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第29話 鬱憤晴らしの浮遊船旅

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 女神軍とギュンドラ王国の休戦交渉から二日後。

 陽光が照らす空の下、私達はラスティの浮遊幽霊船で南に向かっていた。

 目的は、グランフォート皇国に駐留するダルバス神聖王国軍の殲滅。

 これ自体は、グランフォート皇国軍で十分対処可能とヴァテアは言っていた。だが、ダルバス神の尖兵は、『正義』の名の下に色んな所にしゃしゃり出て理不尽を強いるクソ野郎なのだという。

 グランフォートに来ている可能性がわずかにあり、間違っても逃がさない為に私も向かう事になった。

 向こうの兵力は、駐留軍がおおよそ三万。本国の防衛用が二万の合計五万。奴隷兵がほとんどで士気は低く、待遇が良い指揮官級以外に正規兵はいない。隊の指揮をする千人程度が実質的な戦力となる。

 対してこちらは、元勇者シムナ、元魔王レスティ、元魔王の強化分体ラスティという過剰戦力に、ユーリカを筆頭とした黒巫女衆三十一名、魔王軍の精鋭から巫女に転じた魔族巫女衆七十八名の合計百十二名。

 全員が英雄クラスかそれ以上の実力があり、更にダイキ達第一軍が別ルートで敵本国に向かっている。

 ノーラを第三軍支配域の統治補佐に置いて来はしたものの、質的に見れば申し分ない。ヴァテアがロザリアとガイズをギュンドラから引き抜いたし、グランフォートの弟二人も私と同等クラスの実力者だと言うから、負ける要素は限りなく薄い。

 …………何か、気乗りしないなぁ……。

 ヴァテアとの特訓で荒んだ心が、戦への意欲を保てない。精神的消耗が非常に激しく、むしろ足手纏いになるのではないだろうか?

 総魔の特訓を強いられた期間は十年以上。時間の進みが十万倍という歪曲時空に閉じ込められ、飲まず食わず寝ずのぶっ通しは私を発狂寸前にまで追い込んだ。

 何がきついって、巫女達との触れ合いが十年出来なかった事。ヴァテアはご褒美をチラつかせて非常なノルマを課し、一つ、また一つと何とか達成してはお預けを喰わされた。

 当初失敗してばかりだった魔力制御は熟練を重ね、体内で魔力の大嵐を十個安定展開出来る様になっている。もうアーカンソーと対しても少しの疲労で済ませられ、代償として、溜まり過ぎた性欲から巫女達への依存が進みまくっている。

 一瞬でも離れると、癇癪を起こす程に。


「……なぁ、しなずち様。いい加減、離してくれないか? 朝からもうずっとだぞ?」


 谷間に顔を埋め、めそめそ泣く私にシムナは困った声色で抗議する。

 潤んだ瞳で見上げると、こちらを覗く顔は罪悪混じりに明後日の方を向いた。抗議もすぐに止んで収まり、ぎゅっと抱きしめて愛しい甘い香りを堪能する。

 男としてどうなんだと言われるかもしれないが、今の外見は十歳程度。

 まだまだ甘えて良い歳だ。だから、寂しかった分を埋め合わせるまで、ずっとこうすると決めて浸る。

 ――――背後から、ふんわりとした感触が優しく挟んで来た。

 複数の薬草を混ぜた香気が漂い、それがユーリカの物だとすぐわかる。やや弾力のあるふわふわと柔らかなふわっふわの挟み込みは実に満たされ、心も身体も融けゆく様に蕩けて蕩ける。


「しなずち様。シムナはロザリア様達との旧交を深めたいのでしょう。私達黒巫女衆がたんと甘えさせてあげますから、身を清めて寝所に参りましょう?」

「色ボケか、師匠。レスティ達を見習って、泣かせた元凶を討ち取りに行く気にはならないか?」

「私はしなずち様を慰めて差し上げているの。シムナこそ、二人の援護に行った方が良いのではなくて?」

「師匠を放ったら、またしなずち様を絞るだろうがっ。あまりオイタが過ぎると、しなずち様以外の男に裸体を晒させるぞ?」

「それは御免被るわ。うん、夜まで我慢しましょう」


 二人の相談が終わったらしく、腰帯に伸びていた手が私の髪を梳き始めた。

 柔らかで、温かい。

 もう十年もこれに触れていなかったかと思うと、発狂しなかった自分を褒めてやりたいと本気で思える。そして、いつかヴァテアには相応の報いを受けさせてやる。


『三叉の雷、四辻に六道、十六夜に走れ! 疾く疾く疾く疾く疾く!』

『空の冷は氷を纏いて染み染み舞う! 疾く疾く疾く疾く疾く!』


 遥か頭上から聞こえてくる魔術詠唱と、シャレにならない規模の魔力振動が大気を震わせる。

 目にしてはいないが、鋭敏になった魔力感覚で事細かに事象を捉えられている。レスティとラスティの放った雷の矢束と侵食性氷結領域がヴァテアを囲み、しかし、その全ては着弾直前で拡散させられ、純粋な魔力に変換されて吸収されてしまう。

 元魔王とその強化分体が相手でこれだ。

 それだけ、ヴァテアの魔力制御は化け物染みていた。もう、お前が魔王で良いんじゃないか?とすら思えるほどに。

 ちらり、と、谷間から顔を離して空を見る。

 浮遊幽霊船の甲板より更に上。私達に余波が及ばないだけ離れた距離に三つの影が舞っている。

 ラスティ達二人の表情は憤怒の形相を呈していて、ヴァテアは楽しそうに笑っていた。

 心がもう少しまともなら、私もあそこにいたに違いない。龍の要素を総動員して天候を操作し雷雲を呼んで、魔術とは比べ物にならない太さの自然の稲妻を叩きこんでいた筈だ。

 でも、今は少しでも彼女達に触れていたい。

 片手を崩して触手にし、上の戦いに頭を抱えるシムナの手を取る。

 シムナが気付いて目が合い、「まぁ仕方ないか」と、頬を赤らめてその豊満な身体に巻いてくれた。反対の手も崩してユーリカを巻き、より濃密に絡み合うよう引き寄せて抱き寄せる。

 温かい。

 安心する。

 良い匂い。

 猛ってくる。

 段々と全身が崩れていき、シムナとユーリカの全身を包む。少し離れた黒巫女衆と魔族巫女衆にも次々に触手を伸ばし、捕えては包んでを私は繰り返した。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「まぁ、こうなるわよね」


 夕刻となり、食堂に会した私達をロザリアは冷たく見下ろす。

 一言で表せば死屍累々。

 ヴァテアに一矢報いようとした巫女達は全員が魔力と体力を使い果たし、そうでない者は不定形に変化した私に捕まって色々ともみくちゃになっていた。皆疲れに疲れ切り、唯一元気なヴァテアだけは厨房で食材相手に格闘している。

 ニンニクをたっぷり入れたホワイトシチューと固めの麦パン、キンキンに冷やしたエールが今日の献立だ。

 ユーリカの仕込みで精力強化のハーブが大量に紛れているが、構わず使っている所を見ると気づいていない。本当に統魔以外は疎かにしてきたのだなぁと、今夜の惨状を思ってほくそ笑む。

 巻き込まれるロザリアとガイズには後で謝ろう。

 ただ、ガイズは奥さんが一緒だから、夜が激しくなるだけでそれほど支障はないか。旦那の単身赴任で独りぼっちは寂しいだろうと連れてきたが、実はギュンドラ王国の勇者候補と聞かされた時は驚きしかなかった。

 結婚を機に次代の育成へと回ったものの、成人して間もないにも関わらず、暗器の腕はシムナに次ぐ実力の持ち主らしい。

 試しに黒巫女衆の一人と試合をしたら、油断をついて喉元に刃を突き付けていた。その後の五本勝負でも四本を取り、人妻でなかったら私も巫女に欲しかった。

 …………娘が産まれたら、巫女にもらえないか頼んでみよう。


「しなずちさん。今良い?」

『ちょっと待ってください。っと』


 ロザリアの下に触手を這わせ、先端に鏡面を作って自分の姿を映し出す。

 頭だけの分身体を作っても良かったが、慣れていないと精神的にキツイ。こっちの方が化け物感が薄れて話しやすいだろう。


『何でしょうか?』

「兄様とは前世からの親友なのよね? どんな女が好みとか知ってる?」

『強い女』

「曖昧に過ぎる」


 真面目に返したのだが、お気に召さなかったようで少しシュンとする。


「もっと具体的に。身長とか胸とか尻とか性格とかこう、ね?」

『身長は高め、胸と尻は大きめ。何かに依存せずに自分で立って、対等に付き合える力強い女性が好みだと思います。持ってた艶本がそんな感じだった筈。でも庇護欲が駆られる幼い子も守備範囲だから、女として認識させて一線越えれば割と簡単に堕ちるかと』

「その一線を越えるのが難しいのっ」


 険しい顔で指を立て、ロザリアはこれまでのヴァテアの女性関係を列挙しだした。

 女性から言い寄られれば裏があると考えて距離を置き、他国の貧民街で救った少女に感謝されて身を差し出されても手を出さず、自国を人質に心体を要求されたら力ずくで抵抗して――――。

 男色の気があるのではと疑った時期もあったというが、お忍びで色町に行って、何もせずに帰ってくるヘタレ具合からそれもないと安心したという。

 だからこそ、私は彼女に提言する。


『童貞って、一発やれば盛りの付いたサルだから。性欲握ってしっかり躾ければ大丈夫大丈夫』

「何だか以前より口が悪くなってない?」

『妖怪って精神が重要な種族だから、弱ってるとしっかりできなくなるんですよ。とりあえず、今夜は船内全部がギシアンだから、適当に中てられたとか言って押し倒せばいけるって』

「わ、私の話じゃなく、ルエル姉様とアイシュラ様の話だから。私は……仮にも兄妹だし……」


 急にもじもじしだし、初心っぷりが微笑ましい。

 こんな頃が自分にもあったのだなぁとしみじみさせられる。もうすっかり穢れて穢されて、言葉より先にスキンシップの毎日だから余計に思う。

 でも、そのままは良くない。


『ヴァテアは「迎えに行く」って言ったんでしょう? それは貴女を女として、将来的には伴侶として見ているってことです。既に心の準備は出来ています。ここで貴女が引いてしまったら、ただの血の繋がらない兄妹で終わりますよ?』

「っ! そんなの…………」


 小さく『嫌』という言葉が漏れ聞こえる。

 結局、自分で前に進む勇気がないだけか。

 よしよし。ちょっと邪道だけど、ヴァテアに仕返ししてやるとしよう。


『この前渡した不老長寿の秘薬は、口移しで飲ませると惚れ薬としても作用するんです』

「!?」

『正確には、異性の唾液と一緒に摂取すると、その異性の事をすごく魅力的に感じるようになるってだけなんですけどね。自信がないなら使ってみたらどうでしょう?』

「それはっ…………でも……」

『薬に頼る事は悪じゃありません。病気になれば薬を飲みます。ロザリアの恋の病はもう相当深刻ですから、恋の薬を使うのが正しいんです。使わずにこじらせて重篤になる方がずっと悪い。覚悟を決めましょう。病は、治さなければならないんです』

「ん…………そう、か、な……?」


 がけっぷちのギリギリに立ちながら最後の抵抗をロザリアは見せる。

 私は最後の一押しとして、もう一つ秘薬を手渡した。

 この前の物よりずっと強い、希釈用原液と言えるほどの一品だ。まだ後ろめたさが残っているから、きっと水に薄めたりして使うだろう。効果が薄れないようにこっちを渡して、戻れない所にまで行ってもらおう。

 ロザリアは秘薬を受け取ると、暗い病んだ笑みを浮かべた。

 我慢し過ぎだ。

 今日解決していなければ、将来どうなっていたことか。童貞のまま背中から刺されるなんて不名誉は、私の親友に相応しくないよ。うん。


「特別なとっておきをあげます。いけそうですか?」

「う……ん。いく。今日、兄様は、私と――――」


 ふらっと、ゆらりと、それでいてしっかりとした足取りで彼女は離れていく。

 そうだ。それでいい。何も我慢する必要はない。

 思う存分、やっちゃえ。
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