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理由は一つ/テーマ:春の月【リクエスト:桜 様】
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今年もこの季節がやって来た。
春。
それは、この女にとって待ちに待った季節だ。
何故春を待っていたのか。
それは、春になると城にやって来る、ある武将がいるからだ。
女が十の頃に初めてやって来たその武将は、自分と同じ十の男だった。
城ばかりにいる女に同い年の友達などいるはずもなく、最初はどう接したらいいのかわからずにいたのだが、男は女に近づくと、城の外を見せてもらえないかと声をかけてきた。
「ええ、いいわよ」
女は男を城の外へと案内する。
すると男は一本の桜の木の前で立ち止まり、綺麗だと呟いた。
そんなに桜が珍しいのか尋ねると、男は嬉しそうに、これが桜なのだなと言う。
話によると、男の城には桜の木はなく、見に行こうにも許可などされるはずもないまま気づけば十となり、いままで一度も桜を見たことがなかった。
初めて見る桜に瞳を輝かせる男。
そんな男に女は言った。
春になればこの桜は毎年咲くから、また来年ここへ見に来ればいいと。
それから毎年桜が咲く季節になると、男は城を訪れた。
そして現在、二人はすでに二十。
二人がであって十年目の春だ。
だが、城の外に出た女は暗い表情をする。
いつもなら咲く頃だというのに、桜は蕾のままだ。
もうじき男が来るというのに、桜が咲かなければ意味がない。
いままでこんなことはなく、何故桜が咲かないのかもわからない。
男が来たらガッカリされてしまうかもしれない。
それどころか、もう来てくれなくなるかもしれないと思うと、表情は暗くなり顔を伏せてしまう。
「まだ咲いていないんだな」
「っ、秀吉様」
背後から聞こえた声に振り返れば、そこには待ちに待った人物の姿があった。
一年ぶりに会った秀吉は、去年よりも男らしく見える。
だが、今はそんなことを考え胸を高鳴らせている場合ではない。
毎年桜を見に訪れてくれているというのに、肝心の桜が咲かなければ意味がない。
悲しげな女の頭の上に秀吉の手が乗せられると、久しぶりに会ったのだから部屋で話そうと言い、女の腕を掴み引っ張っていく。
部屋で向かい合い座る二人だが、女の表情は暗いままだ。
「桜が咲かないのが悲しいのか?」
「違うのです。秀吉様に桜を見せられないことが嫌なのです」
本当は違う。
桜が見せられないからではなく、秀吉が来なくなることが嫌なのだ。
だが、そんなこと言えるはずがない。
こんな自分の想いなど伝えても、秀吉を困らせてしまうだけ。
膝に置かれた女の手には力が込められ、気持ちを伝えられない情けない自分が嫌になるのを感じていると、女の手に秀吉の手が重ねられ、驚きに顔を上げると、秀吉の額が女の額に当てられた。
優しい声音で聞こえたのは、お前の気持ちはわかっている、という秀吉の言葉。
一体いつから気づいていたのか尋ねると、最初からだと笑う。
そんなに前からだったとは思わず頬を桜色に染めると、ここに桜が咲いたな、と秀吉は笑みを溢す。
女が怒ってそっぽを向くと、俺はお前が好きになる前から好きだったと聞こえ視線を戻すと、頬を掻きながら照れくさそうにしている秀吉の姿がありクスッと笑みを溢すと、それから二人は毎年のように、この一年で会ったことをお互いに話した。
すると、いつの間にか部屋は暗くなり、夜になってしまったことに気づく。
「少し城の外に出ないか」
「でも、桜は蕾のままで……」
再び顔を伏せそうになった女の腕を掴み立ち上がらせると、行こうぜ、とニッと笑みを浮かべ、女を外へと連れ出した。
暗い中歩いていると、桜の木がある場所まで辿り着く。
だが、折角蕾だけでも思っていたのに、こうも真っ暗では見ることはできない。
残念ですが戻りましょうと、桜の木に背を向けたその時、頭上から何かが降ってくると、女の横を遮った。
先程まで真っ暗で何も見えなかったというのに、今は地面に自分の影と、桃色の何かが見え振り返る。
すると、満開に咲く桜を月が照らしている光景が、女の瞳を輝かせる。
「さっきのは嘘なんです。本当は、桜が咲かなかったら秀吉様がここに来る意味がなくなってしまうと思って」
綺麗な光景を見ていたら、先程言えなかった気持ちが簡単に口からこぼれ落ちた。
そんな女の言葉に秀吉は笑みを浮かべ、理由ならあるだろと言い唇を重ねた。
最初は桜を見に来ることが理由だった。
でも今は違う。
女に会うためにここへ来る。
ただそれだけだ。
《完》
春。
それは、この女にとって待ちに待った季節だ。
何故春を待っていたのか。
それは、春になると城にやって来る、ある武将がいるからだ。
女が十の頃に初めてやって来たその武将は、自分と同じ十の男だった。
城ばかりにいる女に同い年の友達などいるはずもなく、最初はどう接したらいいのかわからずにいたのだが、男は女に近づくと、城の外を見せてもらえないかと声をかけてきた。
「ええ、いいわよ」
女は男を城の外へと案内する。
すると男は一本の桜の木の前で立ち止まり、綺麗だと呟いた。
そんなに桜が珍しいのか尋ねると、男は嬉しそうに、これが桜なのだなと言う。
話によると、男の城には桜の木はなく、見に行こうにも許可などされるはずもないまま気づけば十となり、いままで一度も桜を見たことがなかった。
初めて見る桜に瞳を輝かせる男。
そんな男に女は言った。
春になればこの桜は毎年咲くから、また来年ここへ見に来ればいいと。
それから毎年桜が咲く季節になると、男は城を訪れた。
そして現在、二人はすでに二十。
二人がであって十年目の春だ。
だが、城の外に出た女は暗い表情をする。
いつもなら咲く頃だというのに、桜は蕾のままだ。
もうじき男が来るというのに、桜が咲かなければ意味がない。
いままでこんなことはなく、何故桜が咲かないのかもわからない。
男が来たらガッカリされてしまうかもしれない。
それどころか、もう来てくれなくなるかもしれないと思うと、表情は暗くなり顔を伏せてしまう。
「まだ咲いていないんだな」
「っ、秀吉様」
背後から聞こえた声に振り返れば、そこには待ちに待った人物の姿があった。
一年ぶりに会った秀吉は、去年よりも男らしく見える。
だが、今はそんなことを考え胸を高鳴らせている場合ではない。
毎年桜を見に訪れてくれているというのに、肝心の桜が咲かなければ意味がない。
悲しげな女の頭の上に秀吉の手が乗せられると、久しぶりに会ったのだから部屋で話そうと言い、女の腕を掴み引っ張っていく。
部屋で向かい合い座る二人だが、女の表情は暗いままだ。
「桜が咲かないのが悲しいのか?」
「違うのです。秀吉様に桜を見せられないことが嫌なのです」
本当は違う。
桜が見せられないからではなく、秀吉が来なくなることが嫌なのだ。
だが、そんなこと言えるはずがない。
こんな自分の想いなど伝えても、秀吉を困らせてしまうだけ。
膝に置かれた女の手には力が込められ、気持ちを伝えられない情けない自分が嫌になるのを感じていると、女の手に秀吉の手が重ねられ、驚きに顔を上げると、秀吉の額が女の額に当てられた。
優しい声音で聞こえたのは、お前の気持ちはわかっている、という秀吉の言葉。
一体いつから気づいていたのか尋ねると、最初からだと笑う。
そんなに前からだったとは思わず頬を桜色に染めると、ここに桜が咲いたな、と秀吉は笑みを溢す。
女が怒ってそっぽを向くと、俺はお前が好きになる前から好きだったと聞こえ視線を戻すと、頬を掻きながら照れくさそうにしている秀吉の姿がありクスッと笑みを溢すと、それから二人は毎年のように、この一年で会ったことをお互いに話した。
すると、いつの間にか部屋は暗くなり、夜になってしまったことに気づく。
「少し城の外に出ないか」
「でも、桜は蕾のままで……」
再び顔を伏せそうになった女の腕を掴み立ち上がらせると、行こうぜ、とニッと笑みを浮かべ、女を外へと連れ出した。
暗い中歩いていると、桜の木がある場所まで辿り着く。
だが、折角蕾だけでも思っていたのに、こうも真っ暗では見ることはできない。
残念ですが戻りましょうと、桜の木に背を向けたその時、頭上から何かが降ってくると、女の横を遮った。
先程まで真っ暗で何も見えなかったというのに、今は地面に自分の影と、桃色の何かが見え振り返る。
すると、満開に咲く桜を月が照らしている光景が、女の瞳を輝かせる。
「さっきのは嘘なんです。本当は、桜が咲かなかったら秀吉様がここに来る意味がなくなってしまうと思って」
綺麗な光景を見ていたら、先程言えなかった気持ちが簡単に口からこぼれ落ちた。
そんな女の言葉に秀吉は笑みを浮かべ、理由ならあるだろと言い唇を重ねた。
最初は桜を見に来ることが理由だった。
でも今は違う。
女に会うためにここへ来る。
ただそれだけだ。
《完》
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