しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第57.5話 暴風の狼王と小さな白狐

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『グアレス、この子を頼む』


 それは百年前の事だ。

 俺が暴れたせいで暴風吹き荒れる新月の夜。酒飲み仲間の白狐から急に会いたいと呼び出され、赴いた先には、白ではなく血に染まった赤い狐がいた。

 内側から爆ぜた三十余りの肉塊を侍らせ、白布に包まれた赤子を守る。十一本あった尾は四本が斬られたり千切られたりして失われ、残った七本も力なく地に伏していた。

 何があったのか、何となく察した。

 そして、俺がやるべき事も。


『お前はどうする?』

『追っ手を払う。血を流しすぎて、視界がぼやけて来たからな。もう長くない』

『わかった。後は任せて盛大に逝け』

『ああ、頼む』


 赤子を受け取って、俺はすぐ駆け出した。

 隠れていた追っ手が現れ、次々に魔獣を召喚してくる。

 脚が速かったり、捕獲に秀でていたり、丸ごと呑み込もうとしたり、赤子を狙う意図が透けて見える。それなりに数が多く、隙間は少ないが、抜けるには十分すぎて割と余裕だ。

 能力を起動し、刹那の間に敵陣を抜ける。

 次瞬、背後で突風の暴流が溢れる。暴音に混じって断末魔が漏れ消え、静寂の余韻が俺の脇を抜けていった。

 雑魚が。


『んん……』


 布の中身が小さく呻く。

 白くて、細くて、弱くて、強い、まだ守られるべき儚い命。

 俺と肩を並べて立てる、雄々しいアイツの一人息子。

 将来の、白狐の長。


『まだ寝ていろ』


 優しく頭を撫でてやると、俺の手の甲の毛を掴んで握りしめてきた。

 思いの外、力が強い。

 加減を知らない握り方にすぐ解くのは無理と判断し、俺はそのまま地を蹴った。風に乗り、地を滑り、空を抜けて遠く遠くを急いで急ぐ。

 ズンッ、という重い音が空から落ちた。

 振り返ると、夜から降りた闇が口を開けて、巨大な魔獣や小さな術者を手当たり次第に掴み食っていた。ささやかな抵抗が空に向かうも、世界を覆う夜を倒す事は適わない。

 無残に闇の中に咀嚼されていく。

 盛大にやれと言ったのに、どこまで慎ましいんだ、お前は。

 まぁ、前世からの付き合いだ。観客の一人として、しっかりとその最期を看取ってやろう。そうすれば、多少なりとも賑やかしになるだろう。


「…………じゃあな」


 闇の手に掴まれた血染めの白狐の姿を、俺は最期の別れと見送った。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「とーさまっ、とーさまっ」

「……ん?」


 木漏れ日が注ぐ朝、落ち葉のベッドで寝る俺の身体が大きく揺さぶられる。

 この辺で一番大きな大樹の、四つ又に枝分かれする根元に作った屋根のない寝床。簡素どころかみすぼらしい、スラムより少し上等程度のそこは、俺達だけの安息の棲み処だ。

 高すぎてここまで来れる奴は非常に少なく、来たとしても無事に帰れる者はもっと少ない。そもそも来る奴自体が稀で、前回の来客は何十年前だったか。

 今はどうでも良いか。

 俺は上半身を起こし、押してくる白い塊を掴んで膝に乗せた。

 右手に干し肉、左手にブラシを持ち、十四本の白い尾をくゆらせる幼く幼い幼体の雄狐。

 名はエハと言い、義理ではあるが俺の息子だ。本当の父親は前世からの俺の親友で、何がしかの理由から俺の元に預けられた。

 詳しくは知らない。

 調べてもいない。

 大事なのは、エハが独り立ち出来るまで、しっかり鍛えてしっかり育てる事。旅立ったアイツが安心できるように、誰が見ても一人前の白狐にする事だ。

 ただ、それには最近足りない物があると思っている。

 『愛』と『女』だ。

 何かと無粋な男手一つで、しかもこんなサバイバル生活をしていて、この二つを教えるのは非常に難しい。精々が出来るだけ気持ちよくブラッシングをしてやるくらいしかできず、それだって別に『愛』が無くてもやる気なれば出来る事。

 『女』も厄介だ。

 エハはまだ幼く、少年とやっと呼べる程度に今年成ったばかり。娼館に放り込むわけにもいかず、かといってそろそろ興味を持たせるくらいしないと将来が不安でしょうがない。

 ――――『母親』が必要だ。

 エハを愛し、女の興味を持たせられるだけの魅力ある母親が。


「とーさまっ!」

「ん?」

「ぶらし、ぶらしっ!」


 俺の手にブラシを握らせ、十四尾の塊から一本が分けられる。

 ふわふわのもこもこがふるふる踊り、今か今かと期待して待っている。

 俺はいつものようにスッと白の中に毛先を入れ、力任せにならない様、流れに沿って梳きこんでいった。

 肌には軽く、撫ぜるより少し強めに、それでいて痛くならない程度の微細な力加減で当てて、ゆっくりと真っ直ぐ優しく引く。

 やってもらうとわかるのだが、この加減こそがブラッシングの神髄なのだ。

 マゾにろうそくや鞭を与えるのと一緒で、一歩間違えば痛みを与えかねない数歩手前のスウィートスポット。何百何千と個々人で異なるそこを指先の感覚で見極め、好みの強さと速さを提供する。

 極めた者の下には、向こうからブラシを持ってやってくる。

 生まれ故郷にいた頃は、これで結構な数の雌を落としもした。ブラッシングの快楽でくてっとした所を後ろから襲い、身体と心を屈服させてモノにする。あまりにやり過ぎて里を追い出され、ブラッシング師としてアイシュラ魔王軍に拾われたのは苦い思い出だ。


「きゅー……きゅー……っ」

「ここか?」

「きゅきゅんっ、きゅーっ」


 根元と真ん中の間から、心持ち根元に近い微妙な位置を何度も掻く。

 気持ちよさそうな鳴き声に合わせ、尾の塊が緊張と弛緩を繰り返す。ピンッ、フワッ、ピンッ、ボワッと、一々仕草が可愛らしくて、もう百年以上やっているのに飽きる気配が全くない。

 次に梳く尾を塊から選り分け、指でこちょこちょ刺激する。

 ピンッがビンッ!に変わり、弛緩の仕方に緊張が混じる。強すぎる刺激を処理できず、足の指を小刻みに震わせ、内股を閉めて切なそうな顔を浮かべる。

 良い顔だ。

 それが出来れば、望まなくても雌は向こうからやってくる。あとはされるがままにされても耐えられるようになれば、雄の務めは十分に果たせるだろう。

 一本目のブラッシングが終わり、二本目に入る。

 昨日は七本目で音を上げた。今日は八本目まで耐えような?


「…………ん?」


 ふと、妙な匂いがし始めた。

 大量の血と、大量の女と、ほんの少しの死霊の匂い。

 女奴隷のゾンビが大量発生でもしたかと、組み合わせから予想する。しかし、一つ一つの匂いは独立していて、死霊以外はとても新鮮で活きが良い。

 狩りでもしようか。

 ブラシを置き、いつでも跳び出せるよう身構える。

 本命が別にいるとはいえ、好きにできる玩具があれば教育の幅が広がる。一人か二人か三人かを攫い、使い方を仕込んで、また帝国に遊びに連れて行って色々と――――


「? とーさま? ぶらし、とーさま?」

「いいえ。お父様はイケナイ事を考えているみたいだから、代わりにお姉さんが梳いてあげる。この辺りはどう?」

「キュ? あ、キュ、キュゥーン――――ッ!」

「っ!?」


 振り返ると、たった一梳きで果てたエハが、血色の蛇の群れに巻かれていた。
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