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第2話 勇者が頼る元勇者

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 高く聳える城壁の外で、俺は串焼きの屋台に並んでいた。

 宿舎で出る飯はうまいし、量も多いが、食える時間は決まっている。

 それ以外で腹が減ったら専ら飯屋か屋台で、どっちが良いかは俺達の間でも喧嘩の種だった。

 ちなみに、俺は断然屋台派だ。

 これから食う物はどんなものか、目で楽しみ、煙と共に香る匂いを楽しみ、金を払って受け取って大口開けて食らいつく。

 今日のは薄くスライスした豚肉で香草を巻いた豚巻き串。滴る肉汁が服につくが気にしねぇ。塩とニンニクで味付けされた肉はジューシーで、それだけなら脂がくどいくせに香草の苦みがスッキリさせてくれる。

 昼飯を食った直後だというのについ五本も買っちまった。

 まぁ、俺達のようないつ死んでもおかしくねぇ奴らは、刹那的に生きるのが一番だよな。


「ガイズ殿、こちらにおられましたか!」


 遠くから手を振りながら伝令兵がやってきた。

 せっかくの飯だってのに、嫌な予感がすんなぁ、おい。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「ソフィア様! 勇者ソフィア様!」

「お救いください! この町を、この国を!!」


 熱狂的な民衆に囲まれた私達の馬車は立ち往生していた。

 囲む人数が多すぎて前に進めず、変に目立つわけにもいかないから排除もできない。

 かといって放置もできない。このままでは都市の防衛隊に目をつけられる。


「なぁに、これぇ?」

「シムナ、説明できるか?」

「『この女は私の性処理奴隷だ。名などない』くらい言えば収まるだろう」

「いや、絶対逆効果だ。賭けても良い」


 事の発端は、シムナの姿を見た商人の一人が『勇者ソフィア』と呟いたことだ。

 ソフィアとは、シムナが巫女になる前の名だ。本人曰く、勇者としては並以下との事だったが、名声はそうでもないようだ。

 というか、お前は北の山脈の向こうの勇者だろう?

 何でこっちでも有名なんだ?


『皆、どいてくれ! おーいソフィア! お前いつこっちに戻って来やがったんだ!?』


 民衆をかき分けて、兵士達を引き連れた剣士がシムナを呼ぶ。

 良く鍛え、良く絞った肉体だ。

 軽装鎧の隙間にはいくつもの傷跡が覗き、多分服の下にもあるだろう。経験豊富な歴戦の兵士――――いや、彼の姿に気づいた民衆は皆、彼の言葉に冷静さを取り戻している。

 あれほど勇者勇者と騒いでいたにもかかわらず。

 英雄か、もしくは勇者か。

 厄介だな。


「ガイズか。しなずち様。これから私は元勇者のソフィア、今は貴方の孕ませ玩具という事でお願いします」

「街中でその名はまずいから、ケイと呼んでくれ。ノーラ、打ち合わせ通りに」

「了解。元アイドルの演技力を見せたげるっ」


 お前は女優じゃなく、歌って踊れるアイドルの方だったろう?

 咄嗟にツッコミたくなったが、ガイズと呼ばれた男がすぐそこまで来ていたので後にする。おかしな真似は控えて、怪しまれないように努めないと……。


「久しぶりだな、ガイズ。飛燕双剣術の師範になったと聞いたが、勇者業との兼業は辛いだろう?」

「ぬかせ。お前こそ、故郷が化け物の支配下に堕ちたとかで里帰りしてたはずだろうが。どうなったんだ?」

「見ての通りだ。派手に負けて、命からがら逃げだして勇者でなくなった。今はケイ様のは「護衛兼助手っ」だ」


 爆弾を投下しようとするシムナの言葉を遮り、打ち合わせていた設定を答える。

 ガイズの視線がこちらに向き、私という存在を認識したようだ。

 感心したような小馬鹿にしたような、よくわからない笑みを浮かべ、握手を求めてくる。断る理由が無いので、私は御者席から降りて彼の手を握った。


「俺はガイズ。飛燕双剣術師範で勇者もやってる」

「ケイです。流れの薬師をしています。あちらは旅の護衛で魔術師のノーラ」

「妻のノーラよ――って、ソフィア、痛い痛い痛い!」


 額に青筋を浮かべ、シムナはノーラの腕を掴んだ。

 かなりの力で握っているようで、掴んでいる部分から血の気が引いている。痛みも相当だろうに、身を捩りもしないで必死に耐えていた。

 がんばれ。


「しばらく会わねぇ間に随分女らしくなったな。てか、そんなに乳あったか?」

「ケイ様がケダモノでな。治療と称して怪しい薬を幾つも飲まされてこの様だ。今なら雌牛と言われても動じない自信がある」

「実際の所はどうなんだ?」

「夜な夜な私の寝床に潜り込んできます」

「ケイが寝た後に下半身だけ借りて――痛い、すごく痛い、もげるやめてってソフィアアアアアアアアアアッ!」


 顔を真っ赤にしてシムナは手の力を強めた。

 ノーラがじたばた暴れて馬車から落ちそうになっている。やり過ぎて本当にもげるといけないから、私はシムナに首を振って制止をかけた

 その光景に、ガイズは腹を抱えて大笑いし始める。


「ハハハハハハハハッ! あーぁ、面白れぇなぁおい……戦いにしか興味がなかったお前が女らしく、しかも人間らしくなったなんてな? 他の勇者連中に言っても信じてもらえねぇだろうよ」

「教えるな、斬るぞっ」

「安心しろよ。俺以外皆前線に行ってるぜ。まあ、それはそれとしてだ」


 鋭い視線が私に向けられる。

 だが敵意はない。品定めするような目だ。

 今は戦争中で、しかも戦力は拮抗している。一人でも戦力が増えれば有利を取れるから、どうすれば私がシムナを手放すかを考えているのだろう。

 いや、絶対に放さないからな?


「天下の往来で長話をするわけにもいかねぇな。どうだい? まだ宿が決まってねぇなら、うちの軍のスィートルームでもてなすぜ?」

「補給で立ち寄っただけです。買い物と馬の休憩が終わったらすぐ発ちます」

「そう言うなって。久方ぶりに昔の仲間に会えたし、積もる話も色々とあんだよ。食料と水はこっちで都合つけるから、今日一日くらい泊って行ってくれや」


 軽薄だが、多分本心から申し訳なさそうに、ガイズは私達を引き留めた。

 正直、敵地である都市に長居はしたくない。まだ私達が女神軍とばれてはいないだろうが、何かの拍子に、という事もあり得なくない。

 とはいえ、世間一般の考えからすれば、こちらにメリットしかない提案だ。

 断りすぎると逆に怪しまれる可能性もあるか。


「ノーラ。今日の宿を取ってもらえるか? 私とソフィアは彼らに付き合う」

「三人部屋で良い?」

「男女は分けような?」


 『たまには3Pも良いじゃん』などと捨てセリフを残し、ノーラは御者席に座って手綱を取った。


「厩付きの宿屋なら、あのカエルの看板の店がお勧めだ。俺の名前を出せばいくらか安くなる」

「ありがとね、お兄さん。ケイがいなかったら惚れてたかも」

「悪い、これでも年下の可愛い奥さんがいるんだ。なれそめ聞きたかったら宿屋の看板娘に聞いてくれ」


 さらっと奥さんが働く宿屋を紹介した事を明かされ、ノーラは苦笑いを浮かべて馬車を出した。

 熱の冷めた民衆は馬車の前を開け、すんなりと通してくれる。さっきまでの熱狂は何だったのか、異様な違和感が胸中に燻った。

 ――――とはいえ、こちらも仕事をしよう。

 私はシムナの腰を掴むと傍に抱き寄せた。

 その場の全員に見せ付けるように、互いの体を押し付け合う。シムナの顔が真っ赤になってひどく狼狽していても、私は堂々と、目の前の相手に先手を取って見せて窺う。


「勧誘は無理、か?」

「やってみるのは自由ですよ」


 私とガイズは互いに笑いあった。

 もう、戦いは始まっている。
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