しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第58話 人質は大切に(上)

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「おーおー、派手にやってるねぇ~」


 遥か前方で巻き起こる暴突風の乱舞を眺め、アンジェラは感嘆の声を上げた。

 吹き荒れ、巻き上がり、捻じり、落とし、潰し、裂く。

 風と風が混ざらず、各々の流れのまま隙間無く流動する。空気に与えられた運動エネルギーが熱の濃淡として良く見え、荒々しく描かれた油絵がリアルタイムで動き続けているかのようだ。

 そして、その中で飛び回る二つの影。

 一つはユーリカだ。

 行軍の途中、五キロ離れた大樹の上に二つの熱源を見つけ、偵察の為に単身派遣していた。一人に任せる事には少し不安があったが、飄々と風の中を踊る姿を見ると、大して問題はなさそうだった。

 実際、私から搾り取った量は彼女が一番多い。

 身体能力だけでなく、知力や精神力、生命力、再生力など、生物としての性能はダークエルフの範疇に既にない。ダークハイエルフすらも軽く凌ぎ、第三軍団長のアガタと同等にまで引き上げられている。

 名実共に第四軍の主力と言って良い。

 シムナに稽古で負け続けていると報告があったものの、それはシムナの戦闘能力と戦闘勘がおかしいだけだ。

 出会った時とは比べ物にならない程、今のユーリカは強い。アンジェラから戦法と戦術の師事を受けているようだし、序列二位のアシィナと同等くらいにはなっていると思う。

 で、そんな彼女と軽快にダンスをしているアレは何だ?

 近くにいたフュエラから望遠鏡を受け取り、覗きこむ。

 黒い毛並みを持つ人狼だった。外見の歳は若く、美形で、まだまだ性の盛り。盛り上がった筋肉から相当に鍛え上げている事がわかり、着ている服の品の良さから野良やはぐれの可能性は薄い。

 何らかの理由で森に潜み、暮らしている?

 理由は何かと思考を巡らし、答えを出せないでいると肩を叩かれた。

 振り向くと槍を肩にかけたアンジェラがいて、指先を人狼に向けている。


「坊や。アレ、グアレスだ」

「えぇ~…………」

「嫌そうな顔すんじゃないよ。もう見つかったって喜ぶ所だろ、そこは」

「だって、まだパルンガドルンガを出て三日しか経ってないのに……」

「三日だろうが四日だろうが、見つかる時は見つかるんだ。そんな事より、加勢しなくていいのかい? 今はまだそよ風程度だけど、アイツが本気になったらここら辺一帯が消し飛ぶよ?」


 アンジェラはそう指摘しつつ、いつでも動けるように槍を構える。

 巻き込まれた事があるとグレイグが言っていたので、その経験から言っているのだろう。焦ってはいないが余裕はなく、ピリピリした雰囲気で戦いの行く末を見守っている。

 しかし、まだ大丈夫なのではと、私は何となく思えた。

 望遠鏡で見たグアレスの顔は、まるで憤怒鬼のように歪んでいた。

 ユーリカが何をしでかしたかはわからない。だが、あそこまでの感情と表情をしていて本気を出していないなら、むしろ出せないと考えた方が適当かも知れない。

 巫女達に待機を命じ、もう一度舞踏を覗く。

 グアレスは確認したから、今度はユーリカだ。けしからん風で羽衣が色々いけない捲れ方をし、別の風で逆に捲れたかと思うと、裾の中から簀巻きにされた白い塊が目に入った。

 もふもふで、ふわふわで、小さく、可愛らしく、『とーさまっ! とーさまっ!』と泣きながら助けを求めている。

 あ、これ、悪いのはユーリカだ。

 グアレスの子供か何かを人質にして、何がしかの下手を打った。取り返そうと暴れられてしまい、人質を使って御せているので、ダークエルフ特有の加虐心に火が付いた、と。


「アンジェラ、エリス。ちょっと行って来るから指揮をお願い」

「やんのかい?」

「子を奪われた親に謝罪と挨拶をしてくるだけ。戦う事になったら合図するから、荷物を捨てて全力で逃げるように」

「なんだい、つまんないねぇ」

「アンジェラ様。ここはしなずち様にお任せしましょう。私達には私達の役目がございます」

「違いない。そんじゃ行っといで、坊や! こっちはこっちで上手くやるから、気にせずおもいっきりやんなっ!」

「だから謝ってくるっていってるのに…………」


 激励を篭めた張り手を背中に受け、その勢いを乗せて一歩跳ぶ。

 高く高く、遠く遠く、どれだけ力を込めたのか不安になる程の距離が出る。常人なら間違いなく即死の威力だが、加減を見誤ったわけではない。私ならそのくらいでも問題ないと判断しての事だろう。

 私がグアレスと戦ったとして、耐えられるかを量りでもしたか?

 一瞬目を向けると、アンジェラの表情は不安で一杯だった。

 戦に夫を送り出す妻のような、万が一の事態に胸を締め付けられている苦悶の色。胸に拳を当てて目を閉じ、私の無事を祈っている。

 献身的な姿が愛おしい。

 アマゾネスのように鍛え抜かれた美女傑で、同時に聖妻のような姿も見せる。まるでシムカとシムナを合わせたような、強く強く強く強い、女の魅力に溢れている。

 全身に刻まれた生の痕も合わせれば、女と生命の美の結晶だ。女の美のシムカと生命の美のシムナと並べて、一人ずつ比べてみるのも良いかもしれない。

 白狐族の件が終わったら、一晩その時間を作ってみよう。


「……じゃ、頑張ってくるか」
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