しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第26話 しなずちの補給、予想外の再会

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 妖怪しなずちは、精の生成に血液を消費する。

 一回で、巫女一人を作るのに必要な倍量だ。人間で言うと間違いなく致死量に相当し、そんな量の千倍近くをたったの十日でユーリカ達に搾り取られた。

 戦争の開始時点と比べて総量は半分以下にまで減り、早急な補給を必要とする。

 では、どうすれば補給できるのか?

 方法は、大きく分けて三つだ。

 一つ目は、自分に向けられる思念を集める事。

 概念的存在の妖怪はより強く、より多くの認識と感情を集める事で力を得られる。信仰、畏怖、感謝、恋慕、嫉妬等々、三十余りの都市や村から大量の思念が生み出され、私に供給されている。

 精に換算すると、一日でおおよそ数十回分。

 一晩で使い切る量だが、元から残らないと考えているので問題ない。貯蓄向きなのは二つ目以降の方法だ。

 二つ目は、食事。

 血液を作る基となる物質を取り込む事で、単純に生成する。主にたんぱく質と鉄とその他諸々。摂取量が多ければ多い程に生成量も多く、成人男性の一日分の食事量で概ね三回分を補給できる。

 思念と比べると少なく思えるが、一ヶ月で考えればおよそ百回分だ。

 短期的に見れば焼け石に水で、長期的に見れば塵も積もれば山となる。

 そして、三つ目。


「―――行って来たぜ! フォレストウルフ五十頭、ツイストコブラ二十八匹、レイクグリズリー八頭、ワイバーン三頭、オーク、ゴブリン、その他細々した奴ら大量!」

「寝ずに二日の強行軍とか、肌荒れ確実よ。ふぁあぅぅ…………」


 もう夜明けになろうという時刻に、ガイズとロザリアは部屋に戻って来た。

 肩で息をして、汗と返り血と何やらよくわからない体液に塗れた二人。よく入館を許してもらえたもので、成果となる一対の双剣を私に向かって押し付ける。

 二日前に渡した、斬った物の血肉を取り込んで喰らう血の双剣。

 私の身体を分離して作ったそれは、当初の朱色からどす黒く変わり果てていた。相当な量を取り込んだと窺い知れ、取り戻せるであろう力の総量に期待がかかる。

 血肉の同化。

 魔獣一頭につき五回から十回分を補給できる、効率的には一番の方法。アギラ領には大量の魔獣が住み着いているから、生態系を破壊しない程度にお願いしていた。

 にしても、よくもまぁこれだけ狩って来たものだ。

 取り込んだ量で何人返すか決めると伝えたから、本気の本気で狩り続けたのだろう。彼らの想いが直接届いてくるようで、少しくらい足りなくてもオマケしようかという気分にさせられる。

 いや、オマケなんて必要ないか。


「ありがとう、ガイズ、ロザリア。早速取り込んで確認しよう」


 双剣を胸に抱き、体に埋めていく。

 水面にゆっくり入れるように、跡形もなく剣は体内に消えた。閉じ込められていた血肉が全身に広がり、端から速やかに私の物へと成り替わる。

 五分か十分かすると、取り込んだ全ては私になった。

 血の総量は、戦争開始時と比べて二割増し。捕虜三人どころか、こちらが対価を払わないと釣り合わないくらいだ。


「ガイズ、全員返還です」

「よっしゃあっ!」

「ただ、この量は私の方が貰いすぎですね。不老長寿の秘薬でよければ四人分融通できますよ?」

「私欲しい! でも、何で四人分?」

「ガイズ、奥さん、ロザリア、将来の旦那様」


 手から秘薬の結晶を生成して二つずつ渡す。

 愛する人が出来たら、一緒にいたいと思うのは人間の性だ。それに、不老長寿は一人だけだと寂しいから、共に歩む伴侶が一人くらいいた方が良い。

 私の勝手な善意に、ロザリアの笑顔が何とも言えない表情に変わった。

 嬉しそうな、寂しそうな、悲しそうな、色々な感情がごちゃ混ぜになった戸惑いと躊躇いの重ね合わせ。

 ガイズに目くばせし、首を振られてため息を吐かれる。

 理由は知っている、と。


「そういや、ユーゴの旦那は?」


 ユーゴの姿が無い事に、ガイズは部屋の中を見渡した。

 彼は、『貴様の指図は受けない』と狩りに参加せず、私の監視を続けている。今は、天井裏や家具の裏など、日の光が当たらない所に霧化して潜んでいる。


「どうでも良いです。ギュンドラ王は今日到着予定でしょう? 二人とも水浴びでもしてきてください。あっ、捕虜の彼女達はその卵の中。単純に割れば助け出せます」

「おう、そいつだな?」


 窓際に置いておいた三つの卵を受け取って、二人は部屋を後にした。

 相応に重い筈だが、ガイズは肩に一つずつ担ぎ、ロザリアはゴロゴロと廊下に転がしている。その表情は晴れやかで、何だか胸がすくような気持ちになれた。

 ただ一つ、先程のロザリアの様子が気にかかる。


「何も仕込んでないだろうな?」


 姿は晒さず、不審の滲む声が私に問うた。


「今回は何も。それより、ロザリアは恋人を亡くしでも?」

「答える義理は――――本気か? いや、わかった。伝える」


 怪しい独り言の後、ユーゴは壁にかけられた地図の前に現れた。

 ギュンドラ王国を中心に、周辺国の国境や地形を記した広域地図だ。

 北は女神軍の本拠がある山脈の手前まで。南は件のダルバス神聖王国を越え、更に二つ国を越えた先の海まで。東西の範囲も広く、この世界の地図としては破格の情報量と言える。

 地図の一点、正確にはある国が指差された。

 この国のすぐ南にある、大きな湖を挟んだ小さな隣国。

 二つの宗教国と二つの王国、一つの帝国の中間点に位置し、山地に囲まれた天然の要衝。攻めるに難く、攻めたとしても他の国々から横やりが入り、かえって誰も攻め込めない激戦区の中の安息地。

 こちらの言語で、その国はこう記されている。

 グランフォート皇国。


「ロザリアはグランフォート皇国の第一皇女だ。皇位継承権も第四位で持っている」

「………………………………は?」


 極めて短く簡潔な説明に、逆に理解が追い付かない。

 小国とはいえ、何故第一皇女が隣国で勇者パーティに入り、戦っているのか?

 本国が攻め落とされているのに、何故気にする素振りも見せない?

 恋人は―――政略結婚が嫌で国を離れたとか?


「グランフォートの皇族は複雑でな。皇王には正妻と一人の側妻がいて、正妻との間に第二皇子ヴァニクと第三皇子エイレス、側妻とは第一皇子ヴァテアと第一皇女ロザリアを設けた。家族関係は良好なんだが…………ある事を原因としてロザリアは皇室を出奔した。その一端を担っているのがロザリアの兄であり、皇国だけでなく周辺国全体を含めて大問題児に認定されている大体の問題の大元凶、第一皇子ヴァテアだ」


 実に苦々しく、この上ない程の面倒臭さを顔に浮かべてユーゴは語る。

 何だか、もう、何となく、答えが察せてしまう。


「ヴァテアはロザリアより六歳上で、公務で忙しい両親の代わりに兄弟達の面倒を見る事が多かった。ロザリアにとっては自慢の兄であり、魔術の師であり、頼るべき家族だった。八年前、二人に血の繋がりが無いと知らされるまでは、な」

「え? あ、そっち?」


 ヴァテアが政争でロザリアの恋人を追放したのかと思ったが、違ったようだ。

 いや、なんだかもっときな臭くなってきた。

 ギュンドラ王は何の意図があって、私にこんな話を聞かせるんだ?


「当時、皇国はドーラン竜帝国とダルバス神聖王国から侵略を受けていた。二方面からの侵略に対処しきれず、皇王はルエル神国とアイシュラ魔王国の支援を取り付けようと交渉したそうだ。その際、何故か二国ともヴァテアを自国に婿入りさせるように要求して対立。どちらがより多く支援を出すかで揉めに揉めて、理由を探ろうとうちの裏部隊を派遣したらとんでもない事が判明した」


 地図上のルエル神国、アイシュラ魔王国、グランフォート皇国、三国の国境が交わる一点にユーゴの指が止まる。


「ルエル神国とアイシュラ魔王国は、それぞれの政治中枢を神族と魔族が担っている。当然種族間対立が強く、すぐ隣の皇国を舞台として外交戦が繰り広げられている。時には間違いも起こり、嫌悪が親愛に変わって子を作る者達が現れ、表立って夫婦として育てる事は出来ないから皇国の信頼できる人物に預ける慣例が出来上がった。ヴァテアの場合は、信頼できる人物が皇王で、子を作った夫婦は神王の妹と魔王の兄だった」

「あ、それ以上聞きたくない。私は自分の領地の事で手一杯だから、他国のスキャンダルには首を突っ込みたくない」

「つまりはまぁ、子供をダシにして相手国を脅し、夫か妻も自国に引き寄せて家族円満に暮らそうとしていたわけだ」

「聞けよ」


 もう何となくどころじゃない。ギュンドラ王はこの件を私に押し付けようとしている。

 しかも停戦交渉とは別で、私とロザリアの関係性を利用して、自身は『契約』も『依頼』も『お願い』もしない気だ。

 勝手にやった分はうちは関係ありません。ただ、上手くいったなら良かったですねと、手を汚さずに三国に貸しだけ作る。

 そして、私には何も支払わない。

 汚い。五百年以上生きる老害は汚すぎる。


「ここまでが神王の妹と魔王の兄の思惑だ。ただ、これで終わりではなく、表という名の裏の裏がある。そして、これがロザリア出奔の最大の理由だ」

「…………は?」

「第一皇子を婿に取るのに、釣り合う相手は誰か? 神国は神王ルエル、魔王国は魔王アイシュラ・ガル・ディシーヴが名乗りを上げた。二人とも女性で建国以来独身。ヴァテアの出生の秘密を知らない者達はようやっと結婚するのかと安心したそうだが、ヴァテアの両親は気が気ではない。自分達の息子が実の姉妹の夫になるとかどんな苦行だ、とな。そこで、ヴァテアに相応しい嫁候補としてロザリアに目をつけ、事情を打ち明けて二人の仲を取り持とうとして――――」

『ルエルとアイシュラにバレたんだよなぁ…………ドーランとダルバスだけでなく、神国と魔王国まで敵に回しかねない政局を十歳の娘に押し付けるとか、何考えてんだってな? 三国交渉の仲介に来てたギンタが取り持ってくれたけど、政争に巻き込まれるのは見えてたから駆け出し勇者のガイズに預けて、頃合いを見て迎えに行くって約束したんだよ』


 壁から突然声がして、私は咄嗟に距離を取った。

 部屋の中には誰もいない筈だ。蛇と妖怪の感知能力を突破できる存在に心当たりはない。

 注意深く部屋全体を感知する。しかし、熱も匂いも振動も霊的な気配も、自分を含めた二人分しか感じられなかった。


「……何者だ?」


 私が問うと、声がした方の壁から手が生えた。

 うっすら透き通っている所を見ると、透過魔術なのだろうか? 封を開けられた手紙を指で挟み、腕、肩、足、半身と、徐々に中に入ってくる。

 この世界にしては高価そうな、すらっとした軍服風正装姿の青年だ。

 身長は百七十から百八十くらい。柄だけの剣を両腰に下げ、鎧等の防具は一切つけていない。よほど腕に自信があるのだろうか、刀身のない剣と相まって実力の程が読み切れない。

 全身が透過しきると、透明感が消えて実体に戻った。

 やや高めの体温と、少し運動をした後の軽い汗の匂いが鼻につく。気配が感じられなかったのは透過魔術の影響のようだ。

 青年は私達――――いや、私に笑顔を向け、持っていた手紙を放った。

 手紙は宙で炎と化し、灰すら残らず空に消える。そこに魔術を使った形跡はなく、強力かつ正確無比な魔力の奔流だけが余韻として残っている。

 記憶の端が脳裏を叩く。

 見た事はないが、知識だけは知っている。

 無詠唱魔術とは似て非なる魔的な技術。魔法も魔術も幻想に過ぎない地球で、大真面目に魔術の起源を妄想し定義し構築した、親友の作った空想魔学。

 あの日、あの時、あの時間、あの飛行機で、共に死んだ筈の、親友の――――。


「……真冬?」

「夜月真冬は前世の名だ。今は、グランフォート皇国第一皇子、ヴァテア・G・グランフォート。ま、記憶だけは持ってこれたから、お前の事はすぐわかったよ。『しなずち』はお前のお気に入りだったもんな、圭」


 熱い何かが頬を伝った。

 苦学生で、食費を削って、ガリガリに痩せて、髪もろくに手入れしないでボサボサだった前世の姿。それが、しっかりがっちり肉をつけて、黒から群青の髪色に変わり、瞳の色も変わり、わかっていれば面影のある顔と頬のえくぼは確かにアイツだ。

 何故も、どうしても口から出ず、私はそのまま立ち尽くす。

 頬の熱はずっと収まらず、何も考えられず、何もできない。

 ――――ポンッと、頭に手が置かれた。

 ただ置いただけ。

 撫でたり、髪をぐしゃぐしゃにかき回したり、そういった事はない。

 ただ、置いただけ。

 それだけ、なのに――――。


「いくらでも泣けよ。奏志が逝った時みたいに、また俺が慰めてやるから」


 私は、この時だけは俺に戻った。
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