魔なる鼓動を硝煙と ~行き詰まり科学&魔法世界のダークエルフ奮闘記~

花祭 真夏

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第一部

第三十八話 生物汚染

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 科学の世界で、汚染というと放射能と環境が真っ先に上がる。

 結局どちらも行き着く先は同じ。生態系の生育環境を作り替え、急激な変化によって死滅に追いやる。モノや程度によって数日から何万年と期間が変わり、場合によっては近隣遠方世界に広がる。

 だが、最悪ではない。

 魔法と混ざった科学の世界は、更なる極悪をその昔に作り上げた。


「えぇっと……デルサに接触してきたエージェントってこいつ?」

「あぁ、そうだ。片メガネで長身でハゲの渋オジ、額の斜め傷だから間違いない」

「ユルウェル、やっぱりそうだって」

「200年前に事故死したって話はブラフでしたか、あのレイプ魔。我が国としても同門としても、汚点は速やかに消し去らなければなりませんっ」


 ダンッ!とテーブルが揺れるほど、ユルウェルは写真の男に銀製ナイフを突き刺した。

 純血ハイエルフにしてはややガタイが良く、彫りの深い顔が中年の魅力を引き立てる禿げ頭。中途半端に後退させるより、いっそ全部剃り上げる潔い頭の形。身に着ける白衣から研究職の空気を纏い、腰後ろに差したレイピアが武闘派の雰囲気を隠せていない。

 聖ヒュンエル樹王国国家研究院、生物・医療部門元チーフ『ケレスエル・バスディアース』。

 ユルウェルの元上司で、レイプし孕ませ産ませたクソ野郎。


「取引の内容は、エンディグレル大工房の復興と『サイクロプス族の繁栄』だっけ? 対価としてヴィナの遺体と、グレスティースの遺産であるオリハルコンインゴットを要求された?」

「過ぎたことやけど、後で説教な、デルサ。バルサ――もうヴィナって呼ぼか――を要求したんは、多分うちの遺伝子の代用やろ。この分やと、他にも集めまくって1つ2つ纏めてそうやな?」

「もしそうなら最悪だ。樹王陛下、魔描板をお借りします」

「よろしく、ジャジャファビ殿」


 樹王城の会議室に集められた僕達と、映像通信装置経由でこちらを覗く出先の連中。

 前の壁には黒い魔材合金で出来た大板。黒板とチョークに成り代わり、現在様々な学術機関や施設で使われる描画魔具だ。触れて魔力を流すと思った通りの絵や図を浮かばせ、なぞって線を引いたり範囲指定から移動も出来る。

 ――――触手が1本端に触れて、板に幾つもの種族が描かれた。


「まず1つ。ドミディナはユーティルスとの戦争の為、2つの戦力を準備していた。1つはオリハルコン製の量産武具で、サムア達にインゴットを奪われ頓挫した。だがもう1つ、災厄級生物兵器『モザイクキマイラ』は野放しになって現状不明」

「なんかすっごいピリピリしてるけど、ソレってドラゴンよりやばいの? キマイラってアレでしょ? たまにいる魔術が使える多頭四足獣」

「自然発生のキマイラとモザイクキマイラは別物だ。アルマリアは若すぎて知らないだろうが、2000年前に開発されたこいつらは1度世界を滅ぼしかけてる。方法は至極単純。ほぼ全種族と適合する不安定な遺伝子構造で、人間もエルフもドワーフもリザードマンもテンタクルスもワイバーンもドラゴンもクラーケンも孕ませて産ませて繁殖して世界唯一種族となりかけたから、だ」


 板に映された種族が移動し、3つのグループを形成する。

 上にモザイクキマイラ、間にゴブリンやテンタクルス、下に哺乳類爬虫類魚類鳥類その他諸々全てたくさん。

 下、間、上の順に矢印が引かれて、遺伝子混合による製造過程と結果を示す。また、上から逆の矢印が伸び、間を経由せず直接下の種族へ幾つも。そして全体を丸で囲って右に矢印し、大量のモザイクキマイラが板面を埋め尽くすほどに描かれ気色悪い。

 あまりに途方もない内容に、理解しきれない質問者の首が傾く。


「え? え?」

「僕がアルマリアを孕ませられるのはわかるよね? ダークエルフと人間は、種族が別だけど遺伝子が近いから。でも犬や馬では妊娠できない。遺伝子的な型が大きく違うせいで、卵細胞と精細胞が結合しないんだ」

「人狼やケンタウロスのような中間種なら、どちらの精でも受精する。両方に近似した遺伝子を持つからな。――――で、モザイクキマイラは、製造に使われた『全種族の遺伝子』を持っている。全ての種族の中間種とも言え、どんな種族とも交配が可能なんだよ」

「脅威度を説明するんなら、ガルガ蛮国がええわ。あれ、元は人族の国やったろ? ゴブリンとオーガに潰されて、国内の雌全部を苗床に一大勢力を築きおった。攻めて増えたのをキマイラに置き換えれば、いくらか程度はわかるんちゃう?」

「うげ……っ! ゴブリン並みに繁殖するキマイラとか考えたくないわっ」


 事態の内容を理解して、アルマリアはいそいそ僕の隣へ寄って抱き着く。

 襲われるかもしれない嫌悪から逃げ、僕なら襲われても良い、むしろ襲えと言わんばかり。普段の残念クール美女を脇に置いて、怯えた華憐を演じて熱い。最近あちらこちらへ行ったり来たりだから、愛情欠乏の甘えモードかな?

 独占させまいとユルウェルまで腕を取って、独り身片思いのジャジャファビがプルプル震える。


「事が済んだら搾るとしてや…………ユルウェル陛下。ケレスエル教授は、ほんまにモザイクキマイラ作る気あるん?」

「やりかねません。名目は『極限状況におかれた準滅亡種族の緊急的進化について』でしょうか? 後進の育成と称して女生徒を犯し、出産までのレポートを作らせつつ精神状態を記録する変態クソ野郎ですからっ。死んだと聞いて清々していたのにっ! 今更っ、今頃っ!」

「ユルウェルの為にも速やかに潰すとして、研究施設はどこにあるのかな? 軍用輸送列車を片っ端から調べるか、時間魔術師に高い金を払ってガルガのマーケットから過去視で追うか」

『アイロスが使えるからやってもらったが、途中までしか追えなかった。マーケットの宿屋からどこかに転移したらしい。別に糸口を探さないと……』

「じゃ、追い方を変えよっか。モザイクキマイラを放出するとして、一番の場所はどこだと思う? 後を気にしないクソ野郎と、多少気にする人類至上主義者の思考の間。両方の思惑が合致するか、双方が妥協した先の着地点はどこだと思う?」

「そらぁ――――あぁ、えぇ所があるやん。外れても情報くらいは入るかもしれんよ?」

「どこ?」


 天井に片手をついて立ち上がり、オルサは魔描板に地図を描く。

 聖ヒュンエル樹王国とディルシナ魔王国に左右を挟まれる、小さな領土のユーティルス公国。上の国境はドミディナ共和国と接し、丁度線上に×印が1つ。そこは開戦が流れても設置されたままの前線基地で、つい7年前に接収された魔族達の町だった。

 名を『カイネスベルク』。

 4方の3方を人間以外が支配する保管適地であり、クソ博士が『事故』を目論むのに最適の場所だ。
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