【完結】1話完結のSS集

月夜

文字の大きさ
上 下
44 / 101

掃除と恋心/テーマ:お掃除 ※別サイトにて優秀作品

しおりを挟む
 新選組の屯所では、普段は鍛錬の声や竹刀がぶつかり合う音が響いているのだが、何故か今日は別の騒がしい声が響いていた。

 その理由は、今日が年の終わりだということが関係している。
 年に一度やってくる副長の姉。
 鬼の副長と呼ばれる土方ひじかた 歳三としぞうにも引けを取らない鬼ぶり。
 彼女には土方や隊士だけでなく、局長である近藤こんどう いさみも敵わない。

 女人とは思えない程の刀の使い手であり、凛々しく迫力あるその姿にあの新選組が怯むほどだ。
 そんな人物が来る理由はただ一つ、屯所の掃除をするため。
 それも新選組皆で。



「今年も最後、皆でお掃除頑張るわよ」



 張り切る女一人以外は、またこの日が来てしまったと嘆いている。
 だが、誰よりも一番嘆くことになる一人がいるため、皆そいつに比べればましだと思う。

 その人物の名は山崎やまざき 丞《すすむ》。
 監察方の山崎は、普段任務で屯所から離れているのだが、重要な任務がない限り年末には屯所にいることが多い。
 というのも、副長助勤でもあるからだ。

 そんな山崎は副長である姉と何度か会話をしたことがあり気に入られてしまった。
 それから女は掃除という目的の他に、山崎と会う目的もあったりする。



「歳三、丞くんは?」

「山崎ならさっきまでいたんですが」

「しまった。逃げられたか」



 ちっといった様子の姉に、土方は苦笑いを浮かべる。
 だが、今やるべきことは屯所内の掃除。
 女は隊士達を仕切って掃除を始める。

 皆が渋々掃除をする中、女はそっとその場を離れ屯所内を見て回る。
 この行動は掃除ができているかのためではなく、ある人物を見つけるため。



「やっぱりいた」

「副長の姉上」



 副長助勤である山崎が屯所を離れるはずがないと思っていた女の勘は当たっていた。
 それにもう一つ山崎が屯所から逃げるはずがないと思った理由もある。



「皆がお掃除してるんだもの、丞くんだけが逃げるはずないと思った」



 山崎の手には黒く汚れた布が握られており、二人がいる部屋は綺麗になっていた。
 女から隠れながらも一人で掃除をしていたのだろう。



「丞くん、去年くらいから私を避けてるよね」

「いえ、そんな事は……」

「ないって言える?」



 黙り込んでしまうのが何よりの応え。
 女は苦笑いを浮かべ「丞くんは歳三と違って何か放っておけないんだよね」と言う。
 その言葉に山崎は、複雑そうな表情を浮かべる。

 沈黙が流れる中、その空気を断ち切ったのは山崎だった。



「俺は子供じゃありません」

「ごめんね。でも、私にとって新選組の皆は大切な家族だから」



 噛み合っていないような会話のやりとり。
 でもこの会話は噛み合っている。
 山崎は女を副長の姉ではなく、一人の女人として想っていた。


 山崎が自分の気持ちに気づいたのは去年。
 その年の掃除は、女を離れたところから気付かれないように見ていた。
 その時気付いた。
 自分の気持ちは別の何かになっていることに。

 最初の頃は、強く美しいその姿を慕っていた。
 だがいつからかその気持ちは別の何かに変わり、それが恋だと知る。

 そして今日、再び隠れて掃除をしたが、去年とは違い業と見つかりやすい場所の掃除をしていると、思った通り女は山崎を見つけた。

 この想いを伝えようとした山崎だが、監察方の直感というのだろうか、女が自分の気持ちに気づいていることが何となくわかり、それ以上何も言えなくなる。

 家族という言葉が女の答えで、それ以上にはなり得ないのだと知る。
 掃除で綺麗になる屯所とは違い、山崎の心には悲しみの雨が降り続く。

 誰にも癒せないその傷は、掃除の度に山崎を苦しめていくのだろう。


《完》
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜アソコ編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとエッチなショートショートつめあわせ♡

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜合体編〜♡

x頭金x
恋愛
♡ちょっとHなショートショートつめ合わせ♡

処理中です...