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第33話 社(上)

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「ぅぅ…………ん……」

 チチチチチッと小鳥が囀り、漏れ入る光で目が覚める。

 木の床、木の天井、木の柱に木板の壁。おおよそ十メートル四方の寝室兼私室には、部屋の半分を占める敷布団以外は何もないし誰もいない。

 別に嫌われているわけでも仕置きされているわけでもなく、皆は先に起きて、昨夜汚した寝具を洗いに行ったのだろう。

 私の身体―――未だ子供のまま―――も清められており、相手をした十人分の口づけ痕がそこかしこにつけられている。

 おおよそ一か月ぶりという事もあって、皆激しく激しく激しかった。何回搾られたかは覚えておらず、肉体の入れ替えから七日経った今日で、概ね全員に行き渡ったかと思う。

 そう。あれから、もう七日。

 ダルバス神の尖兵を侮っていた。

 よほど特殊な条件が必要だろうが、あそこまでの威力の爆発は完全に想定外だった。多少なりともまともな部分が残っていれば再生出来たろうに、結局全部滅せられてこの有様だ。

 こういうケースを想定して、幾つも保険を用意しておいて本当に良かったと思う。

 ただ、保険が無ければ死んでいたのも事実であり、その事を重要視したヴィラは南への派兵を打ち切った。

 リターンに対してリスクの方が大きすぎると、私を抱きしめて泣いて拒んだ。キサンディアは何とか説得しようとしたのだが、ギュンドラとの交渉を控えたクロスサが協力を条件にこちら側に付き、覆すことは出来なかった。

 それと、意外だったのは、現在ダルバスと対しているアーウェルだ。

 今回は自分達の戦いだからと納得した様子で、ダイキを旗頭に戦いを続けている。

 開戦からほんの数日で国土の七割を掌握したと聞いた時は耳を疑った。何でも、意味もなく叱責される奴隷を救ったらレジスタンスの一員だったらしく、彼らの奴隷根性を叩き直し、全土で奴隷の一斉蜂起を開始したのだという。

 加えて、ヴァテアが正規兵を片端から狩りまくっていた。

 あくまで女神軍を立ててくれているものの、正規兵に特定条件で起爆する爆発魔術式を仕込み、各地の神殿に送り込んで爆破しているらしい。もう残っているのは本殿のみで、ダイキとどちらが破壊するかで喧嘩中と、ヴィラ経由でアーウェルが教えてくれた。

 何ともまぁと思うが、これでやっと一段落だ。

 その安堵もあって、私は『ココ』で少しゆっくりする事に決めた。

 山脈の一番大きな水源池に設えた第四軍本拠地、通称『社』。池の畔に建てた三階層の本殿と、水上の五つの離れを木製廊下で繋いだ和風建造物。そして、キサンディア監修の元、東洋式の結界で五つの力脈を束ねた強大な霊地である。

 ここにいる限り、私はほぼ無尽蔵の力を得られる。

 水脈、地脈、龍脈、気脈、それぞれに流れる自然エネルギーは取り込み放題。ヴァテアの総魔の教えで魔脈から魔力補給も出来るようになり、身体の入れ替えで失った力はほぼ全快まで取り戻し切っていた。

 ただ、増える量と御しきれる量は異なる。

 過剰な分は、ヴィラと居残り組の巫女達に注ぎまくって何とか凌いでいる。巫女達に注ぎ過ぎた影響が出てきているし、シムナ達が戻ったらローテーションスケジュールを見直さないと――――。


『どこだ、悪魔め! 大人しく出て来ーい!』

「……………………」


 何度聞いたかわからない口上が聞こえ、私はスッと立ち上がる。

 襖を開けると畔の本殿が騒がしくしていた。

 どうせ一番高い所にいるのだろうと勘違いした馬鹿が、屋敷の最上階まで登って警備の巫女達とやり合っている。残念ながら私の部屋はこっちの離れだ。本殿は巫女達の居住スペース兼仕事場だから、そっちを探しても私はいない。


「しなずち様。お目覚めの所を騒がしくしてしまい、申し訳ございません」


 池の中から、肌が透ける程に薄い羽衣を纏う巫女が上がってきた。

 シムナの爆乳より大きい、魔乳クラスの絶世美女。腰より長い黒髪を水が滴り、肌に生地が張り付いて豊かな魅惑を見せ付けてくる。

 ただ、下半身の十メートル超えの蛇体に関しては評価が分かれる。

 赤黒い鱗と白い肌の対比は私の大好物なのに、私を討伐しようとする者達には化け物としか映らない。

 池の中でゆらゆら揺蕩い、水面の屈折と反射で煌めく艶やかさを何故理解しようとしないのか。地球でならいざ知らず、大勢の亜人が暮らすディプカントで人型至上主義が多数派というのは納得がいかない。

 それに何より、この身体は彼女の妹である勇者ソフィア―――シムナの助命の代償。

 そして、ラスティの異形と同じ眷属の証。

 二度と人間に戻れず、私だけの女になる誓約の産物。愛おしさこそあれ、嫌悪を抱く思想は理解できない。

 この前の人間の英雄は理解してくれた。

 自分と違う美を認められる価値観こそ、繁栄と平和の礎となる。おっかけのラミア娘達と結婚までしていたし、彼のような人々が増えれば世界の将来は安泰だ。

 私は、そう信じている。


「しなずち様?」

「…………ん? あぁ、ごめん、シムカ。気にしなくて良いよ」


 思考の海から現実に意識を戻し、彼女の肌に触れる。

 水浴びのせいか、やけに冷たかった。

 私は片腕を崩して彼女の体の水滴を吸い取り、そのまま羽衣にして優しく包む。今日は風もないし、日が当たればすぐ温かくなるだろう。


「再構成で取った分を返す」

「お心遣い感謝致します。ただ、しなずち様の御身の方が大事ですし、裸体より透ける衣を纏った方が太く猛る事がわかりましたから。今後の夜伽の種とさせて頂きます」

「ハハッ。うん、そうして。あと、昨日も言ったけど、今後は堅苦しい口調は無しでお願い。我慢なしのシムカと一緒にいたい」

「……我慢、しなくて良いですか…………?」


 シムカは悩んだ顔を少し見せると、蛇体を伸ばして私を絡め取った。

 大きな谷間に埋められ、冷たい手が確信犯的な手付きで肌を這う。力ずくで逃がさないのではなく、雌の力で逃げる意思を削ごうとしてくる。

 元から逃げる気が無い私は、舌先で谷間の奥にある谷底を舐める。

 予期していなかった不意打ちで艶声が漏れ、羞恥か快楽か、冷たかった抱擁が熱を帯びてきたのを感じた。このまま最後までしてしまおうかと考え、廊下から聞こえて来たドタドタという足音に不満ながらも押し留まる。

 わざとらしい大きな音が『抜け駆けするな、仕事しろ』の幻聴に聞こえる。

 足音の主は、予想した通り、龍の瞳を持つ白羽衣の美女だった。シムカと同等クラスの脅威をサラシで巻いて抑えつけ、羽衣の裾先には血液の玉をつけて裾が捲れないようにしている。

 医者という仕事柄、大きすぎる胸とひらひらする服は邪魔にしかならないと、試行錯誤した結果らしい。


「アシィナ、どうかした?」

「どうかした?じゃないわよ。襲撃者っていうか契約希望者が来たんだからさっさと動きなさい」

「シムカとアシィナに注いでからじゃダメ?」

「あ、どうしよっか――――って、乗せられないからね? シムカ、しなずち様を連れて謁見の間に行って。今回はダークハイエルフとハイエルフのカップルよ。里同士は敵対してるし、うまくやればどっちか片方か両方を取り込めるかもしれない」

「仕方ありません。続きは謁見が終わったらと致しますか。さ、しなずち様、参りましょう」


 人形を持つように胸に抱かれ、社に向かう。

 残念だが、仕事なら仕方ない。上手く仕上げて、その後に楽しむとしよう。


「そういや、悪魔ってどこのだれ?」

「しなずち様に決まってんでしょうが」
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