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第一章 獣領の騒乱 編

第十一話 獣領フェリオル〜いざ、獣領〜

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 畑地帯でお爺さんと別れて数分、獣領の入り口にある関門が見えてきた。

 獣領を囲む巨壁もこの距離で眺めると無意識に口を、ぱっくり開けてしまう程。これまた、関門も大きく建てられたものだ。大工さんに心から心の中で賞賛を贈る。

 あの後、実はお爺さんが余談程度に言っていたが、この巨壁は獣種が全力を持ってしても内から越えることは不可能に近いという話は真実らしい。らしい、なのでどっちにしろ真相が定かではないのは、登った者には厳罰があるから。

 経験はないけど、意味もなく疼いていたクライマー魂は奥底にしまっておくことにした。

「結構、並んじゃってますね」

 只今、二人は関門前の長い行列の最後尾にいる。
 上半身を傾けて確認した前方の人々の多さに不満を隠しきれないアミネス。
 口には出さないけど、カイザンだって不満ありげ。どちらかというとインドア派なため、長い行列に並ぶことへのイライラが止まらない。

・・・俺は最強種族だってのに。

「まあ、これだけの並びは、獣種が人気ってことじゃない?」
「それに関しては同意しかねますね。...こんなに並ばれたら、日が暮れる前までの予定が終わらないじゃないですか。....カイザンさんのせいにします」
「八つ当たりの相手にパートナーを選ぶなよ」

・・・付け加えれば、なりたてホヤホヤな。

 逆にカイザンもそういう事を言うアミネスを心の八つ当たり先にしてしまおうと思う。仲の悪い人同士の精神関係だ。

 だが、嫌なことばかりではない。人の多さは情報量の多さに比例するから。
 行列に並ぶ者たちの多くは獣種以外の他種族ばかり。これなら、カイザンたちも安全に通行を許されそう。

「あっ、一人連行されましたね」
「えっ、マジで」

 見れば、外見からして如何にも怪しそうな二人組が通行不許可どころか、領内のどこかに連行されてしまっている。
 まさか、アミネスの言っていた[五神最将]とか言う守衛団に?

・・・下手したら、俺らもか。

「アミネス、今更聞くんだけど、関門の通行許可をどう取るうもりなんだよ。秘策的なのは?」

 やっと見えてきた関門の通行口、そこには三人の兵が立っている。
 一人が事務役、名簿のまとめやらの書記だ。もう二人は衛兵役、獣種というのもあって、軽装甲の比較的動きやすい装備になっている。

・・・つまりは、逃げてもアウトという訳だな。

 気持ち的に後ずさるカイザン。すると、アミネスが前に出た。

「大丈夫ですから、私に任せてください。カイザンさんに質問がくるようなら、私に合わせてくれればいいです。あと、カイザンさんは紋章を見せないでくださいね」
「えっ。うん、分かった。頼むぞ」

 言われた通りに、ダサいけど襟を立たせて紋章を隠す。
 ここは、頼もしいパートナーに頼ってみよう。

「次だ。そこの二人、前へ出よ」

 随分高圧的な態度で呼んできた中年衛兵のビースト。

・・・何だこいつ、俺は仮にも最強種族だっちょっと。

 心で威張ろうとしていたらアミネスが先にトコトコと前に行ってしまったため、慌てて付いていく。
 身分を隠す旅とはいえ、ときどきなりきっておかないと、いざ女神領に戻ったら混乱するかもしれない。
 と思いつつ、穏便に済ませたいので指示に従う。先程の通行者が何を指示されていたかは見ていたので、お葬式で前の人のやり方を見たから堂々と線香に行く気分で。

「お主ら、旅の者だな。......見たことのない紋章だが」

・・・いきなり大ピーーーンチ。

 心での実況、前からうるさいという視線を返された。当然である。
 背後のカイザンに一視線向けたアミネスは衛兵に向き直り、そしてーーーーー精一杯、悲壮感たっぷりに演じきる。

「私たち、実は絶滅危惧種なんです。最近、領地が悪魔種に突然襲撃されて、領のみんなが、友達も、家族も殺されて。ホント、悪魔みたいな種族ですよ。...悪魔種ですから。私たち'兄妹'は何とか命からがらに逃がされて、獣領の近くに転送されて生き残れたんですが。...お願いです、しばらくの間でいいんです。長居する予定はないので、共和制領地に出発する準備が整うまではっ」

 まるでマッチ売りの少女。怯えた様子で、健気にも生きようとする姿に全米はきっとどうにかなってしまうだろう。

 アミネスの完璧な演技にも、一応不審に思った衛兵は背後で隠れるカイザンに目を向ける。
 アミネスに驚かされたというのもあるけど、普通に気を抜いていたカイザンは視線に気付いて、急いでそれとなく演じる。数秒は思い付かずにもじもじしちゃってたことはかなりのマイナス要素だったと反省しているようです。
 衛兵はそんなカイザンを視界に入れているはずが、

「......そうか。大変だったのだな。我々獣種もまた、数年前に悪魔種に悪行を働かれ、多くの死傷者が出た。....リュファイス領主なら、同情してくださるのだろうな。うむ、しばらくの滞在を許可しよう。だが、[五神最将]への報告はさせてもらう。くれぐれも揉め事を起こさぬように」

 と、案外簡単に事を終わらせ、無事に通行許可を獲得することができた。

「まあ、ギリギリのところだったけど、セーフセーフ」

 関門からある程度離れた距離で、安堵の息をこぼす。獣種なら耳を澄ませば届く距離だが、緊張のおかげかそんなことは気にしていない。

「まあ、あの守衛さんは門番としてかなりの凡才でしたからね」
「どうして?」

・・・アミネスが俺以外に辛辣な評価をするなんて珍しいな。なんか、嬉しいというか何というか。

 それを読んだアミネスは「まあ、確かに」的なのを小さく呟くと、

「衛兵の方に呼ばれてから「あっ」って気付いたんですけど、よく考えたら私たちの服装がしっかりとし過ぎているんですよね。普通、悪魔種との戦争に巻き込まれてしまえば、こんなに綺麗には居られませんから」

 いや、ホントうっかりしてましたよ。と困り顔になるアミネス、釣られるカイザン。

「....お互いにダメダメどうしの交流だった訳だな」

 衛兵の能力の無さに助かったと苦笑、心では「おいっ、パートナーっ!!」と怒るばかりである。


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 その頃、関門では。
 新兵スカークは、少し前に通した二人組に違和感を覚え、もう片方の守衛に詰め寄っていた。

「兵長殿。先程通した二人、本当によかったのですか?悪魔種用の身体検査もせずに。...それに、例の最強種族は、噂によればまだ子供だっていうじゃないですか」
「....リュファイス領主からの命だ。通せとのこと故、仕方がないだろう」
「なっ、リュファイス領主が...。ということはつまり、[五神最将]への報告もされないということですか?」
「いや、しない訳にもいかないだろう。ルギリアス様なら早急に動かれるはず。その時、この件を追求されるのは御免だ」

 獣領領主のリュファイス・フェリオルと、[五神最将]団長のルギリアス。彼らが、カイザンたちの旅の始まりに大きく影響することを、彼らはまだ知ふ由もない...。


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 関門を抜けると、しばらく巨壁の下を歩く必要がある。これがまたなかなかの幅だ。

 電球のない薄暗さだけの残る石道、壁に取り付けられた松明による灯火だけを頼りに出口を目指す。微風すら通り過ぎる度に灯りが揺めく、非常に頼りない光だ。

 関門を抜けた先の通路は、巨壁の下をトンネル状に伸びていることから、実際の幅よりもかなり長い作りになっている。これには、仕方のない設計上の理由があるらしい。カイザンたちの通る南門の巨壁には、刻限塔と呼ばれる時計台が併設されているため、通路の出口が塞がってしまう。そこで、通路を途中で曲げたりする訳にもいかず、トンネルとして伸ばす他なかったと。

 そんな話を思い出しながら、並走する相棒から何を話される訳でもなく、ただただ足を進めて行くカイザン。

 関門の並びの最後尾だったので、後ろには誰も続いていない。沈黙の中での無言程、時間の経過が遅く感じることはないと実感する。

 長らく歩き続けた末、微かに香る獣臭に誘われたまま通路を出た。
 久しぶりの陽光が網膜を刺激して、思わず目を閉じる。片手を掲げてそれを遮断すること数秒、ようやく目が慣れると、目の前に広がるのは待ち望んだ獣領だった。

「はぁー、こりゃあ、すっげーなあ」

 普段、大抵は何か感慨に訴えるものがある時には、大声を出すタイプのカイザンが、静かに端的な感想を吐き捨てた。

 獣領内部の様子を聞いていた時点での第一印象では、やはり中世時代のような場所だと思っていた。その予想もあながち間違っていないこともなさそうだ。

 女神領とは違い、魔法という概念が一切存在しない領地。それを体現した獣領といっても過言ではない。

 一般的な家々のほとんどはレンガや石材。店や宿屋、特別な建造物などは巨壁と同じ特殊な鉱物を使っているらしい。
 南門を出たすぐにあるのは、噴水を中心とした広場。周りを花壇や木々が囲み、住宅街や商業区に進む道もまた両脇を花々で彩っている。

 そして、南門を出たカイザンたちの真正面へと進んでいく一際大きな一本道は、獣領の中心である闘技場コロッセオを経由し、獣種の王城へと繋がる。
 そして、そしてそしてそしてそしてそしてそしてー!!

「獣耳だぁーーーーーーーーーーっ!!」
「本日二度目ですね」

 叫んだ事で周囲からの注目を浴び、危険を察知したアミネスがカイザンから何歩か距離を取る。

 しかし、カイザンはそんなものを嫌とは感じない。むしろ、向けられていることはのある種、感動にすら感じているだろう。

 何故なら、その向けられる視線の全てが、獣耳を持つ者たち。なんだあいつ、近付かないでおこうと彼らからも心の距離と現実の距離を置かれることなんて、気にもしない。

 心のまま、カイザンは人生経験十六年、長年蓄積された感激を叫ぶ。

「すげぇーーーーーーーーよっ!!!!獣人って実在したんだなっ!!!!」
「......? まあ、獣種ですから。それにさっきのお爺さんや衛兵さんだって。...というか、実在って、そんな伝説の生き物みたいな言い方で...」

 いい意味で注目が無くなったところで、アミネスはすっとぱーとなー位置で通常運行を開始。

「すげぇーーーーーーーーよっ!!!猫耳獣人って実在したんだなっ!!!」
「獣種ですから。というか、それを求めて来たんじゃないですか。...あっ、今のなしです」

 獣耳に関しては心から聞き出したことだととっさに思い出し、言い終わってからなかったことにしたアミネスはさておき、カイザンはまだ止まらない

「すっげぇーーーーーーーーよっ!!ほぼ同族のくせして、平気で肉食う獣人って実在したんだなっ!!」
「獣種ですから。草食ばかりでは、家畜を飼う意味がほとんどないじゃないですか。卵とか牛乳ですか?」

 神話にある通りでは、種族の始まりは人間種だ。獣種も一応、基となった動物に関係なく肉食草食の両方を持ち合わせている。

「すっげぇーーーーーーーよっ!爬虫類獣人って実在したんだなっ!」
「獣種ですから?それで言えば、鳥類とか魚類もいるんですよ。...もはや獣ではないですけど」

 魚人がいるとは驚きだ。もし、両生類なんて獣人でいたらキモ過ぎると思う。
 というか、そんなこともどうでもいい。
 言いたいことは叫び尽くしたが、まだ言いたいことごある。この流れを利用しないてはない!!

「すっげぇーーーーーーよな。俺ってやっぱ、最強種族だし」
「単なる風評ですね」

・・・いや、そこは肯定しろよ。流れが完全に出来上がってただろ。

 嬉しさの半分が持っていかれたような気分。否、事実である。

「で、感動的な感慨にふけり終わりましたか?」

・・・最後のでほっとんど無くなったけどな。

「...まーな。そんでさ、行きたいとこがあんだけど」

 そう言って、女神領でアミネスが作ってくれた鞄から、何かを取り出すカイザン。

「予定が立てられたんですね。その行きたい場所というのは?」
「さっき、アミネスが言ってたあのコロッセオ。この、どう作ったかよく分からない獣領パンフレットに誰でも自由参加って書いてあんだよ」

 関門の事務員から渡された書物。最初はなんだと思ったが、ただのパンフレット。
 気になるのは、その製造方法だ。

 印刷技術も無ければ、もちろん着色だって大変なものだ。

・・・全部が全部、器用な獣の手書きってか。そもそも、色ってどう手に入れたんだよ。孔雀の羽の絞り汁か?

「まさに、帝王の考えですね。普通に考えて、色彩のある花弁から取るだけですよ」
「あー、なるだわ」

 自分でもどうして孔雀が出てきたかよく分からない。アミネスの言う通り、帝王に染まってしまったのだろうか。
 アミネスに頷かれそうだから深くは考えないが。どーせ、読まれるし的な考えも定着し出してしまったし。

 カイザンとて、頑張れば心の中で喋られないようにするくらいできると心の中で宣言していると、アミネスはため息を吐いて「話を戻しますよ」と修正を行った。

「行きたいということは、ボコボコにされる準備ができたんですね」

・・・そういや、領に入る前に言ってたな。

「あっそーだ。アミネスの言ってたボコボコの利益について自分なりに考えてみたんだけど、まさかあれって、最強種族が簡単にボコされたりしたら警戒が弱まるんじゃないかとか、あれ?こいつは違うな。みたいなのを期待してのだったのか?」
「正解です。よくできましたね」
「ないから、そんなことっ!!」

 アミネスに言われた時は、多勢に無勢。と当たり前のように考えていたが、この未来的パンフレットには、しっかりと一対一との記載がある。つまりは、どうせ勝てないんだし、あえて無様に負けるなんていう展開は不要な訳だ。

「決闘と同じ。それとなく油断させて、改ざんしてしまえばいい訳で。負けるはずがないの。嘘でも演技でも」
「そう上手くいきますかね。獣種は身体能力を活かした戦い方がとても得意な種族ですよ。たった五メートルの範囲内の特殊能力で」
「ウィル種をバカにしやがって」

・・・まあ、いいさ。みせてやるから。

「ってな訳だから、さっさと行くぞ」

 宿屋を経由したいと思っていたアミネスの計画を無視して、カイザンは勝手に道を進んで行く。

 闘技場コロッセオは真っ直ぐ進んだ先に待っているのだから。
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