49

ヒツジ

文字の大きさ
上 下
8 / 12

願い

しおりを挟む
旅は順調だった。
予定通りについた次の村の宿で、休んでいる時のことだった。

あ、雨が来る。

儀式が近づくとヤドは先のことが時々見えるようになる。これがそれだな。
明日の予定を丁寧に説明するサカドを見ながら、また予定が1日ズレるなと申し訳ない気持ちになった。


「すごい音だな」
雨が降ることはわかっていても、実際に目の当たりにするとやはり迫力があるな。
サカドはやはり申し訳なさそうな顔をしている。お前のせいではないのに。
宿の主人の所へ行くサカドを見送り、明日には止む雨に視線を戻した。きっとサカドの弟を連れ去った雨は、比べ物にならないくらい激しかったのだろうな。

「カードゲーム借りてきたからやろうぜ」
部屋に戻ってきたサカドの手には見慣れない箱。見るのも初めての小さな紙の束に反応できないでいたら
「あれ?カードゲーム嫌いか?」
「いや、なんだそれは?」
「え?知らないのか?」
珍しい生き物でも見るような目で見られた。どうやらこの紙を使って勝ったり負けたりを競うものらしい。
サカドは丁寧にルールを説明してくれた。兄だからなのか元々そうなのか、面倒見がいい。やってみると楽しくて、悔しがったり喜んだりするのは気持ちよかった。


カードゲームに飽きて各々本を読んでいると、サカドがうつらうつらしているのが目に入った。ベッドに腰掛けた状態で器用なことだ。
本を読むのも飽きてきたしお茶でも淹れるか。湯をもらいに部屋をでた。

戻ってくるとサカドがベッドの横で蹲ってるのが見えた。震えている。顔も真っ青だ。
慌てて駆け寄ると、なんとか絞り出したという声でどこへ行っていたのか聞かれた。
「え?ああ。冷えてきたからお湯をもらいに行ってた。温かいお茶でもいれようと思って。戻ってきたらお前が苦しそうに蹲ってるから心配した。どこか苦しいのか?」
自分が酷く動揺してるのがわかる。
「寒いのか?もう一枚毛布を借りてこようか」
そう言って部屋を出ようとしたら
「行かないでくれ!」
あまりに必死な声に動きが止まる。
「あ……1人にしないでくれ。起きたらお前がいなくて、雨の音がしてて、アヤラのことを思い出したんだ。お前までいなくなってしまったのかと」
震える手が服を掴んできた。大雨の映像が頭をよぎる。あの時もお前はこんな風に震えていたんだろうか。


「もう大丈夫だ」
しばらくすると落ち着いたのか服を掴んでいた手が離された。
離れていった体温を少し寂しく思いながら、黙ってしまったサカドの隣に座る。
「アラヤが死んだ日。今まで経験したことがないくらいの大雨で。川近くに住んでる人たちの避難を手伝ってたんだ……」
映像だけで知っているあの日の記憶。本人から聞くとそれは急に現実味を帯びて、語る口から目を離せなくなった。
「なんで俺はアラヤを連れてったんだろう。家で待ってろって言えば良かったんだ。そしたらアラヤは死ななかった……」
ポタリ。瞳から雫が落ちた。涙だ。
見たい見たいと願っていたものが次から次へと溢れてくる。

ああ、やっぱり綺麗だな。

悲壮感も後悔も。全てを吐き出しながら流される涙。死者への純粋な想いだけでできているそれは、とても美しかった。

「やっと涙がみれた」

本音が溢れた。
「弟を思い出して悲しい顔も幸せそうな顔もするのに、涙だけが出てこないなと思ってたんだ」
「俺なら、死んだら泣いて欲しい。色々思い出して色んな顔するのも嬉しいけど、ひたすら悲しんで泣いてほしい。そしたら俺は生きてたんだなと思えるから」
俺の死はみなに喜ばれこそすれ、悲しまれることはないだろう。墓すらなく。役目を終えれば何も残らない命だ。
「……泣いたら死んでも報われるのか?」
少しイラだった声が返ってきた。
「報われる?死んでるのに?それはない。ただ自分を想ってそれほど悲しんでくれる人がいるなら、生きたことに価値があったと思えるだけだ」
死ぬのがイヤだとか、なぜ自分だけ死ななければならないのかなんて思いはいまさら湧かない。ただただ自分の運命に対して乾いた気持ちがあるだけだ。

それでも。あんな純粋な涙を流してもらえるなら。俺は生きてたんだと感じれる気がする。

そこまで考えて、それは自分の特殊な環境ゆえだと気づく。
「あくまで俺の考えだが」
なんとも言えない顔で言葉が返ってくる。
「普通は泣いていても故人は喜ばない。前を向け。とか言うんじゃないのか?」
「そうなのか?俺はそうは思わない。悲しんで泣いてくれれば泣いてくれるほどいい」
サカドはすっかり呆れ顔になっていた。
ああ、せっかくの涙が止まってしまった。
惜しいなという言葉が頭に浮かんだときに、俺はなぜサカドと旅に出ることに執着したのかを突然理解した。

おそらく、自分が死んだらあの涙を流して欲しいのだ。ただただ死者への想いだけで流される、あの涙を。

自分が恐ろしくなった。傷つき後悔し、悲嘆にくれる人間にさらに涙を流せと願っているのだ。
ダメだ。隠さないと。この願いは叶えてはいけない。こんな優しい人にこれ以上の苦しみを与えてはいけない。
必死になっていつもの無表情を作る。
「心配をかけたな。昼メシにでもしようか。晴れたらまたたくさん歩かないといけない。しっかり体力をつけないとな」
取り繕った顔で大きく頷く。うまく誤魔化せただろうか。背中を冷や汗が流れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

シチュボ(女性向け)

身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。 アドリブ、改変、なんでもOKです。 他人を害することだけはお止め下さい。 使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。 Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

不思議な時計屋

simaenaga
ファンタジー
薄暗い裏通りにひっそりと佇む時計店は、普通の時計店ではない。 この店で売っているものは『人の寿命』だ。 そんな、少し不思議な時計屋の物語。

鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜
キャラ文芸
ほっこりじんわり大賞にて奨励賞を受賞しました!ありがとうございます♪ 高校を卒業してすぐ、急逝した祖母の喫茶店を継いだ萌香(もか)。 気合いだけは十分だったが現実はそう甘くない。 奮闘すれど客足は遠のくばかりで毎日が空回り。 そんなある日突然現れた閻魔大王の閻火(えんび)に結婚を迫られる。 嘘をつけない鬼のさだめを利用し、萌香はある提案を持ちかける。 「おいしいと言わせることができたらこの話はなかったことに」 激辛採点の閻火に揉まれ、幼なじみの藍之介(あいのすけ)に癒され、周囲を巻き込みつつおばあちゃんが言い残した「大切なこと」を探す。 果たして萌香は約束の期限までに閻火に「おいしい」と言わせ喫茶店を守ることができるのだろうか? ヒューマンドラマ要素強めのほっこりファンタジー風味なラブコメグルメ奮闘記。

処理中です...