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第一部

第三十六話 触手の純愛

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 荒れた生活の中でも艶やかで、深い星夜を思わせる黒のショート。

 凛々しく端の釣った瞳に、邪悪な笑みが似合う絶世の悪女顔。

 鎧で守る重要箇所以外晒した肌は、幾つもの傷と鍛えた筋肉が隆起する。トータルで見れば標準体型ながら乳房は大きめ。尻と太腿も戦士と出産に適した太さであり、奔放な性格から女の経験も豊富なアマゾネス。

 名を、イザベラという。

 僕の友達の片想いの相手。


「そもそもテンタクルスがアマゾネスと釣り合うかってんだよっ!?」

「ダークエルフの僕だってハイエルフと結婚したんだよっ!? なんでそこで気後れするのっ!? もやもやしてるくらいなら玉砕するか孕ませまくってモノにするんだよっ!」

「おまえ純愛って知ってるかっ!? 触手が純愛っておかしいかっ!? なぁ、ブディランス、お前はどう思うっ!?」

「俺に振るんじゃねぇよ、ジャジャ…………こちとら恋人と生き別れてんだぞ……? 何十年経ったって忘れられるか、畜生……」


 仇を取っても未だ引きずるガスマスク装備が、高空飛行する輸送機後方ハッチをガックリしながら淀みなく開ける。

 遥か下方は森森森森。全域を森に覆われる聖ヒュンエル樹王国と、ドミディナ共和国の国境は深い深い森林地帯。明確に線引き出来ないから数kmの緩衝地帯が設定され、範囲内で起こった事件事故は国際問題にすぐ引き出される。

 しかし、今回はそうはならない。

 相手は非公式の軍部隊。こっちは前科だらけの賞金首襲撃チーム。


「サムア、ジャジャっ! 本当に2人だけで良いのかっ!?」

「正直、僕もいらないよっ。すぐ帰れるように付き添うだけっ」

「お前も働けっ! 先に行くぞっ!」

「了解了解っ!」


 軽く走って1ステップ、地上に向けて腹這いに4kmの空からダイブする。

 魔力反応で気取られないため、僕はパラシュートをつけての自由落下。対してジャジャファビはローブとジャケットと収納ポーチしか装備しておらず、解れた端の触手が風圧で暴れていた。緑の絨毯がどんどんどんどん近づいていって、開放減速する僕を加速そのまま触手が置いていく。

 ――――50mの5本束ねが、一際高い木の上を引っ掛け巻き付いた。

 即死級の落下エネルギーを円方向の遠心力に変え、地上ギリギリを掠めるように超高速で一閃する。森の上まで一気に上がり、勢い保ってもう一度下へ。上がって下がって上がって下がって、往復の度に赤い何かが汚く散り爆ぜ。

 音速越えの触手200kgに衝突されて、無事でいられる生物は少ない。


「さっすが57万の賞金首っ。生物的な危険度が僕達と段違いだよ」


 落下速度と樹上までの距離が十分になって、パラシュートのバックパックを自宅へ飛ばす。

 高めの枝に降りたら下へと伝い、衝突音がしなくなった森内を探った。視覚、嗅覚、聴覚、魔覚、どれも気配を感じ取れない。超一流の潜伏術かとっくの昔に全滅か、勘と経験は残りの命を10割前者側へ即座にプッシュ。

 人狼は、一部を除いてほとんど魔力を持っていない。

 変身の際に体内の魔力伝導路が詰まりを起こし、高魔力の持ち主だと水風船の如く内側から『パンッ!』。種族進化と淘汰の過程で、より変身に適した低魔力の血統が繁栄してきた。人間に近い血統も交配によって魔法適性が下がり、少しの隠蔽技術習得で魔覚の感知から逃れて見せる。

 魔法に見捨てられて強力な生物特徴を得た、それが人狼。

 ただ、オキアミが鯨に勝てないように、絶対強者には歯が立たない。


『オオォオ、――ッ!』

(今の雄叫び、わざと上げさせたなぁ~? 全く、性格悪いんだから……)


 大きく上がってすぐ途切れた、決死の覚悟の『撤退』命令。

 茂みや根の陰が複数鳴って、直後半数から茶緑迷彩の影が飛び出る。人狼は木の幹を蹴って宙を、狼人と大狼は林間を駆けた。すると待ってましたと言わんばかりに触手製の蜘蛛の巣が張られ、宙跳ぶ人狼だけを捕らえて抑える。

 四肢が巻かれ、胴が巻かれ、上げる悲鳴に1本突っ込み声にならない苦悶の叫び。

 気付き鈍った脚の数名を、僕は取り出したアサルトライフルで脚狙い速射。狼人の1人が転げ、大狼に咥えられて一目散に全速力。随分情に脆いもんだと思いつつ、飛び降り触手の迎えに乗った。


「ジャジャ。こいつら、もしかして」

「あぁ、言いたいことはわかるし、その通りだ。弾き殺した11人と捕らえた4人、体液に含まれる遺伝子情報に共通部分が『かなり』多い。おそらくは氏族、もしくは親が同じなんだろうな」

「人狼から大狼まで幅広くて同じ親? おかしくない? 人と狼の血は、遺伝子学的にたった1代でここまでばらつきは出ない。3種のどれか1つに偏りが出るのが自然。他2つは、50人の群れで1人ずついるかどうかだよ?」

「そうだ、そうだよ。で、俺は1つ心当たりがある。もしドミディナがソイツを使ってるとすると、長期的に見て本格的にヤバイ。もう一度全員集めて、輸送列車にその設備がなかったか確認を取った方が良い」

「列車? 僕達が襲った奴? どんな設備?」

「人工交配だ。遺伝子操作できる、デカい試験管とかその他諸々」

「あっ」


 ジャジャファビの言葉に、僕はすぐ思い出す。

 ヴィナを奪取した多次元拡張区画に、受精卵を収めた大型試験管等の設備があった。思えば、アレはそういう施設と思えなくもない。ヴィナ由来の卵子を何かの精子と結合させ、優性遺伝子のサイクロプスを生み出そうとしたのではないか?

 そして、ならば、人狼だって同じように、他の種族だって同じように……。


「――――急いで戻るよ、ジャジャ。あと、強盗列車の運営に問い合わせする」
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