツの家族愛観は、度が過ぎてる。
前世の人生の影響が強すぎるのだ。両親は双子の兄の奏志に特に愛を注ぎ、何年も圭をほったらかしにしていた。俺達が友としてその穴を埋めてはいたが、愛の渇望は消えずにより強まってしまっていた。
こちらの世の不条理を、他人の物とはいえ、他人事に出来る筈がない。
一体どうしたものか――――?
「何だ?」
南の空に、いくつもの点が飛んでいる。
高収束の魔力を纏い、飛翔というよりアレは飛行だ。渡り鳥のように大きな一つの群れを成し、その内の一つが特に速度を上げてこちらに向かって降下してきた。
俺とガルは障壁を張り、剣を持って構え直す。
だが、ソイツは近くまで来ると急減速し、少し離れた場所に降り立った。戦う気はない、襲うつもりもない、話だけ聞いてほしいと、両手を上げて不戦の意志を示してくる。
何だ、コイツ?
身長三メートル超えの、性別不明の全身鎧。甲冑と内部に駆動系の魔術を通していて、見通すと中に一メートル七十センチの女エルフが入っている。胸部開閉の術式を見つけて魔力を通すと、今朝見たばかりの白い女性の顔があった。
カルアンド帝国第三皇女、エルディア・カムクロム・カルアンド。
何故、こんな所に?
「エルディア皇女。魔導鎧で来城とは勇気があるな?」
「無礼をお詫びします、ガルドーン陛下! 陛下とヴァテア殿に緊急のお願いがあって参りました! どうか、一時お耳をお貸し頂けますようお願い致しますっ!」
焦りの色を隠さず、エルディアはやけに急いで捲くし立てる。
彼女はしなずち達と一緒にいた筈だ。それが……飛んでいる連中は彼女の部下なのか。数も合っているし、部隊全員で別行動とは一体?
俺達は抜いていた剣を改めて納め、彼女の言葉を待った。
「感謝致しますっ。マヌエル山脈の災厄、しなずち殿が乱心しました! 我が未来の伴侶たる白狐エハを核に巨大な化け物を作り出し、貴国の町や都、集落を襲っています! グアレス殿が抑え込もうとしておりますが力が足りず、ガルドーン陛下とヴァテア殿、可能であれば冬桜のミサ殿のご助力をお願い致しますっ!」
――――お前、何考えてんだよ!?
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