8 / 12
願い
しおりを挟む
旅は順調だった。
予定通りについた次の村の宿で、休んでいる時のことだった。
あ、雨が来る。
儀式が近づくとヤドは先のことが時々見えるようになる。これがそれだな。
明日の予定を丁寧に説明するサカドを見ながら、また予定が1日ズレるなと申し訳ない気持ちになった。
「すごい音だな」
雨が降ることはわかっていても、実際に目の当たりにするとやはり迫力があるな。
サカドはやはり申し訳なさそうな顔をしている。お前のせいではないのに。
宿の主人の所へ行くサカドを見送り、明日には止む雨に視線を戻した。きっとサカドの弟を連れ去った雨は、比べ物にならないくらい激しかったのだろうな。
「カードゲーム借りてきたからやろうぜ」
部屋に戻ってきたサカドの手には見慣れない箱。見るのも初めての小さな紙の束に反応できないでいたら
「あれ?カードゲーム嫌いか?」
「いや、なんだそれは?」
「え?知らないのか?」
珍しい生き物でも見るような目で見られた。どうやらこの紙を使って勝ったり負けたりを競うものらしい。
サカドは丁寧にルールを説明してくれた。兄だからなのか元々そうなのか、面倒見がいい。やってみると楽しくて、悔しがったり喜んだりするのは気持ちよかった。
カードゲームに飽きて各々本を読んでいると、サカドがうつらうつらしているのが目に入った。ベッドに腰掛けた状態で器用なことだ。
本を読むのも飽きてきたしお茶でも淹れるか。湯をもらいに部屋をでた。
戻ってくるとサカドがベッドの横で蹲ってるのが見えた。震えている。顔も真っ青だ。
慌てて駆け寄ると、なんとか絞り出したという声でどこへ行っていたのか聞かれた。
「え?ああ。冷えてきたからお湯をもらいに行ってた。温かいお茶でもいれようと思って。戻ってきたらお前が苦しそうに蹲ってるから心配した。どこか苦しいのか?」
自分が酷く動揺してるのがわかる。
「寒いのか?もう一枚毛布を借りてこようか」
そう言って部屋を出ようとしたら
「行かないでくれ!」
あまりに必死な声に動きが止まる。
「あ……1人にしないでくれ。起きたらお前がいなくて、雨の音がしてて、アヤラのことを思い出したんだ。お前までいなくなってしまったのかと」
震える手が服を掴んできた。大雨の映像が頭をよぎる。あの時もお前はこんな風に震えていたんだろうか。
「もう大丈夫だ」
しばらくすると落ち着いたのか服を掴んでいた手が離された。
離れていった体温を少し寂しく思いながら、黙ってしまったサカドの隣に座る。
「アラヤが死んだ日。今まで経験したことがないくらいの大雨で。川近くに住んでる人たちの避難を手伝ってたんだ……」
映像だけで知っているあの日の記憶。本人から聞くとそれは急に現実味を帯びて、語る口から目を離せなくなった。
「なんで俺はアラヤを連れてったんだろう。家で待ってろって言えば良かったんだ。そしたらアラヤは死ななかった……」
ポタリ。瞳から雫が落ちた。涙だ。
見たい見たいと願っていたものが次から次へと溢れてくる。
ああ、やっぱり綺麗だな。
悲壮感も後悔も。全てを吐き出しながら流される涙。死者への純粋な想いだけでできているそれは、とても美しかった。
「やっと涙がみれた」
本音が溢れた。
「弟を思い出して悲しい顔も幸せそうな顔もするのに、涙だけが出てこないなと思ってたんだ」
「俺なら、死んだら泣いて欲しい。色々思い出して色んな顔するのも嬉しいけど、ひたすら悲しんで泣いてほしい。そしたら俺は生きてたんだなと思えるから」
俺の死はみなに喜ばれこそすれ、悲しまれることはないだろう。墓すらなく。役目を終えれば何も残らない命だ。
「……泣いたら死んでも報われるのか?」
少しイラだった声が返ってきた。
「報われる?死んでるのに?それはない。ただ自分を想ってそれほど悲しんでくれる人がいるなら、生きたことに価値があったと思えるだけだ」
死ぬのがイヤだとか、なぜ自分だけ死ななければならないのかなんて思いはいまさら湧かない。ただただ自分の運命に対して乾いた気持ちがあるだけだ。
それでも。あんな純粋な涙を流してもらえるなら。俺は生きてたんだと感じれる気がする。
そこまで考えて、それは自分の特殊な環境ゆえだと気づく。
「あくまで俺の考えだが」
なんとも言えない顔で言葉が返ってくる。
「普通は泣いていても故人は喜ばない。前を向け。とか言うんじゃないのか?」
「そうなのか?俺はそうは思わない。悲しんで泣いてくれれば泣いてくれるほどいい」
サカドはすっかり呆れ顔になっていた。
ああ、せっかくの涙が止まってしまった。
惜しいなという言葉が頭に浮かんだときに、俺はなぜサカドと旅に出ることに執着したのかを突然理解した。
おそらく、自分が死んだらあの涙を流して欲しいのだ。ただただ死者への想いだけで流される、あの涙を。
自分が恐ろしくなった。傷つき後悔し、悲嘆にくれる人間にさらに涙を流せと願っているのだ。
ダメだ。隠さないと。この願いは叶えてはいけない。こんな優しい人にこれ以上の苦しみを与えてはいけない。
必死になっていつもの無表情を作る。
「心配をかけたな。昼メシにでもしようか。晴れたらまたたくさん歩かないといけない。しっかり体力をつけないとな」
取り繕った顔で大きく頷く。うまく誤魔化せただろうか。背中を冷や汗が流れた。
予定通りについた次の村の宿で、休んでいる時のことだった。
あ、雨が来る。
儀式が近づくとヤドは先のことが時々見えるようになる。これがそれだな。
明日の予定を丁寧に説明するサカドを見ながら、また予定が1日ズレるなと申し訳ない気持ちになった。
「すごい音だな」
雨が降ることはわかっていても、実際に目の当たりにするとやはり迫力があるな。
サカドはやはり申し訳なさそうな顔をしている。お前のせいではないのに。
宿の主人の所へ行くサカドを見送り、明日には止む雨に視線を戻した。きっとサカドの弟を連れ去った雨は、比べ物にならないくらい激しかったのだろうな。
「カードゲーム借りてきたからやろうぜ」
部屋に戻ってきたサカドの手には見慣れない箱。見るのも初めての小さな紙の束に反応できないでいたら
「あれ?カードゲーム嫌いか?」
「いや、なんだそれは?」
「え?知らないのか?」
珍しい生き物でも見るような目で見られた。どうやらこの紙を使って勝ったり負けたりを競うものらしい。
サカドは丁寧にルールを説明してくれた。兄だからなのか元々そうなのか、面倒見がいい。やってみると楽しくて、悔しがったり喜んだりするのは気持ちよかった。
カードゲームに飽きて各々本を読んでいると、サカドがうつらうつらしているのが目に入った。ベッドに腰掛けた状態で器用なことだ。
本を読むのも飽きてきたしお茶でも淹れるか。湯をもらいに部屋をでた。
戻ってくるとサカドがベッドの横で蹲ってるのが見えた。震えている。顔も真っ青だ。
慌てて駆け寄ると、なんとか絞り出したという声でどこへ行っていたのか聞かれた。
「え?ああ。冷えてきたからお湯をもらいに行ってた。温かいお茶でもいれようと思って。戻ってきたらお前が苦しそうに蹲ってるから心配した。どこか苦しいのか?」
自分が酷く動揺してるのがわかる。
「寒いのか?もう一枚毛布を借りてこようか」
そう言って部屋を出ようとしたら
「行かないでくれ!」
あまりに必死な声に動きが止まる。
「あ……1人にしないでくれ。起きたらお前がいなくて、雨の音がしてて、アヤラのことを思い出したんだ。お前までいなくなってしまったのかと」
震える手が服を掴んできた。大雨の映像が頭をよぎる。あの時もお前はこんな風に震えていたんだろうか。
「もう大丈夫だ」
しばらくすると落ち着いたのか服を掴んでいた手が離された。
離れていった体温を少し寂しく思いながら、黙ってしまったサカドの隣に座る。
「アラヤが死んだ日。今まで経験したことがないくらいの大雨で。川近くに住んでる人たちの避難を手伝ってたんだ……」
映像だけで知っているあの日の記憶。本人から聞くとそれは急に現実味を帯びて、語る口から目を離せなくなった。
「なんで俺はアラヤを連れてったんだろう。家で待ってろって言えば良かったんだ。そしたらアラヤは死ななかった……」
ポタリ。瞳から雫が落ちた。涙だ。
見たい見たいと願っていたものが次から次へと溢れてくる。
ああ、やっぱり綺麗だな。
悲壮感も後悔も。全てを吐き出しながら流される涙。死者への純粋な想いだけでできているそれは、とても美しかった。
「やっと涙がみれた」
本音が溢れた。
「弟を思い出して悲しい顔も幸せそうな顔もするのに、涙だけが出てこないなと思ってたんだ」
「俺なら、死んだら泣いて欲しい。色々思い出して色んな顔するのも嬉しいけど、ひたすら悲しんで泣いてほしい。そしたら俺は生きてたんだなと思えるから」
俺の死はみなに喜ばれこそすれ、悲しまれることはないだろう。墓すらなく。役目を終えれば何も残らない命だ。
「……泣いたら死んでも報われるのか?」
少しイラだった声が返ってきた。
「報われる?死んでるのに?それはない。ただ自分を想ってそれほど悲しんでくれる人がいるなら、生きたことに価値があったと思えるだけだ」
死ぬのがイヤだとか、なぜ自分だけ死ななければならないのかなんて思いはいまさら湧かない。ただただ自分の運命に対して乾いた気持ちがあるだけだ。
それでも。あんな純粋な涙を流してもらえるなら。俺は生きてたんだと感じれる気がする。
そこまで考えて、それは自分の特殊な環境ゆえだと気づく。
「あくまで俺の考えだが」
なんとも言えない顔で言葉が返ってくる。
「普通は泣いていても故人は喜ばない。前を向け。とか言うんじゃないのか?」
「そうなのか?俺はそうは思わない。悲しんで泣いてくれれば泣いてくれるほどいい」
サカドはすっかり呆れ顔になっていた。
ああ、せっかくの涙が止まってしまった。
惜しいなという言葉が頭に浮かんだときに、俺はなぜサカドと旅に出ることに執着したのかを突然理解した。
おそらく、自分が死んだらあの涙を流して欲しいのだ。ただただ死者への想いだけで流される、あの涙を。
自分が恐ろしくなった。傷つき後悔し、悲嘆にくれる人間にさらに涙を流せと願っているのだ。
ダメだ。隠さないと。この願いは叶えてはいけない。こんな優しい人にこれ以上の苦しみを与えてはいけない。
必死になっていつもの無表情を作る。
「心配をかけたな。昼メシにでもしようか。晴れたらまたたくさん歩かないといけない。しっかり体力をつけないとな」
取り繕った顔で大きく頷く。うまく誤魔化せただろうか。背中を冷や汗が流れた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。

彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる