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第一部

第十二話 エンディグレル工房

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 ベッドの上で汗ばみ気絶し、うつ伏せに突っ伏す女体を収納ポーチにフッと吸わせる。

 相手の攻撃陣地近くに、状態が良く使われていない地下室があった。おそらくはシェルターの類いであり、暴かれた住人はカルシウムのみで隅に転がる。たっぷり放出した生命の匂いはお気に召したか、カンテラのみの暗がりに化けて出る様子はない。

 ――――にしても、まさかまさかまさか。


「グレスティース復興の為に、ドミディナ共和国と同盟ねぇ……? 合ってない装備の供出元はソコかな? あとは、ヴィナの支払いのあてが無くなったのは不幸なのか幸運なのか……」


 服従の首輪に屈した雌ドワーフから、ねっとり聞き出した情報を反芻する。

 戦後、8大工房の中でエンディグレルだけがグレスティースの跡に残った。難民のようにひもじい暮らしで、復興者のように志を高く、ゲリラのように物資を略奪し、夢想家のように現実を見ない。隊商からは危険地帯とみなされ、盗掘屋共の財産を掠め取り、犯罪組織認定されそうになった所を優しい声で騙される。

 天秤が合わない未来への投資。

 詳細は不明だが、彼ら彼女らの頭領はそう零していたという。だが、理想を現実にする対価は計り知れないものだ。同等の覚悟も必要であり、上手くいけば革命家の称号を持てたかもしれない。

 無理だけどね。

 『姉』と同様、君も僕のモノになるんだから。


「よかったねぇ、よかったねぇ、ヴィナ? 末の妹は美人で処女で気高く生きてるってっ」


 軽く指を鳴らして、身体と衣服に洗浄と脱臭の魔術をかける。

 足音衣擦れを極力抑え、聴覚直感総動員で索敵しつつ地上へ上がった。崩れた石壁と天井の隙間から、かつての最高位鍛冶工房の1つはおよそ200m先。半ばで折れた最上階に彼女はいて、ドミディナから要求された品を作り続けているという。

 彼女の目に、『モノ』となった姉の姿はどう映るのか?

 いやそもそも、ヴィナを手に入れた場所を考えると、もしかしたらもしかするかも?


「どんな顔で、どんな声で、どんな風に囀るのかな?」


 ポーチに手を伸ばし、僕は取り出したヘッドギアを付けてバイザーを下ろす。

 視界にある全ての物体の下側に、小さな数字が下線付きで横たわる。自分を基準として、対象までの距離を自動測定して表示する電子機械。空間魔術を得意とする者なら誰もが買い求める、科学の世界の最適品。

 空間転移の魔力場影響を受けず、常に最速で役割を果たす適格装備。

 此度の相手をダンスに誘うには、最低限必須だろう。


「おじゃましますっ」

「!? 何者っ!?」


 最短距離を0に縮めて一瞬で移り、目当ての彼女は驚きながらも抜刀の構え。

 隙間だらけのあばら家の中、100か200かの刀と共に魔力を放つ。全ておそらく魔刀の類いで、中でも質の良い大刀が抜き放たれた。銀髪ポニテの単眼青肌娘は一歩も踏み出さず、一瞬で神速で一閃を放つ。

 背後に転移してやり過ごし、僕は力を抜いて弾をばらまいた。

 熟練の剣士ほど、銃士の精密な射撃を予知し斬り払う。仮想のレティクルが8割収まるよう、加減した面制圧が効果的な無駄弾だ。特に刀使いが苦手とし、しかし、関係ないとばかりに妙なスライドで横へ避けられる。

 たかが5m、されどコンマより短い秒を早すぎる脚捌きで。


「やっばっ、滅茶苦茶強いじゃんかっ!」

「上の船の賊かっ! 下の者達はどうした!?」

「爆撃したところは見てないけど、他は1人除いて全滅。で、デルサ・アング・エンディグレル嬢ともお近づきになりたいなって?」

「生憎っ、虫の居所が悪いっ!」


 会話の隙に弾倉交換するも、ヘッドギアの計算より速く向こうが動く。

 ほんの小さな姿勢の溜めから、たったの一歩で空を斬った。こちらがまた転移で背後取りをしていなければ、横の一閃で真っ二つ両断。更に独特の神速歩法で向きを変えて、二の太刀三の太刀四の太刀を繋げる。

 ただ1つ、気になる事が。

 全部、『刀を振り切っていない』。


「もしかしてっ」

「っ! ちぃっ!」


 床を転々としていた座標指定に、高さを加えてあばら家の屋根へ。

 真に歩法や疾駆術に優れた強者なら、即座に同じように斬りかかってきた筈。だが、愛しの彼女は苦々しく唇を食み、確かな間を置いて刀を振るった。足下の家屋を傷つけないよう、角度を付けられた横寄りの×字魔力刃を飛ばす。

 ――――やっぱり。

 刀の振りは鋭く速いけど、疾駆に比べると全然遅い。


「始終魔術か。始点と終点を指定して、事象の始まりから終わりまでの速度を操る術。だから『刀』で、だから『振らなかった』んだね。刃の鋭さとやや斜め方向の疾駆で、包丁みたいにスライド斬りしてたんだ?」


 飛ばされた魔力の刃を跳んで回避し、今度はフロアを失った上階の端へ移る。

 始終魔術の特徴として、僕の空間転移と同じく始点と終点が必要だ。距離の感覚が掴みにくいサイクロプス族にあって、住み慣れたホームだからこそフロア移動は問題ない。ただ、普段から距離を掴む必要がない場所に行かれると、終点を指定しきれず疾駆は出来ない。

 AS弾じゃないけど、2次元最強、3次元無理って種族欠点致命的過ぎ。


「貴様は転移型の空間魔術かっ! 鬱陶しいっ!」

「転移だけじゃないよ。歪曲も断層も固化もいけるよ? それより、お話がしたいな? 具体的には、君のすぐ上のお姉さんについて。ねぇ?」

「っ!? バ、バルサ、姉様っ!?」

「うわっ、すごく苦しそうな顔っ。やっぱりそうなの? 思ってたけどそうなの? 死体とは言え、死体だからこそ、取引の為に『ドミディナに売り払っちゃったんだ』?」

「――ッつ゛!」


 点と点が繋がって、答え合わせが出来て、僕は心の底から邪悪に笑った。

 低身長超乳の姉と違い、成長した妹は目測180cmの超乳モデル体型。

 剣士より娼婦より僕の愛人が似合う大きな乳尻。実力で打ち負かそうか、姉をダシに契約を結ばせようか、溢れる唾液を軽く飲んで銃を仕舞う。タネがわかれば対策はいくらでもあり、中でも極力傷つけない捕縛装備をポーチから取り出す。

 小さな球を、両掌に山盛り一杯。


「第2ラウンド、始めようか」


 僕はそう言って、出来るだけバラバラに全部放った。
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