魔なる鼓動を硝煙と ~行き詰まり科学&魔法世界のダークエルフ奮闘記~

花祭 真夏

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第一部

第二十五話 疲れました。でも頑張ります

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 空の白みを感じてベッドから逃れ、領主城の四方を囲む東尖塔へ転移し眺める。

 国境領主ユルウェルと交渉した結果は、文面上は対等なれど体力的に不利が続く。ハイエルフの戦装束とオリハルコン製ハンドガンの製造に、クーデター当日は彼女と共に樹王城を攻める事となった。対価の小領地は樹王の別荘地を領ごと貰い、滞在の間は彼女が直接接待をする。

 ――――という表向きに加え、樹王就任後は僕を夫と発表する腹積もり。

 クーデター後の政権なんて、近隣国からすれば地盤が緩んだ観光地以下。先々代の血統と言えど、同じ種族主義国から特に嘗められることは必至だ。だから外交的な『格』を上げる為に、亡き黒王の血筋たる僕も一緒に立てることにした、と。

 僕、縛られるのは好きじゃないんだよ。


「おう、復権する気分はどうだ?」

「今からでもウィス呼んできて良い?」

「王族に返り咲いて万々歳だろ? 好みの奥さんと愛人多数で爛れた毎日嬉しいだろ? 何が不満だ?」

「同じアウトローならわかるでしょ、ブディランス? 腹黒共におべっか使われるより、気の抜けない荒くれ共相手に銃と酒を交し合う方が良い。根っからの無法者なんだよ、僕は」

「わかりたくねぇけど、身に染みてわかるわ…………1本どうだ?」

「アッパー?」

「ヤクじゃなく紫タバコだよ」


 箱を揺すって出された1本を、僕は手を振って丁重に断る。

 肺まで煙を通す紙タバコは、健康を損なうから手は出さない。それに搾られすぎた今はハイになりたい気分なのだ。特にきつい仕事前の覚醒葉巻が、無性に欲しいけど生憎切らしている。

 富や権力があれば、きっと困ることはない。

 毎日が満ち足りた優雅…………うん、やっぱり僕のガラじゃないや。


「手は貸してくれるか?」

「上層部皆殺しは2人でしようねって契約したからね。『うん』って言うまで根元をリボンで結ばれて、本当に辛くって泣いちゃったよっ。その後も『たまらないわっ、もっと啼いてっ、啼けっ!』ってずっと裏声出っぱなし」

「あぁ~…………なんかすまねぇ」

「いいよ、もう。で、戦装束は仕上がった? 銃の製造は?」

「どっちもパーツは出来て、残りは組み上げだけだ。銃の方を頼む」

「お抱えのガンスミスいないの? 良いけど」


 収納ポーチから出されたトランクを受け取り、蓋を開けてパーツ確認と組み立て開始。

 いつもよりゆっくり1つ1つ、指の記憶ではなく頭の記憶で合わせ組み上げる。自分用でもミスは許されないが、この1丁は共犯者たる彼女の得物。変に細工等が入っていないことを見極めつつ、残らず纏めてマガジンを差す。

 スライド、セーフティ、トリガー、ハンマー、動作確認全て良好。


「こんな小さな1丁で、本当に大都市が壊滅するのかよ?」

「するよ。逆流排出式を組み込んでない魔術式のオーバーロードは知ってる? 想定してない量と圧の魔力で暴走した式は、超密度の不安定魔結晶を生成し自己崩壊する。露出した魔結晶は即座に安定魔力に分解されるけど、その際に放出するエネルギーは反物質反応と比較されるレベルだ」

「…………放射能汚染は起きねぇだろうな?」

「反物質はガンマ線放出するんだっけ? こっちは起きないから安心して」


 自分のポーチから魔術弾のケースを取り出し、抜いたマガジンに7発装填。

 弾代を『身体で払われる』と困るので、弾も含めた契約とこちらで勝手に納得する。金銭的には間違いなく痛手で、取り戻せるあてはない。戻る場所のない諦めの境地に達し、昇る太陽に向かって構え「バンッ」と口で撃った。

 ――――ポンッと肩を叩かれて、そんなに惨めに見えたのかと悲しくなる。


「良い気味だな、おい?」

「っ!? 誰だおま――――いや、どっかで見たかっ!?」

「何の用、グロウバルン? 連絡は取り合わないんじゃなかった? あと、そっちの結果が全然こっちに見えないんだけど?」


 ブディランスの手にしては随分と大きいと思っていたら、肩に乗っていたのは天井まで頭が届く巨漢ブラックオーガの物だった。

 デカい図体でも影を使った転移や移動で、ハイエルフ相手に密入国潜入もお手の物か。敵に回せば対暗殺で厄介極まりなく、対策を強化すべきなのかも。とはいえ味方の内は表立ってせず、さっさと用件を済ませてから実行しよう。

 早速警備を呼ぼうとしている、優秀なハーフハイエルフを引っ張り止める。


「彼はディルシナ……っていうより、ウェルシーナの諜報員だよ。オリハルコンの市場流出の件で調査とかやってる。一応は味方?で良いの?」

「勢力としては味方だ。お前個人の味方かは保証できん」

「信用できるのか?」

「敵だったらいつも通りにやるだけ。でしょ? それで何の用?」


 僕の催促に真っ黒な手が、青色の封蝋で綴じられた白の封筒を差し出した。

 翼の生えた単眼の紋章。

 ウェルシーナ家現当主オルサ・ヴェス・エンディグレル・ウェルシーナの個人紋だ。自分は正統な後継者でないと家紋を使わず、何かあった時は自らが責任を取るという意思表示。かえって彼女の実力が強調されて、そこそこの不満を作っているとも聞く。

 しかしまぁ、コレは僕宛て?

 宛名を見るとユルウェルの名前まで入っている。


「ギレイス殿のオリハルコン購買で、嗅ぎ付けた近隣国が聖ヒュンエル樹王国の動向を注視している。場合によっては奇襲開戦も視野の内だ。そこで、お前達クーデター側が勝利し次第、ディルシナ魔王国の使者としてオルサ閣下がお越しになる」

「どさくさの領土簒奪防止の為ね。そっちに益はあるの?」

「この機に魔王国と樹王国で同盟を結びたいそうだ。両国共にドミディナ共和国と国境を接し、ユーティルス公国を含めた3国包囲を取ることができる。ドミディナは息巻いてるぜ? 強盗列車の一件でユーティルスを攻められず、自分のとこのオリハルコンが他国に流出加工中って聞けば、な」

「じゃ、コレはその覚書ね? ブディランス、ユルウェルに渡してきてくれる?」

「おいおい、他人事じゃないぞ? さっき言っただろうが。『勢力としては味方。お前個人の味方かは保証できない』って」

「? ――――ッ゛!?」


 ハッと思い至って渡しかけの封筒を開け、急いで中身を改める。

 要約すれば、地域情勢均衡の為の同盟を結びましょうとのこと。しかし、何の保証も成果も無いと両国上層が納得しない。ある種交換条件として資源や人材のトレード協定に加え、『僕個人に対する項目』がはっきり明確に記載されていた。


『イグニ・アス・ディアリ黒王国継承第三位サムア・ディアリの亡命受け入れに関する合意

 ・ディルシナ魔王国および聖ヒュンエル樹王国は、上記亡命者を受け入れ共同で管理するものとする。

 ・管理地は両国の共同管理とし、各国1名の駐在代表管理官を置くものとする。

 ・ディルシナ魔王国は、ウェルシーナ家現当主オルサ・ヴェス・エンディグレル・ウェルシーナを上記代表管理官として指名し、聖ヒュンエル樹王国は本指名を承認・尊重するものとする――――――』


 …………クソオーガの言う通り、勢力としては味方で、個人としてはどっちかわからない。

 ユルウェルを現地妻扱いして好き勝手する手がコレで潰えた。しかもヴィナとデルサの実姉で、世界トップクラスの剛剣士に毎日睨まれる。当然お手付き夜伽の機会がぐっと減り、既にデキていたら大変大変立場が悪い。

 どうしよう。

 逃げるか?


「言い忘れたが、お前に何かあるといけないから閣下の到着まで俺が護衛につく。常に影に潜んでるから、何かあれば言えよ? ――ってことで、強盗列車では敵だったがよろしく頼む、ブディランス・クェロン・シィザー殿」

「状況がまだわからねぇ。ひとまず、サムアにはこちらも護衛と監視をつける。無論アンタにも、だ」

「むしろお願いしたいくらいだ。俺のパーティはまだ入国できてない。メンバーが決まり次第、護衛シフトの協議をさせてくれ」


 …………ねぇ? 僕の意思は?
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