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第一部

第四十一話 潰えた感情

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 意地悪で、優しくて、面倒見が良くて、察しの良い分家の娘。

 黒王直系のディアリ家に仕え、いつかは子を孕み産む純血の1人。予定される相手は僕であり、幼い頃から一緒に過ごした。お姉ちゃんお姉ちゃんと後を付いて走って追いかけ、あの日、僕を庇って犯され殺された。

 享年、156歳。

 死してなお、肉体が成長しているのは一体何故か?


「きっ、貴様っ! 一体どこのスパイだっ!? ただでは済まさんぞっ!?」

「この写真の彼女の元主人だよ。どこにいるの? 現在の状態は? 正確に話せ。今の僕は引き金がとにかく軽い」


 兵舎にある特別防音性が高い一室で、精悍屈強な渋い御仁を床に転がし軽く踏みつけ。

 炸裂拘束術式に両手両足を縛られ、魔力散逸薬を打たれてされるがまま。大声をあげても壁床は許さず、もし届いたとして期待はできない。休んでいた39人は7分前に、全員眠りから覚めなくなったから。

 ――――大刃のナイフから返り血を拭き、乱れた魔力を落ち着かせようとデルサは息吐く。


「ダークエルフかっ! あの実験体はもう手遅れだぞっ!? なにせ元は死体なんだからなっ!」

「わかってるよ、わかってる。デルサ、あっち向いて耳を塞いでて。見て欲しくないから」

「断る。緊急時の即応ができない。自分を守るために必要だ」

「……辛くなったら背けてね」


 僕はポーチから注射器を取り出し、男の首に薬液を注入する。

 抜いたら仕舞ってしばらく待って、現れた変化に鏡を取り出した。よく見えるよう角度を合わせ、変わり果てた右足を見せる。それは足先から捲り上がって口となって、まだ人間の部分を食べながら上がってくる。

 自食変質薬『オルドロンJ』。

 打ち込まれた生物は自分自身を捕食し続け、進化縮小しながら果てに餓死する。


「なっ、ぎゃあぁあああああああああああっぅ!」

「中和液が欲しければ、知ってることを急いで話して。5分で心臓まで行くよ?」

「やめ、やめろっ、やめてくれぇええええええっ! 最後に直接見たのは10日前だっ! 報告ではっ、拘束している触手部が日々肥大しているとっ! それ以外は知らんっ! 何も知らんっ!」

「K教授の本名は、ケレスエル?」

「そ、そうだっ! 物分かりの良いハイエルフッ! 現政府より特別権限が与えられているっ! 軍上層部からは全面協力を命じられて――ぁ、がかぁあああああああああああっ!」

「ありがと。ひどいことになる前に終わって良かったよ。バイバイ」


 約束通りの中和薬を出し、仰向けに転がしてから心臓に刺した。

 成分が巡って自食進化が止まり、男の目と意識がとろんと薄れる。力なく首を傾け涎を垂らし、もう2度とまともには戻れない。なにせ全身の変質は既に終わっていて、無理矢理止めたせいで急激なエネルギー失調に陥るから。

 もうしばらくすれば、消耗した結果が全身に現れる。

 そうなる前にドアを開け、僕はデルサを連れ出し静かに急いだ。


「……知り合いか?」

「ん? 僕の初恋の人で、許嫁。親同士が決めたことだけど、お互い満更じゃなかったよ。里を滅ぼされた時に強姦死した筈だったんだけど、見つけちゃった以上はやりきらないとね……」

「許嫁? なら、何故そんなに普通でいられる?」

「…………ぷくっ、くははっ」


 今の僕が『普通』と言われて、思わず声に出して笑ってしまった。

 大声ではなく、辛うじて残る理性を総動員して兵舎の中に留まる程度。ひとしきりして収まったら、腕を開いてステップ踏んでくるりと回りデルサに向く。真っ当な感性で怒りの表情に、足元まで寄って下から見上げる。

 大きなおっぱいに顔を埋めると、嫌悪の速度で彼女は払った。


「なにがおかしいっ!?」

「デルサは『まだまだ』だなってっ。奪われつくして潰されつくして、一度壊れると人は『主観』を失うんだよ? 現実にいる僕と、それを見て思考し判断する僕。ちぐはぐな熱量が感情の齟齬を生んで、素直な激情を失うんだっ」

「意味が分からんっ! 悲しければ泣けば良い! ムカついたなら怒れば良い! そんな簡単なことが何故出来ないっ!? 大事な人の死に、何故貴様は向き合おうとしないっ!?」

「向き合ってるよ? とっても悲しいし怒ってるし、当たり散らして滅茶苦茶にしたい。でも冷静な自分がこう囁くんだ。『今は潜入任務中』って」

「――――ッ! 貴様は……ッ!」

「さぁって? 多分あの建物だよね? ねぇ、デルサ? お願いがあるんだけど……」


 彼女に背を向けポーチに手をやり、ごそごそこっそり準備をする。

 条件は、『採算度外視』『ど派手に』『盛大に』『葬式も兼ねて』『結婚式も兼ねて』。荒ぶる自分と静かな自分で共感する全てを取り出し、抱えきれないくらい零れるくらい。気が済んだら振り返って努めて笑顔で、迎える驚愕顔に短く一言。

 ――――溜めた涙を、2筋流して。


「一緒に弔って?」


 大小種別バラバラな爆弾を一気に放り、無差別に転移魔術で全て送った。
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