しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第18話 それぞれの誓い

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 暗く、暗く、暗い部屋の中で光の板を見ながら爪を噛む。

 映し出されているのは城塞都市アギラの現状だ。

 人口二万三千人に対し、死者五百、負傷者二千三百、行方不明者五、家屋損壊多数、延焼継続中。

 拙い。非常に拙い。

 まず痛手だったのは、王の依代の資格を持つ領主が真っ先に殺害された事。すぐに領主の息子に権限を移して都市内の混乱を収めたものの、その僅か十数分の間に出た被害は甚大な物だった。

 死者の殆どは防衛隊の正規兵と魔獣狩りの狩人達。怪我人は一般市民が主で、働き盛りの年齢層が多い。

 行方不明者は次期勇者候補のパーティに、それなりの実力を持つ狩人部隊の面々……。

 都市の戦力と生産力をごっそり持っていかれた。

 しかも、大量の怪我人を残す事で治療の手間を増やし、こちらのリソースを奪いに来ている。既に王都ギュンドラから薬や医者、治療術師を安全なルートで派遣しているが、敵も想定の範囲内だろう。

 おそらく、次の手として増援や救援部隊の各個撃破を狙ってくる。


「……ミュウの氏族は敵に取り込まれた、か。全員ではないにせよ、ダークエルフ部隊のゲリラ戦法とか、厄介極まりないな」


 俺は光の板の端に指を這わせる。

 仲間全員が生きていた頃に撮影した、最初で最後の集合写真。みんな若々しく、俺も転生一回目の青二才だった。

 数と質で勝る敵に少ない手勢で斬り込み、命からがら生き延びる日々。

 ユーゴとアンダルを中心に敵部隊を端から削り、主力を吊り出したら雑魚をアーカンソーが蹂躙する。俺の拙い指揮に皆命を懸けてくれ、誰も死なないようにと寝る間を惜しんで戦術と戦略の勉強をした。


「―――そうだ。どっかで見たと思ったんだ」


 改めて、敵の動きを分析する。

 魔王とソフィアの戦いをきっかけに敵は動き、全ての部隊が短時間で戦いを切上げて撤退を始めた。それを防衛隊は追い、魔王周りの中央が空く。そこに敵主力のしなずちが乱入し、アギラ領主力と魔王を屠っている。

 昔の俺に似ている。

 出来るだけ仲間の危険を少なくしつつ、稼げる戦果は稼ぐ所。

 奇襲、ヒット&アウェイ、主力一に対し主力三で当たる等、徹底して自分たちの有利を積み重ねていく所。

 良くも悪くも、より安全な策を優先する所。

 敵の指揮官はまだ青い。戦で失われる命に恐怖し、自らを危険にさらす。そこを押さえれば次の手を予想出来、対策する事も難しくない。

 兵の質はこちらが劣る。だが、そんなのはいつもの事だ。

 しなずちの弱点が王蛇の毒だけでない事も良い材料。植物魔術はミュウが大勢弟子を取ったおかげで使い手に困らない。

 徐々に、敵の喉元が近づいてくるのを感じる。

 あと少し。あと少しで食い破れる。


「待ってろよ、ミュウ。必ず……必ず助けるからなっ」


 別枠の板に表示されるたった一つの情報―――ミュウの生存情報に、俺は強く誓いを立てた。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「―――以上が現在のアギラの状況となります」


 守り蛇を束ねてログハウスのように重ねた屋敷の中で、ノーラは二人と四柱分の幻影を相手に説明を終えた。

 窓の隙間から暁の光が漏れ入り、私達の姿を照らす。昨夜遅くに始まった会議は思いの外長引き、もう朝になっていたようだ。

 ノーラの目の下には隈が出来ていて、髪はボサボサの荒れ放題。疲労が色濃く出ていて痛々しく思う。

 キサンディアの幻影が、私に厳しい視線を送る。

 しっかりノーラの面倒を見ろとのお達しだ。ヴィラに助けを求めるが、同じ女として思う所があるのか、困った顔をしてノーラを指差した。

 味方はいないか。さっさと終わらせて休ませよう。


「アギラ領の戦力漸減、補給地点としての効率低下、領主の殺害、魔王の籠絡――――第三軍の進軍は最早容易いでしょう。第一軍の進軍とクルングルーム領の勇者部隊挟撃作戦の発動を提案します」

『しなずちの言う通りですね。アーウェル、クロスサ、それで良いですか?』

『了承するわ』

『同じく。アガタ、すぐ準備』


 嬉しそうな顔で二柱の女神が首肯する。

 後に控える団長達に指示を与え、ダイキとアガタはすぐその場を後にした。アーウェル達もそれに続き、キサンディアとヴィラ、私とノーラの二柱二人が残される。

 もう限界とばかりにノーラがフラフラしだした。

 普通の戦いなら数日くらい問題ない程度には鍛えているが、今回は魔王との邂逅という特別キツイ現場に遭遇した。精神的な消耗は重く、肉体にまで波及している。むしろ、よく今まで耐えたと讃えるべきだろう。

 私は守り蛇を一匹呼び出し、ウォーターベッドならぬブラッドベッドを一人分用意する。


「ノーラ、先に休め。指揮と警戒は私がやっておく」

「あーうんよろしく。キサンディアごめんね、さきにねむいねむるきゅー…………」


 ベッドに倒れ込むと、ノーラは健やかな寝息を立て始めた。

 表情は穏やかで満ち足りており、起きるまで起こさないでおこうと心に留め置く。

 だが、私はもう少し働かないと。


「キサンディア様。今後の方針はいかがなさいますか?」

『と、いうと?』

「ギュンドラ王国の侵攻を第一軍と第三軍に全面的に引き継ぐかどうか」

『そうですね…………逆に訊きますが、第一軍と第三軍の連合軍でギュンドラ王国の打倒は可能ですか?』


 キサンディアの問いに、私はこれまで出会った戦力を思い浮かべる。

 勇者ガイズ。

 単体なら平の尖兵と同程度で、団長クラスなら一対一で九割勝てる。

 ただ、パーティとして動いた場合は未知数だ。一緒にいた女魔術師は魔力の質が高く、あのクラスが数人と考えると苦戦は必至。ダイキかアガタかが当たる必要があり、相性的には技巧派のアガタが良いだろうと思う。

 確実に一人一人削り落とし、最後もきっちり決めてくれる。そんな姿しか想像できない。

 こっちは大丈夫だ。

 次は、クルングルームで襲撃してきたヴァンパイア。

 こちらはアガタと相性が悪い。どちらも技巧派で、技とスピードは互角だが、あちらは不死性を持つ上に種族特有の能力がある。同じ不死の私と何度もやりあったダイキの方が、油断無く殺し切ってくれるだろう。

 うん、こっちも大丈夫だ。

 後は……ミュウ、か。


「黒百合のミュウ―――ギュンドラ王国建国の英雄パーティが健在かどうか。それによって変わってくるかと」

『確か、王国建国は五百年前でしたね。ですが、ダークエルフのミュウでもかなりの高齢です。他の種族の者達が生きている可能性は低いでしょう。子孫への警戒は必要ですが……』

「調査が必要でしょうか?」

『そう―――いえ、不要です。もしするとしても、それは私達がやるべき事ではありません。第一と第三軍の管轄です。ね、ヴィラ』


 キサンディアから話題を振られたヴィラは、『当たり前だ』と不機嫌に返した。

 会議の間は努めて平静にいたようだが、私達だけになった途端に不満気な表情に急に変わった。

 椅子の腕置きを指で叩き、視線はずっと私に向いている。眼光は鋭く、獲物を求める飢餓状態の狼を思わせる。

 禁断症状が出始めている。

 ヴィラは私と一定期間離れると、次第に不機嫌になっていく傾向があるのだ。

 寝起きの髪を私に梳かせ、一緒に畑に野菜を取りに行き、朝食は互いに食べ合わせ、巫女との打ち合わせの時は後ろから私にべったり抱き着く。

 その、彼女にとっての普通で当然の事が出来ない不満が、私の遠征中に徐々に溜まっていく。

 最終的には爆発するのだろうと思うが、ヴィラにとっての苦痛は私にとっても苦痛。検証しようとは欠片も思わず、しかし、彼女は渡した考えている以上に辛抱強く耐えていた

 
 私は、自分自身を恥じる。

 何が尖兵か、と。彼女の辛さをわかっていなかった癖に、何を粋がっているのかと。

 沸々と怒りが込み上がる。

 ヴィラへの申し訳なさに視線を直視できず、私は顔を俯かせて強く歯噛みした。


『……しなずち? 確かにヴィラは貴方が傍にいない事が苦痛ですけれど、今感じているのは別の物です。思い悩む必要はありませんよ?』

「?」

『ヴィラ。教えてあげたら?』

『むぅぅぅぅ…………』


 ますます不機嫌さを増して、ヴィラはそっぽを向く。

 その反応に、キサンディアは背後に回って両手で頭を押さえつけ、無理やり私の方に向かせた。力づくで抵抗しているのか、押さえられている頭と押さえつけている手がプルプルプルプル震えている。


『どうせ今朝のベーコンエッグを黒焦げにしたのを気にして、しなずちが帰ってきたら自分に愛想を尽かさないか不安になってるだけでしょう!? 意地を張ってないで彼氏をもっと頼りなさい!』

『いぃぃやぁぁぁだぁぁぁぁっ!』

『ならさっさと素直になりなさい! いい加減にしないと、私がしなずちを貰いますよ!?』

『よし、戦争だキサンディア。第四軍は第二軍に対し宣戦を布告するぞ』

『良いでしょう。半熟目玉焼きの十本勝負、成功数が多い方が勝ちという事で』

『キサンディア。第四軍の支配域は食料関係は豊かだ。しかし、食べ物を粗末にするのは良くない。良くないな』

『しなずちの遠征の度に家事を教わりに来ている駄女神にしては、随分立派な言い訳ですね? ああ、しなずち。これまで貴方の遠征で不機嫌になってたのは、教わっても教わっても教わっても一向に家事が上手くならない自分に嫌気がさしているだけですよ。貴方と同じ自己嫌悪。本当に全く、どうしてここまで似た者同士で、なんでまだ子供がいないのですか? ヴィラ、貴女手を繋いで一緒に寝ていれば赤ちゃんが出来ると思ってる? この世界にはコウノトリはいませんよ?』

『…………毎晩十回は注いでもらってる』

『………………………………ケダモノ』


 何とも言えない、呆れとも侮蔑とも取れる一言が私に投げられた。

 だが待ってほしい。繁栄の女神と、その加護を受けた尖兵だ。そっちに秀でていて当然だろう。むしろ、巫女達の分を残す為に回数を抑えているのだから、絶対零度とまでいかないまでも冷たすぎる瞳を向けないでほしい。

 ナニかに目覚めたらどうしてくれる。

 私の狼狽を感じ取ったのか、キサンディアは途方もなく大きなため息を吐いた。

 肺の中の空気を全部吐き出して、まだ追加で出すような大きさ。次いで軽蔑と軽蔑を重ねて重ねて、織り交ぜた暗い視線で私を射抜く。


『…………第一軍との挟撃作戦は第二軍が行います。第四軍はギュンドラ軍の増援阻止の為、アギラ領に布陣していてください』

「りょ、了解しました」

『それと、私の許可なしにノーラに手を出さない事っ! 少なくとも一年は安定した生活が送れるようになるまで絶対許しません! 新しく入った巫女達に全部吐き出して間違いを起こさないように!』


 捲くし立てるように言い捨て、キサンディアも退出していく。

 普段の優雅な物腰とはかけ離れた、大股のヅカヅカとした早歩きは彼女の心情を表しているようだった。

 匂いが嗅げれば、もっと詳細にわかったのに。少し残念に思う。


『…………しなずち』


 残された私達は、互いの顔を見合って、少し笑った。

 失敗しても、すれ違っても、誤解しても、愛し合っている事が嬉しかった。

 安堵から、情けなさから涙が出る。

 幻影の彼女は私に近づき、涙を拭おうとして拭えなかった。半透明の身体はこちらの何も触れず、掴めず、留められず、見ている事しかできない。


『触れられないと気が狂いそうだ。早く戻ってきてくれ』

「ああ。約束する」


 私は、目尻の涙を自分で拭った。
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