しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第28話 統魔と妖怪

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 ミュウの性欲は子を孕むまで収まらない。そう弄ったのは私だ。

 休戦交渉中も情事に及ぶかと思っていたのに、ギュンドラに抱き着くだけで大人しい。こちらに警戒できる余裕すらあり、ほぼ間違いなく、二人の間には新たな命が芽吹いている。

 その事実と根拠を伝えると、心配になったギュンドラはすぐに妊婦用の薬品関係をチェックし始めた。

 中空を手で払い、大きなディスプレイに国内全体の薬品リストを表示して確認する。少し見せてもらった所ではすさまじいデータ量に溢れていて、ありとあらゆる情報がリアルタイムで閲覧できる。

 どの領にどれだけの備蓄があり、価格は幾らで、生産量、消費量、流通量、他国との輸出入に横流しの規模と主犯格まで。

 ただ、気になる事もあった。

 薬の種類の少なさだ。

 魔術治療の進歩により、必要となる薬が少なくなっているとミュウは語る。確かに聞こえの良い文句ではあるが、魔術師が徴兵されて戦死でもすれば途端に状況は悪化する。次代が育つまでの代替手段こそ薬品種の充実であり、そこを疎かにして末永い繁栄など夢のまた夢だ。

 『しなず』の『智』としては見ていられず、私はこの世界に来てから見つけた薬草類の知識と情報を提供する事にした。

 本来なら相応の対価を求めるべき価値ある知。しかし、目の前に横たわる危機はすぐ傍らにあり、少しでも遠ざけられるなら多少の天秤の傾きくらい大目に見よう。

 ただ、やはりと言うべきか、私を敵視するミュウとユーゴは疑いの目を向けた。

 彼らとのこれまでを思えば当然だ。私は説得の為にアギラ領主館の厨房を借り、敷地内に生える植物を使って簡単な薬を作って見せた。

 強力な臭いから忌避されるアルミタ草から嘔吐止め。

 可食部でないからと捨てられるクルーガの実の種から精力剤。

 観賞用植物トルドラの球根から解熱・鎮痛剤。

 この三つをギュンドラの『管理遊戯者』が新薬判定にかけ、新規登録を要求して二人はやっと認めてくれた。その場で他の五十四種も伝えて教え、家庭で作れる物から専門家の厳しい管理が必要な物まで余すことなく提供した。

 原材料は全て既知の植物で、そこら中に生えている。

 使いようによっては数百年の間、この国を潤わせるに違いない。今後はミュウと弟子達を中心に専門機関を設立し、十分な生産と供給を目指すという。


「でも、よく薬草だなんてわかったな?」


 客室で紅茶を啜りつつ、感心した顔でヴァテアは尋ねた。

 交渉は終わったのだから自国の救援に向かえば良いのに、欠片の欠片も焦る気配が無い。よほど義理の弟達を信頼しているのか、別に何か理由でもあるのか……?

 飲み終わった自分のカップに追加を注ぎ、こちらもどうかと勧めてくる。

 もう十分楽しんだので丁重に断り、私は庭に生える草木を窓越しに眺めた。


「自分の言霊に関わる事だからな」

「妖怪は言霊を与えられた自然現象ってアレか。こっちの世界でも、自分の言霊に関わる事物は認識さえすれば理解が出来る、と」

「そういうことだ」


 こうして外を眺めるだけで、それが薬草ならそうとわかる。

 『ち』の言霊を持つ妖怪の特権だ。

 私の場合は『しなず』に関わる事象の知識を、世界そのものから引き出せる。この世界でもそれは通用していて、ギュンドラ達に伝えた五十七種だけでなく、自分の管轄地にある薬草園では計三百種の薬草を栽培している。

 薬師の偽装もこれがあったからこそ。

 そうでなければ、勇者ソフィアの御者役でもやっていた。


「ヴァテアは、こっちに来てどうだった?」


 ふと気になって、私は訊いた。

 ギュンドラの話では、転生で特殊な能力を持つ者は稀だという。

 百人いて二・三人いれば多い方。ギュンドラの仲間でも、能力持ちはアンダルとギュンドラの二人だけ。ミュウ、ユーゴ、アーカンソーは、生まれた種族が優秀な無能力者だという。

 そして、ヴァテアもまた、無能力。

 持ってこれたのは記憶のみ。特殊な境遇に生まれ、敵も多かったろう。様々な苦労があり、苦悩があり、苦痛の中で生きてきたのかもしれない。

 だから、聞いておきたかった。


「そうだな…………無責任な父親と母親の間に生まれて育ての親に預けられ、魔力の質が原因で魔術が使えず、前世の記憶から統魔を完成させようと十年かけた。一通り仕上がった頃に隣国が攻めてきて義理の妹を攫われて、戦力差から泣き寝入りするって聞かされてふざけんなって一人で全部蹴散らしたな。そしたら周辺国から腫れ物扱いされて、外交カードに丁度良いって思って国政にも参加しだしたんだよ。そんで八年前に縁談持ち込まれたと思ったら実の両親の姉と妹で、焦った両親がロザリアに縁談持ちかけて色んな意味で滅茶苦茶になって、仕方ないから関わった全員を締め上げて今に至る?」

「とりあえず、どこから突っ込めば良いかをまずは教えろ」


 『周辺国全体を含めて大問題児に認定されている大体の問題の大元凶』。ユーゴの言葉が頭の中に黄泉返り、間違いでない事に頭が痛む。

 前世では他人に頼られたり集られたりする親切な苦労人だったのに、何が間違ってそうなった?

 何より、魔術が使えない?

 神族と魔族のハーフだろう?


「ま、俺の過去はどうでも良い。それより統魔を教えるって約束したろ? 丁度時間があるし、どうだ?」

「あ~……わかった。でも、妖怪の俺じゃ使えないだろうから、どう完成させたのかだけ教えてくれ」

「残念。魔力を持ってれば誰でも使えるんだな、これが」


 楽しそうにそういうと、ヴァテアは丈夫そうな板を生成して手に持ち、昔あった紙芝居のようにこちらに掲げた。


「まず、魔法と魔術と統魔の定義からだな。魔法は『魔理法則』の略称とした。魔力で燃焼や凍結等の現象を引き起こす自然法則で、化学反応で特定の現象を起こす物理法則に対する代物だ。そして、魔法を利用して任意の効果を発現させる方法が魔術と統魔になる」


 板に、魔法と物理法則が対となって描かれる。

 魔法の下には、矢印で魔術と統魔が別々に書かれ、物理法則の下には化学反応の言葉が同じように書かれた。魔法を『方法』でなく『法則』と定義する考えは聞いた事が無く、しかし、体系的かつ学術的に考えるとこっちの方がしっくりくる。

 それに、これなら魔法と魔術と統魔の差別化も図れる。


「魔術は、この世界では前世のプログラミングとよく似た構成をしてる。魔力を入力して、濃度と圧力を調整し、任意の属性に変質させて、効果範囲を指定し、出力する。このセットを魔術式と呼ぶ。魔術式自体はただの式だ。実際には式を組み込んだ魔方陣に魔力を通して行使する。魔方陣は言霊詠唱でも触媒描画でも描けるし、魔力石を代替コストに使用できるから、知識と準備があれば万人に扱える。俺が原初のデチューンと感じたのはこの辺りの手軽さが原因だな」


 板の絵が一度消え、魔術の説明に切り替わった。

 魔力制御のパズルを組み合わせて式を作り、魔方陣に式を組み込んで魔術師は魔術を行使する、と。

 この辺りは前世でも同様だろう。

 問題はここから。


「次は統魔だ。魔術式の魔力制御を解析すると、収束、拡散、誘導、抑制、変質、式化の六つに分けられる。俺はこれを六魔道と呼称し、それぞれを滅魔、退魔、魔導、封魔、降魔、魔術と繋げた。これらを個別に鍛え上げる事で、言霊詠唱も触媒描画を使用せずに、魔力操作だけで魔術式と同じ事を出来るようになる。濃度や圧力操作は魔導、属性変換は降魔、範囲指定は滅魔と退魔って感じだな。魔術式に任せていた自動操作を全てマニュアルで行うから、習熟すれば詠唱や描画等の予備動作が一切必要なくなる。極致に至れば体内魔力の制御で体外魔力場が形成されるようになって、上手くやると周囲の魔力を自由自在に制御する事も可能だ。こんな風に」


 ヴァテアは手の上に魔力の球体を造り出した。

 澄み切った無色透明で、生物の脈動のように膨張と縮小を繰り返し、くるくると回転しながら立体的な無限軌道を描いて不規則な速度で飛び回る。

 中には魔力で作ったであろう水が火になり、雷になり、光になり、闇になり、いくつもの属性に無秩序な変化をし続けていた。

 また頭の中で、私の視覚を覗くキサンディアが興奮して声を上げる。

 魔術に置き換えたらどれだけの緻密さと技術と精度とその他色々が必要かと。ノーラ達第二軍のサポートはどうしたのか、問い質したくなるほどの喰い付きっぷりだ。

 あまり酷くなるようなら、少し黙らせるようにヴィラに頼む。

 ノーラが作った、不殺効果付きのトゲ付きバットが有った筈だ。それで頭をかち割れば、大人しくなるだろう。


「これは統魔師―――統魔の使い手が挨拶代わりにやる遊び『総魔』だ。球の縮小が収束、膨張が拡散、回転と移動が誘導と抑制、中の属性変化が変質を表している。器用な奴だと立体型魔方陣を組み込んだりもして、これをどれだけできるかでソイツの魔道適性がわかるんだ。とりあえず、自分の魔力を使ってやってみ?」

「いきなりそんな事を言われても上手くできるわけがないだろ?」

「良いから良いから」


 言われるがまま、私は手の平に魔力を集中する。

 妖怪だから別に不要と思っていたのだが、ノーラから「魔力が足りなくなったら注いで(はーと)」と魔力譲渡の有用性を説かれ、最低限は身に着けていた。

 こんな形で役に立つとは、世の中、何が起こるかわからない物だ。


「むぅ~…………あっ」


 血色の魔力が球を作り、その場に留まっていたかと思うと唐突に爆発した。

 血と水と土が部屋中に飛び散り、壁、床、天井、調度品にべったりついた。あまりの汚れっぷりに、私は慌てて血の触手を展開して吸い取っていく。

 ヴァテアはその汚れを指で掬い、確かめるように指先で転がした。


「魔力の質は血属性。水と土の混じり方が多いから降魔が第一魔道。爆発は退魔だけど、それを一瞬でも抑え込んだから封魔が第二か。で、最後に退魔が第三、と」

「何が何やら」

「統魔の修得に重要なのは、魔力の質と得意な魔力制御なんだ。しなずちの魔力は濃いし多いし、その気になればすぐ統魔を覚えられそうだな」


 将来有望で大いに結構と、歓喜の笑みが向けられる。

 悪い気はしない。

 悪い気はしないが、私の心は揺れていた。

 妖怪が統魔を、魔法を修得する。それは、妖怪としておかしいのではないか?

 言葉で説明するのは難しいが、私の皐月圭の部分が言っている。妖怪は妖怪。魔術師でも魔法使いでも人間でも悪魔でもない。

 ――――うん、やっぱりダメだ。


「ヴァテア。私は、統魔の修得はしない」

「……妖怪の誇り、か?」


 かけられた言葉に、私はハッとした。

 そうだ。誇り、プライドだ。

 妖怪としてのプライドが、統魔を理解できても許容しようとしないのだ。

 面倒とも頑固とも受け取れるそれは、自身の在り方が定められている妖怪にとっては命と同様に大事な物。自分の出来る事、出来ない事、やるべき事、やってはいけない事、そういった行動原理の全てに等しい。

 うん。やっぱり、ダメだ。


「ハッ。スッキリした良い顔しやがって」

「ごめん」

「構わないって。ただ、体内魔力を使った総魔の練習はやってくれ。降魔、封魔、退魔は防御に秀でる。習熟すれば、アーカンソーみたいな魔力干渉への耐性が出来て、魔的な外的要因への抵抗力が上がるんだ」

「あ~……でもなぁ……」

「どうせ、妖怪だからって魔法系の技能を全部捨ててるんだろ? 他にも似たような事をやる連中は多いから、今の内に覚えとけ」


 ヴァテアは総魔を私の目の前まで移動させる。

 球の魔力が邪属性に変わり、私が触れると抵抗なく染みて取り込まれた。同じように、浄化の魔力を自分と同波長の魔力に変換して吸収しろって事か。

 霞を食う仙人の姿が思い浮かぶ。

 アレの不老長寿の原因がコレだとすると、しなずちとして修得せざるを得ないだろう。何だか言い訳染みて来たが、結局は統魔への未練が強いのだろうか?

 自問自答して、まぁそうだろうと納得する。

 しなずちと統魔の雛型は、俺と真冬と兄貴の三人で構築した。看護師の一人が幻想を生み出すルールが書かれた本を差し入れてくれて、それを使って作り上げたのだ。

 小学生の少ない知識で、三人の知恵を寄せ合って、羨望と嫉妬を捏ねて混ぜて。

 言ってしまえば、しなずちは俺達三人の産物で、統魔もそう。自分の、こうあって欲しいという想いが詰まった願望の塊。

 だから、未練がある。


『しなずち、私は構わない』


 ヴィラの慰めが届き、即座に否定を伝える。

 しなずちが私であるように、統魔もヴァテアであるべきだ。

 それが良い。

 それで良い。


「じゃあ、まずは魔力球の維持から始めるか。寝てる時も含めて、意識外でも出来るようにするぞ」

「いや、別にそこまでみっちりしなくても…………」

「何言ってんだよ。致命的な攻撃はいつも意識の外から来るんだから、そこに備えないとダメだろ? 安心しろよ。俺みたいに、体内で魔力嵐を十個以上作れるくらいに鍛えてやるって」


 部屋の中の空気が淀み、歪む。

 外を飛んでいる鳥が静止し、世界から俺達以外の音が消えた。一体何なのかと思っていると、ヴィラとの繋がりも止まっているかの如く鈍く遅れている。

 え? まさか、部屋の中の時間を歪めた?


「おまっ!?」

「降魔と封魔を極めるとこんな事も出来んだよ。伊達に二十四年も先行してないってな。総魔が出来るまで逃がさないから安心しろ」


 真っ黒な笑みが私に這い寄る。

 時に取り残された世界で、増援は望めない。助けもない。親友と思っていた前世の友は目の前で絶望を吐いている。

 咄嗟に跳ぼうとして、周囲の空気が固定された。

 首から上以外が全く動かず、不定形になろうとしても邪魔する力が働いて人型を崩せない。

 あれ? 詰んでる?


「この世界にはこれが出来る奴が十人はいる。最低でも抜け出せる程度にはなろう、な?」


 ちくしょう。いくら親友でも野郎に拘束されるのは御免被る。

 やってやろうじゃねぇか。すぐ抜け出してやるからな。


「ま、俺の見立てでは大体三年くらいかかるかな?」


 やだ、帰して…………。
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