しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第62話 魔狼の痴情

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 翌々日。やり過ぎて腰が抜けたアンジェラを背負い、私は先行している巫女達の後を追っていた。

 馬車が通るには狭すぎる森の中。

 橋のかかっていない深い谷。

 水棲魔獣が潜む中規模の川。

 まず一般人は通れない、危険と隣り合わせの最悪路。

 よくこんなルートを選ぶ気になったものだと感心し、そして呆れた。

 道端の所々に盛られた土から魔獣の臓物の臭いがしており、数えただけでもう五十を超えている。それだけの数の襲撃を受けて尚進むのは、一度通ってきた道だからなのか、巫女としての力を確かめる為なのか、あるいはその両方か。

 いずれにせよ、あまり無茶はしないようにと釘をさす必要がある。

 巫女化は、身体能力の向上と不死性の付与により、一種の超人を作り出す。今までより高次元の力を扱える優越と陶酔は、それまでの価値観を壊して勘を鈍らせ、知らぬ間に危険を内に呼びこんでしまう。

 唐突に、突然に、あっさりと、簡単に、死ぬ。


「坊や。あの娘達をもう少し信じてやってくれないかい?」


 おぶさるアンジェラが、弱々しく懇願する。

 私は足を止めず、まっすぐ前を見続けた。

 彼女の顔を見ると無条件に許してしまいそうな気がする。その末に彼女達を失うくらいなら、今は心を鬼にしないとならない。


「信じる。だけど、言うべき事は言わないと」

「それは私の役目さ。憎まれ役と甘やかせ役は別にいないとね。坊やは甘やかせる方が似合ってるよ。――――そこの巨木を右に逸れな。少し走って、急斜面を駆け上がったら遺跡だよ」

「そこか」


 他より一際太く高い樹を前に、指示に反して樹の上に跳び上がる。

 小さな家程の太さの幹に、人の胴を思わせる枝。折らない様に慎重な力加減で上へ上へ跳び、天辺まで出てその先に降り立つ。

 とても……とても雄大で、広大で、美しい。

 前方に聳える大きく急な山。白い雪の帽子を被るその麓にはほぼ垂直の崖があり、今いる場所からそこの手前までを緑色の絨毯が覆っている。

 まるで森に座す巨人のようで、頂点にとても辿り着けなさそうな、恐怖にも似た薄ら寒い感覚を覚えた。両足から背中にかけて血の気が引き、後ろに倒れそうになるのを必死に堪え、崖の上の倒壊した遺跡に目を凝らす。

 荷解きをした馬車列と、遺跡脇の池で身を清める私の巫女達。

 それを覗こうと遺跡の陰に隠れるグアレスと、その後ろで蝶を追いかけ跳び回るエハ。

 勇気あるなぁ……。


「グアレスには追加の説教といこうかねぇ……?」

「その間に、私は遺跡を作り変えておくよ。何か要望はある?」

「声の漏れない地下室が欲しいねぇ。おバカを繋ぐ拘束具もあればもっと良い」

「わかった。着いたら作ろうか」


 樹の天辺を蹴り、少し急ぎ足で遺跡に駆け行く。

 まだ太陽は頂点まで来ていない。今日という一日の残りは長く、やるべき事は多そうだ。

 楽しんでいこう。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





『エハ、間違ってもこういう大人になるんじゃないぞ?』


 遺跡の地下に作った拠点の最下層の一室。十字架に磔にされ、全身ボロ雑巾のようにされたグアレスを指さして、私は言った。

 覗きの事実を巫女達に告げた後、彼は全ての巫女から様々な報復を受けていた。

 殴る蹴るはまだ優しく、魔術や統魔まで使われてサンドバッグの表現すら生温い。強靭な魔狼は息も絶え絶えにぐったりし、瀕死の重傷と言っても過言ではない。

 不安そうに狼狽えるエハが可哀想で、四肢を縛る縄を解いて床に寝かせる。

 唯一の光源である魔術灯が、寂しい白光で彼を照らす。今にも魂が抜けるのではないかと思え、エハに言って、道中狩った魔獣の毛皮を持ってきてもらった。

 グアレスの身体にそっとかけ、温もりという楔でここに留める。


「げぉほっ、がはっ…………よ、容赦、ねぇ……な……」

「今治すから。無理してしゃべらないで」


 両手の形を解き、不定形でグアレスの全身を包む。

 損傷し過ぎた細胞を解し、まだ大丈夫な細胞に栄養として与えて再生する。全体の細胞の数はかなり減るが、テロメアを再生して若返らせればバランスは取れる。

 ついでに私の血も少しくれてやり、女性に好まれやすいフェロモンを垂れ流すよう身体改変を施しておいた。

 修復が終わり、両手を離して最終確認。

 人間で言う二十代半ばの青年の容姿は、成長期手前の若々しい少年に変わっていた。巫女達につけられた傷は一つもなく、まっさらな肌の綺麗な男体が横たわる。

 育ての親の変化に、エハが興奮して尾を振った。

 新しいおもちゃを見つけたような爛々とした瞳でグアレスを見て、手を触ったり、腕に体を擦りつけたり、脇の上に顎を乗せて顔を眺めたり、一々仕草が可愛らし過ぎる。

 私もこんな子欲しい。


『とーさま、若くなった』

「ん? 何か声が変だな? エハ……大きくなってねぇ?」

「貴方が小さくなったんですよ。損傷が激しすぎたので、マシな細胞を基に作り替えました。若返りもしたので、追加分の生を楽しむのが良いでしょう」

『とーさま、良い匂い~』


 グアレスの身体に顔を埋める子狐。

 埋められた方は恥ずかしそうに身を捩り、逃れようとして背中に抱き着かれた。狼と狐がじゃれているようにも見えるが、見る者が見れば、狐が狼を性的に襲っているようにも見える。

 ここに第二軍の腐女子共がいない事を深く天に感謝する。

 確かアイツらは、海外で即売会を開催する為に渡航していた同人作家だった筈。

 侵攻の合間に良質な紙とペン、多色インクの開発をしていると聞いたし、二人を会わせたら『キターッ!』とか言って戦線離脱しかねない。その果てに、こっちの世界でもその趣味嗜好が流布したら、最悪、繁栄の流布の妨げになるだろう。

 絶対に会わせてはならない。ヴィラと私の為に。


「あーあーっ、いーうーおーえーっ。声変わり前かよ。若返らせ過ぎじゃねぇ?」

「それだけ危険な状態でした」

「あ~……こういうのをマッチポンプって言うんだったか? 加害者が恩人面するアレ」

「覗きの代償と受け取ってください。因みに、手を出していたら私も参加していましたから」

「…………こえぇ事言うなよ」


 私の満面の笑みに、グアレスが後退る。

 巫女は全員私の妻に等しい。同意もなく手を出されたら、それ相応の対応は取らせてもらう。当たり前だ。

 毛皮を敷物に私も座る。

 アンジェラやユーリカ達は、上で夕食の準備をしている。出来上がるまで多少の時間があり、その間くらいは話でもして待とう。

 だが、何を話したものか……。


「――――アンタはどういう基準で女を選んでるんだ?」


 話題を考えていると、問いをかけられた。

 瞳は好奇心で染まっていて、裏も心算も何もない。気になったというよりかは、面白そうだからという感じが強そうだ。


「基準ですか?」

「ああ。他人を挽肉みたいに扱う以外、そんなに共通点ねぇだろ? 英雄、ダークエルフ、魔族、魔狩人、暗殺者、処刑人、掃除屋、軍人崩れ――――良くも悪くも節操なさすぎだ。それでいて全員に慕われて、全員が互いに尊重し合ってる。ラスタビア勇王のハーレムだって、ここまでお行儀良くねぇぞ? あそこは喧嘩や謀略は日常茶飯事だ」


 なんだか巫女達が乱暴者とみなされているようで、否定したかったが、それより基準の話は面白かった。

 横目で確認すると出入り口のドアがわずかに開いていて、上と下に蛇と魔術の痕跡が見える。

 羽衣の蛇と、音に指向性を持たせて遠くに届かせる魔術の応用だ。おそらくどちらもユーリカの物。上で皆集まって、一緒に私達の会話を盗み聞きしているのだろう。

 期待されている答えが出せるとは思えない。

 しかし、私にも巫女を選ぶちゃんとした基準がある。それを満たしていない場合は、例えどんな美女であっても巫女にはしない。

 レスティという、たった一人の例外を除いて。


「……生き様です」

「ん?」

「私が巫女を選ぶ基準は、その女性の生き様です」


 長話に備え、私は毛皮の下にクッションを挟み、うつ伏せになってふさふさの感触を全身で味わう。

 エハの尻尾より毛先がやや固く、チクチクして少し痒い。生存競争の中で生きるからこその力強さの証にも思え、残念に思いつつ悪い感じはしなかった。


「前世で私の兄は、生まれた時から心臓を患っていました。殆ど家に帰れず、病院が自宅のような生活。心を病み、私や両親に当たりもして、ほんの七歳で死をただ待つようになりました」


 もう捨てた過去を語る。

 新しい生には不要で、むしろ持っていたいと思わない、不遇の中で過ごした十数年。その後の十数年も不遇の続きで、終わったと思ったらまた不遇。

 世界のルールが俺と兄を分かち、俺は私となってヴィラと一緒になった。

 その経験と過去が、私の基準の根底だ。


「私は、兄のように生を諦めている者は好ましくありません。共に生き、共に暮らし、共に育んで共に老い逝く。そんな者をこそ、傍に置きたい。一人で勝手に逝ってしまうような大馬鹿は、こっちの方から願い下げです」

「ん? レスティをモノにしたって言ってたよな? アイツはどうなんだ? かなりの死にたがりだった筈だ」

「盛大に嫌がらせをしたら、死の願望を反転させて迎えてしまいました。当初は討伐対象だったんですよ? まぁ、今は愛しい一人なんですが……」

「ほぉ~。あの堅物がなぁ……ん?」


 シュルシュルと、ドアから胴がひたすら長い蛇が入ってきた。

 ゆっくり私の所まで這って来て、脚から腿、胴体を経て首に巻く。何をしたいのか、何を言いたいのか大体わかり、指で頭を撫でてそのまま侍らす。

 嬉しそうに頭を揺らし、蛇は私に巻いたまま寝てしまった。


「そんな感じのが良いのか?」

「皆仕事してるのに……まぁ、良いでしょう。では、次は貴方の番です」

「ん? 俺?」

「えぇ。十二尾の未亡人のどこが好きなんですか? 心か、身体か、優れた遺伝子か、魂か。他人の女を自分色に染め上げる達成感? 亡き夫に謝る女をただの雌に堕とす鬼畜性? 無理矢理仕込んだ命への涙を、更に絶望で白く塗りたくる加虐心?」

「アンタ、俺の事を何だと思ってんだよ?」


 呆れた顔がため息をつき、私の予想を首を振って否定する。

 未亡人狙いは、修羅場の心配がない寝取りというのが私の持論だ。

 夫にばれるスリルを楽しむのではなく、多少攻略難度の高い熟れた肉の調理を楽しむ。ヘタレというよりは美食家に通じ、過程と結果の両方を手中にせんと策を巡らす。

 私も、どちらかというとそちらに属する。

 素材を愛で、撫で、掴み、引き寄せ、押し倒し、貪る。それが正しい男だと思っているし、それが正しい雄だと信仰している。その先に繁栄への道はあると確信し、教えとして流布もしてきた。

 その経験から、グアレスの雄もこっち側なのだと思っていた。

 わざわざ十二尾の白狐を選んだのは、超高難度の難題を解決するという結果を求めてのものだと。

 触れる熱を楽しみ、揺らぐ心を楽しみ、堕ちる魂を楽しみ、溺れる様を楽しみ、果てる姿を楽しむ。始終の連なりを咀嚼して、生命の華を摘み取らんとしていると。

 違うの?


「はぁ…………何か、盛大に勘違いされてるみたいだな。俺はアンタらみたいなのとは違う。そもそも、アイツに対して欲情した事は一度もないからな?」

「………………」


 何を言われたのか理解できず、私はしばらく沈黙した。

 その後、何を言われたのかを理解して、私はグアレスの額に思いっきり手刀を叩きつけた。
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