しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第55話 シハイノツルギ(上)

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 きっちり三時間が経ち、私の膝を枕にしてレスティは健やかな寝息を立てていた。

 回数、質、量。どれをとっても今までの最高で、その分失われた血液の量も多大に膨大。

 白狐族の保護に少なからず影響が出ると予想される。しかし、今ここにある穏やかな寝顔を守れた現在の方が、ずっと重要で価値ある事と思えた。

 間違っているわけがない。

 私はそう、自分自身で納得する。


『終わりましたかな?』


 床からグレイグの頭が生える。

 どこに潜んでいたのかと思えば、視覚の通らない真下だったか。

 物体を透過できる彼にしてみれば、物理的に視覚を遮れる上に、何も聞かなかった事に出来る絶好地だ。今のように何食わぬ顔でタイミング良く出て来て、知らぬ存ぜぬを貫く事が出来る。

 紳士というか執事というか、そんな言葉が似合うと思う。

 口調からして『爺や』そのものだし、少し頼りない所はご愛敬か。むしろ、完璧すぎると全てを握られているようで、個人的には彼くらいが丁度良いと感じられる。


「お見苦しい所をお見せしました」

『いやいや。赤の杯にその先があるとは、二万年の生の中で初めて知り申した。パルンガドルンガの支配が解けてしもうたのは痛手じゃが、またやり直せば良い事ですからな』

「お手数をおかけします」

『なんのなんの。それより、その剣は如何なさる? 強力な支配力を持つのじゃ。無銘のままより、相応しい名を付けた方が良かろう』


 テーブルの上に置かれた剣を指さし、グレイグは私に名付けを勧める。

 確かに、彼の言う通りだ。

 名は体を表す。今のまま無秩序な力を放置しておけば、いずれ暴走する可能性がある。私の『しなずち』のように、言霊を授けて制御しやすくした方が良い。

 ただ、そうなると問題になるのは、誰がこの剣を使うのか。

 シムナとラスティが真っ先に浮かび、他の巫女全員も含めてすぐに消えた。

 これは、私達二人だけの絆だ。他の者達に任せるのは適当とは言えず、私かレスティのどちらかが使うのが適切と言える。

 しかし、レスティは既に自分の魔剣を持っている。

 となると、最後に残るのは私だけ。前世も含めて剣に関わる事は一度もない、刀鍛冶見習いの友人がいたくらいで、握った事も振るった事もない私だけだ。

 本当に扱えるのか?


「むぅ…………」

『あまり悩まずとも、剣にどんな名が良いか訊いてみればよい。きっかけくらいはくれるじゃろう』


 剣に訊くと言われて、どういうことかと首をかしげる。

 声にして訊くわけではないだろう。

 振動は伝わっても内容が伝わるわけではない。生物的に言えば、音を声に変換し、声を意味として捉える部位が、この剣には存在しない。

 他の方法を考える必要がある。


『その道の達人は、握っただけで剣の意志を感じ取ると言いますぞ』

「そんな滅茶苦茶な……」

『より論理的に言うなれば、手に伝わる重さ、重心のバランス、魔力の性質と反発、見た目の形状等々、有意識と無意識で様々な情報を捉え、浮かんだ物を言葉にする。古来、名付けとはそういうものですじゃ。名があるから意味があるのではなく、意味があるから名がある』

「逆を言えば、どちらかが無ければどちらもないし、どちらかがあるならどちらもある、と」

『理解が早くてよろしい。早速やってみましょうぞ』


 心なしか、グレイグからウキウキした雰囲気を感じられる。

 多分、この人は学者肌だ。

 未知を探究し、知る喜びに飢えている。私達への協力とか関係なしに、今目の前で起きている事象の観察を楽しんでいる。

 なら、期待に応えないとならないな。

 赤の杯を壊してしまった対価になるかわからないが、多少なりとも足しにはなると思いたい。


「よっと」


 私はレスティの頭を動かさない様、触手を伸ばして剣を取り寄せた。

 刀身だけで柄が無い、素のままの剣を改めて見る。

 先端より少し下がコブラのような膨らみを持ち、それでいて不自然にならない様にシャープな輪郭をしている。重心は先端寄りで、斬るより投げるか振り回すかが正しい方法に思えた。

 体の一部を巻きつけて柄を作る。

 長巻という刀を参考に、槍よりは短く、剣よりは長く、振り回しやすい長さを意識する。装飾にもこだわって、四つ編みに編まれた四匹の蛇が、剣に噛み付いている形状に仕上げた。

 気に入ってくれたのか、刀身から柄に、柄から触手に力が流れる。


「何か可愛くなりました」

『その美的センスには同意しかねますな。で、名は浮かびましたかの?』

「何というか……この子はやっぱり『支配』なんだなって思います。自分はこうだって伝え続けて、私に寄り添おうとしてくる。すり寄って、頬擦りして、やっぱり可愛いでしょう?」

『犬猫ならそうでしょうが、剣でそれは禍々しいというのです。――――となると、やはり名は支配、ですかな?』

「ええ。そのベースとなる言霊にします」


 剣を縦に掲げ、大きく大きく深呼吸をする。

 支配の言霊は『しはい』。

 『し・はい』から、『死・配』、『死・廃』、『死・排』、『死・這』、『死・背』。

 『し・は・い』から、『死は居』、『死は射』、『死は衣』、『死は異』、『死は威』、『死は移』、『死は易』、『死は違』。

 『し・は・い』は『し・わ・い』とも読めて、『祝い』。

 『し』は『死』の他に『四』、『視』、『矢』、『志』、『糸』にも繋がる。

 並べてみると、私の『しなずち』と似た感じだ。

 死を配し、廃し、排し、這わせ、背く。死を扱い、自らは避ける力を持つ所が、不死で不死を否定する私とよく似ている。

 同じように『視』と『矢』も扱え、『い』から繋がる言霊は更に多くの性質を纏わせる。

 『志・廃』と『志・配』の組み合わせも良い。意志を廃して配する、『支配』と繋がる組み合わせ。強大な力に仕上がりそうだ。


「気に入ってくれると良いな。『我、しなずちの血を受けし支配の化身。汝に名を与えん。汝に言霊を与えん。今この時、この瞬間より、汝はシハイノツルギなり』」


 たっぷりの言霊を篭めた日本語で、剣――――シハイノツルギに名を付ける。

 言葉の力を得た事で、剣先から赤黒い波動が下に広がり、蛇身の柄の端までをすっぽり包んだ。

 無秩序な力が型にはまった。

 不死の妖怪の手に死と支配の剣が握られ、相反する力の巡りが尾を食む蛇の円環を思い起こさせる。何か、自分自身の存在が次のステップに至ったように感じられた。


『お見事』

「グレイグ殿の血の杯のおかげです。レスティが起きたら、都全体に支配の祝いを授けようと思います。管理はグレイグ殿に」

『そんな事ができるのですかな?』

「多分、ですが。私の水と地の力にこの子の支配の力を合わせれば、かなり広域に効果を広げられます。どこまでやれるかの把握も含めて、実験してしましょう」

『楽しみですな』

「えぇ」


 楽しそうに、楽しそうに、非常に楽しそうに、私達は邪悪な笑みを浮かべ合った。

 アンデッドに襲われた都を勝手な都合で救い、実験台として支配する。

 戦は外道だが、今の私達は更に輪をかけて外道だ。幾ら盗賊の都と言えど、罪の無い者の一人もいないわけではないというのに。

 でも、仕方がない。

 罪が無くても、その者が悪い。丁度居合わせてしまった、間と運が悪いのだ。
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