しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第14話 勇者を探す魔王

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 ――――しなずちの黒百合の里襲撃から三日後。



 「おまちどうさま」と、エールを注がれた冷たいグラスジョッキが目の前に置かれる。

 人の頭と同じくらい大きなそれは、他の国と違い、細かく白い泡がシュワシュワと上に溜まっている。泡の下には黄金色の泡酒が満たされ、一度口をつけると、特有の苦みと爽快な刺激がはじけた。

 この苦みが苦手だと忌避する者が多いと聞く。

 だが、その者達はこれを知らないからそんな事を言うのだろう。

 先にテーブルに届いていた豚挽肉の腸詰に目を向ける。

 焼き、茹で、蒸しの三種類で調理された盛り合わせ。

 皮が少し焦げた焼きに、テカテカの光沢が輝く茹で、同じ釜に入れられたハーブが香る蒸し。どれが好きかと問われれば、どれも好きだと答えよう。

 焼いた皮の焦げは香ばしさの証。破けた皮から脂が抜け、パリパリの薄皮と肉々しい肉が混ざりあう。

 固さと柔らかさ、苦みとうまみ、塩気が小刻みなリズムで舌を刺激し、個別に理解できなくなって、ただ美味いとしかわからなくなる。

 そしてエールを一口。

 口内に残る肉の味がシュワシュワによって浮き上がり、苦みと合わさって別の一品を食した気分になれる。実に良い。

 次は茹でだ。

 フォークで突き刺すと、パキュッと勢いよく肉汁と脂が噴き出た。

 急いで、かつ丁寧に口に運び、一本の半分だけを噛み切る。抵抗し、屈し、中の美味をぶちまける、まるで攻城戦のような感覚が私は好きだ。

 もう半分も口に放り込み、一本に使われた肉のスープが私の舌をひたひたに浸す。ぐるりと舌を回すと肉と脂のうまみが混ざり合い、両側に供を侍らせて入浴しているような錯覚を覚える。

 そしてエールを一口。

 シュワシュワが肉と脂を浮き上がらせ、また苦みと合わさる。焼きとはまた異なる濃厚な味わいが口全体を蹂躙し、喉に向かって流れていく。

 さあ、最後は蒸しだ。

 茹でと変わらないだろうと知らぬ者は侮る。

 違うのだ。蒸す際にハーブや香味料を一緒に入れて蒸気を密閉すると、腸詰にその香りが移る。元々臭み消しにセージの葉が練り込んであるが、大のセージ好きは調理法を蒸しにした上でセージを蒸し器に放り込む。

 茹でと同じように半分だけ噛み切ると、噴き出した脂と肉汁が爽やかな苦みでスッキリした味わいに変わる。昔、肉の脂を苦手とした大貴族の娘が、この調理法を知って腸詰嫌いを克服できたという逸話もある。

 そしてエールを一口。

 肉の味が爽やかに感じられる、ある種異質な味と言えよう。肉好きには物足りないかもしれないが、脂特有のくどさがない。私はこの後味が特に好きだ。


「レスティ様、いい加減ブロフフォス領にお戻りください」


 対面する武人然とした男の声に、私は口からジョッキを離した。

 無粋な男の名はレンダール・ギュオン・アギラと言い、卑しくもこのアギラ領を統治する一族の長だ。

 魔獣狩りで名を馳せ、民の信頼は厚い。しかし、人探しで窮し、冒険者酒場で寂しく晩酌をする私にさっさと戦場に戻れと言う冷酷漢でもある。

 私は彼から目をそらすと、腸詰を一本口に放り込み、残っていたエールを一気に呷った。

 ウェイトレスに追加のエールを注文し、優先でとチップを握らせる。

 少し多めに渡したからか、ウェイトレスは嬉しそうに小走りで厨房へと戻っていった。


「私は私の目的で北進して『いた』。そしてもうその必要はない」

「納得いく説明は頂けますか?」

「そこら中に張り紙があるだろう?」


 店の壁に張り出されている賞金首の人相書きにフォークを向ける。

 美しく長く伸ばした黒髪を安物の髪留めで束ね、美形で端正な顔立ちをキリッと凛々しく引き締めた美女が描かれている。

 私と戦った時と同じ頃の物だろう。問題は、似顔絵に付されている内容。

 『魔物に魂を捧げた』

 『六英雄を手にかけた悪魔の手先』

 『生死を問わず、賞金金貨三千枚』

 『売国勇者ソフィア』


「ソフィアの救出が私の目的だった。そのソフィアがこのアギラ領を目指していると三日前に知らされて、二日前に賞金首の手配書が出回った。だから確認の為にこうして探し回っているわけだ」

「ブロフフォス領の領主一族として、民を守る責務はどうなさいました?」

「『元』領主一族だ。今の領主は私達から領主の座を奪い去った簒奪者の末裔。そしてその庇護下で安寧を享受する民は、もう私の守る民ではない」


 もう数百年経つ古傷を抉られ、私は少し感情的に返した。

 あの当時の私は、民を守る為に日々研鑚を積んでいた。剣に魔術、軍団指揮、医術等々。様々な修練と知識の蓄積に寝る間も惜しんで努力していた。

 それを、父の側近であった男は禁忌への接触を図っているとうわさを流布し、民を扇動して私達一族を失脚させ、自分がその後釜に着いたのだ。

 父と母は領外に放逐される事になったが証拠隠滅の為に殺され、私は『もう接触していた』禁忌と取引をして魔王となり、死ねない体となった。

 最初の数十年は当てもなく旅をした。

 路銀が無くなると冒険者や盗賊の真似事をして稼ぎ、魔王という肩書に寄ってくる魔族共を適当に侍らせ、必死に勉強した軍団指揮を活用してブロフフォス領に攻め込みもした。

 勇者やら英雄やらとも戦い、最終的には私の境遇を慮った当時のギュンドラ王が、仇の男を差し出して丸く収まった。

 いや、そんな事はもういい。

 もう過ぎた事だし、あの男は凄惨に殺してやったのだ。

 意識ある植物に変えて寄生虫に徐々に体液を吸わせ、長期間風雨に晒して衰弱させ、最後は端から炭火を押し付けてゆっくりゆっくり火あぶりにしてやった。

 愚かな民も、魔王として領を襲う事で報いを受けさせている。

 女神軍の侵攻も放っておいて良かったが、ソフィアの事が気掛かりで、結果的に守ってしまっただけの話。

 だから、あそこはもういい。


「レンダール殿も気を付けると良い。敵はどこにでもいる。知らぬ間に懐に入り込んで何食わぬ顔で非道を行う。後に残るのは後悔と虚無感だ」

「ご忠告は頂きましょう。ですが、民は別でしょう? 貴女様を追いやった民はもうおりません。当時を知らず、懸命に働き、家族と領と国を支える民達に罪はありません。もう怒りを解いても良い頃ではありませんか?」

「そう簡単なものではないな。復讐も怒りも私達家族の絆だ。父と母に向けられた不義は、私が生きる限り私を縛る。解放されたければ私を滅すれば良い。まぁ現状、それを期待できるのはソフィアだけなのだがな」

「むぅ……」


 レンダール殿は難しい顔で自身の顎鬚を撫でた。

 彼も、彼に仕える従者達も相当の使い手だ。前衛の剣士が二人、弓矢を使う後衛が一人、魔術師が三人、そして特に強大な魔力を持った少年が一人。

 客に紛れているものの、本職でない上にこちらをしきりに気にしていることからすぐわかった。

 私を刺激しないように、それでいて主君を守るために。

 だが、私の命を脅かすほどにはなれない。至れない。

 まず血生臭い戦場の経験が足りない。戦いにおける非情の意味を理解していない。人同士の殺し合いの狂気に欠片も染まった跡がない。

 全く足りない。


「……あの少年は勇者候補か?」

「さすがにわかりますか。ええ、我が領一番の有望株です。名はザンギッド・エイファー」

「魔剣の勇者グランギッド・エイファーの息子か。なかなか良い魔力をしているが、真面目過ぎるな。まだ早いかもだが、女の一人も経験させたらどうだ? 確か、今のギュンドラ王も同じくらいの歳だった筈だが、もう何人か孕ませていると聞くぞ?」

「陛下の悪癖を見習う必要はありません。そもそも、世継ぎを作ることは国を治める者として当然の義務なのです。彼は彼なりに女性との付き合い方を覚えていけば良い」

「そうかそうか。少年、女に下手に嵌って騙されるな。特に魔術師には気を付けろ。強い魔力を持つ者の精は魔術触媒として高値で取引される。君ほどなら、このジョッキ一杯分で上級奴隷の十人は買えるだろう」

 私の言葉に、ザンギッドと呼ばれた少年は顔を真っ赤に染めてそっぽを向いた。

 隣に座る剣士の一人が頭をポンポン叩き、今度娼館に連れて行ってやるよと笑いかけている。兄貴分なのか、少年は恥ずかしがりながらも満更でもないようだ。

 そしてそれを、別のテーブルの女魔術師が頬を膨らませて睨み付けていた。

 年下好きか。業の深い事だが、きちんと愛を育んでくれる事を祈ろう。

 ――――カランカランッ。


「いらっしゃいませ! そちらのテーブルへどうぞ!」


 店のドアが開き、新しい客が入ってきた。

 こんな夜更けだというのに女の二人連れ。しかもかなりの美女だ。

 店内の男も女も、その二人に釘付けになった。ジョッキを持ったまま固まって動かなくなる者、二人の扇情的な服装に目が離せない者、恥ずかしくてお盆や指で顔を隠して隙間から覗き見る者等々。

 私は堂々と、じっくり観察した。

 一人はブロンドの長髪で、少ない布地の上着で乳房の先端からいくらかだけを隠し、首と背中に回した紐で支えている。

 谷間も横も下も丸見えだ。だが、布は上等で丈夫な代物らしく、娼婦達が着るような肌が透けて見える類のものではない。

 他国の文化にこういう服があると聞いたことがあるものの、それは南の隣国よりもっと南の国の筈。この国で見る機会はまずない。

 もう一人は黒の長髪で、腰まで長い髪を束ねもせず風に乗せていた。

 歩く度にふわっと舞い、その美しさに吸い込まれるような錯覚さえ覚える。また、薄い一枚の血色の羽衣が上と下の大きな魅力を覆っているのに、逆にその形と大きさを強調する結果となっていた。

 衣の上からでも、彼女の持つ『女』がわかる。

 さっきの少年も呆けるように見つめていて、一目惚れしたかのように頬を赤く染めている。

 しかし、しかしだ。この二人、特に黒髪の女からは危険な何かを感じた。

 武器を持たず、衣の張り方から仕込みもない。それなのに何故、こんなにも嫌な予感がするのか。

 どこかで会ったのか?

 こんな不安な気分にさせる者を忘れるものか?

 いやいやいや、私が何かを見落としている。きっとそうだ。そうに違いない。

 記憶の検索と思考の堂々巡りをしていると、女と私の目が合った。女は少し驚いた表情を浮かべ――――お前はそこまで女らしかったかと、別の疑問が頭を過ぎる。


「ソフィ……ア?」

「久しいな、レスティ。そちらはアギラ領領主レンダール侯爵か。お初にお目にかかる。我が名はシムナ。以前はソフィアの名で勇者をしていたが、この度、我が主しなずち様の命により――――」


 フッとソフィアの姿が消えた。

 違う。動きの緩急が激しすぎて捉え切れなかった。

 気づけば私の隣に立ち、袖の羽衣が刃のように鋭く伸びて振り抜かれている。視線は、振った先、斬った先に向いており、私もそちらに目を向けた。


「アギラ領を贄とします」


 レンダールの首が胴と離され、宙を飛んでいた。
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