上 下
45 / 45
第一部

第四十三・五話 怒りと悲しみを捨てた者

しおりを挟む
 進化とは、弱者淘汰の結果に過ぎない。

 環境適応から始まり、遺伝的多様性、優性、社会構造による選別、退廃からの再生に単なる運まで幅広い。だがそれは終焉に向かうまでの娯楽であり、神という名の子供がする砂遊びだ。砂でしかない我々は取るに足らず、高次元の傲慢相手に独りよがりの必死を供する。

 ――――滑稽だ。

 日々懸命に生きる者ほど、世界にとって道化なのは。


「教授。残念なお知らせです」

「何かな?」

「カイネスベルク基地が壊滅しました。試作モザイクキマイラの生体反応も消失。細胞片からの増殖再構成は確認できておりません」

「ほぅ? ほぅほぅほぅほぅほぅ? エネイス君、それは残念ではなく素晴らしい知らせだ」

「は?」


 振り返り様にズレた片眼鏡をクイッと直し、30代半ばの助手を正面に見据える。

 持ってきた報告書を受け取って、各種の遠隔計測結果に心が躍った。

 あのモザイクキマイラの元となったダークエルフは、黒王直系に近い分家のエリート。そこに魔力適性の高い魔物を幾つもブレンドし、ハイエルフすら凌ぐ高魔力量高魔力圧を実現した逸品だ。性処理目的の余計を軍に強制されなければ、単体でユーティルス公国を落とすことも出来たろう。

 そんな災厄級の化け物を、倒された当時の周辺魔力量はほぼ0。

 その後少し時間を置き、魔王級の魔力が空に向かって放出されている。添付の写真には、見事な見事な大魔樹形が映っていた。測定された合計魔力量はモザイクキマイラの10倍以上と、普通に見れば計器の故障を疑うレベル。

 しかし、しかし、しかし。

 私は知っている。こういう非常識な魔力制御を行う連中を。


「統魔王、黒王直系第1位と第2位はどちらに?」

「統魔王はディルシナに滞在。ウィス・アグニ卿はホルダナル戦線にて未開国家と交戦中。●●●・アスは、この3分後に現場への顕現を確認しました」

「現場? カイネスベルクにかね?」

「はい。その際、超高魔力生命体の存在検出と直後消失が計測されています。軍上層部は、基地壊滅は『あちら側からの干渉』もあり得ると対応を検討中です」

「無いな。彼は世俗を切り離した探求者だ。いくら身内の遺体が材料とはいえ、『あちら側』から出てくるのはリスクが大きい。逆に言えば、リスクを冒してでも回収しなければならなかった何かが、あそこにあった可能性が高い」

「…………調査隊を派遣します」

「大変だろうが、頼むよ」


 必要な仕事を選定し、離れる助手の後ろ姿を目で追う。

 彼を含めて5人の弟子兼部下を抱え、今後の成長と結果に期待しかない。私という知識集合を礎とし、神を食い破るガラスの破片を世界に作る。1つ1つは小さくとも、集まり増えれば指の先くらい裂いて見せる筈。

 ――――母国で国境領主をしている、卒業後の1番弟子を思い出す。

 孕ませた娘は残念だったが、学会から追放された後も私営の繁殖場で研究継続していると聞く。過剰進化による種の先細り論はなかなか興味を引いた。時には戻ることも必要で、頂きだけを目指すばかりでは高みの高みには至れない、と。

 そう。その通りだとも。


「ありとあらゆる全てを積み重ねよ。足りると思うたなら足りぬ者に、足りぬと思うなら足りる者に」


 師から受け継ぐ思想を口に、額の傷を指でなぞる。

 生命の次元を超えた統魔に対し、我々は我々の矜持を続ける。1人ではなく皆の皆で、知識を技術を学び高みへ。いずれ来る終焉に向け、万人の牛歩で手を取り進む。

 私もまた、礎の1つ。

 失われし魔術の始祖に至るために。


「…………さて。貴方はどう動くのですかな、オース・アス?」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

彼女の母は蜜の味

緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

処理中です...