49

ヒツジ

文字の大きさ
上 下
9 / 12

言ってはいけないこと

しおりを挟む
先読みの通り、翌朝は澄み渡る青い空が広がった。昨夜気づいた仄暗い願いも、空を眺めていると薄らぐ気がした。天候をあてた俺にサカドがなんやかや言っているのを適当にあしらう。
そうだ。これでいい。このままミズカ村まで案内してもらって、さようならだ。


途中に立ち寄った村で、サカドがある店の前で立ち止まった。
「……あのお菓子。アラヤに土産で買って帰ったことがあるんだ」
視線の先にはカラフルなお菓子の箱。
「帰りに買って墓にでも供えてやろうかな」
穏やかな表情だ。墓の前で動けなくなっていた人物と同じとは思えないほど。サカドは少しずつ心の傷と向き合っている。
……だから俺のことで再び悲しませるようなことがあってはいけない。
思い詰めて険しい顔になっていたようだ。サカドに心配そうに声をかけられた。
これではダメだ。些細なことで感情を動かすな。今まで死んだも同然に生きてきただろ。あと少しくらいそのままで過ごせよ。

ああ。でも。何も感じずに生きるって、どうやっていたんだっけ?


無事ミズカ村に着き、サカドの助けもあって姉がお世話になった家族に会えた。
姉はどんな思いでこの人達に接してたのか。1人で話を聞くのが怖くなり、サカドに同行を求めてしまった。つくづく甘えている。
姉の話をする婦人はとても嬉しそうで。あの人形のようだった姉は、この家で感情を知ったのだろう。俺のこの旅と同じように。
でも姉の違う所は、心からこの人達の幸せを願ったことだ。自分の死がこの人達に影を落とさないように。「元気にしてるかな」と思い出してもらえることを、自分が生きた喜びとしたのだ。


婦人に見送られて家を後にする。
姉の死を隠していたことをサカドに聞かれた。なぜあの人達に会いたかったのかも。
初めはただの暇つぶしだった。でも今は姉の気持ちを知れて良かったと思う。
俺も姉のように生きよう。サカドの幸せを祈って。時々思い出してもらえたらそれでいい。死の悲しみに涙なんて、流してくれなくていい。


これからどうしようか。
宿の部屋でゆっくり過ごしていると、サカドに今後のことを聞かれた。
何も考えていなかったな。行きたい所と言われてもないし。答えに窮して黙ってしまう。
「なら、うちに来るか?」
予想外の提案だった。このまま翌日にさよならかと思っていたのに。
「行く」
考えるより先に返事をしていた。


「お前にもやるよ。店に付き合ってもらった礼」
弟の土産を買うからと立ち寄った店で、小さな箱を渡された。中にはカラフルな砂糖菓子。まさか自分まで貰えると思ってなかったので、一瞬頭がフリーズする。
次の瞬間、温かい気持ちがポツポツと湧いてきた。これが嬉しい、という気持ちなんだろうか。不思議な感覚だった。
「ありがとう」
感謝の言葉とは温かいものなんだな。初めて知った。


サカドの村の人達はみな優しい。
いきなり滞在することになった何者かもわからない俺に、優しく声をかけ、困ったら助けになるからと言ってくれる。
慣れない優しさに戸惑っているうちに、挨拶回りや買い出しが終わった。

サカドは墓参りに行くという。家にいろと言うのを無理矢理ついて行った。
弟の墓に菓子の箱を添えて、静かに涙を流す姿を離れた所から眺めていた。
ああ俺は、性懲りも無くこの涙を見たいと思ったのか。強引に同行した理由に勝手に納得した。

……本当に一緒に来て良かったのか?

墓参りだけじゃない。そもそも村に来たのが間違いじゃなかったのか。
まだ自分の中の仄暗い底に、消えない願望があるのを感じる。幸せを願う綺麗な想いになんて昇華できないものが。

それでも。
死を待つだけのこの時間を1人で過ごすなんて、もうできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...