しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第32話 初めての戦争らしい戦争(下)

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 揺れのない快適な座席に座り、ワイングラスを傾ける。

 『弱小国のグランフォート程度、物量でどうにでもなる』。そう教皇猊下はおっしゃっていたが、現実は簡単に行くわけがない。

 先遣の一万の兵は一方的に散らされ、後衛の一万は聖竜と第三皇子に文字通り潰された。五千を占領地の管理に使っているから、残った五千でこの戦況を覆さないとならない。

 忌々しい。

 全ては、あの第一皇子が元凶だ。

 本来伏せるべき皇王の病を公表して付け入る隙を見せ、間者には周辺国からの増援は見込めないと情報を流す。その上で自身は外交交渉の為にギュンドラに向かい、堪え性の無い猊下から宣戦と開戦を引き出した。

 少し考えれば誘いと分かるだろうに…………。

 権力ばかり振りかざし、その場その場を凌ぐ事しか考えていない。ディプカントに来た時からわかっていたが、ここまで来ると救いようがないな。

 本国に戻ったら、そろそろ実行に移すべきか。

 ダルバス神より授かった能力『正義の布告』で、私に忠誠を誓う者達は身体能力を超強化された特攻兵となる。宮殿内の根回しは十分といえないが、司教共の懐柔は猊下の亡き後でも構わないだろう。

 まずは無能の散り様を楽しませてもらうとしよう。

 精々無駄に抵抗するが良い。


「……うん? 何だ、アレは?」


 強化奴隷兵が敵本陣前で押し留められていた。

 かなりの乱戦となっていて、血飛沫が舞い、赤い霧が立っている。あれだけの戦闘となれば一人くらい突破しようものを、グランフォートの本陣は変わらず砲撃を続けている。

 一体何が起こっている?

 私の布告を受けた兵は、熟練兵でも一対一で持て余すというのに。

 遠すぎて見えん。


「ボルガ、敵陣に近づけ!」

「承知し―――ぁっ」

「っ!?」


 ピュンッという鋭い音がして、唐突に馬車が浮力を失った。

 落下が始まる前に外に飛び出し、血を吹き出す馬と御者の切断死体を目の当たりにする。咄嗟に障壁と飛行魔術を同時行使して場を離れ、直後に馬車と死体が縦に裂かれた。

 斬撃の出元と思しき地上を見ると、血色のローブに身を包んだ少年が片手をこちらに構えている。

 何らかの能力か、技術か、魔術か、いずれにせよ射程内であることに変わりはない。

 次撃が来る前に、こちらも射程に収める必要がある。


「光は玉に球に弾になりて我が敵を討たん! 続、続、続、続、続、続!」


 ターゲット指定の追尾光弾を生成し、牽制打として撃ち放つ。

 少年は両肩から赤黒い液―――血液か?―――を放出し、傘上に展開して光弾を防いだ。都合良く視界も遮れ、私はその隙に地上への着地を果たす。

 何者だ?

 少なくとも人間ではない。あれだけの血液を放出して人が生きていられるものか。だが、亜人にしては造詣が人に近過ぎ、攻撃に魔力が乗っていないから魔族でもない。

 追尾光弾を放ちながら剣を抜き、距離を詰める。

 実戦を遠のいて久しいが、子供一人に後れを取るほど鈍ってはいない。この世界で聖騎士として磨いた剣の腕を見せてくれる。


「私はダルバス神教大司教バルム・クン! 名を聞こうか、少年!」




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 重く、迫力のある声だった。

 愚教の大司教なのだから腹の肥えたデブ野郎とタカをくくっていた。それがどうだ。騎士然とした大柄な男の出現に、自分の中の価値観がぶち壊される衝撃を覚える。

 バルムと名乗ったソレは右手に剣を構え、左手で魔術の印を切って突進してきた。

 他人の強化だけでなく自分でも戦える? どこまで私に似ているのだ?

 もう嫌だ。さっさと殺して記憶から消し去りたい。

 ただ、名乗りを上げられてしまったからにはこちらも名乗らなければならず、その分の時間が酷く鬱陶しく感じられた。


「繁栄の女神ヴィラが尖兵しなずち! 我が女神の為、貴殿の神の座を頂戴する!」

「っ!? 尖兵か! ならば加減はせぬぞ!」


 バルムの左手から光の大板が放たれ、攻撃と同時に視界を塞がれる。

 避ける事は簡単だが、向こうの身体能力はなかなかに高い。死角からの剣撃が予想され、自分の戦闘技術では避けきれないと判断する。

 なら、避けなければ良い。

 体内魔力制御で片手分の魔法防御を上げ、大板の向こうにあるだろう顔面を殴りつける。

 音もなく光は粒子に解かれ、バルムの驚いた表情を皮一枚で拳が掠めた。すれ違い様に斬撃が来て腹部を裂かれるが、その程度は想定の範囲内。

 体勢を崩したように見せてわざと背後を取らせ、視覚外の熱の接近に合わせて背から八つの刃を舞わせる。

 きっちり八回の金属音が鳴り、明後日の方向に全て逸らされた。肉を裂く感覚が感じられず、掠り傷すら負わせられなかった事実に舌を打つ。

 尖兵はどうあっても尖兵か。

 強化された奴隷兵よりパワーもスピードも上。加えて、自己流だろうが相応レベルの剣術と、魔術による中距離攻撃も組み合わせてくる。

 大司教というより、聖騎士か魔法剣士の方がしっくりくるか。

 だが、小奇麗に纏まった戦術と戦法など、私には通じない。

 パワーはダイキ、スピードはアガタ、魔術はノーラの方が圧倒的に上。この程度なら捉えられて当たり前で、対処出来て当たり前だ。

 そして、苦戦は論外。

 巫女達も見ているし、無様な姿は晒せないな。

 本気でやるか。


「しなずちはしなず池となりてしなず地となりや」


 人型を解いて大地に染み入る。

 しなずちは血であり、池であり、地である。水と大地は同種で同族。同化する事は造作もなく、戦地そのものを私自身に取り込み変える。

 相当に地形を変えてしまうのが欠点ではあるが、そこは戦争と割り切ってもらうとしよう。


『染み染み染みて、染み染み染みる』


 砂に注がれた水のように、半径百メートル内の大地にサァッと広がる。

 土中の生物は全て喰らい、無機物は選り分けて纏め、残る全てが自分の身体。触手と同様に蠢き動かし、体表の羽虫を潰す御手を生やす。

 全高五メートルを超える土の腕が十四本。

 青ざめた表情のバルムを叩き潰すべく、私となった大地を叩く。速度と重さから爆撃の如き衝撃と音が生まれ、小賢しく避けた小さな体は余波の空圧で吹き飛んだ。

 勇者時代のシムナはこれを百本、ダイキは二百五十本凌いで見せた。

 ダルバスの尖兵がどの程度か、判断材料に丁度良い。


『―――ん?』


 吹き飛んだ勢いをそのままに、バルムは飛翔の魔術で逃走を図った。

 形勢を不利と見たか。判断が早い。

 私は逃走経路の一帯を壁のように捲り上げ、上にも行けないように大波のようなロールを巻かせた。横の逃げ道も壁で塞ぎ、まだ開いている箇所にも御手を生やして一切の逃げ場を潰して見せる。

 土のドームで覆ってしまえば、後は物量で磨り潰せば良い。


「正義は我にあり! 我が正義は我が剣にあり!」


 胸糞悪い詠唱と共にバルムの剣が極光を纏う。

 強化した斬撃で切り抜けようというのだろうか。

 一応、一番薄い正面の壁は厚さ三メートル。強度は鉄板並だが柔軟で、多少切れても振り抜く前に勢いは止まる。振り抜ける程度で数百の斬撃を重ねるか、許容量を超える威力を出すかが必要だ。

 大きく腕を振りかぶり、バルムは壁に向かって剣を投げた。

 展開が予想でき、開いている隙間を急いで塞ぐ。

 来るであろう強大な衝撃で気絶しないよう、心で食いしばって覚悟を決める。直後、剣は壁に接触して、極大の熱と光と音へと変わった。

 隕石が直撃して、そのまま爆発したような途方も無い衝撃。

 異常強化した剣内部で力を暴走させて爆発させる。ありきたりと言えばそれまでだが、単純な分、発揮される威力は絶大だ。覆っていた四方の一面が消し飛ばされ、同化した大地の六分の一が再生不能なレベルで失われた。

 本体へのダメージも大きく、意識がグラグラ揺れて揺れる。

 向こうも閉鎖空間での爆発で相応の代償は負っているようだ。しかし、壁の柔軟性がかなりのエネルギーを吸収してしまったらしく、こちらに比べて比較的軽傷で済んでいる。

 私が立ち直る前に穴から抜け出し、そのまま飛び去って―――?


「正義は我らにあり! 我らが正義は汝らの跡にあり!」


 バルムの詠唱で、戦場の奴隷兵達が極光を纏う。

 まずい。

 剣一本であの威力なのに、数千の奴隷兵が一度に爆発したらここら一帯が消し飛びかねない。私は押し留めている狩り蛇達に攻撃をやめさせ、この地にある全ての私に最優先の命令を伝達する。


『しなずちはしなず池となりてしなず地となりや!』


 奥の手の奥の手。

 巫女達の羽衣となっている自分の身体に、大地との同化を実行させる。

 広範囲への浸透は間に合わない。手近な分だけを操って地面を掘らせ、巫女全員を地中に退避させる。狩り蛇達は一纏めにして壁を作らせ、グランフォート軍用の防護壁に立たせ守らせる。

 その動きに、ヴァテアも合わせてくれた。

 防護壁を魔力コーティングで強化し、向かってくる奴隷兵の進攻を鈍らせるために単身特攻をかける。特大の戦功の前進に奴隷兵達は群がって、私のいる場所に向かって一斉に駆けた。

 ぶれる方向感と距離感を捨て置き、私は奴隷兵全員が収まる様に土中に広がる。

 一人残らず上にのせたら、風呂敷で包むように端を捲って上向かせる。外に開いているのは直上一方。横への力は全身全霊全力を以って防いで見せよう。


『ヴァテア!』


 ヴァテアの直下から土蛇を生やし、呑み込ませて地中に引き込む。

 これで準備は完了だ。後は起爆させて、爆風を空に逃がすだけ。

 もっとも、この体が耐え切れるとは思えない。保険はかけてあるものの、巫女達の序列を考えると戦線離脱は免れないか。

 仕方ない。


『シムナ。二日待って私の意識が戻らなかったら、この体を出来るだけ回収して社に全員で帰還しろ。その間の指揮はお前に任せる』


 それだけ伝えて、極光持ちの奴隷兵を土槍で貫く。

 一瞬の光、一瞬の音、一瞬の痛み。

 前世の最期と同じソレが意識を包み、私は刹那の無我に全てを委ねた。
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