3 / 188
序章 第三話 幹部会議
しおりを挟む
白いテーブルの上に、東西に伸びる長大な山脈を中心とした半径百キロメートル程度の範囲が映し出されている。
複雑かつ細かな地形も緻密に再現され、北は銀と青、南は金と赤に染められていた。
今回私が落とした交易都市ディーフも同様で、本来の管轄である女神アーウェルの赤色に染まっている。
テーブルを挟んだ向こうを見ると、落ち着かない表情で爪を噛む赤髪の少女が座っていた。後ろに控える全身鎧と兜の巨漢が落ち着くよう諭しているが、あまり効果は無いように見える。
理由はわかっている。
色づけられた地域の面積比が、北より南の方が圧倒的に狭いのだ。
かつ、半分以上が敵性領域を示す灰色と隣接していて、移動路である街道のほとんどに戦争状態を表す交差剣のマークが置かれている。
青く長い髪が立体幻影に触れ、通り抜ける。
その持ち主たる知の女神キサンディアは、零れんばかりの大きな乳房が重力に引かれるのを気にせず、腰を折ってマップ全体を舐める様に見回した。
青く薄い衣が色々とギリギリを保っているのを見て、第一軍と第三軍の面々が唾を飲む。
もっとも、女神と軍団長で飲んだ唾の意味合いは違う。前者はこれからかけられるであろう叱責への緊張から。後者はキサンディアのたわわな女性の魅惑から、だ。
青の女神の眼差しが、赤と金の女神に向いた。
「さて……アーウェル、クロスサ。何か言いたい事はありますか?」
「食料をください」
「魔王を倒せる尖兵が欲しい」
アーウェルは泣きそうになりながら、クロスサは無表情を装いつつ淡々と答える。
どちらも切実な問題だった。
現在相対している勇者・魔王連合軍は、第一軍側に勇者のパーティが複数、第三軍側に魔王軍が布陣している。
第一軍は戦力が拮抗しているが、侵攻ばかりしていた為に内政が追い付かず、兵站に深刻な問題を抱えていた。特に食料に乏しく、私達第四軍が拠出していなければ餓死者が相当数出ていただろう。
もっとも、魔王軍と直接対する第三軍に比べればまだ易しい。
数日前まで一進一退を繰り返していた戦線は、魔王自身の出現で徐々に後退している。軍団長自らが相手をしても討伐には至っておらず、むしろ圧され続けて敗色濃厚。
状況を理解しているキサンディアは、長く大きなため息をついた。
「ヴィラ、提供は可能かしら?」
「第一はしなずちが制圧した交易都市ディーフから食料を調達すればいい。住民は皆殺しにしたからある分全部が使える。金目のものは全部寄越せ。これまでに出した兵糧のツケとしなずちの貸し出し代金だ」
「ああ、だから皆殺しだったのね。了解」
「魔王は知らん。尖兵が十人もいるんだからどうにかしろ」
「できたらそうしてる」
淡々とだが、明らかに怒りのオーラを篭めてクロスサは答えた。
ヴィラからすれば、尖兵が私一人しかいないのは彼女達三柱のせいなので、私を失いかねない戦局に投入したくないのだろう。
それがわかっているキサンディアは更に大きくため息をつく。
「でも、私達女神軍の最高戦力はしなずちだから、魔王に当てるとしたらしなずちしか――――」
「第二軍団長としなずちは互角だろう?」
「ノーラはこの世界では少し特殊なだけの魔術師なのよ。魔の王に対抗する戦力としては不十分よ」
「多重魔術の連続行使が『少し特殊』……?」
クロスサが首をかしげるが、魔王相手にはその評価が妥当だろう。
高い魔力防御を誇る魔王には、並大抵の魔術は攻撃にすらならない。いくら秒間に五を超える魔術を行使できたとて、十分な威力がなければ意味がないのだ。
むしろ、第二軍団長は勇者相手の方が良いだろう。
パーティとしての力で強大な敵を打ち倒す勇者には、手数の多さが強力な武器となる。
「キサンディア様、よろしいでしょうか?」
「発言を許可します、ノーラ」
キサンディアの背後に立つブロンドの女性が、長い髪を揺らしながら前に出た。
年齢は十九歳くらい。生前はアイドルだったとの事で、引き締まった体と女性らしい肉体的魅力を持つ、女神軍でも指折りの美女である。
同時に、キサンディア率いる女神軍第二軍の団長を務めている。
許可を得た彼女は立体幻影を弄り、第一軍の交戦地点二か所と、勇者の部隊が駐留していると予想される三都市にチェックポイントを設けた。
「間接的な対策となりますが、第一軍と交戦中の勇者部隊を壊滅させてはいかがでしょうか?」
「魔王に対して効果は見込めますか?」
「相手は連合軍です。片方を潰せば、全体が劣勢と判断して撤退するかもしれません。また、勇者と魔王は存在自体がプラスとマイナス――――『対存在』と転生前はみなされていました。その理論が当てはまるとすれば、対応する勇者を処理することで魔王の力も削げるかと」
「今の私達の戦力で可能と思いますか?」
「全軍の協力があれば可能です。第一軍は現在の交戦地点を放棄して後退。敵が前進か罠かの判断で迷っている間に、私達第二軍としなずち第四軍団長で後方の勇者を襲撃します。その後、第一軍と前線で合流し、残存戦力を挟撃する」
ノーラの説明に、この場の多くが頷きを返した。
現状を打破するには良い作戦だと思う。
第一軍の被害を減らし、第二・第四軍による奇襲で敵主力に多大な打撃を与える。殲滅に至らなくても、拠点となる都市への破壊活動で敵の進行速度を削げる。
その間に第三軍の救援を行い、魔王への対処を行うこともできる。
だが――――
「第三軍が問題だな」
「何、しなずち?」
クロスサがこちらを睨んだ。
決まりかけの作戦を遮られ、些かご立腹のようだ。しかし、問題点が見えている以上、私は口を開かねばならない。
構わず続ける。
「この作戦だと、魔王の進撃を止められるのは当分先です」
私はクロスサの後ろに控える黒髪の少年に視線を送る。
少女のように低い背に、儚く細い肢体。クロスサと同じく表情に感情がなく、首には鎖のついた首輪をはめている。
第三軍団長アガタ。
クロスサのお気に入りで、総合的な身体能力では女神軍一を誇る武術の達人。前世で磨いた古武術を武器に、たった一人で戦場をひっくり返す第三軍の最終兵器。
そして、現状魔王の相手を一番している尖兵だ。
「アガタ。魔王の進軍で、第三軍が支配域全てを失うまでにかかる期間は?」
「三か月」
「条件追加。尖兵の損耗をゼロに抑える」
「一か月」
「条件追加。第四軍の巫女衆による兵站サポートをつける」
「二か月。でも、団員による巫女への性的脅威が予想される」
「抑え込めないか?」
「容姿もスタイルも超一級ばかり揃えておいて無茶言うな。何人か寄越せよ」
「巫女衆は私の直属だ。魔族を捕えて使え」
「ヤク漬けにして従順に仕上げた三十人がもう壊れた。戦闘の度に補充してるけど、仕込む暇がないから使うに使えない。全員前線に張り付いててお気に入りのある拠点に戻れないし、皆不満タラタラだよ」
少女のような外見に似合わず、アガタは下種な事を平気でいう。
身体・精神の限界を無理矢理引き出された第三軍団員は、食欲と性欲が旺盛だ。
個人的見解だが、細胞と魂の代謝を何倍にも引き上げているのではないかと思う。間違いなく寿命を犠牲にしていて、まぁ仕方ないかと不都合な推測に目を瞑る。
「ノーラ、第二軍は第三軍の援護に回れないか?」
「女の尖兵以外ならオッケー」
「であれば、第四軍の上位巫女衆を私達のサポートに付ける。実力は私が保証する」
「勇者相手にハーレムで挑む人間の屑」
「私は妖怪だ。女神様方、此度の作戦、いかがで――――」
「おいおいおい、俺らの意見は必要ねぇのかよ!」
複雑かつ細かな地形も緻密に再現され、北は銀と青、南は金と赤に染められていた。
今回私が落とした交易都市ディーフも同様で、本来の管轄である女神アーウェルの赤色に染まっている。
テーブルを挟んだ向こうを見ると、落ち着かない表情で爪を噛む赤髪の少女が座っていた。後ろに控える全身鎧と兜の巨漢が落ち着くよう諭しているが、あまり効果は無いように見える。
理由はわかっている。
色づけられた地域の面積比が、北より南の方が圧倒的に狭いのだ。
かつ、半分以上が敵性領域を示す灰色と隣接していて、移動路である街道のほとんどに戦争状態を表す交差剣のマークが置かれている。
青く長い髪が立体幻影に触れ、通り抜ける。
その持ち主たる知の女神キサンディアは、零れんばかりの大きな乳房が重力に引かれるのを気にせず、腰を折ってマップ全体を舐める様に見回した。
青く薄い衣が色々とギリギリを保っているのを見て、第一軍と第三軍の面々が唾を飲む。
もっとも、女神と軍団長で飲んだ唾の意味合いは違う。前者はこれからかけられるであろう叱責への緊張から。後者はキサンディアのたわわな女性の魅惑から、だ。
青の女神の眼差しが、赤と金の女神に向いた。
「さて……アーウェル、クロスサ。何か言いたい事はありますか?」
「食料をください」
「魔王を倒せる尖兵が欲しい」
アーウェルは泣きそうになりながら、クロスサは無表情を装いつつ淡々と答える。
どちらも切実な問題だった。
現在相対している勇者・魔王連合軍は、第一軍側に勇者のパーティが複数、第三軍側に魔王軍が布陣している。
第一軍は戦力が拮抗しているが、侵攻ばかりしていた為に内政が追い付かず、兵站に深刻な問題を抱えていた。特に食料に乏しく、私達第四軍が拠出していなければ餓死者が相当数出ていただろう。
もっとも、魔王軍と直接対する第三軍に比べればまだ易しい。
数日前まで一進一退を繰り返していた戦線は、魔王自身の出現で徐々に後退している。軍団長自らが相手をしても討伐には至っておらず、むしろ圧され続けて敗色濃厚。
状況を理解しているキサンディアは、長く大きなため息をついた。
「ヴィラ、提供は可能かしら?」
「第一はしなずちが制圧した交易都市ディーフから食料を調達すればいい。住民は皆殺しにしたからある分全部が使える。金目のものは全部寄越せ。これまでに出した兵糧のツケとしなずちの貸し出し代金だ」
「ああ、だから皆殺しだったのね。了解」
「魔王は知らん。尖兵が十人もいるんだからどうにかしろ」
「できたらそうしてる」
淡々とだが、明らかに怒りのオーラを篭めてクロスサは答えた。
ヴィラからすれば、尖兵が私一人しかいないのは彼女達三柱のせいなので、私を失いかねない戦局に投入したくないのだろう。
それがわかっているキサンディアは更に大きくため息をつく。
「でも、私達女神軍の最高戦力はしなずちだから、魔王に当てるとしたらしなずちしか――――」
「第二軍団長としなずちは互角だろう?」
「ノーラはこの世界では少し特殊なだけの魔術師なのよ。魔の王に対抗する戦力としては不十分よ」
「多重魔術の連続行使が『少し特殊』……?」
クロスサが首をかしげるが、魔王相手にはその評価が妥当だろう。
高い魔力防御を誇る魔王には、並大抵の魔術は攻撃にすらならない。いくら秒間に五を超える魔術を行使できたとて、十分な威力がなければ意味がないのだ。
むしろ、第二軍団長は勇者相手の方が良いだろう。
パーティとしての力で強大な敵を打ち倒す勇者には、手数の多さが強力な武器となる。
「キサンディア様、よろしいでしょうか?」
「発言を許可します、ノーラ」
キサンディアの背後に立つブロンドの女性が、長い髪を揺らしながら前に出た。
年齢は十九歳くらい。生前はアイドルだったとの事で、引き締まった体と女性らしい肉体的魅力を持つ、女神軍でも指折りの美女である。
同時に、キサンディア率いる女神軍第二軍の団長を務めている。
許可を得た彼女は立体幻影を弄り、第一軍の交戦地点二か所と、勇者の部隊が駐留していると予想される三都市にチェックポイントを設けた。
「間接的な対策となりますが、第一軍と交戦中の勇者部隊を壊滅させてはいかがでしょうか?」
「魔王に対して効果は見込めますか?」
「相手は連合軍です。片方を潰せば、全体が劣勢と判断して撤退するかもしれません。また、勇者と魔王は存在自体がプラスとマイナス――――『対存在』と転生前はみなされていました。その理論が当てはまるとすれば、対応する勇者を処理することで魔王の力も削げるかと」
「今の私達の戦力で可能と思いますか?」
「全軍の協力があれば可能です。第一軍は現在の交戦地点を放棄して後退。敵が前進か罠かの判断で迷っている間に、私達第二軍としなずち第四軍団長で後方の勇者を襲撃します。その後、第一軍と前線で合流し、残存戦力を挟撃する」
ノーラの説明に、この場の多くが頷きを返した。
現状を打破するには良い作戦だと思う。
第一軍の被害を減らし、第二・第四軍による奇襲で敵主力に多大な打撃を与える。殲滅に至らなくても、拠点となる都市への破壊活動で敵の進行速度を削げる。
その間に第三軍の救援を行い、魔王への対処を行うこともできる。
だが――――
「第三軍が問題だな」
「何、しなずち?」
クロスサがこちらを睨んだ。
決まりかけの作戦を遮られ、些かご立腹のようだ。しかし、問題点が見えている以上、私は口を開かねばならない。
構わず続ける。
「この作戦だと、魔王の進撃を止められるのは当分先です」
私はクロスサの後ろに控える黒髪の少年に視線を送る。
少女のように低い背に、儚く細い肢体。クロスサと同じく表情に感情がなく、首には鎖のついた首輪をはめている。
第三軍団長アガタ。
クロスサのお気に入りで、総合的な身体能力では女神軍一を誇る武術の達人。前世で磨いた古武術を武器に、たった一人で戦場をひっくり返す第三軍の最終兵器。
そして、現状魔王の相手を一番している尖兵だ。
「アガタ。魔王の進軍で、第三軍が支配域全てを失うまでにかかる期間は?」
「三か月」
「条件追加。尖兵の損耗をゼロに抑える」
「一か月」
「条件追加。第四軍の巫女衆による兵站サポートをつける」
「二か月。でも、団員による巫女への性的脅威が予想される」
「抑え込めないか?」
「容姿もスタイルも超一級ばかり揃えておいて無茶言うな。何人か寄越せよ」
「巫女衆は私の直属だ。魔族を捕えて使え」
「ヤク漬けにして従順に仕上げた三十人がもう壊れた。戦闘の度に補充してるけど、仕込む暇がないから使うに使えない。全員前線に張り付いててお気に入りのある拠点に戻れないし、皆不満タラタラだよ」
少女のような外見に似合わず、アガタは下種な事を平気でいう。
身体・精神の限界を無理矢理引き出された第三軍団員は、食欲と性欲が旺盛だ。
個人的見解だが、細胞と魂の代謝を何倍にも引き上げているのではないかと思う。間違いなく寿命を犠牲にしていて、まぁ仕方ないかと不都合な推測に目を瞑る。
「ノーラ、第二軍は第三軍の援護に回れないか?」
「女の尖兵以外ならオッケー」
「であれば、第四軍の上位巫女衆を私達のサポートに付ける。実力は私が保証する」
「勇者相手にハーレムで挑む人間の屑」
「私は妖怪だ。女神様方、此度の作戦、いかがで――――」
「おいおいおい、俺らの意見は必要ねぇのかよ!」
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる