しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第20話 ノーラの不安

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 しなずち率いる第四軍がアギラを襲撃して二日。

 私とシムナとレスティは、レスティが召喚した骸骨馬に馬車を引かせ、来た時の五倍の速さでクルングルームへと戻っていた。

 前から横、横から後ろに景色が流れる。

 軋む木製の車体と車輪が嫌な音を立て続けて怖い。魔術で素材の強化と部品の分解防止を施しているものの、いつ壊れて投げ出されてしまうのかという恐怖がずっとずっと付きまとう。

 冷汗がずっと出続け、不眠不休で手綱を握るレスティか、全く気にせず眠るシムナか、どちらかに抱き着いていないと正気を保てそうになかった。

 ちなみに、今はレスティにしがみついている。

 シムナと同じ血色の羽衣に包まれた、鍛え上げた良く絞られた身体だ。アスリートの一切の無駄を削いだ機能美的な身体ではなく、女と戦士をとことんまで突き詰めた至上の中間。

 出る所は出ていて、絞る所は絞っている。胸は最低でもEはあるし、腹筋は固いがうっすら皮下脂肪もついていて柔らかい。太腿や腕も同じで、一体何をどうすればこんな身体を作れるのだろうか?

 処女仲間だし、今度教えてもらおう。

 もしかしたら、この世界特有の鍛え方とか食材があるかもしれない。しなずちがもっと自分好みの雌に仕上げようとして魂の復元に阻まれて泣いていたが、これも一つの正解と言って良い。目指す価値のある極致の頂だ

 車体が跳ねる度、事故に見せかけて色々触っているからよくわかる。


「ノーラ。そろそろ悪戯はやめてしっかり掴まれ。この先は道が悪いから振り落とされるぞ?」

「まだ悪くなるの? 胸鷲掴みにして良い?」

「シムナのならいくらでもやっていい」

「さっきやったらブラ取られた……」


 振動でブルンブルン震えて、返してもらえるまで大変だった。

 激しい戦闘でも邪魔にならないように、第二軍の女性尖兵の下着は形状固定の魔術を付与している。私ももちろんそうで、その恩恵がここまでだったのかと今更ながらに感心していた。

 胸を押さえるか抱き付くか、どちらかしかできないあの絶望はもう味わいたくない。

 必死にシムナに謝って返してもらったものの、付け直すまでは押さえても零れて暴れてあっちへこっちへ。前世の番組でロデオ体験した時でも、あそこまでの大揺れはしなかったと思う。

 でも、シムナもちょっと大人げない。

 ちょっと弱点を見つけちゃって、レスティに艶っぽい声を聴かれたからってそんなに怒らなくても良いじゃない。

 ねぇ?


「自業自得だ。自分のやった事には責任を持て。やるからには覚悟をしろ」

「魔王としての経験?」

「そんな所だ」


 『後悔はしていないがな』と、寂しさ交じりに爽やかな笑みで手綱を操る。

 カッコいいなぁ。

 馬の扱いだけでなく剣も魔術も超一流だし、寄せ集めの集団で第三軍と拮抗できる軍団指揮能力も凄い。シムナが認めるわけだし、しなずちが私の護衛に付けるわけよね。

 ―――まだお荷物なのかな、私。


「…………人間じゃなくなるって、どんな感じ?」


 ふと、私はレスティに訊いた。

 人間からそれ以外になる。その行為がどんなものかが気になった。

 もしかしたら、私が人間以外の何かに成れれば、しなずちに必要とされるかもしれない。巫女達だって、肉体を弄られて強化され、元の種族からかけ離れた存在になっている。種族的に強くなれればきっと―――ううん、絶対必要としてくれるはず。

 レスティは私の目を一瞥し、つまらなそうに前を向き直した。


「それをやった奴は、皆後悔しているよ」

「……え?」

「シムナと出会うまでの数百年、私は孤独だった。この国最初の勇者も、妻と出会うまで本当の安息は持てなかった。存在自体が孤独そのものになった奴もいる。主も似たようなものだろうよ。寂しさを紛らわすために巫女なんて侍らせて、その事に気づかないように逃げ続けているだけだ」


 改めて、レスティは私を見た。

 強い目だった。

 支えも、なれ合いも、甘えもたかりも何もない、確たる自分を持つ者の目。その目が、私の弱さを見通していて、何だか見られたくなくて、レスティの背中にギュッと抱き着く。

 腕全体を胴に回し、密着して顔を隠す。


「……不安はないの?」

「巫女にされた直後は不安だったな。無理矢理死の渇望を捨てさせられるし、分離体のラスティを造られるし…………でもまぁ、契約を通して伝わる主の本質は単純明快だった。それを知ったら、じっくり焦らしてからなら気を許してやろうと思えたよ」


 しなずちの本質?

 興味深い言葉に、私はレスティに続きをせがむ。


「本質って何?」

「敵は滅する。家族は守る。それ以外はどうでも良い。ノーラは家族に入っているから、守る対象として見られているぞ?」

「…………家族、か」


 私の気持ちに気づいていないくせに。

 しなずち、いや、皐月圭と知り合ったのは尖兵となる時が最初じゃない。もっと前。私が小学生低学年の頃の話だ。

 彼は双子の兄である皐月奏志を見舞う為、果物を持って病院へと歩いていた。

 真っ直ぐ、真っ直ぐに、真っ直ぐと歩く姿に何となく惹かれ、私はいつの間にか彼の後をついて行っていた。病院の前まで来て、看護師の女性に指摘されるまで彼は気付かず、少し困った顔をして手を差し出してきたのだ。

 『放っていかないから泣くな』なんて、初対面の女の子に言う事じゃないと思う。

 私は差し出された手を掴んで、一緒に病室に行って、三人で遊んだり話したりした。奏志の出来る範囲で、取れる時間で、出来ないことだらけの中で、それでも、私はとても楽しかった。

 それが、私と圭の最初。

 そして、最後。

 一週間後に病院に行ったら、病室には誰もいなかった。やんわりとはぐらかすような表現で奏志の病死を看護師から聞いて――――もう会えないのだと、一緒に遊べないのだと、病棟で大泣きして大勢の人に迷惑をかけた。

 それっきり会えず仕舞いで、次に出会ったのは十年後の飛行機の中。

 隣の席に座って、どこかで会ったような不思議な感覚がずっとしていて、死に際の走馬燈で垣間見た幼い出会いと小さな思い出。

 何というか、運命みたいな物を感じた。

 たった一人で逝くのではなく、昔会った良い人と逝ける。逝った先でも一緒になれる機会に恵まれ、キサンディアも巻き込んで圭とヴィラの間に隙あらば自分を捻じ込んだ。色々プランも立てて、服装も仕草も工夫して、女のアプローチも積極的にして、でも、結局実は結んでいない。

 手を出してもらえていない。

 しかも、キサンディアに当分の禁止令まで出され、こっちから押し倒そうとしても巫女達が邪魔をして遂げられない。私の初恋は育てても育てても実りに至らず、不安しか感じられなくて潰れてしまいそう……。

 家族って何?

 どういう意味?


「直接訊いてみたらどうだ? 私の事をどう思っているのか、とな。きっと良い返事が返ってくる」

「ハァ…………なんかフラグになりそうだからやめとく。とりあえず、さっさとクルングルームを落としましょ。終わったらしなずちの寝起きを搾り取るから手伝って」

「私とシムナも便乗させてくれ。一人五回ずつで手を――――ん?」


 レスティは途中で言葉を止め、骸骨馬を減速させて馬車を停めた。

 景色のずっと向こう、地平線というより木々と空の境目をじっと見つめている。

 一体何なのか。私も目を凝らそうとすると、レスティは大急ぎで骸骨馬を操って馬車を木々の間に隠した。酷く焦った様子に、ただ事ではないと私はシムナを呼ぼうと口を開く。


(静かにっ!)

(むぐっ!?)


 必死な表情のレスティに開けた口を塞がれ、馬車の床に押さえ付けられた。

 異常な事態を想定して言う通り、動かず音を立てず息をひそめる。何かが羽ばたく音が少しずつ少しずつ近付いて大きくなり、段々と段々と段々と―――などというには大きくなり過ぎだ。

 先程まで囁きすらしていなかった木々の枝が風に煽られ、嵐のようなうねりを見せる。

 地響きのような爆音と共に、大本の原因は緑の天井の向こうを高速で通り過ぎた。そのたった一瞬に、生物的な本能が極大の警鐘を鳴らして響かせ汗を噴かせる。

 心拍数が上がり、恐怖が意識の大半を占める。

 レスティに口を塞がれていなければ悲鳴を上げていただろう。そのくらい、アレの存在は私に比べて、比べられない程に強大な脅威だった。


「………………もう良いか」


 数秒か数十秒か、風と音が収まって気配が消え去る。

 レスティに口を放されてしかし、恐怖で足が震えて立ち上がれない。

 情けなく座り込んだまま、徐々に大きくなっていく焦燥感が私の心を焼いて痛めつけた。


「レスティ、アレは何!? この世界では魔王が最強の存在じゃないの!? あんな規格外、何で今まで出てこなかったの!?」

「詳しい話は後だ。主に奴の飛来を伝えないとならない。ノーラは女神を経由して主と連絡が取れるのだろう? これから言う事を急いで伝えてくれ」


 パニックになった私をレスティは宥め、落ち着かせる。

 精神魔術でも使ったのか、視線を交わすとさっきまでの混乱と焦燥感はすっと静まっていく。呼吸と意識を正常に戻し、私はキサンディアを経由してヴィラ、しなずちへと通信ラインを繋げた。

 向こうはまだ接触していないらしく、のんびりとした声が耳に届く。

 良かった、まだ間に合う。

 ホッとする間もなく、ラインの延長をレスティにも渡した。私を経由するより、直接伝えた方が良い。その方が手早く、正確に情報が伝えられる。


「主。アギラにアーカンソーが向かっている。詳しい事はラスティに訊け。ただ、戦おうとはするな。奴に勝てる存在はこの世界にはいない。奴は―――」


 続く言葉に、私の全身から血の気が引いた。

 座ったまま倒れそうになり、いつの間にか横にいたシムナが私を抱き留め、支えてくれる。

 何で……何で、そんな奴がもう現れるのよ。

 まだ一年よ? この世界への侵略を初めて一年。それなりに攻め落としたけど、まだまだ序盤戦。これから少しずつ経験を積んでいって、大きな国をいくつも落として、最終的にそんな奴と戦って勝ってハッピーエンドが王道の筈でしょ?

 何で、今、そんな奴が、どうして―――?


『奴は、ホーリードラゴンだ』


 ―――ドラゴン属の最強種なんて現れるの?
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