魔なる鼓動を硝煙と ~行き詰まり科学&魔法世界のダークエルフ奮闘記~

花祭 真夏

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第一部

第四十三話 残り物と残り物

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『――、――――!』

『――――、――、――!』

「――、――!」


 3つの口が異なる詠唱で、周囲無差別の雷樹を吹き上がらせる。

 見たところ制御用の戒めはなく、人体も獣体も生まれた時の姿のまま。埋め込まれている可能性もあるが、今のところは機能していないと見て良い。隠れる生存者に構わず多重魔術行使を続け、まだこちらに欠片も意識を向けていない。

 ――――脅威と、見られていない。

 つまり、総合的な実力は僕が下か。


「やっかいだなぁ…………でも、やるって決めたから。『魔力伝導抑制術式、FB解放』。最初から全力で行くよ?」


 体内の魔力伝導路に設置した魔力結晶を全て融かし、封じていた8割の魔力を普段の2割と混ぜて流す。

 疑似的な魔力版動脈硬化から解放され、身体と頭と精神が滾った。アッパードラッグを決めた時より視界も意識も冴え渡る。これまでの思考が霧中だったかと感じられ、でもこの最高ハッピータイムは命を削る時限爆弾。

 過剰に成長し続ける僕の魔力に、この子供の身体は5分と耐え切れない。

 辛うじて制御しきれる時間を過ぎれば、自らを黒いシミへと焼いて滅ぼす。


「滅魔」


 統魔の根幹『六魔道』の1つを、自分に言い聞かせるよう宣言し行使する。

 半径1kmの自然魔力が、僕の手元に瞬で集った。一帯から魔力が無くなり、アマル姉の行使する攻撃魔術も消えて失せる。相反する魔力が纏めて収束し集中し、破滅的な光を太陽の如く短く明滅。

 そこでやっと、彼女の目がこちらに向く。


「降魔」


 別の1つを改めて呼ぶ。

 滅魔で収束した魔力が、属性を変じて僕の波長と全て同じに。炎も氷も雷もその他も、純粋な黒い魔力と変わって果てた。とてもとても馴染んで自由に、自分のと混ざって簡単に操れる。

 ドンッ!と空圧と巨体が迫る。


「魔導」


 言葉にする必要がまずない代物を、わざわざ口にしなければならない不自由。

 超高密度の魔力を、体内と同じように任意に流す。球形は盾形となり、推定2トンの衝突を砂山の如く沈めて止めた。予定外ながら都合よく、網状に拡げて尻尾の先までハムよりギュウギュウの束縛を与える。

 身動きが取れなくなり、魔力網の隙間から3つの頭が詠唱を始めた。


「封魔」


 流動し、粘性を帯びていた魔力に『止まれ』と命じる。

 本来抑制の意味を持つ言霊だが、強力に使えば停止と変わらない。獣体にめり込む網が金属より硬く、食い込んで身動ぎに肉裂き散らす。効果範囲に巻き込んだ3頭の詠唱が終わっても、費やす魔力を封じられて効果のかけらも発現できない。

 もう、抵抗は出来ない。


「魔術」


 硬化した魔力の表面が細かく、文様を残して微量が気化。

 魔術で大事なのは極意ではなく基本。電子回路のように魔力を入力、定圧化、変換、範囲指定から出力する。特別設計の『高圧魔力滞留術式』を刻んで、最後の仕上げにオリハルコンハンドガンを取り出し構えた。

 ――――最後に1度、愛を交わしたかった。

 でも、僕が好きだったアマル姉はもういない。

 コレは、散々いじくられて壊された、ただの抜け殻。


「っ……退魔っ」


 引き金を引いてコンマ1秒もかからず、着弾した魔力弾は凶悪な魔力爆発を巻き起こす。

 基地丸ごと吹き飛ばす威力はしかし、縛めに刻んだ術式効果で全身を覆う範囲に留まった。さながら熔解した鉄のプールを思わせ、強靭な魔物の身体を端から塵に。放っておいたら全消滅に3分かかるところ、全力の魔力拡散で内部に不規則乱流を作り出す。

 爪が、指が、肌が、骨が、瞬く間に崩れて散って見上げたら…………あぁ……。

 抗い苦しむ獣の断末魔と、それでも僕を襲おうとする本能に彼女はいない。

 ……ごめん。

 こんなになるまで、放っておいて。

 でも、もういいから。


「――――ばいばい」


 一方的な別れを告げて、変わり果てた肉体は跡形もなく魔力へ還った。

 死して腐敗し、風化し、分解されて土に水に還る科学的自然。

 死して放出し、均衡し、吸収されて風に命に還る魔法的自然。

 苗床として蓄えた受精卵を無視できず、全てを後者で処理し終わらす。残った奔流は空に打ち上げ、太く長い幹から無数の枝を描いて消えた。とっくに転生円環に魂は戻っているとしても、二度目の死を自分が与えたのだと罪の刃が心に刺さる。

 自身で深々、奥まで刺し込む。

 例えこの世からいなくなっても、僕と彼女は繋がったまま。割り切って忘れて次へ行く、軽薄なヒーローなんて似合いやしない。未練も記憶も悲しみも怒りも、ずっとずっと来世の扉まで抱えて生きる。

 救えなかったことを、謝り続ける。

 そうしたいと思えるほど、アマル姉は僕の大好きで大好きで大好きな人だったから。


「………………ぁ、ぁぁ……っ」


 身体が漏らした嗚咽と、心から溢れた嗚咽が重なる。

 デルサに2つは分かれたと言って、結局元は同じもの。目から湧く涙を拭い、鼓膜を震わせる悲声を止めない。大人ぶった仮面を1つ残らず取って捨てて、魔力の抑制を忘れてひたすらひたすら僕は泣いた。

 たった1人。ただの1人。

 遺された側として、遺した側に恨みを籠めて。


「ぁ、あぁ、ぁああ゛あ゛あああああああああああっ! あ゛ぁ゛ぁぁあああああああああああああああああああっツ゛!」
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