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第45話 アルセア神の思惑(下)
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「じゃ、これが引き継ぎリスト。可能なら全部宜しくねぇ~」
琥人は髪の中から一冊のメモ帳を取り出し、テーブルの上に置いた。
日本語ででかでかと『しなずちの!』と書き殴られている。
よほど腹に据えかねる事があったのか、単に字が下手なのかはわからない。ただ、何故日本語で何故私宛てのなのか、その二点が嫌に気になった。
カーマがメモを受け取り中身を見る。
一ページ開いて目を細め、しばらく唸ったかと思うとドルトマに渡す。ドルトマも何ページが開いて見たが、すぐに諦めの表情を浮かべて私に寄越した。
「読めない」
「そりゃそうだよ。地球でトップクラスの難解な言語で書かれてるからね。使ってる連中もよく間違えるくらいだよ」
「そいつら大丈夫なのか? 主に頭」
「昔は良かったよ。昔は、ね」
日本人に対して散々な言い様だ。
まぁ、言葉の本質を忘れてうわべだけの知識を張りつけて悦に浸る、そんな似非知識人が幅を利かせる世界だ。そのくらいの評価が妥当だろう。
私はメモ帳の最初のページをめくり、書かれている内容を見てすぐ閉じる。
「嫌がらせか?」
「アルセア神の信奉者って結構いる上に、広範囲に散らばってるんだよねぇ~。ギシャ断崖のアル・カリア族、ヌアルドー氷山の氷狼族、カルアンド帝国とラスタビア勇国に跨る白狐族辺りが近いかな? 隣大陸に行くと、敵対し合ってるけど光の国と闇の国が両方そうだし、それこそ、君の本拠があるマヌエル山脈の北側全部を支配しないと網羅できないかも?」
「しなずち、白狐族は急いだ方が良いよ。今、カルアンド帝国が白狐族狩りをしてる。ラスタビアのガルドーン勇王が自国に匿ってるけど、遠からず戦争になるだろうって噂になってる」
「勇王は白狐族に母親の病気を治してもらった大恩があるからねぇ~。でも、勇国は表立っての戦争は強くても、謀略とかそっち関係は疎いから帝国に付け入る隙がある。どっちに転んでもおかしくないかな? あ、詳しい事はメモに書いてあるから」
琥人に言われ、改めてメモを開いて白狐族の記載を探す。
『白狐族
白い毛皮を持つ半人半狐。ラスタビア勇国の東端に棲息し、言霊という言葉に宿る力を操る事が出来る。排他的だが温厚で、敵対しなければ不干渉を貫く。
他種族から見て美男美女が多いが、同種族においては尾の数が多い程魅力的とされる。
昔、尾のない娘がラスタビア勇国の王夫婦の仲を取り持ち、自身も妾として仕えたと言われている。歴代の勇王はその事を史実として伝えており、自らの血脈に白狐族の血が流れていると信じている。
補足。ラスタビア勇王の号令は消沈する兵を鼓舞し、どんな劣勢をも跳ね返すと言われている。白狐族の言霊の力が受け継がれていると見る歴史家もいるが、歴代の勇王は全員勇者であり、例えそうでなくても兵の鼓舞は可能なのではとも言われている』
――――なんて面倒な。
勇者の国と帝国が白狐達を巡って争っている。それは良い。
私達が介入すれば勇国は勝てるが、それで白狐達の信仰を勝ち取れるかは別の問題だ。余程うまく立ち回らないと、勇国は私達を帝国と同一視して妨害に回るかもしれない。
それに、また急ぎの案件か。
急いで焦って空回って、無駄骨でしたとかもう嫌だ。そろそろどっしり腰を据えて、前みたいにゆっくり侵略を進めたい。
相手より豊かに。相手より幸福に。相手より健やかに。相手より強かに。
「別に急がなくても良いんだよ? ただ、白狐の娘はすっごい美人揃いで、生涯を一匹の雄に捧げる献身さは有名だよね。数十年前に奴隷を見かけた時はぐっちゃぐちゃに犯されまくってて可哀想で、病死に見せかけて輪廻に送るくらいしかできなかったんだ。帝国が勝ったら、今の白狐族は全員そんな生を送って終わるんだろうなぁ~…………」
「父様、白狐さん可哀想。助けてあげよ、ね?」
琥人の煽りに感化されたカーマが私の手を取った。
優しさに満ち、救済を訴えかける目がこちらをじっと見つめる。
このままではまた今回と同じ事を繰り返しそうで、助けを求めてドルトマに視線を送る。私の声に出来ない叫びを聞き取ったのか、カーマを抱き寄せて髪梳き口付ける。
「大丈夫だよ、カーマ。しなずちは病に沈んだ町々の住民達を救った優しい妖怪なんだ。白狐達だってきっと助けてくれるよ」
「おい、こら」
見事に裏切られた。
まぁ、私とカーマのどちらを優先すべきかと考えたら、まずカーマである事は疑いようがない。
だが、ここはwin-winの答えを考え、導き出して円満に解決する場だと私は確信している。
それが出来るのはドルトマだけだ。私にもカーマにも通じる魔法の言葉を見つけ、提示して、くれると、信じて、いた、のに…………。
な・ん・で・う・ら・ぎ・る・か・な?
「そうだよね、父様は優しいもん。優しすぎて大丈夫?って思う事もあるけど、優しいから大丈夫!」
太陽より輝く笑顔が現れ、暗く湿った私の心を照らし乾かした。
あぁー……炎の精霊が繁栄の女神から産まれ直すと極光神になるのかぁー…………眩しくって見てらんないやぁー……。
(ヴィラー、助けてぇー…………)
『娘を泣かせる父親は許せないな』
うん、わかってた。
「あーもうっ、ヴィラ! アシィナに現場指揮権を委譲! 周辺のハイエルフを一度カルナチカに集めて、リザを臨時の長にして里を復興させて! 私が暴走して出来た窪地があるから、そこに異常繁殖してるウッドレイクをどうにか集めて湖にでもして樹海の水源を確保! ヒュレインはダークハイエルフ達の避難を中止して、彼等と一緒にリザの手伝い! ヒルディアとジルランカにも手伝わせて、二種族友好のモデルケースとして皆に見てもらって! 私はこのままラスタビアに行く!」
『供はどうする?』
「黒巫女衆からユーリカ、エリス、ギサ、ヒューラ、死巫女衆からレスティ、ジェーヌ、フュエラ、ガルマスアルマを送って! シムナとラスティは、シムカと一緒に残りの黒巫女衆と死巫女衆に社での生活と仕事の教育をお願い! 一段落したら一ヶ月間皆で休む! 朱巫女衆と白巫女衆に長期休暇の準備しておくように言っておいて!」
『わかった。伝える』
「合流場所はラスタビアの国境手前、盗賊都市パルンガドルンガ! 先に行って制圧して待ってる!」
『おい、制圧してって、ちょっと待て!』
頭の中に響く静止を隅に追いやり、私はコタツから這い出した。
思惑通りなのかそれとも素なのか、琥人はずっとニヤニヤしていた。
衝動的に触手を伸ばして額を小突こうと試みる。細く短い指が最短かつ最良の軌道で割り込み差し止め、押し込もうとしても鉱石の壁を相手にしているかの如くビクともしない。
次までに一泡吹かせる策を見つけてやるっ。
「最後に一つ。何故、私達なんだ?」
「君とアルセアが似てるから。先に逝ったお兄さんを追って、転生してまで追いかけてる所とかね。表向きは諦めてるって言ってても、まだ未練タラタラなんでしょ? この世界に飽きるまでで良いから、代わってあげて」
「追い掛けてる? アルセア神が?」
「正確には僕達も、ね。まぁ、君達には直接関係ないから気にしないで良いよ。あ、パルンガドルンガだったよね? 引き受けてくれたお礼に送ってあげる。頑張ってね」
琥人は触手を握り、思い切り空に放り投げた。
視線も釣られて空を向き、重力に負けて落ちる様を眺めて――――周囲の景色が変わっている事に気付く。
ろくな植物が生えていない、山岳地帯の崖の上に私はいた。
「…………唐突過ぎるだろ」
砂塵混じりの風が肌に当たって痛く、乾燥した空気は水を奪おうと果敢に攻め立てる。
ローブ等を羽織って強すぎる日差しを避けようと考えるが、作った所で私の血なので意味はない事に気付く。ある程度の蒸散は仕方ないと割り切るしかない。
ため息をついて、触手を人型に戻しつつ周りを確認する。
視覚では誰も見当たらず、地熱が強すぎて熱感知が役に立たない。微かな汗と水の匂いが下から吹き上がってくるのを感じ、崖の下を見てソレを見つけた。
おおよそ数百メートル下。
崖の谷間に六枚の仕切りを入れて、間の五つの空間が都になっていた。
前世のアラビアンナイトの物語に出てきそうな建物が並んでいる。レンガ造りの円形の建物に、下が大きい水滴のような形の屋根、石畳の舗装された道、露出の少ない薄布の服の人々と、おそらく盗品と思しき品が並ぶテントの列。
世界中の盗品と盗賊が集まる都、盗賊都市パルンガドルンガ。
「さぁて、どう料理しようかな?」
鬱憤晴らしを兼ねた制圧法を思案しつつ、私は大地に染み入った。
琥人は髪の中から一冊のメモ帳を取り出し、テーブルの上に置いた。
日本語ででかでかと『しなずちの!』と書き殴られている。
よほど腹に据えかねる事があったのか、単に字が下手なのかはわからない。ただ、何故日本語で何故私宛てのなのか、その二点が嫌に気になった。
カーマがメモを受け取り中身を見る。
一ページ開いて目を細め、しばらく唸ったかと思うとドルトマに渡す。ドルトマも何ページが開いて見たが、すぐに諦めの表情を浮かべて私に寄越した。
「読めない」
「そりゃそうだよ。地球でトップクラスの難解な言語で書かれてるからね。使ってる連中もよく間違えるくらいだよ」
「そいつら大丈夫なのか? 主に頭」
「昔は良かったよ。昔は、ね」
日本人に対して散々な言い様だ。
まぁ、言葉の本質を忘れてうわべだけの知識を張りつけて悦に浸る、そんな似非知識人が幅を利かせる世界だ。そのくらいの評価が妥当だろう。
私はメモ帳の最初のページをめくり、書かれている内容を見てすぐ閉じる。
「嫌がらせか?」
「アルセア神の信奉者って結構いる上に、広範囲に散らばってるんだよねぇ~。ギシャ断崖のアル・カリア族、ヌアルドー氷山の氷狼族、カルアンド帝国とラスタビア勇国に跨る白狐族辺りが近いかな? 隣大陸に行くと、敵対し合ってるけど光の国と闇の国が両方そうだし、それこそ、君の本拠があるマヌエル山脈の北側全部を支配しないと網羅できないかも?」
「しなずち、白狐族は急いだ方が良いよ。今、カルアンド帝国が白狐族狩りをしてる。ラスタビアのガルドーン勇王が自国に匿ってるけど、遠からず戦争になるだろうって噂になってる」
「勇王は白狐族に母親の病気を治してもらった大恩があるからねぇ~。でも、勇国は表立っての戦争は強くても、謀略とかそっち関係は疎いから帝国に付け入る隙がある。どっちに転んでもおかしくないかな? あ、詳しい事はメモに書いてあるから」
琥人に言われ、改めてメモを開いて白狐族の記載を探す。
『白狐族
白い毛皮を持つ半人半狐。ラスタビア勇国の東端に棲息し、言霊という言葉に宿る力を操る事が出来る。排他的だが温厚で、敵対しなければ不干渉を貫く。
他種族から見て美男美女が多いが、同種族においては尾の数が多い程魅力的とされる。
昔、尾のない娘がラスタビア勇国の王夫婦の仲を取り持ち、自身も妾として仕えたと言われている。歴代の勇王はその事を史実として伝えており、自らの血脈に白狐族の血が流れていると信じている。
補足。ラスタビア勇王の号令は消沈する兵を鼓舞し、どんな劣勢をも跳ね返すと言われている。白狐族の言霊の力が受け継がれていると見る歴史家もいるが、歴代の勇王は全員勇者であり、例えそうでなくても兵の鼓舞は可能なのではとも言われている』
――――なんて面倒な。
勇者の国と帝国が白狐達を巡って争っている。それは良い。
私達が介入すれば勇国は勝てるが、それで白狐達の信仰を勝ち取れるかは別の問題だ。余程うまく立ち回らないと、勇国は私達を帝国と同一視して妨害に回るかもしれない。
それに、また急ぎの案件か。
急いで焦って空回って、無駄骨でしたとかもう嫌だ。そろそろどっしり腰を据えて、前みたいにゆっくり侵略を進めたい。
相手より豊かに。相手より幸福に。相手より健やかに。相手より強かに。
「別に急がなくても良いんだよ? ただ、白狐の娘はすっごい美人揃いで、生涯を一匹の雄に捧げる献身さは有名だよね。数十年前に奴隷を見かけた時はぐっちゃぐちゃに犯されまくってて可哀想で、病死に見せかけて輪廻に送るくらいしかできなかったんだ。帝国が勝ったら、今の白狐族は全員そんな生を送って終わるんだろうなぁ~…………」
「父様、白狐さん可哀想。助けてあげよ、ね?」
琥人の煽りに感化されたカーマが私の手を取った。
優しさに満ち、救済を訴えかける目がこちらをじっと見つめる。
このままではまた今回と同じ事を繰り返しそうで、助けを求めてドルトマに視線を送る。私の声に出来ない叫びを聞き取ったのか、カーマを抱き寄せて髪梳き口付ける。
「大丈夫だよ、カーマ。しなずちは病に沈んだ町々の住民達を救った優しい妖怪なんだ。白狐達だってきっと助けてくれるよ」
「おい、こら」
見事に裏切られた。
まぁ、私とカーマのどちらを優先すべきかと考えたら、まずカーマである事は疑いようがない。
だが、ここはwin-winの答えを考え、導き出して円満に解決する場だと私は確信している。
それが出来るのはドルトマだけだ。私にもカーマにも通じる魔法の言葉を見つけ、提示して、くれると、信じて、いた、のに…………。
な・ん・で・う・ら・ぎ・る・か・な?
「そうだよね、父様は優しいもん。優しすぎて大丈夫?って思う事もあるけど、優しいから大丈夫!」
太陽より輝く笑顔が現れ、暗く湿った私の心を照らし乾かした。
あぁー……炎の精霊が繁栄の女神から産まれ直すと極光神になるのかぁー…………眩しくって見てらんないやぁー……。
(ヴィラー、助けてぇー…………)
『娘を泣かせる父親は許せないな』
うん、わかってた。
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『供はどうする?』
「黒巫女衆からユーリカ、エリス、ギサ、ヒューラ、死巫女衆からレスティ、ジェーヌ、フュエラ、ガルマスアルマを送って! シムナとラスティは、シムカと一緒に残りの黒巫女衆と死巫女衆に社での生活と仕事の教育をお願い! 一段落したら一ヶ月間皆で休む! 朱巫女衆と白巫女衆に長期休暇の準備しておくように言っておいて!」
『わかった。伝える』
「合流場所はラスタビアの国境手前、盗賊都市パルンガドルンガ! 先に行って制圧して待ってる!」
『おい、制圧してって、ちょっと待て!』
頭の中に響く静止を隅に追いやり、私はコタツから這い出した。
思惑通りなのかそれとも素なのか、琥人はずっとニヤニヤしていた。
衝動的に触手を伸ばして額を小突こうと試みる。細く短い指が最短かつ最良の軌道で割り込み差し止め、押し込もうとしても鉱石の壁を相手にしているかの如くビクともしない。
次までに一泡吹かせる策を見つけてやるっ。
「最後に一つ。何故、私達なんだ?」
「君とアルセアが似てるから。先に逝ったお兄さんを追って、転生してまで追いかけてる所とかね。表向きは諦めてるって言ってても、まだ未練タラタラなんでしょ? この世界に飽きるまでで良いから、代わってあげて」
「追い掛けてる? アルセア神が?」
「正確には僕達も、ね。まぁ、君達には直接関係ないから気にしないで良いよ。あ、パルンガドルンガだったよね? 引き受けてくれたお礼に送ってあげる。頑張ってね」
琥人は触手を握り、思い切り空に放り投げた。
視線も釣られて空を向き、重力に負けて落ちる様を眺めて――――周囲の景色が変わっている事に気付く。
ろくな植物が生えていない、山岳地帯の崖の上に私はいた。
「…………唐突過ぎるだろ」
砂塵混じりの風が肌に当たって痛く、乾燥した空気は水を奪おうと果敢に攻め立てる。
ローブ等を羽織って強すぎる日差しを避けようと考えるが、作った所で私の血なので意味はない事に気付く。ある程度の蒸散は仕方ないと割り切るしかない。
ため息をついて、触手を人型に戻しつつ周りを確認する。
視覚では誰も見当たらず、地熱が強すぎて熱感知が役に立たない。微かな汗と水の匂いが下から吹き上がってくるのを感じ、崖の下を見てソレを見つけた。
おおよそ数百メートル下。
崖の谷間に六枚の仕切りを入れて、間の五つの空間が都になっていた。
前世のアラビアンナイトの物語に出てきそうな建物が並んでいる。レンガ造りの円形の建物に、下が大きい水滴のような形の屋根、石畳の舗装された道、露出の少ない薄布の服の人々と、おそらく盗品と思しき品が並ぶテントの列。
世界中の盗品と盗賊が集まる都、盗賊都市パルンガドルンガ。
「さぁて、どう料理しようかな?」
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