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第65話 唐突な開戦と速やかな占領
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森を抜けて目に入ったのは、黒煙の上がるボロボロに荒れた町だった。
幾本もの丸太を立てて壁として覆い、その周りを堀でぐるっと囲う開拓地の軍事拠点。
守りの要たる壁が数か所で薙ぎ倒されている一方、堀にかかる吊り橋は被害を免れて無事だった。荷物を持った避難者が町から逃げ出そうと殺到しており、何人かが押されて堀に落ちて、必死に救助を求めている。
良い具合の混沌と混乱だ。
カンカンカンッと半鐘の甲高い音が耳に届く。
中の戦闘はまだ終わっていないらしい。脅威がまだ内にいると、命懸けの勇気が多くの命に危険を知らせている。
その様は尊く輝いてすら見え、これから絶望に染めるのだと思うとほんの少し心が痛んだ。
「しなずちはしなず池となりてしなず地となりや」
堀よりも深く、避難者より遠く、半径二キロの範囲を取り込んで壁で覆う。
凍り付いた波のような、鼠返し付きの土の壁。
昇ろうとしてもせり出した天井が邪魔をし、天井に手をかけてもボロボロ崩れる。一気に跳び越えるか飛ぶかしか越える術はなく、この場の誰もそんな力は持っていない。
多くの者が泣き崩れ、誰とも知れない神に祈る。
私は体内からシハイノツルギを抜き取り、手に握って避難者達と対面した。無害を装った微笑みを前面に出し、一人一人の顔を撫でて回る。
子供が泣いた。
老婆が気絶した。
誰も彼もが泣きすすり、唐突な終焉に嘆き悲しんだ。まさに戦争の一幕と言って良く、これこそが私の持論の体現と言える。
『勝者は敗者を踏みにじる義務を持つ』
「私は女神軍第四軍団長しなずち。繁栄の女神ヴィラの尖兵でもある。君達に提示できる選択肢は二つ。自ら私達に降るか、私に作り変えられて降るか、だ」
シハイノツルギを地面に突き刺し、ほぼ同時に森の一角を下から突き上げる。
二つの影が空に打ちあがり、反撃とばかりに五本のナイフを投げられた。毒の匂いがした為に土の壁を盾にして受け、肩から触手を生やして巻き取り捕える。
引き締まった体の、若い男女の魔狩人。
魔獣狩りを生業とする彼らの戦闘能力は高く、国によっては傭兵や予備役として扱われる。この町は森の中にあるし、国境警備と町の警護を両方できて適任と言えた。
ただ、一つだけ。
彼らは運が悪かった。
「反抗する者の処遇は私が決める。まずは彼らだ。その行く末をしっかり見届けると良い」
「ま、待ってくれ! 私が代わりに罰を受ける! バートとファリンは見逃して――」
「二人は愛し合っているな? 互いに互いの匂いを付けている。女神の尖兵として、二人には繁栄の加護を与えよう」
「何しやがる! 離しやがれ!」
二人の身体を触手で包み、すっぽりと覆って一つにまとめる。
他の者には見えないが、中では衣服と装備を剥いだ二人を催淫剤に漬け込んでおいた。シハイノツルギで私達への敵対心を取り払い、後は一日放置して勝手に解放されるよう仕込んで置く。
番いの使徒の出来上がり。
もっとも、知らない者が見た場合はわけのわからない邪悪な行為だ。地面から生えた肉の球体にこの世のものと思えない恐怖を感じ、私から遠い連中から我先にと逃げ出し始めた。
私は彼らを追加の反抗者とみなし、次々に番いを見つけては愛の巣に放り込む。
歳がいっていれば若返らせ、病気があれば治し、死が近い者には命を与える。繁栄の押し付けで生の幸せを思い知らせ、私とヴィラの教えを脳の髄まで叩きこむ。
「――――ん? あれ?」
気付いたら、私以外誰も残っていなかった。
調子に乗って全員巣に入れてしまったらしい。強制教育は久々だったから、ついつい熱が入り過ぎてしまったようだ。
自重しないと、ヒュレインの故郷のように愛の災害を引き起こしかねないな。
「おい、こっちは終わ――――なんだよ、これ」
町の中から、エハを肩車するグアレスが出て来た。
両手に六人の男女を引きずっていて、服装と装備から勇者のパーティだと推測する。
水精の加護を受けた聖剣と杖、ハイエルフの女魔術師、一対五の男女比と言えば、かの有名な『流しのテト』か。
水の精霊ディーネに見初められたエルフの少年勇者。
精霊や神の加護を『自分に相応しくない』と一切受けず、自らの努力のみで一人前にまで至った若き才能と聞く。
そのひたむきさと天然気味の男らしさから、多くの女性達を虜にしている。パーティを組む五人の娘達は、誰が正妻になるかで熾烈な競争を繰り広げていて、是非うちの加護を授けたいランキングぶっちぎりのナンバーワンを冠していた。
良いじゃないか、良いじゃないか。百二十歳とまだ若いけれども、十の桁を繰り上げれば成人と一緒だ。
しっかりばっちり教示を授け、五人とも正妻という選択肢を選ばせてあげよう。
「涎垂らしてんじゃねぇよ、きったねぇな」
「すいません。逸材を見るとつい……」
「ちゃんと拭いとけよ? で、とりあえずはこれで良いのか?」
グアレスは顎で陥落した町を私に示し、答えを求めた。
香る匂いを嗅ぎ分け、死が紛れていない事を確認する。
あくまで『極力』殺さないようにと伝えていたのに、全員生かしたままとは恐れ入った。勇者パーティもいたというのに、スマートな仕事ぶりで彼の評価がグンッと押し上がる。
「満点です。町は直せば良いですけど、失われた命は戻せませんから」
「侵略者の言う事じゃねぇな。そっちはこれからどう動く?」
「ここを起点に、勇国と帝国の間にある都市を全部頂きます。住民を洗脳して情報は封鎖し、逆に偽情報を流してそちらをサポートも出来るでしょう。何か希望はありますか?」
「そうだな…………いや、任せるわ。そっちのやりやすいようにやってくれ。こっちはこっちで上手くやる」
「わかりました。では、まずはこの町で勇者テトと交戦し、適当に暴れて去ったとでも流しましょう。ご武運を」
「おう。そっちもな」
『にーたん、またねーっ』
フッと二人の姿が消え、小さなそよ風が私の髪を揺らした。
匂いも熱もあっという間に遠ざかっていき、一分もしない内に追えなくなる。彼らの無事を祈ると共に、私はこれからの自分の行動を頭の中で纏めていった。
事前の話し合いでは、グアレス達は十二尾のミサの身柄を、私は白狐族を両国の領土諸共掻っ攫う事になっている。
別行動は当然として、重要なのは勇国と帝国のヘイトを引き付け合う事。
敵の主戦力は限られていて、こちらの両方を対処しようとすると十分な戦力を投入できない。片方が目立てばもう片方が自由になり、また逆も然りだ。
しかし、それを適切かつ的確に行う事は出来ない。
この世界には遠距離の通信手段は存在しない。魔術にしてもそれ以外にしても、解決しなければならない重要課題に答えが出ていないのだ。
前世のモールス信号等が参考にならないかと提案した事があるが、それ以前の問題だとキサンディアに突っぱねられたのをよく覚えている。
故に、今回は連絡は取り合わない。
互いに情報を自分で判断し、細かい所は臨機応変に独断で決める。
互いにやりやすくなるよう努め、互いの影響は勝手に把握して勝手に使う。
変に作戦を練るよりも、こっちの方が連携はしやすい。前世で見たアニメでは、チームプレイよりチームワークと表現していた。
今の私達にぴったりの言葉だ。
「ぅ……んん…………っ!?」
テトお付きのハイエルフが目を覚まし、逃がさないように触手で巻く。
他の五人も同じようにしつつ、テトを中央に五人の娘達に囲わせる。しばらくすると他の者も気が付き始め、最後にテトが瞼を上げた。
「それじゃ、始めようか」
仲良くしようね。君達。
幾本もの丸太を立てて壁として覆い、その周りを堀でぐるっと囲う開拓地の軍事拠点。
守りの要たる壁が数か所で薙ぎ倒されている一方、堀にかかる吊り橋は被害を免れて無事だった。荷物を持った避難者が町から逃げ出そうと殺到しており、何人かが押されて堀に落ちて、必死に救助を求めている。
良い具合の混沌と混乱だ。
カンカンカンッと半鐘の甲高い音が耳に届く。
中の戦闘はまだ終わっていないらしい。脅威がまだ内にいると、命懸けの勇気が多くの命に危険を知らせている。
その様は尊く輝いてすら見え、これから絶望に染めるのだと思うとほんの少し心が痛んだ。
「しなずちはしなず池となりてしなず地となりや」
堀よりも深く、避難者より遠く、半径二キロの範囲を取り込んで壁で覆う。
凍り付いた波のような、鼠返し付きの土の壁。
昇ろうとしてもせり出した天井が邪魔をし、天井に手をかけてもボロボロ崩れる。一気に跳び越えるか飛ぶかしか越える術はなく、この場の誰もそんな力は持っていない。
多くの者が泣き崩れ、誰とも知れない神に祈る。
私は体内からシハイノツルギを抜き取り、手に握って避難者達と対面した。無害を装った微笑みを前面に出し、一人一人の顔を撫でて回る。
子供が泣いた。
老婆が気絶した。
誰も彼もが泣きすすり、唐突な終焉に嘆き悲しんだ。まさに戦争の一幕と言って良く、これこそが私の持論の体現と言える。
『勝者は敗者を踏みにじる義務を持つ』
「私は女神軍第四軍団長しなずち。繁栄の女神ヴィラの尖兵でもある。君達に提示できる選択肢は二つ。自ら私達に降るか、私に作り変えられて降るか、だ」
シハイノツルギを地面に突き刺し、ほぼ同時に森の一角を下から突き上げる。
二つの影が空に打ちあがり、反撃とばかりに五本のナイフを投げられた。毒の匂いがした為に土の壁を盾にして受け、肩から触手を生やして巻き取り捕える。
引き締まった体の、若い男女の魔狩人。
魔獣狩りを生業とする彼らの戦闘能力は高く、国によっては傭兵や予備役として扱われる。この町は森の中にあるし、国境警備と町の警護を両方できて適任と言えた。
ただ、一つだけ。
彼らは運が悪かった。
「反抗する者の処遇は私が決める。まずは彼らだ。その行く末をしっかり見届けると良い」
「ま、待ってくれ! 私が代わりに罰を受ける! バートとファリンは見逃して――」
「二人は愛し合っているな? 互いに互いの匂いを付けている。女神の尖兵として、二人には繁栄の加護を与えよう」
「何しやがる! 離しやがれ!」
二人の身体を触手で包み、すっぽりと覆って一つにまとめる。
他の者には見えないが、中では衣服と装備を剥いだ二人を催淫剤に漬け込んでおいた。シハイノツルギで私達への敵対心を取り払い、後は一日放置して勝手に解放されるよう仕込んで置く。
番いの使徒の出来上がり。
もっとも、知らない者が見た場合はわけのわからない邪悪な行為だ。地面から生えた肉の球体にこの世のものと思えない恐怖を感じ、私から遠い連中から我先にと逃げ出し始めた。
私は彼らを追加の反抗者とみなし、次々に番いを見つけては愛の巣に放り込む。
歳がいっていれば若返らせ、病気があれば治し、死が近い者には命を与える。繁栄の押し付けで生の幸せを思い知らせ、私とヴィラの教えを脳の髄まで叩きこむ。
「――――ん? あれ?」
気付いたら、私以外誰も残っていなかった。
調子に乗って全員巣に入れてしまったらしい。強制教育は久々だったから、ついつい熱が入り過ぎてしまったようだ。
自重しないと、ヒュレインの故郷のように愛の災害を引き起こしかねないな。
「おい、こっちは終わ――――なんだよ、これ」
町の中から、エハを肩車するグアレスが出て来た。
両手に六人の男女を引きずっていて、服装と装備から勇者のパーティだと推測する。
水精の加護を受けた聖剣と杖、ハイエルフの女魔術師、一対五の男女比と言えば、かの有名な『流しのテト』か。
水の精霊ディーネに見初められたエルフの少年勇者。
精霊や神の加護を『自分に相応しくない』と一切受けず、自らの努力のみで一人前にまで至った若き才能と聞く。
そのひたむきさと天然気味の男らしさから、多くの女性達を虜にしている。パーティを組む五人の娘達は、誰が正妻になるかで熾烈な競争を繰り広げていて、是非うちの加護を授けたいランキングぶっちぎりのナンバーワンを冠していた。
良いじゃないか、良いじゃないか。百二十歳とまだ若いけれども、十の桁を繰り上げれば成人と一緒だ。
しっかりばっちり教示を授け、五人とも正妻という選択肢を選ばせてあげよう。
「涎垂らしてんじゃねぇよ、きったねぇな」
「すいません。逸材を見るとつい……」
「ちゃんと拭いとけよ? で、とりあえずはこれで良いのか?」
グアレスは顎で陥落した町を私に示し、答えを求めた。
香る匂いを嗅ぎ分け、死が紛れていない事を確認する。
あくまで『極力』殺さないようにと伝えていたのに、全員生かしたままとは恐れ入った。勇者パーティもいたというのに、スマートな仕事ぶりで彼の評価がグンッと押し上がる。
「満点です。町は直せば良いですけど、失われた命は戻せませんから」
「侵略者の言う事じゃねぇな。そっちはこれからどう動く?」
「ここを起点に、勇国と帝国の間にある都市を全部頂きます。住民を洗脳して情報は封鎖し、逆に偽情報を流してそちらをサポートも出来るでしょう。何か希望はありますか?」
「そうだな…………いや、任せるわ。そっちのやりやすいようにやってくれ。こっちはこっちで上手くやる」
「わかりました。では、まずはこの町で勇者テトと交戦し、適当に暴れて去ったとでも流しましょう。ご武運を」
「おう。そっちもな」
『にーたん、またねーっ』
フッと二人の姿が消え、小さなそよ風が私の髪を揺らした。
匂いも熱もあっという間に遠ざかっていき、一分もしない内に追えなくなる。彼らの無事を祈ると共に、私はこれからの自分の行動を頭の中で纏めていった。
事前の話し合いでは、グアレス達は十二尾のミサの身柄を、私は白狐族を両国の領土諸共掻っ攫う事になっている。
別行動は当然として、重要なのは勇国と帝国のヘイトを引き付け合う事。
敵の主戦力は限られていて、こちらの両方を対処しようとすると十分な戦力を投入できない。片方が目立てばもう片方が自由になり、また逆も然りだ。
しかし、それを適切かつ的確に行う事は出来ない。
この世界には遠距離の通信手段は存在しない。魔術にしてもそれ以外にしても、解決しなければならない重要課題に答えが出ていないのだ。
前世のモールス信号等が参考にならないかと提案した事があるが、それ以前の問題だとキサンディアに突っぱねられたのをよく覚えている。
故に、今回は連絡は取り合わない。
互いに情報を自分で判断し、細かい所は臨機応変に独断で決める。
互いにやりやすくなるよう努め、互いの影響は勝手に把握して勝手に使う。
変に作戦を練るよりも、こっちの方が連携はしやすい。前世で見たアニメでは、チームプレイよりチームワークと表現していた。
今の私達にぴったりの言葉だ。
「ぅ……んん…………っ!?」
テトお付きのハイエルフが目を覚まし、逃がさないように触手で巻く。
他の五人も同じようにしつつ、テトを中央に五人の娘達に囲わせる。しばらくすると他の者も気が付き始め、最後にテトが瞼を上げた。
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