しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第12話 捕食者と捕食者

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 私が血液をばらまくと、ミュウは急いで距離を取った。

 彼女は後衛の魔術師だろうから、模範的な正解と言えるだろう。ただし、その間こそが私にとって重要な時間で、染み入った血により半径数百メートルを『私の領域』へ作り変える。

 最早、一流の前衛職であっても近付けばただでは済まない。


「守り蛇の目、栄え給う、茂り給う」


 お気に入りの術を詠唱し、水面のように大地に波紋が広がる。

 大きく一つ、次に四つ、更に八つ、六十四を経て二百と九十。

 波紋が収まると、水面全体に五百八十の目が開いた。

 まるで召喚されたかのように二百九十匹の血の大蛇が生まれ、外敵を警戒するよう目を光らせる。一匹が離れたミュウに気付き、残りの全ても同じ方に向く。


「長っ!」


 里の奥からダークエルフ達が飛び出してくる。

 もう武器を持っている事が気にかかったが、それに関してはユーリカが答えを耳打ちしてくれた。ミュウは王の依代。王の代わりに現地で采配を揮う指揮官として、王の能力に組み込まれている、と。


「彼女の管理下は王の管理下に等しい。リソースの管理は常に完璧で、戦術は部隊ではなく、里全体で行える、と」


 思わず笑みが零れる。

 将来的にギュンドラ王とは戦う事になる。小規模ではあるが、このダークエルフの里は予行練習にぴったりだ。

 あちらはこちらを殺し切れる可能性を持っているし、こちらの戦力はあちらを『圧倒出来る』。

 どう転ぶかわからない点で、私達は対等と言えるだろう。いや、こちらは出来る限り殺さないという縛りがあるから、あちらが微有利と言った所か。


「面白い」


 前方の蛇三十匹をミュウの追撃に向かわせる。

 両サイドからも四十ずつ回り込ませ、とにかく物量で押していく。数自体はほぼ一緒で、どう捌くのかを見せてもらおう。

 家々の影や屋根が青く光る。

 幾本もの氷の刃が生成され、三方の蛇達に放たれる。然程速いとも言えないそれを蛇達は容易く躱し、全ての刃は地に落ちた

 突如、刃の周りから地面が凍る。

 狙いは元から蛇達の根元だった。避けようがない攻撃に鳴き声を上げる間もなく、百十の蛇が氷と化した。


「っ!」


 今度は向こうから反撃が来る。

 風と火の魔術を篭めた矢の嵐。纏う風が速度と飛距離を伸ばし、一つ残らず蛇達の頭に刺さって爆裂した。

 凍り付いた血が飛び散り、辺りを染める。

 私達にも盛大にかかり、私は失った腕を再構築して、ユーリカの顔から血を拭き取った。こっちも拭ってほしいと胸元を開けられ、そちらは舌を伸ばして舐めて吸い取る。

 ここまでやれるのか。

 だが、まだ足りない。

 この程度なら、ノーラもシムナも『単身』でやってのける。


「栄え給う、茂り給う」


 私の言葉に、また波紋が広がった。

 向こうは最初のそれを観察していたのだろう。氷魔術が断続的に放たれ、血を含む大地がどんどん凍っていく。

 蛇達も凍り、あれだけいた数がもう数十にまで減っていた。

 そしてすぐゼロになり、辺りは凍った蛇の群れのオブジェと化す。


「大量の血液で植物魔術を誘い、成長した大樹を目くらましにするつもりだったのでしょう? 貴方に王蛇の毒以外にも弱点があった事は収穫だったけれど、運用面で確実でないから、凍らせてから撃ち込むことにしたわ」


 遠くでミュウが話している。

 もう勝利宣言を? この程度で勝ったと思うのか? この程度が絶望的な状況と? こんな程度を敗北とみなすのか?

 こんな『下準備の段階』で?


「舐めるな、ヒト風情が」


 私は、本命となる血溜まりを叩き起こす。

 彼ら前衛を越えた後方で、大勢の悲鳴が上がった。ミュウ達は振り返り、たった今凍らせ切った蛇の群れが突如里のそこかしこから現れ、住民達を丸呑みにしている光景を目の当たりにする。

 水属性だけなら、その戦術で良かっただろう。

 だが、私は地属性も持つ。初回の術の起動で、里の地下全体に血の脈を通していた。二回目の起動はその脈から守り蛇を生み出し、かつ里の周囲を覆うレベルで血脈を広げている。

 そして、三度目の起動。


「栄え給う、茂り給う」


 里の内と外、半径一キロに数千の大蛇の群れが現れた。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 自分は本当に正気なのか、今眼前に広がる光景に私は自身の心と精神を疑った。

 得体の知れない敵。

 血液を撒いたのは、それを媒介に何かをするのだろうと予想した。属性もある程度推測出来、水と生命が本命。次点で毒や腐食と当たりを付ける。

 少ない情報を数百年の経験に通して咀嚼し、氷で凍らせ、爆発で怯ませ、またその間に凍らせる戦法を皆に伝えて叩きこむ。

 そして最後は、意外にも特に効果があった植物魔術。

 遠くから種子を撃ち込んで、アレを餌に大樹が生まれて終わり。

 そう思っていた。

 確信していた。

 それがどうだ。アレは私の経験と知略を出し抜いて、里全体を覆う蛇の群れを生み出した。

 まだ戦えない子供が一人、また一人と呑まれていき、それを助けようとする母親が別の蛇に呑まれる。戦える者達もパニックを起こし、救助か戦闘か冷静な判断が出来ていない。

 一匹の頭を飛ばすと横か背後から一人が呑まれ、また一匹を凍らせると別の一匹が大きな口で獲物に襲い掛かる。

 こんなものが、こんなものが戦いなものか。

 ただの捕食だ。

 より強い生き物が弱い生き物を糧とする、弱肉強食の現れだ。


「円陣を組み、互いの背中を守りなさい! 戦える者は外に、戦えない者と後衛職は内側に!」


 生き残っている者達に指示を出しつつ、私も場所の近い者達と背中合わせになる。

 正面から迫る蛇の群れに、短い詠唱で起動できる風魔術を間断なく二十放つ。いくつかは外れたが、蛇達の頭は一つ残らず地に落ちた。

 チラリと横を見ると、他の者達も同様に対処できているようだ。

 頭を吹き飛ばされたり、全身を凍らせられたり、土の槍に貫かれたりと、周囲数十メートル内に生きている蛇はいない。全て力なく地面に横たわり、しばしの時間で構成していた血液に戻って地を染めた。

 四百年前を思い出す。

 あの時はゾンビの群れだった。

 魔王レスティとの戦争中、敵の占領地に取り残された友軍を助けようと仲間達と赴き、ギンタの指揮で盛大に無茶をやった。

 アーカンソーの光のブレスで薙ぎ払い、アンダルの大鎌で数百体を一度に刈り取り、ユーゴの守護で私が魔術を完成させた。


「黒は地に降り、根を張り、吸い上げ、背を高く高く高く咲き誇る。汝は百合。私の百合。私の為に咲き、裂き、割き、散らして散らして散りなさい」


 簡易詠唱で魔術を起動する。

 私達の足元から芽が生えた。芽はすぐ土壌の栄養を吸って成長し、太い根と茎が地面を隆起させる。その勢いで第二陣の蛇達は弾き飛ばされ、掴み取られ、潰され、裂かれ、ただの赤い染みと化して散る。

 こうなったらもう、私達の勝ちだ。

 この魔術『黒百合』は、術者とその仲間以外を殲滅するまで栄養の簒奪と成長を続ける。いくら大蛇が数千いた所で、数万の兵を屠るこの魔術の前には何の役にも立たない。

 成長を終えた茎に乗って、私は周囲を見渡した。

 あの男はともかく、ユーリカは無事だろうか。

 契約の破棄については南の同盟国に専門家がいる。ギンタを経由して助力を頼もう。桜の葉の塩漬けを送れば、大抵の事は引き受けてくれるとユーゴが言っていた。

 急ぎたい所ではあるが、焦ることは――――。


『栄え給う、茂り給う』

「――――え?」


 どこからともなく響いた声と共に、黒百合の脈動が停止する。

 いや、停止したのではない。

 根や茎に赤い筋が通り、本来の流れに逆らっている。幾つも幾つも幾つも幾つも、それらは周囲の栄養を吸って急激に太く大きくなり、代わりに黒百合が枯れて枯れて枯れて枯死していった。

 馬鹿な、と私は自分の目を疑った。

 生命の捕食者として設計された私の切り札が、食した栄養を奪われ、逆に捕食されている。

 万のゾンビすら喰らい尽し、王国を襲う軍勢を食い散らかし、私達の安寧を作り上げた私の黒百合がっ。

 ブチィッ!という音と共に、枯死した黒百合から何かが這い出た。

 血色の大蛇だ。

 先ほど私達が散らした大蛇が、黒百合の中から生まれ出た。そこかしこから、今度は数千どころではなく万の規模で。

 私は、その場にへたり込んだ。

 黒百合を唱える事は出来るが、この地にはもう成長させる為の栄養がない。本来は黒百合が散って大地に還る事で栄養を還すのだが、あの大蛇共が全部持って行ってしまった。

 生き残った者達が円陣を組み直し、大蛇の群れに対抗しだした。

 だが、彼らはもう相当量の魔力を消費している。千や二千は返せるだろうが、万の相手は絶望的だ。

 ぷつんっと、私の中で何かが切れた。

 私は、もう死ぬのだ。

 あの蛇に食べられて、ゆっくりと溶かされて死ぬのだ。

 みんな一緒に、みんな一緒に、みんないっしょにみんないっしょにみんないっしょニミンナイッショニミンナイッショニミンナイッショニミンナイッショニミンナイッショニ――――。


「期待外れだな。殺し切る手段を持っていながら戦意を手放すなんて。絶望的な状況を勝利のチャンスに変えるのが英雄だろう?」


 かろうじて保っていた心に亀裂が入る。

 恐怖を以って振り返ると、あの男が背後に立っていた。返り血だらけのユーリカを抱きかかえ、ユーリカはユーリカで周りの状況を楽しそうに笑っている。


「何者、なの……?」

「名乗りもせずに、二度も私に名乗らせるのか? まあ良い。それ以上心を壊されると戻れなくなる」


 男は近くの蛇を招き寄せ、私に仕向けた。

 大きな、とても大きな口が私を頭から食べようとしている。その速さはとてもゆっくりで、今まで生きてきた記憶が頭に過っていく。

 ダークエルフの両親から神童と言われ、大事に育てられた日々。

 前世の記憶を持つ仲間と初めて出会った時。

 こちらで出来た仲間を失った夜。

 密かに想っていた人が結婚した酒宴の席。

 不器用な言葉で愛を叫ばれた刹那。

 あっ、あなた、いつもいたんだ。

 いつも、私を見ていてくれたんだ。

 何で気づかなかったんだろう?

 でも、ごめんね。

 私、もう死んじゃうから。

 たべられて、しんじゃうから。

 ごめんね。

 またらいせであえたら、つきあってあげる。

 ごめんね。

 ごめんね。ごめん。ごめんなさい。


「ギンタ…………」
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