1話完結のSS集Ⅱ

月夜

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乾杯/テーマ:お花見 ※別サイトにて受賞

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 沢山の人で賑わうお花見の中、女一人で行くには恥ずかしくて、私はひっそりと佇む一本の桜の木の下に座る。
 この場所は、周りに建物もなく私以外の人がいるのを見たことがない。
 一本しか無い桜の木は誰にも知られず毎年静かに花を咲かせ一人で散っていく。

 誰にも見てもらえないなんて悲しすぎる。
 私だけでも、この桜の綺麗で儚い姿を見届けようと毎年この場所でお花見をするのが恒例になっていた。
 お花見と言っても、ブルーシートも敷かず地面に座り缶ビール片手に桜を仰ぐだけ。
 日中の真っ昼間に何してんだか。
 一人寂しく缶ビールを勢い良く仰ぐと、鼻の頭に花弁が乗っかる。
 空いた方の手でその花弁を摘み、私はフワリと笑みを浮かべ「アンタ、慰めてくれてんの?」と、満開の桜を仰ぎ見たその時、突然強い風が吹き付け沢山の花弁が空を舞う。



「いいもん見れたわ。サンキュ」



 ニシシと缶ビール片手に幻想的なその光景を眺め、桜との会話を楽しむ。
 私の独り言みたいなものだけど、まるで桜の木が応えてくれているような気がして、それが私には心地良い。
 沢山の人の中、友達や家族よりも、私はこうして桜と語らいながらお花見をする方のが心が落ち着く。



「ここで眠ると風邪引くよ」



 突然聞こえた声に瞼を開ければ、私の真横には着物を着た男性がいた。
 どうやら寝てしまっていたらしく空を見れば、先程まで真上にあった太陽は移動している。



「起こしてくださってありがとうございます」



 この場所で人と会うのは初めてだ。
 何故この男性は着物なんだろうか。
 茶道や華道などの先生、もしくは生徒さんだろうか。



「言葉遣い……」



 ポツリとこぼされた言葉に首を傾げる。
 変な言葉遣いはしてないはずだけど、寝起きだったからもしかしてなんか変だったのかも。
 折角人が居ない穴場だったのに、なんだか来づらくなってしまった。
 今年のお花見はこのくらいにして帰ろうと、空になった缶ビールを手に取ると立ち上がる。



「えっと……私は失礼しますね」



 一声かけてその場から去ろうとしたその瞬間「さよなら、私の友よ」という声に振り返れば、そこに男性の姿はなく、満開だったはずの桜の木は枯れた姿で佇んでいた。
 不思議な出来事に何故か恐怖はなく、桜の木に触れた私は「さよなら、私の友達」と言葉を残してその場を去る。

 翌年。
 あの桜の木があった場所には駐車場ができ、何もなかった周りにもマンションが建つ事を知る。

 今私は、人で賑わう場所で一人お花見をしている。
 周りの目を気にすることもなく、缶ビール片手に空を仰ぐ。
 居なくなってしまった友達に乾杯をして、私はビールを仰ぎ飲む。


《完》
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