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第67話 将来を見据えて

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 マイアの襲来から三時間が経ち、余韻を楽しみながら妊婦風柔肉の布団を体に乗せる。

 表面積は私の身体とほぼ同等で、一部大きく膨れているから覆えない所の方が遥かに多い。しかし、肌を撫ぜる乱れた吐息と命の熱さに愛しさこそあれ、不満と言える不満は欠片の欠片の破片程もない。

 艶やかな黒髪を梳いて、私の想いを優しく伝える。

 だらしない逆流噴出を鳴らしながら、身を捩ってマイアは舌を絡めてきた。瞳の色はもっともっとと続きを求めていて、応えたい所ではあるが、既に日は向こうの山の陰と重なっている。

 約束の時間がもう近く、外の熱を探ると六人分が既に階段にいた。

 罪人を刑場に連れる様な独特の配置だ。中央に二人が重なり、前二人後ろ二人が緊密に連携して警戒している。これを脱する事は難しく、囚われの彼は悲しみに涙を湛えている事だろう。

 控えめなノックがドアを叩いた。


「入っておいで」

「失礼しま――っ。しなずち様、その女は何ですか? 四肢を落とした奴隷を孕ませるなんて、趣味が悪いにも程がありますよ?」

「って、まさか毒壺のマイアにゃ!? 英雄殺しにゃにゃいかにゃ! シスルデム閣下が征伐した筈にゃのに!」

「短小早漏野郎なんてどうでも良い。今の私は――――んっ……ほらっ。しなずち様の、巫女でっ雌、なのっ――ふぅ……もう、二度と毒壺はやらないっ。私の膣と子宮は…………しなずち様っ、で、満たされて……はぁ……っ……いるから…………」

「そういう事。それで、テトはちゃんと捕まえて来れた?」

「はい。テト様、もう観念しろ。男は女を孕ませる生き物なんだ。テト様がやらないで、誰が私達をママにする?」

「ぼ、ぼく、まだパパになんてなりたくないぃ…………」


 女をそそらせる涙を頬に伝わせ、青髪の少年が必死に首を振る。

 両肩を女ハイエルフにがっちり押さえられ、少なからず想いを寄せる女性達に囲まれては逃げようもない。それでも何とか状況を変えようと無詠唱魔術を使い続けているようで、後方二人の魔族娘が対抗術式を唱え続けている。

 水蒸気が集まっては散り、集まっては散る。無駄な抵抗だというのに、なんて往生際が悪いのか。

 前二人の猫娘と犬娘がテトの服に爪をかけ、一瞬で全て細切れに引き裂いた。

 未熟な体と、マイアの裸体を見て完熟した男が露わになる。咄嗟に前を隠そうと手を伸ばし、魔族娘達が片手ずつ掴んでそれを制した。

 さて、教育の時間だ。


「ししししなずち様っ、どうか許して……っ!」

「テト。許すかどうかを判断する前に、一つ聞いておきたい。何でそこまで彼女達を拒絶する? 共に旅をする仲間だから? 自分がまだ未熟だから? それにしてはパーティを組んでいるし、色々矛盾しているだろう?」

「そ、そそそそれはははは…………っ」


 ダラダラダラダラ、滝とまでいかないまでも、大量の汗がテトの顔から溢れ始めた。

 そもそも、彼くらいの年齢なら女性の身体に興味を持ってしかるべきだ。肌が晒されれば視線が向き、服が捲れれば横目で覗く。それが少年であり、未熟な男の性なのだ。

 だというのに、彼女達から求められて喜ぶどころか逃げ出す?

 何かあるとしか思えない。


「言わないと、今日で五人のパパにする」

「ひぃぃっ……!」

「テト様。何を言われても私達は受け入れる。受け入れた上でテト様をモノにするから安心してくれ」

「もう責任とってもらわないといけないくらいやっちゃったしね。ミーア辺りは出来てるんじゃない?」

「発情期はもう少し先にゃから、ちょっと待ってほしいにゃ。でも、今年からは一人でしにゃくて良いから嬉しいにゃ~」

「私達も十人くらい欲しい。水魔族復興の為にテトの精が必要なの」

「姉さん、建前は良いから。昔からテトちゃん一筋だったのに今更でしょう? 復興の為の子供達は私が産むから、姉さんは一人二人を産んだら前みたいに引きこもってて」

「シュレス、喧嘩売ってる?」

「まさか。姉さん如きに売る喧嘩はないわよ」


 何だか収拾がつかなくなってきた。

 仕方なく、私は触手を伸ばしてテトの頭を包んだ。何を言っても外に漏れないよう、上半身まで密着させて骨振動で声を伝える。


『これなら言いやすいだろ?』

『ぁぅ……皆には言わないでいてくれますか……?』

『ヴィラの信徒としてちゃんと布教するなら約束しよう』

『ぅぅううぅ…………わかり、ました……』


 言いやすい状況になって、テトはやっと折れてくれた。

 面倒をかけてくれる。四回も脱走したのだから、それ相応の理由があると信じたい。そうでなかったら、自白剤を投与して自分自身の口で言わせてやろう。

 彼の女達は喜んで協力してくれる。それくらい、彼は彼女達に好かれているのだから。


『ぼく、カルアンド帝国の第二皇子なんです。生まれた時から婚約者が三人いて、成人したら国に戻らないといけなくて……きっと、戻ったら継承権争いの道具にされる。彼女達を政争に巻き込みたくないんです……』


 テトはぽろぽろ涙を流し、今までずっと留めていた胸の内を吐き出した。

 好いていないわけがない。

 でも、一緒にいてはいけない。

 大国たるカルアンドの直系として、同時に勇者の一人として、大きな責任と義務がある。彼女達にそれを負わせるのは筋違いで、自分で何とか解決しないとならない、と。

 勇者になった後と同じように。

 他人の力を借りず、自分一人で。

 何とも大馬鹿者だ。真面目で素直で優しすぎて、他を想うが故に自分で自分を磨り潰している。

 精霊の加護を受けなかったのもこれが原因か。

 本当にどうしようもなく――――触手を解いて、よくこれまで耐えて来たと頭を撫でる。


「勇者テトとそのパーティは、今回の任への参加を解く」

「……え?」


 私の言葉に、この場の全員が目を見開いた。

 言われた意味を理解して、言われた理由を理解出来ない。様々な思考と感情が一気に混ざり、爆発する前に私は行動に移した。

 自身の片腕を引きちぎり、捏ねて混ぜて拳大の宝珠を作る。

 紅く黒い禍々しい代物に、テトの女達は怯えや恐れを強く向けた。私から半歩後退り、その隙に宝珠をテトの胸に思い切り打ち込む。

 衝撃はなく、溶け込むように半分が体内に埋まった。

 同時に、テトの身体がガクガクと震え、小刻みな痙攣を繰り返して血を吐き倒れ込む。


「何をする!?」


 異常な事態に、五人の女が身構えた。

 武器を持ち、魔術を唱え、愛する男を守らんと敵意を向ける。シハイノツルギの洗脳を受けておきながら、彼女達の優先順位は私よりテトが遥かに上のようだ。

 それでいい。


「テト。聞いているし、見ているな? これが彼女達の意志だ。お前の為なら私にすら牙を剥く。それほどの愛をお前は受けているんだ」

「一体何――――を?」


 床に飛び散った血が独りでに蠢き、テトの身体を包んでいく。

 薄手の肌着の上下を作り、通気の良い上着を作り、丈夫で厚いながらも動きやすい立派な軍装に仕上がっていく。胸の辺りは宝珠と同化していて、慣れていけば形状や出し入れも自由自在にできるようになる筈だ。

 床に手を突き、小さな勇者が体を起こす。

 瞳には困惑と戸惑いと、恥ずかしがりな嬉しさが満ちていた。ハイエルフのローブの裾をきゅっと掴み、「大丈夫」と皆に告げてすっくと立ちあがる。

 改まって、私達は正面から対した。


「南の山脈を越えた先に、ギュンドラ王国とグランフォート皇国という国がある。そこの王族から学んで来い。ギュンドラ王からは政治と女を、ヴァテア皇子からは権謀術数の中で我儘を通す術を」

「で、ですが、それではこちらが手薄になるのでは!?」

「気にするな。不本意ながら、そろそろ追加の戦力が合流する筈だ。三日ほど動けなくなるが、こっちにはマイアもハーロニーもリタ達もいる。プランを少し変更して、少し強引にやっていくよ」

「あの、でも――」


 食い下がるテトに対し、私は手刀を額に当てた。

 叩くのではなく、当てるだけ。

 言い聞かせるのに痛みも苦しみも必要ない。きっかけと糸口を作って言葉を弄せば、彼はきっと応えてくれる。

 優しいから。

 甘いから。

 まるで、兄だけを優先して生きていた頃の俺のように。


「問答は無用だ。明後日までに荷を纏めて出立しろ。山脈越えの準備は、第四軍本拠の社に用意させておく。パルンガドルンガを経由してカロステン王国に向かい、常駐の血巫女か朱巫女に助力を乞え。皆、テトと互いに支え合ってしっかりな。成功の暁にはテトの家に嫁入りできるぞ」

「「「「「絶対成功させます(にゃ)っ!」」」」」


 鼻息荒く、女達は気合を入れて互いの手を叩き合った。

 後は任せても良いだろう。

 想いの通じ合っているパーティに、これ以上の世話は余計だ。困難を跳ね返し、障害を踏み荒らし、絆を深めて愛を深める。その大事な過程を、彼らは自らの力で切り開いていく。

 その末の結果は、ハッピーエンド以外在り得ない。

 希望的観測でも願望でもなく確信として言える。愛を抱いた勇者が半ばで倒れてたまるか。彼らの想いはその程度の弱さにはないし、運命が味方しなくても無理矢理に覆してみせる。

 当てていた手刀を離し、頭を優しく撫でる。

 弟が居ればこんな風なのだろうか。異性に向ける物ではなく、家族に向ける愛を込める。健やかな成長と少しばかりのやんちゃを期待し、そっと額と額をくっつけて心を繋げる。

 照れた笑みが浮かび――――


「ああ、なんて感動的だ。まだ会って数日で、同性にも関わらずそこまで心を許し合うのか。酷く羨ましく、途方もなく妬ましい。私など、いくら想ってもいくら望んでも半年以上遂げられていないというのに。思うに、愛とは求めてはならないものなのではないか? 注いで注いで溢れさせ、零れた分を浴びるように飲み干すものなのだろう。であれば、しなずち様。三日で済むと思うなよ? これまで一度も抱かれず、後から巫女になった者達の伽を見せつけられてきたんだ。その全員分とは言わんが、少なくとも師匠とまぐわった四十八回に切り良く加えて百回を頂くとしよう。なに、犬に噛まれたとでも思って横になっていればいい。こちらで勝手に貰っていくからな」

「あ~……なんだ? 主様、私にも二十回ほど恵んでくれ。なんとかそれくらいで抑えて見せるから」


 ――――訪れた絶望に、私達は薄ら笑いを浮かべる事しかできなかった。
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