【完結】ZERO─IRREGULAR─

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Episode3 バイト初日の二日間

4 バイト初日の二日間

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「あの、さっきは――」



 俺が受け取ったと同時に閉められた扉に言葉は遮られた。
 結局お礼をまた言えなかったわけだが、これで買い出しに行けということなんだろう。
 でも、なんで四番は俺が財布を取りに来たことを知ってたんだ。

 扉が開かれたときにはすでに四番の手には財布が握られていた。
 監視カメラでずっと見てたんだろうか。
 そんな事を考えていると二番の声が聞こえ振り返る。
 するとそこには二番だけでなく五番の姿まであり、俺は思わず顔が引きつる。



「こっから買い出しには距離があるからな。五番を使え」

「いや、そんな乗り物みたいに……」



 なんて会話をしていると、何か五番は準備万端とでも言いたげにしゃがみこんで俺に背を向ける。
 これは、おんぶして運んでいくってことなのか。



「二番……」

「安心しろって。森の出口までだから人に見られる心配もねーしよ」



 人に見られる心配はなくても、男が女におんぶされる事が俺へのダメージなわけなんだが、二番の言う通りここから買い出しには時間がかかる。
 森だけでも早く抜けられれば、時間と体力を無駄に使う必要もない。
 だが、前は俵のように担がれて今度はおんぶ。
 なんか、俺の中の男って言葉か崩れていくように思えるんだが、二人の行為を無駄にもできず、俺は行き帰り二回を五番の背中で揺られていた。

 俺をおんぶしてる上に、買い出しの荷物まで持って走る五番。
 研究所についた俺は何だか負けた気がして落ち込む。



「な、早かったろ! ってどうしたんだ?」

「いや、何か、男として負けた気がして……」



 買ってきた食材は二人にも手伝ってもらい冷蔵庫に仕舞うと、すでに時間は夕方。
 もう少ししたら夕飯を作らないといけない。
 なんかさっき昼飯を作ったばっかに思うくらいに、時間の流れが早く感じる。
 これだけ忙しなく動いてたら当たり前かもしれないが。


 五番と二番が自室へ戻ったあと、俺は明日のことを考えていた。
 今日は初日で動きっぱなしだったから、洗濯や研究所内の掃除ができなかったんで明日しなければいけない。

 今度は同じ失敗をしないように、掃除道具の場所は五番に確認済み。
 また明日も忙しくなりそうだが、まだ今日の仕事すら終わっていない。

 俺はスマホで時間を確認して夕飯の準備を始める。
 早めに作らないとこの人数じゃ時間がかかるからな。
 ちなみに今日の夕飯はカレー。
 手抜きのように思えるかもしれないが、カレーだって野菜の皮を剥いたりなどの作業もある。
 まあ、一気に量ができて楽だからって理由が一番だから、手抜きみたいなもんかもしれないが、明日も忙しくなることを考えると今無駄に張り切るわけにはいかない。

 明日は大学が休みの最後だし、夕飯も手抜きなしにしっかりしたものを作るつもりだ。



「よし、丁度いい時間だな」



 出来上がったカレーとご飯をお皿に盛り付け、それを台車に置いて各部屋に運ぶ。
 先ず向かうのは五番。
 昼飯の時は運ぶのが最後で冷ましちまったからそのお詫びと、今日森の行き帰りを送ってくれた礼も兼ねて。

 だが俺は、五番の部屋の前でノックをしようとしていた手を止めた。
 もしここで五番に捕まったら、他の全員分が冷めてしまうことになるんじゃないかと思ったからだ。
 このまま固まっていても仕方ないし、その間にも冷めてしまう事を考えれば夕飯置いてサッサと部屋から出ればなんとかなるかと思い、止めていた動きを再開する。

 ノックをすれば勢い良く扉が開かれ五番が姿を現す。
 この勢いに一歩後ずさりそうになるがグッと耐え、夕飯を持ってきたことを伝えればキラキラした瞳を俺に向けてくる。



「今度は早い! つまり、私が一番?」

「ああ、まあ、昼は冷めちまってたし、買い出しの礼も兼ねてな」



 取り敢えずそそくさとカレーが乗せられたお皿を机に運び、声をかけられないうちに出ようとしたとき「あー!」という五番の声が響き振り返る。
 なんか俺の方を見るなり眉間にシワを寄せているが、何かしたか。
 今度は一番に持ってきてやったし冷めてもいない。

 ズカズカと近づいてきた五番はカレーの皿を俺に差し出し指を指す。



「人参! 私人参は嫌いって言ったのに」

「そんなことか。好き嫌いしないで食え」



 駄々をこねだす五番。
 これじゃあ時間を取られて皆のが冷めてしまう。
 この我儘なアホをどうするべきかと思ったとき、俺は閃いた。
 そう、コイツは純粋なアホ。
 なら方法はある。



「知らないのか、人参食べると胸が大きくなるんだぞ。プラス身長も伸びるとか伸びないとか」

「え!?」



 はい、食いつきました。
 これでアホは片付き次は一番さん。
 もし一番さんを最後にして新しい本を読み始めたばっかだったら、レンジで温め直す必要があるからな。
 それを考えれば先に行って、本を読んでたらあとどれくらいのページ数があるか確認し、そのタイミングで持っていく方が効率的だ。
 まあ、大体の確率で本を読んでいるだろうけど。
 なんて考えながら一番さんの部屋の前に到着してノックをするが返事はない。
 これは思った通り読書中だと部屋の中に入ろうとしたとき、俺が扉に手をかける前に目の前の扉は開かれ一番さんが立っていた。
 本を読み終わったばかりなのか、丁度いいタイミング。



「夕飯だろ」

「はい。温かいうちにどうぞ」



 その場で手渡すと、一番さんは何も言わず受け取り扉を閉めた。
 なんなく一番さんにも夕飯を届けることができた俺が次に向かうのは、四番。
 結局礼も言えてないし、今度こそはと思い部屋の前に来るとノックもしないうちに扉が開き四番が顔を伏せていた。

 本当に毎度登場が怖いが、今回はやけに反応が早い。
 というより、部屋をノックする前から扉が開くって、どう考えても監視カメラで見られていたんだろうな。



「夕飯持ってきたから、温かいうちに食べろよ」



 そう言いお皿を手渡すと、扉が閉まる。
 閉まる直前「ありがとう」という小さな声が聞こえた気がして、気のせいかもしれないが嬉しくなる。
 なんて思っていた時、また礼を言いそこねたことを思い出す。
 あんな登場されたからつい頭から抜けてしまっていた。

 まあ、夏休みもあるし、話せる機会はこれからもあるだろうから今は皆に夕飯を届けないとな。

 次に向かったのは三番さんの部屋。
 ノックをすると声がして中へと入る。
 椅子に座り珈琲を飲む姿がなんとも大人だ。



「夕飯を持ってきました」

「ありがとうございます。直ぐにいただくとしましょうか」



 おっとりとした雰囲気に優しげな笑み。
 不思議と三番さんを見ると落ち着く。


 こうして、五番、一番さん、四番、三番さんに届け終わり、残るは二番のみ。
 部屋をノックすれば「入っていいぞ」と声が聞こえ中へと入り、カレーを机に置く。



「夕飯はカレーか、美味そー!」

「カレーなんて誰が作っても変わらねえって」



 掻き込むようにして食べる姿が冬也と重なり笑みが溢れると「何がおかしいんだ?」なんて言われて、俺は冬也の事を二番に話した。
 俺の親友と呼べる奴で、ソイツが二番とそっくりでつい重なって見えてしまったことを。

 すると、空になった皿の上にスプーンを置いた二番の表情が少し曇った。
 なんか変なことを言っただろうかと思うものの、なんて声をかけていいのかわからない。

 沈黙が部屋の時を止めているようで、耐え兼ねた俺は「食器持っていくな」とだけ言って台車に乗せると部屋を出た。
 その後も、何か声をかけるべきだったんじゃないかとか後悔したが、あんな暗い表情した奴にかけていい言葉なんてわかるはずがない。
 理由すらわからないんだから。

 皆から食器を回収したあと、俺は自分の分のカレーを温め直して食べ、その後は食器を片付けた。
 今日の研究所での仕事が終わり、俺は自室に戻るとお風呂に入りベッドに横になる。

 ベッドと机が部屋の中にあり、トイレと風呂もついている。
 壁は一面真っ白で本当に病院みたいだ。
 何だか落ち着かなくて寝付けない。
 明日は研究所内の掃除をするから早く寝ないといけないのに。

 瞼を閉じて眠気が来るのを待つが意味はなく。
 今日一日疲れたはずなのに何で眠れないんだと悩んだ末、俺は風にあたりに外へと出ることにした。

 研究所を出ると流石森の中。
 虫の鳴き声が聞こえてくる。
 夜空を仰げば星々の輝きにまんまるのお月様。
 こんな風に夜空を見上げたのはいつぶりだろう、なんて考えていたら、研究所から誰かが出てきて視線を向ける。

 そこにいたのは二番で、夕飯の時のことがありなんだから気まずく感じていると「何してんだ」と二番から声をかけてきた。
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