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【第二章】 学園での日々

危険な来訪者

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「ひぅ!!?」

 瞬時に生物としての危機本能が呼び起こされたのであろう。
 私は叫び声を上げながら全力疾走を始めていた。

「いやああああああああ!!! 【アストラルブレイク】」

 躊躇もなく殺傷力の高い分解魔法を放っていく。

「ちょっ! あぶなっ! 待てや! 逃げんな!」

 あっさりと彼女に回り込まれてしまい、取り出した杖にすがりつきながら必死に逃げる方法を考える。

「ひぃぃぃぃ! 【グランドスネイク】!」

 土龍を八体生成し女性へとけしかけながら、私は私で別の方向へ。

「も、もうあの建物からは出たじゃないですかぁっ! 二度と入りませんから追いかけてこないで下さいよぉぉ!」
「いいから話を聞けや! 今日は戦いに来たんじゃねぇ! てめぇと話に来ただけだ!」

 八体による四方八方からの土龍はあっさり斬り伏せられてしまう。

「止まれ! 何もしねぇから!」
「そんなの絶対嘘ですよぉぉ!!」

 なんて言っていたら、気付いたときには地面へと倒れていた。
 彼女に組み伏せられていたようで、馬乗りになられて両腕を塞がれてしまう。

「きゃう!! いやああああああ! やめてえええええ! 殺さないでっ!!!」
「だからちげぇって! ちょっとは冷静になれや!」

 じたばたもがくも、恐ろしい拘束力で身動き一つ取ることができない。

「あぅぅぅ! 【マテリアル――」

 私が魔法詠唱をしようとしたのを、恐らく止めようとしたのであろう。
 彼女の両手は私の両手を塞いでいるわけで。
 結果彼女は、自身の唇を使って私の口を塞ぐという行為に及んできたのである。
 つまり私は、

 彼女とキスすることになった。

 あんまりの出来事に頭は真っ白になってしまい、錯乱気味だった心は落ち着いて、何が起きたのかがわからなくなってしまう。
 受け入れたくないという方が正確か。

「ちっ、やっと落ち着きやがったか。いいから話を聞け。あーしは――」
「ファーストキス……」
「え?」
「私のファーストキス。大事にとっておいたのにっ! 最初は白馬にまたがった勇者様とのキスだって、ちょっとだけ夢見てたのにっ!」
「いや、仕方ねぇだろ、お前が――」
「うぅぅ!!!! 【サンド――」

 魔法で怒りをぶつけようとしたら、またも唇を奪われてしまった。
 涙目となりながら、さすがに怒りをぶつけるべくそのまま頭突きをかます。

 彼女の歯に当たったせいで滅茶苦茶痛かったが、相手もだいぶ痛がっていた。
 よし、プチ仕返し成功だ。

「いっつつつ。ってっめぇな」
「だって! あなたが勝手に私のキスを取ったりするからっ!」
「そりゃてめぇが問答無用で魔法をかましてこようとしたからだろうが」
「この前はあなただって問答無用でこっちに斬りかかって来たもん!」
「それは――」

 とそこで、相手は反論ができなくなり、ため息をつく。

「わーった。わーったから。悪かった。怒んなって」
「怒る! ぶー!」
「いいだろ別に減るもんでもねえのに」
「減るもん! あたしにとっては大切なのっ!」
「ガキかよ。キスとかどうでもいいだろうが」
「むぅぅぅぅ!」

 威嚇するように唸ると、彼女は私の拘束を解いてくれて、両手を挙げて降参のポーズを取る。

「何もしない。少し話をしたいだけだ」
「私は話したくないっ!」
「大切な話だ」
「私にとってはファーストキスの方が大切なのっ!」
「わーったから。その件は悪かった」
「その件だけじゃないっ! この前だって殺されそうになった!」
「そっちも悪かった。思わぬ来客にいろんな勘繰りをしちまっただけだよ。てめぇらが偶然迷い込んだってことはあーしの方でも確認した。こっちの手違いだ」
「むぅぅぅ!」

 未だに怒っていることを態度で示す。

「んじゃあどうすりゃいい? どうすりゃ話をさせてくれる? なんでもやってやるから答えろ」
「嘘だよ。何でもなんてできない」
「んま確かに世界平和とか言われたら無理だが、てめぇが願いそうなことなら大抵は叶えられんぜ」
「むぅぅ。じゃあ質問に答えて」

 いいぜ、と言いながらどういう原理かわからないが、彼女は空中へと腰掛けて足を組んできた。
 それを仏頂面で眺め続ける。

「名前は何」
「タカネ・カンナヅキだ。そっちは?」
「ミュリナ・ミハルド。どうしてあそこにいたの。あそこは何なの」
「あーしはあそこを調査していた。あそこは人が入ることのできない亜空間なんだ。だからあーしは人がいたことにびっくりした」
「夢幻郷がどうのって言ってたけど、夢幻郷ってなに」
「あそこがまさに夢幻郷だ。大昔の人族の砦みたいな場所だな」
「で、なんで私たちを攻撃したの」
「夢幻郷の生き残りだと思ったからだ。あそこにいる奴らは皆殺しにするつもりだった」

 皆殺し、という不吉なワードに眉を寄せてしまう。

「どうしてそんなことをするの?」
「それは言えねぇ。それをあーしに喋らせてぇんなら、高くつくぜ?」

 剣の鞘に手をかけている。
 たぶん、戦って勝たねばそれは教えてくれないという意味であろう。

「むぅ……」
「終わりか? ならあーしから質問させてほしいんだが」
「まだあるわ。グラッセルって魔物を知ってる?」
「グラッセル……? グラセルなら知ってるぜ。四本足に一本角が生えたサイみてぇなやろうだろ?」
「サイ?」

 特徴はグラッセルと一致している。

「そうか、サイは知らねぇのか。こっちの話だ、気にすんな。で? グラセルがどうしたんだ?」
「私たち、使役されたグラッセルの群れに襲われたの。何か事情を知らないかと思って」
「ちょうどあーしが話したい内容でもあったんだが、てめぇも知らねぇのか。ちっ、手がかりがつかめたかと思ったのに」
「どういうこと? 何か知っているの?」

 タカネさんは空中に座るのをやめて、地面に降り立つ。

「あのグラセルは魔物じゃない人魔だ」
「人魔?」
「人を魔物化させたもんだ」

 なんて一言が放たれて、私の思考は凍ってしまった。

「人を……魔物化ですって……っ!」
「そうだ。そういう技術が存在する。んまっ、だいぶ昔に封印されたはずだがな」
「そんな……、そんなのありえない! そんなことできるわけないわ!」
「できるぜ。そもそも大昔はこの世界に魔物なんていなかった。『魔適合物』と動物とか人間を組み合わせてできたのが今の魔物だ」
「嘘……嘘よ! そんなの絶対嘘よ!」
「本当だ。別に信じなくてもいいがな」
「だって、それじゃあ、私は――」

 人を殺したって、こと……っ?
 グラッセルたちの死体を思い返して、途端に吐き気を催す。
 あれが……元は人間……。
 我慢することができず、向こうの方で吐いてしまった。

「お前、人殺しに慣れてねぇんだな」
「はぁ、はぁ……慣れたくなんてないわ」
「そうかい。まあなんにしても、ありゃあ人魔だ。使役獣じゃねぇよ」

 私たちが戦った魔物はたしかに知性ある行動を取っていた。
 まるで、タカネの言っていることが真実であるかのようではないか。

「安心しな。世界を生きる魔物のほとんどは人魔じゃなくて、動魔の子孫だ。動物を魔物化したやつな。んまあむやみやたらと殺していいのかと言われると疑問もあるが」
「……誰が一体そんな酷いことをしているの」
「あーしもそれを探してる」

 私……なんてことをしてしまったの…‥。
 知らなかったとはいえ、人殺しなんて許されることではない。

「んで、てめぇと話してぇことがもう一個あんだが、全魔船についてだ。なんでその名前を知っている? どこでそれを知った?」

 魔王になってから得た情報だが、このことはむやみやたらと言いふらすことでもない気がする。
 そのせいでこの人からは執拗に殺されそうになったし、それに何より私はまだこの人のことを信用していない。

「言いたくないわ」
「ふーん。無理矢理体に聞いてもいいぜ?」

 再び鞘に手をかける。

「それでも嫌よ。あなたのことはまだ信用できない」
「……。まあいい。そしたら次の質問だ。生命の泉って言葉を知らねぇか?」
「……生命の泉? 知りません」

 それも魔王の天啓が下ったときにあった情報だが、これも出さないことにする。

「わーった。んで、これが最後の質問だ。これには慎重に答えてくれ。あーしがもし、人族か魔族のどちらかを滅ぼすって言ったら、ミュリナはなんて答える?」
「……え?」
「両者の争いを終わらせるには、どちらか一方を滅ぼすしか手がねぇ。それをあーしがやるって言ったら、てめぇはどう思うかと聞いている」
「……争わずに済む方法だってあると思うわ」
「歴史を見ろ。そんな答えは存在しない。人族と魔族は千年を超える時を争い続けてんだ」
「それは……」
「おめぇ魔族だろ? 魔族を根絶やしにするってのをどう思う? あるいは逆でもいいぜ。魔族として――なんならてめぇが魔王ってことでもいい。魔王として人族を滅ぼす。それについててめぇはどう思う」

 そんな質問をされてしまい、私は息苦しさを感じてしまう。
 何で会って二回目の相手にこんなことをいきなり聞かれなきゃいけないんだろう、なんて思う自分もいるが、勇者を目指す身としてこの問いには答えられなくてはならない気がする。

 魔族だろうが人族だろうが、滅ぼすなんて当然嫌に決まっている。
 私がやりたいことはそういうことじゃないんだ。
 私は勇者になって、……それで。
 それで……。

「ふっ。そんな顔もするんだな。この質問には答えなくていい。いずれ答えを教えてくれ。要件はそれだけだ。じゃあな」

 そう述べて、タカネさんは行ってしまうのだった。
 なのに、なぜだか私はしばらくその場に立ったまま動けないのであった。
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