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第一部

第十九話 傲慢国家

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 自分が優秀だと口にする奴を、僕は一切信用しない。

 愚鈍や馬鹿はさておいて、探求を抱く無知こそ追随を許さぬ高みへ上る。努力などという他者の評価も気にせず、ひたすらひたすら真っ直ぐ真っ直ぐ。そして至れなかった妬みと僻みを一身に受け、孤高の悲壮と成るに至る。

 ――――ブディランスは、その点で逸材と言って良い。

 ハイエルフの才能と素質に人間の無知。アウトローに染まりさえしなければ、多種族国家のお抱えにでもなっていたに違いない。少なくともこんな腐葉土臭にまみれた森林国家で、足を取られながら歩く必要はなかった。

 …………自分で歩いてない僕が言うのはなんだけど。


「で? ブディランスの手助けに行くの?」

「僕達を害するようなら潰す。害さないなら天秤次第。そもそも貸し借りなんて無いんだし、傲慢共の内乱に首を突っ込むつもりはないよ」

「薄情ねぇ……私もそうやって捨てられたりしないかしら?」

「手遅れだから安心して、アルマリア。僕は貧乏性だから、自分の所有物は捨てられないんだよ。昨日も今朝も、身体でしっかり理解してるでしょ?」

「…………今はどっちが所有物か、そこらの人に聞いてみる?」


 露出の少ない装甲付き和服に身を包み、青筋を浮かべる褐色美女が鉄籠の『荷物』に笑顔で問うた。

 オリハルコンプレート仕込みのレザーコートを羽織り、鉄格子の檻でデルサとヴィナが僕を運ぶ。いつもの服は全て外し、革の拘束具で奴隷の装い。周囲が見る目は品定めと軽蔑と侮蔑と、さすがハイエルフ様々反吐が出かかる。

 でも仕方ない。

 ダークエルフはエルフの敵で、より上位な彼ら彼女らにとっては搾取の対象だから。


「あら、ダークエルフの少年奴隷は珍しいわね? どちらの繁殖場の産物かしら?」

「天然物の生き残りですわ、マダム。一丁前にアウトローを気取り、他種族の雌を食い物にしてきた腐れ外道です。味見についてはホルツハイムさんにご相談ください」

「ホルツハイム商会? 最近羽振りがいいわねぇ…………ドワーフとの混血を急に雇い入れたり、ちょっと物騒な感じもあるけど。私達純血への視線もなんか怪しいし……人族の貴女もその関係かしら?」

「男に捨てられて、忘れたくて必死に働いてるだけですよっ。あっ、ちょっとごめんなさい、まだきつい…………」

「短命種は大変ね。悔いが残らないよう頑張りなさいな」


 物腰だけは柔らかく、耳長の婦人は手を振り去った。

 一見して美貌の麗人に見えなくもないが、耳の上がやや弱り弧を描いている。相当な若作りの努力をして、それこそ頑張っている推定900歳。人族換算45歳前後は好みが分かれ、僕からすれば正直なところ遠慮したい。

 そして何より、そんなことより。

 あれで感づかれない様装っているつもりか?


「『監視してるぞ』って警告?」

「あっ、やっぱり気付く?」

「目線を外してても、探査魔術が肌を這って行く感覚が気持ち悪かったっ。もうこの町やばいわよっ。早めに済ませて温泉でも行きましょっ?」

「アルマリアの言う通りだ。人々の互いを見る目が異様に過ぎるっ。混血種と純血種が敵視しあって、いつ爆発してもおかしくないっ」

「100年前はこんなじゃなかったのにっ…………この町に何があったんですかっ……?」


 色濃く漂う一触即発の空気に、怯えるしかない三人を宥め慰める。

 50m級の大樹が並ぶ樹海国家『聖ヒュンエル樹王国』の入り口たる国境街『アミシエル』。

 ココは自分達こそ優れた種で、他種と混ざり物は論外とする思想の玄関だ。絶対優良種の圏内ながら、行き場のないはみ出し者達が腫瘍の如く育っている。取るに足らないと先送りされ続けて境界を越え、処方箋を喰らっても60年で元に戻った。

 言ってしまえば、誤診を重ねて侮った結果。

 成長した悪性腫瘍は、既に癌すら超えるナニカとなっている。


「90年くらい前、ハイエルフの混血と純血が恋仲に落ちて、身分違いだなんだって社会問題になったんだ。高じて混血の社会的地位向上運動に繋がって、デモ、弾圧、テロ、鎮圧っていつもの流れ。思いっきりこじれまくった理由は、自国内での無差別殺戮兵器の使用だろうね。治安部隊が使用した毒ガスで混純問わず死者が出て、純血の中にすら大量の反乱分子を抱えちゃった」

「それは……なんというか…………」

「もっと言えば、その恋仲の混血がブディランス。死亡した中には純血の恋人。そしてお相手の母親はアミシエルを含む4都市の領主。誰が味方で誰が敵で、緊急時の判断が難しいから正直来たくなかったんだよ」

「本当にさっさと帰りましょっ。何かの間違いで変に恨みを買いたくないわっ」


 湿った枯れ葉を踏みしめ歩き、アルマリアの先導に運び手2人も早足で続く。

 揺られる僕は床に伏せ、薄目で周囲を観察した。行き交う旅行者、覆面警備のハイエルフ、カフェで読書を装い気を配るハンサム顔、屋内から覗く暗がりの瞳。

 ――――疑心暗鬼ながら、どこか焦りと余裕が混じる。

 焦りは純血、余裕は混血。もしかしたら、とっくに準備は終わっているのか? 後はその時がいつかだけで、攻める側の最後の覚悟待ち。


(本当に、『その時は』さっさと帰ろう)


 死んでまで貫く信念なんて、僕にはもう無いのだから。
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